第43話『災害』
北大陸全域が、雨に襲われた。
寒い冬に差し掛かった、とある一日。雨が降り始めて一ヶ月が経とうとしている。
「魔力切れのようですね」
「……!」
キバ・アクロセスは地面に膝をつき、立ち上がれすらしない様子。
この場にいるのは治癒者一人、加護者一人。
シュンという男も魔力切れを起こし、地面に座り回復を待つ。
『介入……しましょうか』
『――うん、よろしく頼むよ。あくまで手助けつて感じで』
団長である彼には、重大な仕事がある。
ここに駆けつけた、他の誰にもこなせない仕事。
それぞれに課された仕事をこなすため、僕達はピンチを迎えたこのギルド新団員一行の様子を伺っていた。
『こちらユウマ。……始めます』
動きを制限するに留めていた、あの少年『レオ』の人形達、その支配権を奪う。
全ての人形から震えが消え、ピタリと動きが止まる。
「時間だけ……作らせてもらいますよ」
その人形達から殺傷能力を奪い、レオの元へ走らせる。せいぜい稼げて数秒程度でしょうが、S級の僕たちには十分です。
「サンキュー、ユウマ。じゃあ俺は行くね」
「はい、十分に魔力補給させてあげてください」
キバ・アクロセスのもとへ向かうS級冒険者『ライ』の背中を見届けて、僕は次の戦闘場所へと向かった。
ーーーキバ視点ーーー
突如として、あの人形達が暴れだし、あの少年のもとへ走っていった。
もみくちゃにされる様子はなく、すぐに脱出しそうな勢いだが。
何にせよチャンスだ。これからどうするべきだ?
そんな事を考えている俺の右側から、ここ一ヶ月ほど聞いていない声が聞こえてきた。
「助太刀に参りましたよん」
「……え!? ラ、ライさん!?」
「どうもラ・ライです」
日常で見てきたライさんと何も変わらないライさんがそこにいた。
即座に俺の手を握って、魔力を分け与えてくれる。
じわじわと息切れが収まっていき、疲労感も少しずつ消えてきたような気がする。
「左のほっぺ、派手にいかれちゃったねぇ」
「あ……うん」
「ここから俺達が何とかする、なんて言わないよ。何も変わらない。これからもキバ、それに派手な髪色の彼に頑張ってもらわなきゃ」
そう言って、ライさんはシュンを指さした。
もうあっちの魔力回復はライさんが済ませたらしい。
「って言っても、時が来るまで。制限時間付きになっちゃうけどね」
「時が来るまで……?」
「まぁ、後で分かるよ。ほら! 頑張りな!」
バシッと背中を叩かれて俺は前に押し出される。
少年はもう俺たちと戦う準備万全なようだ。
ライさんは戦わない、と明言したわけではないが、話の流れ的にそうなんだろう。
「俺は怪我も治してもらってるが……お前は魔力だけか」
「シズクのとこに行ってる暇なかったからな」
万全になったシュンが隣まで来て話しかけてきた。
「作戦は?」
「……無いな。即興。アドリブだ」
「役に立たねぇガキだな」
「はいはい」
言わずとも、俺たちは同時に走り出した。
シュンが瞬転で位置を更新し続け、レオの壁の行き場を少しでも多く、そして一箇所に集まるその密度を薄く。
俺も俺で動き回りながらその壁に向けて殴り蹴りを繰り返す。
ドパッ!トプン!
相変わらず吸収される俺たちの攻撃。
瞬転でその壁の内側に入ってもまた次の層が待ち受けているようだ。
腕に魔力を集中させる。
そのすべてを残さず活性化し、足に残された微量の魔力を使って踏み込む。
今俺にできる最大威力で発動する覇力。
――バリィィインッ!!
液体のようだったそれは激しい破壊音をたてて割れ、その拳は少年へと到達した。
この一度に消費する魔力は大きい。
一ヶ月魔力補給なしでやり過ごせる俺の能力でも、打ててあと十発あるかないか。
「ゴフッッ……」
びちゃびちゃと音を立てて、少年の血が口から地面へと落ちる。
この隙にシュンが瞬転でもう二、三発打ち込み、さらにダメージを蓄積させる。
全く見えなかった勝ちが、今目の前まで迫っている。
「はぁあっ――」
ドゴゴォォォオオンッッッ!
「あっちぃ!!?」
「熱っ!!」
どこからか轟音とともに熱風が吹いてきた。
激しい揺れがこの部屋を襲い、まだ続くその音は地鳴りのようで、俺達の会話を妨げる。
「なん――。お前――るか?」
「シュン、なんて言った!?」
「だか――!」
「時間切れだね」
「ライさん!」
耳元でそう言われたので、振り返る。
その後はよく聞こえなかったが、惜しかった。あと少しだった。とかそんなとこだろう言葉が繰り出されていると思う。
「じゃあ――。崩れそう――、天井ぶち開けるね」
「……はい?」
直後、ライさんの右腕は天井に向けられ、その掌から高威力のビームが天高く昇った。
「久々に空見た気がする」
「雨雲だよ。空じゃない」
助太刀に来たS級冒険者のユウマさんも一緒に、俺はライさんの波動を足から出して空を飛ぶ荒業で外に出さた。
相変わらず暗い辺りを見渡せば、半壊したネオン街と、赤色の竜の姿があった。
何だあの竜……。
ここからでは見えないが、誰かが戦っているようだ。
「あの戦いが終われば、俺達の勝ちが確定するよ」
「あの竜なんなの?」
「……まぁ、S級相当とだけ言っとくよ」
さっきから驚きすぎて声も出ないが、魔物のS級相当……!?
それは一般的にS級冒険者10人ほどが揃わなければ討伐できない、そう位置づけられた魔物だったはずだ。
そんな災害みたいな奴がどうしてこんなとこに……?
ライさんは俺を地面に降ろし、その竜の方へと飛んでいった。
……なんか、神話を見てるみたいだ。
創破戦争時代の、もしくはその直後の、災害みたいな魔物がうじゃうじゃいた頃の話。
その一部分が、今目の前で起こってるみたいで。
「すげぇ……」
ハナさんの強力すぎる加護ありきで、俺はおそらくB-級……いや、B級程度。
素の俺の実力で言えばC-とかC級程度だろう。
(……遠いな)
ライさんはさっき、あの竜の情報を俺に濁して伝えたような気がした。
俺が弱いから?
もっと強ければ、聖裁ギルドの主力ならその事実をしれただろうか。
もっと強くなければ、俺の幼少の記憶は戻らないのだろうか。
なら、どこまで強くなればいい?
どれだけの年月をかければいい?
――俺がしたいこと、目指していること。
それをするのに、何が必要だろうか。
ぼーっと赤竜を眺めていると、穴の開いた地面からあの少年が這い出てきた。
「まだ……」
「もう終わったよ」
「……まだ……」
俺はこの少年のことを何も知らない。
ただ、北大陸に広く害雨を降らせた悪人。その程度の認識。
この少年が目指すものはなんだろう。
この雨は必要なものなんだろうか。
ゴガンッ!!
視界の隅から、ある建物の上部のほとんどがかたちを崩さず飛んできた。
俺の方ではなく、あの少年の方へ。
弱った、あの少年の方へ。
「クソッ……」
「……俺は」
バチバチッ!!
いつの間にか、俺とその少年は宙に浮いていた。
ドガァァァン……!!
ずっしりと地面に崩れていく、あの建物の上部を見下ろしながら、俺はその少年を抱えていた。
「なんで助けたんですか……」
「……なんでだと思う?」
そう問うと、その少年は見当もつかないようで口を噤んだ。
自分でも何やってるかわかんねぇよ。そりゃわかるわけないか。
ただ、俺は。
「なんでお前はこの雨を降らせたんだ?」
「……はぁ?」
ポカンとした顔で俺を見上げる。
そうして、俺の顔を見たあと空を見て、こう呟いた。
「……雨が、降っていたんですね」
「え?」
てっきりコイツが元凶で、何か目的を持ってコレを降らせているんだと思っていた。
違う、のか?
時折、あの竜のところから熱風が激しく吹く。
それに耐えながら、俺は質問を続けた。
「お前が目指すものは?」
「……それは……」
この少年はどうしても、口を開かない。
なんでか、それは俺には分からない。
ただ、悪人には変わりない。知らなくていい。
「あなたこそ、答えてください。なぜ僕を助けたんですか」
「……あの人形も、槍も、壁も、棘も。……それから、この雨も、街も。全部お前か?」
そう聞いた。
五年のうちに異常なほど発達したネオン街。急速に大きくなる雨雲。数多の人形に、大量の槍。
そのすべての規模感が、似ている気がした。
「……雨は知りません、その他は僕です」
「そっか」
俺の、予想とまでいかないが、考えが当たった。
なら、この少年を助けた理由はちゃんと理にかなう。
「じゃあ、お前の能力が便利で……すげーもったいないと思ったからだろうな」
「……あなたは……」
今度は、熱風に加え炎のようなものまでとんできた。
その少年を安全なところへ降ろし、俺はとあるビルのうえで一人になる。
「悪人に何言ってんだろうな、俺は」
お人好しが過ぎる。誰に似たんだかな。
この一件、冒険者に負けたネオン街での戦いで、自分一人の能力ではやっていけない、と。
周りに正しく自分を評価し、使ってくれる人がいればあるいは、と。
そう、考えを改めるかもしれない。
そんな少しの考えの変化で、あの少年はもしかしたら、世界を変えるような、そんな存在になるかもしれない。
五年の間、ネオン街のなかで一人の能力でやってきたんだ。
改心なんてするはずない……か。
雨が降る街の、暗い雲の下。
見渡す限り空のない偽りの空の下。
降るはずのない、星が降った。
ーー−イース視点ーーー
『避難済ませた?』
『全員大丈夫です。街の民も、冒険者も全員避難させました』
そう返答すると、少し間をおいて、優しく、少しハスキーな声が無線越しに聞こえる。
普段よりも少し、真剣になったようなその声を聞いて、俺は空を見る。
『じゃあ始めるよ』
暗い雲の下。
空も、星も見えない中で、一つ、二つと空に光の点が広がっていく。
みるみるうちに空一面を満たした光の粒はまるで星のようで、そのすべてが『彼』によるものだと理解している。
瞬き一つする間にその星たちは消え、目の前で暴れるS級相当の赤竜の腹部を貫通する。
「「グオォォォォオオオッ」」
大きく咆哮して、一段と強く地面を、街を荒らし始める。
だが、そんな様子を見てもこの場にいる誰も、この竜の討伐に介入しない。
分かっていたからだ。もう一つ瞬きをする間に、この戦闘が終わることを。
無線越しに、また、彼の声が聞こえる。
『黎明神剣』
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北大陸全域が、約一ヶ月もの間、魔力を持つものの一部に悪影響を及ぼす雨に、その雨雲に覆われた。
調査の結果、その原因はある研究者、まだ少年の能力使用時の魔力ロスによるものだと結論づけられた。
この一件はその少年の魔力ロス量の改善でもその少年の死でもなく、あるS級冒険者によって解決される。
聖裁ギルド団長の称号を持つ彼は、再びこの地に出現した数年前の事件を引き起こした赤竜を討伐するとともに、北大陸を覆う雨雲を一直線に割り、その地に星を降らせた。
彼の『黎明神剣』が、再び振るわれたのだ。
幸い、一人の死者も出ず、この一件は『星降る長夜の事件』として、聖裁ギルド及びギルド総管理院によって処理されることとなった。
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ーーーキバ視点ーーー
「お」
「どしたん?」
「この前のネオン街の事件、新聞になってる」
星降る長夜の事件。S級相当の赤竜が出現したにもかかわらず、奇跡ともいえる死者ゼロを記録した異例の事件。
あの少年『レオ』については、罰則はあったもののなぜか重い罰則はなし。
それにあの赤竜はレオの下についていた手下の一人だったらしく、歴史上約百年ぶりとなる定義改訂前の半竜出現だったそうだ。
彼女は力の核となる角を一時的に折られ、今はどこかの施設に収容されている。
また、この一件から形態を変えることのできる、人型に近い知能を持つ、などの特異な竜に関して、『竜神』と呼ぶことにしたそうだ。
太古から伝えられている龍神とは別、人種族として社会に在る竜人とも別の、新しい種族である。
「いやぁ、なかなか骨が折れる一ヶ月だったわ」
「一カ月調査任務してきたの俺なんだけど」
そういえば、もとはこの一件を通しての評価で小隊が決まる、というものだったか。
どんな結果になるか楽しみだ。
「明日、小隊発表されるから。九時にギルド本部集合ね」
「……はい!」
今は存分に、この休日を満喫するとしよう。




