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第44話『玉突き事故』

「ふはぁあ〜」


 デカいあくびをした。

 口を押さえながら、寝起きの息に顔をしかめる。


 聖裁ギルド新団員達をメインとして行われた小隊分けのための任務も終わり、今日はその結果が発表される日だ。

 別に強いからこの隊に、とかそんなことではなく、あくまで強さは参考程度、人間関係などの面で決められるらしい。


 あのネオン街での任務。

 小隊分け、というひと言で済ませてしまうには、あまりにも濃いものだったような気がする。

 竜神に、災害を引き起こした少年。その罰則は軽いものなのも気になるところだ。


 いや、終わったことだ。切り替えるべきだろ。

 俺は眠気覚ましを兼ねて、自分の頬を叩いた。


(ライさんは……まだ寝てるか)


 ライさんの自室からデカいいびきが聞こえてきたことから、俺は一人で勝手に料理を作ることを決めた。


 自炊久々にやるな。

 ここ一ヶ月の間、食堂で出されたご飯を食べていた。

 自分の料理が少し劣って感じるかもしれない。


 若干その可能性を危惧しつつ、食料保存室を開ける。


「えぇ……」


 一ヶ月前にもここを開けたが、内容はほぼ変わっていないと見える。

 ライさん、一回も自分で飯作ってなかったんじゃないか?

 幸い、腐りやすい食材はなく、長持ちする魔物の干し肉や、植物由来の魔物が育ついい土地で育った野菜などが多かった。

 ライさんは金をたくさん持ってるし、専門職の方の魔力で防腐加工もされてるだろう。


 俺は数ある食材の中から適当のものを選び、台所へと持っていった。

 じゃあ、始めるとするか。


ーーーーーーーーーー

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」


 二人で手を合わせて食事を終えると、ライさんは仕事があるようで家を出て行ってしまった。


 おそらく今日の小隊発表の準備とかそんなとこだろう。


「七時半……まだ余裕だな」


 九時に情報開示だから、ここからなら十五分前に家を出れば余裕をもって着くだろう。


 ゆったりとした動作で食器を洗い終え、朝のトレーニングが終わった頃には八時半を過ぎていた。


「げ……」


 急いで着替えを取り出し、歯を磨く。

 洗面台の鏡を見て、自分の左頬に触れる。


「……ふぅ」


 そうして俺は外に出た。

 十五分前、とはいかなかったがまだ余裕で間に合うくらいだ。

 それにしても懐かしいな。聖裁ギルド本部。

 ここ一ヶ月ネオン街で生活していたため、この街のすべてが懐かしい、と言ってもいいか。


「おぉ……揃ってんな」


 ネオン街で一緒に調査任務を遂行したメンバーがそこにはいた。

 全員が新団員、というわけではない。そこにはハナさんもいる。

 彼女はもともと所属していた小隊でのある出来事により、新しく小隊に入り直さなければいけない状況にあったのだ。


「キバ! 久しぶりっす!」

「一日ぶり、な」


 クロムは遠くから俺を見つけたようで、近寄るとすぐに声をかけてきた。

 そして俺の顔を見て、すぐに気になる点があったらしい。


「そのほっぺ……」

「痛そうってか?」

「それもあるっすけど……」


 俺の左頬には元々、アクロセスの失敗作に刻まれる模様があった。

 ネオン街の少年レオにその模様ごと頬を削られたことにより、その模様は見えなくなったのだ。

 治癒能力での回復は組織の再形成のようなもの。

 だから俺はあえてシズクから頬の治癒は受けずに、傷をそのままにしていた。


「まぁ、能力者だったのにこれが刻まれたままだと、さ。……例えばランクの偽装みたいな感じで世間的に良くないかなって」

「そうかもっすね」


 若干苦笑い気味に、クロムはそう言った。

 そういえば、クロムはアリエルさんとあの竜の相手をしていたんだっけか。

 あとからあの場にいた関係者に聞いた話ではだいぶ無理な戦い方をしたって聞いたが。


「そっちこそ、無理したって聞いたけど?」

「……まぁ、否定はできないっすね。もちろん今は元気っすよ! もう治してもらったっす!」

「まぁ、ならいいけどな」


 傷がどうのこうのって話じゃない。

 あのとき、クロムは自分の魔力が切れたのにも関わらず、そのまま能力を使い続けたらしい。


 魔力切れを起こしたとき、魔力の自然回復、その速度を速めて能力を使うことができる。

 ただ、これは血液だったり、筋繊維だったり、そういうものを犠牲にして行われるものだ。

 こうしていわば犠牲にしたものは、魔力として使用されるため自然回復以外に治す手段はない。魔力の基本的な回復手段が自然回復であるように、だ。


 まぁでも、この調子なら、今も無理はしてるだろうがクロムは大丈夫だろうな。


「あ」

「お!」


 二人同時に、いつのまにか本棟入り口に立っていた一人の男に気が付いて、声を漏らした。

 暗めの金髪でパーマのかかった男。

 あれは確か……。


「ついてこい。今回は転移はなしだ」


 あぁ。そうだった。

 入団試験時に会場を行き来するための転移、その際に管理していた人間だ。

 彼の命令に従い、場にいた全員が誰からでもなく、自然と列になって歩き出した。

 そうして一、二分ほどして、会議室のようなところへたどり着く。

 

 何かを書くためにあるであろう白い板に、ペン。

 目を凝らしてその板を見ると、すでに各々の所属する小隊番号が書かれているようだった。


「ここにある通りだ。これからはこの小隊での行動をほぼ強制されることになるが……まぁ、基本的に自由。買い物に行こうが故郷を訪れようが構わない」


 と、いうことらしい。

 早速あの板に近づき、自分の名前を探す。


『キバ・アクロセス 所属小隊番号:二』


 第二小隊、か。

 番号が早ければ早いほどいい、なんてことはない。

 あくまで五から八人、人数を分けるための班決めのようなもの。


「キバは俺と一緒の小隊っすね!」

「ん? ……あぁ、そうみたいだな」


 クロムに言われた通り、クロムの名前の横に書かれた番号は二であった。

 自然と、第二小隊に所属することになったメンバーが集まってくる。


「クロム、一緒になったわね」

「コハク! 竜と戦うときはありがとうっす!」


 三人目はコハクらしい。

 ネオン街で仲良くなった仲間のうち一人だが、俺自身に彼女との接点は薄い。

 クロムとは親しいようで、俺もすぐに打ち解けられればいいと思う。


「竜のときなんかあったのか?」

「……うん。あたしは近距離じゃ使い物にならないから、ネオン街の住人を避難させたあと、助っ人に来てくれたS級の人たちを案内してたの」


 大穴を空けて潜入したとはいえ、あの街は広大だった。

 ライさんからは、ちょうど俺達が潜入した日にS級の人達は動き出した、と言っていた。

 そして、案内してくれた数人の冒険者がいなければ到着が遅れていたかも、とも言っていたな。

 それがコハクだったわけだ。


 コハクはちらちらと俺の顔を見ては口を開き、閉じをくり返す。


「治さなかっただけだから。気にしなくて良い」

「そ、そう……」


 そんな理由に納得がいかなかったのか、それでもこれ以上深く追求することはやめて視線をそらした。

 まぁ、自分から治さない選択をするのは珍しい。仕方ないだろう。


「クロムくんじゃない。よろしくね」

「アイさんも一緒なんすね!」


 アイという女性は俺たちより年上である。

 ネオン街での接点は少なく、二、三回一緒に行動した程度。宿泊所で喋ることはなかったような気もする。

 というかクロム、顔広すぎないか?

 来る人全員がクロムと親しい。

 この明るい性格はうらやましい限りだ。


「これで四人……あと一人か二人、っすね!」

「そうだな」


 そうして二の番号が書かれたここに来る人間を見て、俺は思わず声を漏らす。


「……よろしく」

「よろしくっす!」

「……」

 

 俺とクロムがした挨拶に、返事はない。

 返そうとする素振りも、こちらを見る様子もない。


 この女の名前はシロ。

 ネオン街で行動を共にしたことがある……いや、共にはしてないか。

 結局あの後も一人で回ったのだろう、シロの名前は良い方面で聞くことはなかったように思える。

 ハナさんの決戦時チーム分けに名前が挙がっていたことから、実力は持ち合わせているんだろう。


「……どうするんすかこの空気」

「全員が思ってるぞ。多分シロ以外。」


 そんな会話をしていると、もう一人が、こちらへやってくる。

 あの人が救世主であることを願おう。


「アレクです。よろしく」


 爽やかにそう挨拶をしたのは、俺より一つ二つは上であろう男だった。

 やはりクロムは親しいようで、すぐに会話が展開されていた。


 アイ……さんも、コハクも、クロムも、アレクさんも、俺も。

 たった一人、シロという少女を除いて、自発的な自己紹介を終える。


 そんな状態のまま、ついに俺たちの、第二小隊は六人のメンバーによって結成された。


ーーーーーーーーーー

「うはー……」

「で、でっかい……」


 それは第二小隊が住む、家である。

 六人で住むことを考慮されているであろう大きさ。

 ライさんの家の三倍はあるような、そんな家がずっしりと構えていた。


「たっだいまー!」

「た、ただいま」


 クロムとコハクが入っていき、アイさん、アレクさんと続いて俺、シロの全員が家に入る。

 

 なるほど、まだ内装はないようだ。

 俺達がこれからこの家に作っていくことになるだろう。

 そこからは各々、家の中を徘徊した。

 こうしてぱっと見ただけで、六人に合わせて六つの個室、リビングのような大部屋、トイレは一階、二階に一つずつ。

 屋根裏も存在するにはするようだが、使う機会は少ないだろうな。


「んじゃ、まずは自分の部屋を決めるっすよ!」


 クロムがそう意気込んで、俺たちは会話するまでもなく、片手を握って前へ出した。


「最初はグー!じゃんけん……」


「ポン!」


 結果はアイさんとアレクさんの勝ち。負けた四人でのじゃんけんでも俺は大敗し、誰にも選ばれなかった風呂から一番近い部屋に住むことに。

 風呂近くていいじゃん、とも思ったが、この家には六人の人がいる。

 自分が寝たいときに風呂にはいる人間も出てくるだろう。おそらくこの部屋が不人気なのはそういう理由からだ。

 隣の部屋は……シロか。期待はしてないが、仲良くなれるといいな。

 せめて、ちゃんとした会話だけでも……。


ーーーーーーーーーー

「一番先に風呂もらうっすね」


 現在時刻は午後六時。夕食前といったところ。

 ちょうど一人分ほど、風呂にはいる時間がある程度。

 その一番風呂を勝ち取ったのはクロムであった。


「ちぇ……」

「なんだ、残念そうだな」

「あ……そうね、ほら。風呂はあったかいうちに入りたいじゃない?」


 今日深く関わり始めたばかりのコハクに話しかけると、少しの戸惑いと一緒にごもっともな答えが返ってくる。


「まぁ、その通りだな。冷めてもまた温めればいい、ってのも少し違う気がするし」

「ふーん……少しは話がわかるみたいね」


 なんで上から目線なのかはわからないが、固い表情が少し緩んだ気がしたので良しとしよう。

 そこからはポツポツと、いろんな話をした。

 ネオン街でのこと、俺の顔の傷のこと。

 やはりあの街で、治癒者に治してもらえるはずの環境でわざわざ傷を残していたのは俺ぐらいだったらしい。治りきらなかったものは含めず、だが。


 さて、今日の夕食だが、まだここに来たばかりで食材も何もないので、食材の買い出しついでにすぐに食べられる料理も頼んである。

 アイさんとアレクさん。部屋争奪戦勝者二人に、だ。


 その買い出しに名を連ねておらず、さらには会話にも登場しない人物が一人。

 シロである。

 彼女の立ち回りはネオン街で一緒のチームになった時と変わらず、人と関係を持つことに極端に消極的であるようだ。


「シロ……せめて自己紹介だけでもお願いできないか? ほら、ここには俺達とシロの三人しかいないだろ」


 俺の立ち回りも変わらず、できればみんなで仲を深めていきたい。

 そんな願いから、彼女に声をかける。

 数秒の沈黙のあと、彼女はこう答えた。


「私の名前がわかるのね。じゃあ、必要ないじゃない」

「……趣味とか」

「それ、重要なことかしら」

「……」


 コハクは頭に手を当て首を横に振り、俺は自分の顎を手で触る。

 シロという女子。これは……。

 俺の願いは早々に潰えたようだった。


ーーーーーーーーーー

「それじゃ、次は俺が入るけど、いい?」

「うん」

「おっけー!」


 夕食を終え、コハクが風呂に入ったあと。

 一応確認を入れつつ、俺は風呂場へと足を進める。

 長袖を脱いで、インナーを脱ぐ。

 ズボンへ手をかけようとして、冬の寒さに身体が震えた。


「……トイレ行くか」


 比較的風呂から近い場所にあるトイレのドアノブに手をかけ、扉を開ける。

 ドアノブはなんだか、水で濡れているような気がした――。


「え」

「……は」

バタンッ!


 ……いや、待て待て!

 見間違いだろう。

 この六人もの人間が住む家で、鍵もかけずにトイレを済ませる人間なんて。

 ましてや、服もろくに着ず、下着だけで便座に鎮座する女なんて。

 そう、存在しない。


 だから俺はもう一度、ドアノブに手をかけ、扉を空けた――。


「なんでもう一回開けんのよ!」

「ぐおっ……」


 チンッ!


 シャンプーの匂いと共に、俺の股間に蹴りがとんできた。

 威力など関係ない。当たる場所が当たる場所で、痛いものは痛い。

 俺が膝から崩れ落ちる直前に見えた顔は、紛れもなくコハクの顔であった。




 その後十分ほど、下腹部のあたりを抑える俺を見て「腹痛くてトイレ待ちか?」などと言い放って、アレクさんが風呂の霧の中へ消えた。


 このあとは必ず、次こそ風呂に入ろう。

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