第46話『知りたい』
俺が踏み込んだとほぼ同時に魔物はこちらに反応したようだった。
その鋭い爪で俺の体を突き刺すように腕を振るう。
「ほ」
それを避けてヤツの腕に乗ったが、靴越しでも熱い。
この装甲が原因か? 熱をもってる。
靴が溶けることを考慮し一度降りて、距離をとる。
「ふー……」
今のところ、決してギリギリの戦いではない。
ヤツ自体の攻撃を避けることは難しくない。
だが、この環境だ。少しクラクラしてきた。
……時間との勝負だな。
地面を抉って、その破片をヤツの方へ飛ばす。
俺の高威力の蹴りから放たれるそれの速度はとても速く、あの図体では命中を免れない。
破片はあの装甲に防がれたものもあれば、間を縫って皮膚に突き刺さったものもある。
痛みで少し隙ができたうちに、俺はその背後をとる。
(こいつ、背中には装甲に覆われてない場所がないのか……!?)
ヤツが重そうな体をこちらに向ける。
それを見計らって、俺は上へ飛んだ。
ちょうどヤツの身長二つ分ほど。
落下の勢いに体を捻って、最大出力の覇力。
……通用してくれ!
バガァァァァン!!
俺の蹴りはヤツの脳天の装甲をかち割り、その体を地面へよろけさせることに成功した。
(入った……!)
と、思ったが、どうやら衝撃はその装甲にほとんど吸収され、ヤツ自体にダメージは少ないらしい。
すぐに上を警戒され、その爪を振るわれる。
「うぐ……」
体を捻り怪我を最小限に抑えたが、右足をいかれた……。
そのまま左足のみの着地には失敗し、体勢を崩し転んでしまう。
まずい、まずい。
早く立て――!
「くああっ!!」
うめき声を上げながら何とか立ち上がり、俺が元いた場所への攻撃を避ける。
(危なかった。危うく身体に穴あいて死んで――)
ガゴッ!
「うっ……」
俺は突然の頭への衝撃に意識を失いかける。
視界が揺れる。赤くなる。
目に血が入ったか……。
どうやらヤツの空振った攻撃が地面に当たり、飛び散った石が俺の頭にとんできたらしい。
ブレる視界でヤツの動きをしっかりと捉える。
そんな約一秒。されど約一秒。
シャラッ……
「……え」
目の前に氷が出来上がっていた。
ヤツの体全体を覆うほどの、広範囲の氷が。
俺の眼前にまで到達した氷をよく見れば、透けてヤツの爪がある。
……この氷によって動きが止まっていなければ、俺は死んでいた。
そして――。
この氷はシロのもの。
認めたくないが、俺単独での討伐には失敗したらしい。
俺はしっかりと着地し、地面に倒れ込む。
「……」
さっきまでのこの広間の高温は嘘のように、俺が吐く息は白く上へと上がっていく。
「残念だったわね」
「お前にとっては好都合だろ」
シロに言葉をかけられ、体を起こす。
俺のことを見下ろすように立っているシロの後ろには、やはり氷の彫像と化したあの魔物の姿があった。
「なんで助けた? お前は俺のことなんてどうでもいいって考えてる、と思ってた」
「別にわざわざ、自分に関係のない人が死ぬように仕向けるような人間じゃないわ」
関係のない人、か。
そうか……。関係のない人、ね……。
一応第二小隊の仲間として見てくれてる、ってのも……一ミリもないんだな。
俺は沈んだ気持ちになったが、シロはその氷の彫像へと振り返り、数秒見つめたあと、とんでもない速度で大きく、歪な氷を射出した。
「――はは……」
「もうこの場所に用事はないわね」
確認するようにそう呟いて、シロは指を鳴らした。
同時に氷が溶け、だんだんと温度が戻り始める。
そうして俺の右足の傷に触れたあと、その血を自分の右足に塗った。
「お……お前なにして……」
「うわ! キバ派手にやったっすね……!」
この広間への入り口を見ると、そこには置いてきた四人の姿があった。
いろいろな出来事の連続に頭が回らず固まっていると、アレクさんはあの魔物の付近へ近づき呟いた。
「この腹の破けたような穴……。キバの能力で強引に貫通させたのか。すごいな」
「それは……」
うまく説明もできずに、俺は口を紡ぐ。
確かに、あの魔物の腹に空いた穴はとても歪なものだ。
だが、それはシロの氷によって貫通させられた跡。
俺がやったんじゃない。
「助かったわ」
「は……?」
シロは、いつの間にか座り込んでいた。
血のついた足を痛そうにして、感情の籠っていない、水色の目で俺を見る。
「あなたが咄嗟に助けてくれなかったら、私は死んでいたかもしれないわね」
「……お前――」
「素直に礼を言うわ。ありがとう。キバ・アクロセス」
俺が言葉の続きを発する前に、シロは被せて、らしくもなく礼を言った。
「キバ……そんなに強かったんだ」
「戦う姿は見たことがなかったけど、これはすごいわね……この魔物、C級相当なんじゃない?」
コハクとアイさんの感嘆の声に、俺は応えることができなかった。
ーーーーーーーーーー
帰り道。
下山は少し苦労した。
地面の環境は相変わらず悪く、下り坂の雪は滑りやすい。
さらには、俺は右足を怪我している。
合流の時はみんなの前で少し口数の多かったシロも、今は静かになって元通りだ。
クロムたち四人は洞窟内で起こったことについて、各々感想やら反省やらを喋っている。
そんな声も、今の俺の頭には入ってこない。
シロの目的はなんだ?
なんでわざわざ手柄を譲るような真似をした?
どうして足に怪我を負ったように演技してる?
「――バ」
こんなことになんのメリットがある?
その強さの裏には……何がある?
「キバ!」
「……コハク」
「話聞いてる?」
いつの間にか俺の方へ振り返っていたコハクが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
俺と目が合うと、今度は俺の右足の傷を見る。
「汗すごいけど……痛むの?」
「え……あぁ、ちょっとな。大丈夫だから自分の体調に気をつけろよ。あの洞窟へ行くときのコハクみたいになったら大変だ」
少し恥ずかしそうにしながら肯定の返事をして、しっかりと前を向いた。
……汗、か。
少し思いつめたかもしれない。
色んな事があったからな。
寒さが染みて、余計に右足の傷が痛んだ。
ーーーーーーーーーー
「じゃ、ここで」
俺とシロは、怪我を負って近くの治療施設へと出向くため、あの四人とは途中で別れた。
もっとも、シロは怪我をしていない事実がバレないためのウソなわけだが。
「……追わないのか?」
「すぐに追ったらこの行動の意味がないじゃない」
「う……俺が馬鹿だったな」
会話が続くはずもなく、俺はすぐに治療施設の中へ。
シロは外で少し待機して、いつの間にかいなくなっていた。
「これで大丈夫ですよ。代金は銅貨五枚です」
「はい」
手持ちの財布から言われた通りの金額を取り出し、支払った。
第二小隊には治療者がいない。
だからこうして怪我をしたときは、治療施設を訪れなければいけない。
知り合いに気軽に呼べる治療者がいれば代金もかからないんだろうが、シズクやチルドにそんなことをさせるのはなんか……。違うような気がするし、な。
まぁ、余程深い怪我や治すのが難しい怪我でない限り、代金は一律銅貨五枚。
高い出費ではない。
「帰るか……」
一応施設の入り口付近でシロの姿を探して、いないことが分かってから俺は帰路についた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
俺を出迎えたのは、リビングから出てきたところだったアイさんだ。
じっと俺が怪我していた部位をみて、完治したことを確認したようだった。
「今はシロちゃんがお風呂だから、もうちょっと待っててね」
「あ、うん……今日は俺二番風呂だったっけ」
「そうよぉ」
他愛もない会話をしつつ、俺はリビングへと入る。
時刻は夕方。外は相変わらずの雪模様だが、この家の中は暖かい。
ソファに座るコハクとアレクさんを見つけて、俺もその隣にどさっと座った。
「大健闘だったな」
「そう、かな……あはは……」
アレクさんに改めて褒められ、上手く返すことができず気まずい空気が流れる。
それを断ち切るべく、俺は質問した。
「四人の方はどうだった? みんな怪我無かったみたいだけど……」
「うまいことやったよ。ピンチになることは……まぁ、一回だけあったけど」
アレクさんの視線が少しコハクの方に動いたことから、おそらくコハクがピンチになったんだろう。
体力の無さは行きの道で既に証明されていたからな。
「で、でも、あたしだって頑張ったし」
「頑張ってないなんて言ってないよ」
アレクさんはコハクの頭へと手を伸ばしたが、途中で止めて手をひっこめた。
前に聞いた話だが、アレクさんには五つ年下の妹がいるらしい。十二歳の妹だ。
妹とコハクの容姿が似ているのか、それは関係なくただその二人の姿を重ねたのか。
「と、とにかくみんな無事で良かった」
「それ、あたしたちの台詞だけど」
人数が少なかったのは俺とシロ、その二人の方。
シロの強さを間近で見せられて、俺が心配する側だと勘違いしていた。
そう、普通は逆だったのだ。
「あ、シロちゃん」
「……俺の番か」
シロが風呂から上がってきたのを見て、俺は風呂場へと歩く。
服を脱いでふと鏡が視界におさまる。
毎晩風呂の時に、こんなふうに俺の身体が目に入る。
前とは比べ物にならないほど引き締まって、がっちりして来た。
俺もセンさんみたいに、ゴリゴリのマッチョになるんだろうか。
……動きにくそうだ。性に合わないな。
ガラッと扉を空けて、シャワーで体を流す。
一つ前に入ったシロが使ったであろう石鹸の匂いが、鼻いっぱいに広がった。
「ぐはぁ」
湯船に浸かって声が漏れ、俺は顔下半分を湯に埋める。
今日のことを思い返して、もやもやした気持ちが胸に広がっていく。
――知りたい。
シロの考えを、その強さの裏にあるものを。
あの行動の意味を。
少し長めに湯に浸かった後立ち上がり、壁の上についた窓の外を見ると、シロの姿があった。
俺は体と頭を素早く洗い、風呂から上がる。
「上がった。次いいぞ」
「私ね」
コハクとすれ違って、俺はコートを羽織る。
髪なんて乾かさず、外に出る。
夜ご飯までは時間があったし、少しくらい良いだろう。
「湯冷めすると思うけどな」
俺の言葉に、シロは無言を貫いた。
風呂上がりで艶のある、街灯に照らされた白く眩しい髪を見つめた。
俺と同じ髪色。
……目の色も一緒だったな。
シロは振り返り、俺を見た。
普段目を合わせることのない、シロが。
「本題は? あの家じゃ話せないものね」
「……その言葉が出てくる時点で察してるんじゃんかよ」
あの家では話せないこと。
シロがあの場で隠したこと。
――知りたい。
「なんであんな行動したんだよ」
素朴な、率直な疑問。
俺が何よりも気になっていることだ。
冒険者が手柄を譲るなんてことは、あまり見かけない。
手柄を譲るということは相手に名誉を渡すことと同義。
それにS級冒険者が仲のいい低ランク冒険者に手柄を譲ったところで、その事実は冒険者ギルドによって見破られるだろう。
ただ、今回のような小隊での任務では、魔物を倒した人間を問われることはなかった。
だから、破綻することのない、完ぺきな嘘。
そう、その事実は真実となった。
「そうね。あまり目立つのは好きじゃないから、っていうのはどうかしら」
「……言い方的に今作り出した嘘にしか聞こえないけどな」
会話は続かない。
またもや無言になったシロは、俺の方へと歩いてくる。
その目は俺の目を捉えたまま。
「半分事実よ。それに、あなたにこの理由を教えたところでどうにかなるものじゃないわ」
「……そうかよ。俺は……俺達は足手まといか」
俺の目の前で、シロは動きを止めた。
俺よりも低い身長が、なぜか大きく見える。
俺の視線は下にあるシロの顔をみているはずなのに、なぜか見上げているような感覚に陥る。
「仲間のような口を聞かないで。私はこれからも一人で何とかなる」
「……お前が強いからか?」
そうね、と肯定し、俺の横を通り過ぎていく。
追うように振り返ったが、シロは止まる気はないらしい。
ただ、離れていく姿からは確かに強く、意志を持った言葉が返ってきた。
「……そう。私は強いもの。貴方達よりもずっと」
閉じられた玄関の扉はこの冬の夜に静寂をもたらした。
知りたかったことは知ることができず、結局夜の闇へと消えていった。
……何もできず、第二小隊の初任務は……。
――俺の一日は、終わった。




