優しくある
掲載日:2025/11/22
その瞬間、私は死を覚悟しました。
崩壊するビルに押し潰されるのだと。
身体は瞬時に硬直し、目を固く閉じました。
しかしその後は、世界が止まったかのような静寂が訪れたのです。
そっと目を開けると、砂煙に沈む暗がりの中に、ひとつの影がありました。
それは両腕で崩れ落ちるビルを支えている男性でした。
彼は瓦礫の破片で肩を裂き、
血が滴り落ちていました。
それでも私の方へ顔を向け、
「もう安心です。大丈夫ですか?」
と穏やかに言いました。
私は幸いにも無傷でした。
彼は瓦礫をどけると震える足の私を気遣いながら安全な場所へ導いてくれました。
私はあまりの出来事に言葉を失い、彼を凝視したまま首を縦に振りました。
すると彼は微笑み、ふらつく足で去っていきました。
しばらく私はその場に立ち尽くしました。
──ただ素朴に「優しくある」ことがいつの間にか難しくなってしまった世の中。
善意さえ疑われる時代に、彼は確かにそこにいたのです。
あの瞬間、彼がいなければ私はここにいなかった。
だからこそ、今度は私たちが彼を支える番なのかもしれません。
私たちは誰にでも、優しくあるべきなのです。
そしていつか、彼に感謝を伝えたいのです。




