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第6話『旅の始まりで目指すもの』

 キバの母親的存在、アイシャという女性が死んで、約3年。


 この3年間、キバには本当に色々なことがあった。


 アイシャと過ごした4年間は安定した生活だったが、この3年間は新しいことで染まっていた。


 まず1つ、キバが一人暮らしになった。

 一緒に住む人がいなくなったのだ。当然と言える。

 家に帰っても話す人がいない。

 それはとても寂しいことで、キバの思っている以上だった。

 必ずアイシャのおはようから始まっていたキバの1日は、おはようと言っても返事のない生活に変わってしまった。


 そして2つ、キバが仕事を探し始めた。

 年齢に左右されない職も、この世界には多くある。

 冒険者になる前に社会経験を積んでおこうと、そういうキバの考えだ。

 これは彼の人生観をガラリと変えることになった。


 北大陸南部。キバが今住む、もとはアイシャ所有の家が分布している場所。

 キバの住む家の付近は他の住宅や商業施設などで囲まれていて、田舎ではあるものの賑わいがある、良い場所であった。


 だが、そのあたりのどこに行っても、キバは受け入れてもらえなかった。

 キバが子供だから、というのも少しはあるのだろうが、なによりその無能力という、人間としての不十分さが足を引っ張った。


 生物として持っていて当然のものが欠けている。


 能力がないということに対して、キバはアイシャと暮らしていたため深刻に捉えていなかった。

 彼女は無能力者を批判したり、煙たがったりしない。そんな人物だったからだ。


 ここで、キバは能力を持たないということがこの世界でどういうことなのか、再確認した。


 結局この仕事探しを始めて1年半の間、キバができることは見つからなかった。

 そうして現在。


 キバ・アクロセスはいつの間にか15歳になっていた。


ーーーーーーーーーー

「よし」


 キバは長い外出をするためにすべきことを終え、玄関に立つ。


「行ってきます、アイシャさん」


 玄関の扉を開け、外に出る。キバが感じている不安とは裏腹に、外は雲一つない快晴であった。

 アイシャといた頃より数センチ伸びた白色の髪を揺らして、水色の目で空を見ては眩しい、と声を漏らしつつ、キバは地図を握りしめる。

 隣にある都に、冒険者ギルドがある。

 キバが住んでいた場所は北大陸南部、となりの都の位置的には北大陸中部にとても近い。

 地図で見ると大陸のほぼ中心に位置している、キバが目指しているその都は、この大陸随一の大きさと人口を持つ都『グランベリア』。

 グランベリアにはたくさんの冒険者が集う。

 それには理由があって、この世界の五大ギルドと謳われているうちの一つ、『聖裁(せいさい)ギルド』の本部がそこにあるためだ。

 そのギルドを目指そうとしている冒険者は、北大陸内だけでなく世界的にも非常に多い。

 グランベリアはそういった者たちと、そのギルドに所属している者たちが存在するこの大陸の中央都市だ。


 キバは、北大陸各地に存在する冒険者ギルド、計六つのうち、グランベリアにあるものを目指していた。


「ちょっと重いな…」


 隣の都、とは言っても徒歩で2時間から3時間ほど。

 着替えや資金などでいっぱいのかばんを背負っている彼には、長時間の歩行はきついものがある。

 何より、キバの一番の心配は『魔物』の存在だ。

 キバが住んでいた町からグランベリアまでは、道が整備されている。

 これは食材や布、鉱石など、物資を運ぶための路で、幅が広いため、一般人も運搬車を妨げない限りは通っていい場所となっている。

 だが、魔物が出ないとは限らない。このあたりの平原だと、出てもE-級、E級あたりだろうが、それでもキバにとっては命が危ういほどの強敵だ。

 キバは周りに気を配りつつ、すれ違う商人などに挨拶しながら、その道を歩くのだった。



ーーーーーーーーーー

 日差しが強くなってきた。

 現在時刻は10時半。

 キバが家をあとにしてから約2時間と少しが経過した。


「はぁ…はぁ…」


 ランニングで体力づくりをしていたからといって、重い荷物を持っての長時間にわたる歩行はキバもさすがに疲れる。

 何より、日差しが強いのもあるだろう。季節で言えば夏。夏真っ盛りだ。

 夏にあるキバの誕生日は3日前にすぎたばかりで、その日、彼は新米の15歳になった。

 成人とされる16歳まであと1年。その身体は3年前よりもさらにガタイが良くなった。

 ただ、仕事を探していた1年半の間鍛えるのを不定期にしていたため、筋力的には落ちているだろう。

 その影響もあって、重いものを持って歩くのは厳しい状況だ。


「……でも、あと少し……。俺は冒険者登録をして、自分探しの旅に出るんだ!」


 失った記憶を取り戻すための行動。冒険者という職がぴったりのその目標のことを、『自分探し』と呼ぶことにした。

 キバが世を知っていくたび、キバからの、冒険者という職についている人たちの評価は上がった。

 この自分探しも、興味が湧いてきた冒険者というものを目指すのにいい口実だ、とキバは思う。

 今のところキバは、立派な冒険者になりたい、というわけではない。

 ただ、どうせ冒険者をやるならそっちのほうがいいよな、と考えている。

 目指す都、グランベリアが目の前に迫ってきている。

 もうすでに都の入り口が見えてきていて、その距離はあと200m程。


「あと一息……!」


 キバは疲れで震える脚をぶっ叩き、歯を食いしばって歩く速度を上げた。


 程なくして、キバはグランベリアに着いた。

 グランベリアには、外と都とを分ける城壁のようなものがあった。

 彼が通ってきた道の先には、隙間ない城壁に組み込まれた門のような物があった。

 近くに行くと、その門は想定よりも数段大きいものだった。キバはせいぜい自分が3人縦に並ぶくらいかなと思っていたものが、5人、いや6人は入るほどであった。

 大きく、キバのような客や、他の街、大陸からの商人、任務帰りの冒険者や外出していたここの住人を迎えるように建設されたその門は、まるでこの都の門番のようだ。それほどの風格がある。


 キバは門をくぐる際の壁際にいる鎧を着たおじさんに身分証を提示し、この都に入る許可をもらいに行く。

 おじさんの後ろにはキバと歳が変わらないか、少し上かあたりであろう少女が機械の前に座っていた。

 おそらくこの機械でこの都に出入りした人を記録しているのだろう。


「確認できた。通っていいぞ」


「ありがとうございます」


 おじさんから門をくぐり抜ける許可を貰って、キバはようやく北大陸中央都市グランベリアにやってきた。


 キバはまず、この都市の発展ぶりに驚いた。

 彼の住んでいたところでちゃんと磨かれている、人の手の入った石でできたレンガを使う建物など、見たことがなかった。

 それが、ここでは当たり前のように、いたるところに使われている。


「……はぁ〜。すげぇ……」


 感嘆の声が漏れる。人々の賑わいに関してもキバがいた町よりも大きく、活気に溢れていた。

 冒険者が多くいるからだろうか。あの町のような、のほほんとした雰囲気はない。

 それでも、人々は笑って、安心して暮らしている。



 門をくぐり、グランベリアの景色を見ながら歩いて10分もしないうちに、キバは目的地である冒険者ギルドについた。

 今、その扉のほぼ目の前に、彼は立っている。

 目の前にそびえる木製の大扉は、長年の使用で無数の傷を刻んでいた。

 それでも、どこか誇らしげに立っている。

 冒険者ギルド――この街で最も多くの命が交錯する場所。


 キバは深呼吸をひとつして、手を伸ばした。

 重い扉が音を立てて開く。途端に、賑やかな声と笑い声、木製のカップのぶつかる音が一斉に押し寄せた。


「……圧が違う、な」


 思わず、彼の口から漏れた。

 受付前のホールでは、全身鎧に身を包んだ戦士や、魔法杖を背負った遠距離メインであろう魔術師たちが談笑している。

 冒険者――この世界で最も危険と隣り合わせに生きる者たち。

 一般人があまり立ち入らない、安全区域と呼ばれる場所の外の世界で、戦ってきた人間。

 そのたくましさ、覚悟を決めた顔つき。

 そのうえで、仲間と笑い合うその姿。

 正直、キバはその姿、その活気に圧倒された。

 それでも、彼はゆっくりとカウンターへ歩み寄った。

 カウンターの向こうには淡い栗色の髪をした、耳の長い女性が座っていて、帳簿をめくる手を止めると、にこやかに微笑み、立ち上がった。


「いらっしゃい。冒険者ギルド《グランベリア支部》へようこそ。新規登録でしょうか?」


 その問いに、キバは小さくうなずいた。


「はい。……冒険者登録を、お願いします」


「わかりました。それでは身分証の提示と、冒険者になるうえで、私達冒険者ギルドは冒険者様の情報を管理します。書かなければならないことはそれに書いてあるので、あなたの情報を、この紙にそのまま書き記してください。」


 言われるがまま、キバは身分証を提示し、情報を書き記す。

 彼がその紙に書かなければならなかったのはごく基本的なことと、少し面白かったのが好きな食べ物、嫌いな食べ物だった。

 名前、出身、身長、体重、能力……。

 その全てを書き終え、提出した。

 提出された書類を手に取り一瞬目を通したあと、受付の女性はカウンターの奥へと入っていった。


 改めて、キバはこの冒険者ギルド内に目を向ける。

 さっきと変わらない賑やかさ、話をする冒険者たちの顔。

 体はたくましく、古傷がついている人も少なくない。

 そんな光景の前でキバは何もできず、ただ見漁れていた。



 そんなこんなで数分して、その書類を持って奥へ戻っていったあの女性が受付に戻ってきた。


「冒険者登録はこれで以上となります。こちらがキバ様の冒険者カードです。なくさないよう、大切に保管してください。」


 新米冒険者であるキバ・アクロセスにそう言ったあと、決まり文句のような言葉を口にした。


「それでは……良き冒険者ライフを!」


 戸惑いを隠しきれていない声色で。

 ほんの一瞬の、不自然な間を置いて。

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