第7話『運命の出会い』
さっき冒険者登録を済ませたばかりのキバは、すぐに依頼板に足を運んだ。
依頼板は数多くの人からの頼み事や解決して欲しいことなどが書かれた紙で埋まり、余白など残っていなかった。
その量といえば、紙の山が壁に見えるほどであった。
「すげぇ数……」
キバはその中から、任務難易度が低いものを探す。
キバのような、無能力者の人間は、E-級の魔物を狩るのにも危険が伴う。勝てるとしても、せいぜい体が脆いゾンビと1対1が関の山。
(薬草採集でも行くか? でもそれで魔物が来たりして最初からケガとかしたら……)
キバがたくさんの種類がある任務に戸惑い、迷っているうちに、周囲の冒険者はどんどんと貼られた紙をはがし、受付に提示していく。
ただ立ち尽くす。
そんな様子を知ってか、完全な偶然か。
ひとりの鉄の鎧を着た人が、カシャカシャと音を立てながら近づいてきた。
「やぁ、君、さっき冒険者登録してたよね」
重そうな鎧を着ているから中身はきっと屈強そうな男だろう、恐喝でもされるのか? と、キバはビビりまくっていた。
だけどその言葉を聞いた瞬間、その恐怖心はほぼなくなった。
優しく、少しハスキーな声。
影ではっきりとは見えない、兜の隙間から覗く少しタレた目。
「……はい。その通りです」
「二階からちょっと眺めてただけだから確証はなかったけど、合ってたみたいだね」
男は少し控えめに笑いながら、自己紹介を始めた。
「僕はキラト。D級冒険者だ。役割的には剣士をやってるよ!」
そんな基本情報をキバに伝えて、キラトという男は続けた。
「よかったら君、僕とチームを組まない?」
「……へ?」
あまりにも突然の申し出に、キバの思考が止まる。
急に話しかけてきて、急にチームに誘ってくるなんて、一体どういう狙いだろうか。
キバ・アクロセスは無能力者である。
周りがそれを知らなくとも、キバの頭にはすでにたくさんの場所で拒まれた記憶が刻まれていた。
だからこそ、この誘いを、必要もなく深く考えてしまっている。
「実は……俺、無能力者なんです。戦力には――」
キバが周りに聞こえないよう小声でその事実を伝えようとするところを、男は手で制止する。
「能力者がそうでないかなんて関係ないよ」
キバと同じように、声を小さくしてキラトはそう言い切った。
キバの気持ちを汲んで、周りの人に聞こえないよう配慮してくれたのだ。
「今、新米冒険者の君に必要なのは、腕っぷしじゃなくて心構えだ。だからただ、君にやる覚悟があるならそれでいい」
その言葉に、ここ1年半の間人に対して冷え切っていた、キバの胸の奥が熱くなる。
そうして彼は迷いながらも、深く頷いた。
「……よろしくお願いします……!」
「よし、決まり!」
キラトはキバの肩を軽く叩くと、一緒に受付まで来てほしいと頼んだ。
臨時だろうがそうでなかろうが、チームを組むのにも手続き的なものがある。
組む人間が二人ならそのどちらも、三人ならその全員が、その手続きの場にいる必要があった、
キラトが慣れた手つきでそれを済ませている間、キバは受付にいる女性の人と話すことになった。
「キラト様とチームを組むんですね!」
先程、キバの冒険者登録を済ませてくれた女の人である。
その顔は安堵、ホッとしたような表情で染まっていた。
「はい。有名な人なんですか?」
キバがそう聞くとその女性、胸に下げたカードにルルと書かれた女性は楽しげな笑みを浮かべて答えた。
「はい。この鎧を着ている方、『キラト』様は冒険者になりたての人たちのサポートのようなことをする人なんですよ。」
「……サポート、ですか?」
キバはその言っていることを理解できず、そう聞き返した。
「冒険者になりたての方、つまりランクがE級の方は、ランクが上がらないうちに死亡するケースが多いんです。」
「そうなんですね」
「そのような人たちが減るように、と、キラト様はこの活動を始めたんです。」
この言葉はキバのキラトに対する評価を上げるとともに、キバの勘違いを正す情報も含まれていた。
新米冒険者がランクの低いところから始まるのは、その人間に関する情報を、冒険者ギルドが一つも持っていないことを意味している。
つまり、冒険者として活動してきていなくても、過去に魔物と戦闘し勝利し、それが多少でも冒険者ギルドに情報として行き渡れば、ランクは最底辺からのスタートではない。そんなケースもあるのだ。
キバはこの情報を常識として知っていた。
だから、冒険者として少しでも活動すれば最底辺のE級から昇格することができる、そんな勘違いをしていたのだ。
(自ら望んで新米冒険者のサポート、か。この人とチームを組めて良かったな、俺)
「まぁ、D級だけどね」
ここでキラトが話に入ってきた。その発言に、ルルは笑みを崩さず答える。
「冒険者なりたてのE級、さらにはその1段階上のE+級の方でさえ、D級台の方たちと比べると実力は雲泥の差です。」
そう言いながら、キラトが描き終えたであろう書類を受け取り、続ける。
「めげずにE級台からD級台に上がっていけるかどうかが、冒険者として必要な要素を試される最初の試練と言ってもいいでしょう。」
キバはその説明を真剣に受け止め、キラトはそれに続けるように口を開いた。
「っていうことらしいから、まぁ、頼りにしてよ」
「そうさせてもらいます。説明を聞く限り、E級で、それに加え無能力者の俺じゃとてもお役には立てないと思うので」
そう返して、キバはため息をついた。
キラトに連れられて、二階に上がる。
案内した先、キラトが指をさす方向には、周りと同じテーブルに、4つの椅子。そのうち2つを埋める2人の冒険者であろう人の姿があった。
「彼らは僕のチームの人たち。君よりも前にチームに加入した2人だよ。」
キラトはそう言って近づいていく。
キバもその後に続く。
「そいつ、もしかして4人目か?」
4人全員が普通の声量で会話できるくらいにその2人に近づくと、そのうちの1人が声をかけてきた。
キラトよりも低く、それでいて強気な声色。
見た目としては、逆立ち気味の深紅の髪、それに合うような鋭いツリ目。この声にしっくりくるものだった。
「うん。これでチームの定員に達したね。」
キラトはそう言った。冒険者ギルドで、即席で組めるチームの定員は4人であった。
もう1人はというと、短髪で、黒い髪。幼い顔立ちで、半目と言うやつだろうか。目だけからはやる気の感じられない、そんな見た目だった。
「俺はファイバ。能力は炎。E+級だ」
そうして唐突に自己紹介が始まった。
「僕はチルドといいます。役割はヒーラーで、同じくE+級です」
(1人はD級、2人はE+級……か)
E+級までは新米冒険者とはよく言うものだが、キバはこのチームの中でもなりたてのなりたてらしい。
「俺はキバ・アクロセスです。……能力はなくて、E級です。さっき冒険者になったばかりなので色々教えてくれると嬉しいです」
キバは能力の紹介で一瞬言うのを躊躇ったが、どうせバレるんだから白状しておくことにした。
感じの良さを重視して、笑顔を意識したつもりだった。
3人の微妙な反応を見るに、能力がないという部分で戸惑っているか、キバの笑顔がおかしかったかのどちらかだろう。
キラトは自己紹介が終わったのを確認して、話し始めた。
「もともと今日は顔合わせのつもりだったんだ。予定より少し早めに終わってしまったけど、今日はキバ君にこのグランベリアでの生活に慣れてもらうためにも、解散にするよ。」
そう締めくくったと思えば、忘れてたというように、あ、と声を漏らした。
「さっそく、明日から任務を受けようと思う。1時頃、またこのあたりに集まろう」
「うっす」
「はい」
「……!はい!」
2人が同時に返事をしたのに出遅れて、キバもあとから元気よく返事を返した。
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キバは冒険者ギルドを出て、少し早足で歩き始める。
まだ彼はここには慣れておらず都市の様子に感心しながらも、泊まる場所を探すため、グランベリア内を散策していた。
「いい場所に空き家があるといいが……」
その時、キバの視界にある張り紙が飛び込んできた。
『夏の観光客セール!!宿代が普段の2分の1!!』
その文字がキバの視界に入って1秒、いや、それ以下の間に、彼はすでにその張り紙の示す場所へと足を運んでいた。
「ここに来るまでに苦しめられた夏特有の暑さに感謝することになるとは」
キバはここに向かっているとき、汗だくになりながら、夏という季節に文句をたれて来た。
言っても何も変わらないのに。
程なくして、その場所へとたどり着く。
代金2分の1、ということだったので、普段よほど売れていない宿か、ボロ宿かぐらいに思っていたキバだったが、実際にはそうではなかった。
きれいに整えられた木造建築の見た目は、この宿の内装に期待を抱かせる。
さっきまでここに泊まっていたであろう男女の会話が聞こえてきたが、寝心地もいい感じなようである。
キバは迷わず中に入ると、宿主であろうおじいちゃんが部屋と料金などについての説明をしてくれた。
それらを聞き終え、キバは自分が借りた部屋『202号室』へと向かった。
扉を開けると、この宿の外見同様、きれいに整備されていて、同じように木を基調とした作りになっていた。
(ここに普段の料金の半分で泊まれるなんて、俺は運がいいな)
あのチームの一員としては微妙な出だしだが、駆け出しの冒険者としては最高のスタートダッシュをきれたと言えるだろう。
――少なくとも、この時のキバは、まだ知らなかった。
彼らとの出会いが、キバ自身の……いや、世界の命運を変える最初の一歩になることを。




