第41話『雨空、光の呟き』
「右後ろ!」
「次、左前に抜けて!」
アリエルさんに指示を飛ばす。
彼女の反射神経と判断力のおかげで、今あの半竜と渡り合えている。
俺の能力も、機能している。
「手ごわい……!」
それでも、さすがは半竜。
さっきからほぼ槍みたいな金属を飛ばし続けているのに、被弾数も少なく、被弾後の傷も深くない。
体の一部、竜の特性を持つその場所には当然攻撃が通らず、弾かれる。
どれだけ魔力を込めて、速く鋭く突き立てても、だ。
「体力も凄いし……余裕だと思った自分が、馬鹿らしいっすね!」
「集中しろ、ブレスだ」
見ると、半竜の口元は赤く光っていた。
攻撃パターンにはある程度限りがあり、アリエルさんほどとなれば読むことは容易そうだ。
こっちだって、何度も避け続けるわけには行かない。
操っていた一柱の金属をもう一柱に勢いをつけて擦り当て、研ぐ。
先端が鋭くなったそれを、魔力の道をたどらせて思いっきり……!
ガイィィンッッ!
顎には竜の特性を持つ鱗がある。
刺さりはしなかったものの、今の攻撃はその顔を弾き、上へとブレスを放たせることとなった。
ゴォォォオッッ!
上にあった天井、そのうえにあったであろう地面。
そのすべてを消し炭にして、ネオン街に光の柱が立った。
それが消えたあとすぐ、この地下には雨が降った。
大規模な穴が空いて、外が見える。
やっべ……雨……!
この雨にあたって体調不良になった、そんな事例は後を絶たない。
だとしたら……ここで雨に当たるのは少しまずい、か……?
「……すいません!」
「問題ない」
アリエルさんはすぐ状況を把握し、面食らった半竜の脇腹を蹴り飛ばし、天井に穴のあいていない場所へと強制的に移動させた。
この戦闘は、この人のおかげで成り立っている。
俺のミスも全てカバーしてくれる。
「ははっ……凄ぇえ……!」
熟練した冒険者……戦闘での動き方が、今まで見てきた人と比べると段違いだ。
俺も俺で雨が当たらない場所での戦闘を心がけながら、アリエルさんと半竜の戦闘に文字通り横槍を入れる。
「む」
アリエルさんが声を漏らしたとき、俺も遅れて違和感に気づいた。
「体が……」
明らかに、半竜の体が大きくなっている。
アリエルさん越しに見たとき、はみ出している部分がさっきよりも多いような気がする。
それに……。
カァンッ!
かろうじて俺が放つ鉄片もダメージにはなっているようだが、はじめに比べて……貫通力が落ちている。
確かに魔力は少なくなってきた。
節約しよう、なんて考えてなくても、出力が落ちてしまっているかも。
――いや、そうじゃない。
「アリエルさんッ!!」
アリエルさんの体は宙を舞った。
そのまま壁からはみ出した細い鉄柱に突き刺さり、大きな衝突音とともに壁に張り付いた。
「くっ!」
分かってはいたけど、こっちに来るっすよね……!
大きな鉄板を駆使して自分自身をはじき飛ばし、迫りくる鋭い手刀をなんとか避ける。
鉄片も操りながら、いつでも鉄板を使って自分を無理やり動かせる状態を維持する。
「ぐっう……! 魔力が……!」
長くは持たない。
アリエルさんが復帰してきても、きっとボロボロだ。
復帰したとして、そのタイミングによってはアリエルさんの戦闘コンボが途切れて動きのキレも基礎のステータスも、大きく下がってしまうだろう。
なるべく長く休んで、それでいてコンボを途切れさせずに戦闘に復帰する。
……吹き飛ばされた後で、そんなことできるんすか?
できない……いや、信じるしかない、っすね。
今この戦闘の行方は、アリエルさんが握っているといっても過言じゃない。
コンボが途切れず戻ってきたところで、強化されているであろうこの半竜に勝てるだろうか。
それも、信じるしかない。
だから、やるしかない。
「魔力切れまで一騎打ちっすね!」
「お前は身体能力系じゃないだろう!?」
カァァァンッ!
一つ一つの鉄片に最大限威力を乗せ、半竜に向かわせる。
「かっ……は」
鉄板で自分を動かすのが少し遅れただけで命取り。
重く、突き刺さる一撃。
「げほっ……まだまだ……!」
自分を鉄板に乗せ、高速で半竜の背後へと回り込む。
それでも反応される……!
ドガンッ!
ヤツの頭の側面を蹴り飛ばして、目の前にアリエルさんが参戦した。
「すまないクロム、待たせたな」
「……いや、早いくらいじゃないっすか? もう少し休憩してても――」
「それではお前が死んでいた」
「……それもそうっすけど」
カッコつけさせてはもらえないらしい。
半竜もこの程度でやられるはずもなく、当然のように立ち上がる。
「踏ん張りどころだぞ」
「そうっすね……」
魔力もそろそろ切れる。さっきみたいな戦い方はできない。
最小限で最大限。
超難しいことだ。
ふと隣を見ると、右の脇腹のあたりから出血している。
おそらくさっきの鉄柱が刺さった箇所だろう。
弱音も吐かない、か。
俺だったら……もう辞めたくなってるかもしれない。
疲れで沈む気持ちを振り払うように、自分の頬をたたいた。
じんわりと、そのあたりが熱くなる。
「行きましょう!」
「あぁ」
体の一部が貫通している人間とは思えない速度で半竜のもとへたどり着き、正面からの殴り合いが始まる。
その大きくなった体から放たれる攻撃も重くなったのだろう。
見ているだけでも、受け流すのが難しくなったように思える。
なるべく小さな鉄片を、なるべく単純な軌道で、最小の魔力で最大速度で……!
ズギャンッ!
やっぱりあの皮膚は硬くなってきている。
以前までだったら貫通していたであろう威力だ。
『こちらシュン班。作戦通り一人撃破』
右耳の無線からその声が届く。
どうやら向こうは上手くいったようだ。
こっちは……どうっすかね。半竜がどれだけ動けるかなんて分からない。
報告が無いということはこのシュンさんの班以外の戦闘はまだ続いているようだ。
「は……!? うぐっ!」
「くっ」
半竜から、予備動作のないブレスが繰り出された。
なんだ……この感じ。
どうも嫌な予感がする……!
「アリエルさん! いったん離れて――」
ドォンッ!!!
鳴り響く轟音に思わず目を閉じる。
耳鳴りがする……。なんなんすか今の?
「怪我は?」
そう言われて、ようやく俺は目を開いた。
どうやらアリエルさんに抱えられていたらしい。
今の強すぎる衝撃で無線が壊れてしまったようだ。
「左腕を少しだけ……っすけど……。アリエルさんの左目が……!」
「問題ない、直接目への怪我じゃない。血がたれてくるから閉じてるだけだ」
真っ先に目に入ったアリエルさんの顔、そして周りへと目線を向ける。
そこに広がっていたのは……。
「な――。なんすか……これ……?」
数秒前とは全く違う、白い通路ではなく。
「もうヤツはあの狭い空間には収まっていられないらしい」
そう、その壁を突き破り、半径三十メートル規模で地面を抉られていた。
同時に、冷たい感触が体をつたう。
「雨……」
壁、天井だけでは足りず、地面すら突き破ってネオン街の地上へ出たようだ。
現在地、ネオン街のとあるビルの屋上から見下ろしてみると、先ほどより半竜の身体は二、三倍ほどになっている。
――そして、この戦いはこの街全体を巻き込むほどになるかもしれない、という想像が頭に浮かんだ。
「嫌な想像しちゃったっす……」
「私もだ」
ヤツは先ほどとは違い、竜の要素であろう鱗のような赤色を身に多くまとっている。
「クロム、これはこの班の役目だろう。果たす他ない」
俺の恐怖心を読み取ったのか、そう言った。
「そうっすね……やるしか、ない、っすね」
俺達は半竜へと向き直り、覚悟を決めた。
ーーーイース視点ーーー
「これが今までに、センから届いたデータです」
俺は目の前の人物に向けて、そう言って差し出した。
「ふむふむ……」
綺麗な顔に、左目の火傷の跡。薄く照明が当たって輝く金髪。
たくましくもスラッとした腕に指で、資料をペラペラとめくっていく。
「ん」
「どうかしましたか?」
数秒、間をおいて目の前の男は話し始めた。
「いやぁ、気になるとこがあってね」
「この雨が人の手によるもの、ということですか?」
「いや、それは雨に含まれる魔力の性質的に大体予想がついてたかな」
「じゃあ、もしかして……?」
俺が気になる点といえば、今も降るこの雨の話。
それと――。
「この、『半竜』の話かな」
データにあるのは、炎を吐き、格闘が主軸の戦闘スタイル、そんな半竜の話。
センが直接対峙したわけではないのだろう、あまり詳しくは記載されていなかった。
「五年前、ネオン街なんてのはこの大陸に存在しなかった。そこは分かるよね?」
「はい」
ネオン街は、わずか五年足らずで大都市と呼べる規模まで発展したのだ。
不審といえば不審だが、調査のため冒険者を送っても普通に街の人が暮らしているため、そこまで深入りはしなかった。
「五年前、ある事件……いや、災害とも呼べる、そんな出来事のせいで、もともとその場所にあった街は全壊した。その周辺ごと、ね」
「たしか……A+級の赤竜によるものでしたよね。俺はまだS級になりたてでしたから、その討伐任務には関わってないですが」
そのA+級の赤竜が起こした事件は、聖裁ギルドの資料にも記載されている。
「うん、結局その赤竜はS級が7人集まって倒したんだ」
「そうでしたね。久しぶりにその話を聞きました」
「でも、正確には――」
俺を見ていたその吸い込まれるような瞳は、もう一度資料へと落ちた。
「どこかに消えてしまった。それが正しいんだ」
そう。
この事件に関する資料には討伐完了と記載されたもの、行方不明と記載されたもの、二つのものがある。
前者のものが大多数で、世間的にもその竜は討伐されたということになっている。
そして、誤解をそのままにしておくほうが、大陸間の交流などの点で都合がいいのだ。
もし、この半竜があのときの竜なら、すべてが崩壊する。
今までそのままにしておいた上層部が、真実を伝えていなかったとして不信感を抱かれる。
知らなかったと嘘をついたところでいずれバレるし、バレなくとも上層部が管理するすべてにおいて、民からの安心感や信頼はなくなる。
「その半竜がそうかも知れない、ってことですか? でも、竜が半竜として、形態を変えることができるなんて事例は歴史全体でもごく少数じゃ――」
「まぁ、そうだね。ごく少数、言い換えれば『確実に存在する』。創破戦争後の時代にはもちろん、最近で言えば……ちょうど百年前の、北西大陸全体に及ぶ戦いでも、その事例はあった。」
ここ数百年では例外すぎて、皆の記憶からは消え去っているであろう、事例。
竜の形態変化。それはただ変化できるだけ、そんな生ぬるいものじゃない。
「今の時代では、竜の要素を持つ種族……主に人型の種族のことを半竜って呼ぶけど、形態変化ができるソレも間違いなく、半竜と呼ぶんだ」
昔から継がれてきたこの世界の歴史、その中にも半竜についての記載がある。
今とは認識の違う、半竜の定義が改訂される前の記載。
『明確に、人族に近い高い知能を持つ、竜』
この世界の最低級レベル、ゾンビですら『人族レベル』の知能を持てば脅威になりうる。
「これは……S級の出番だね」
そう言って、資料を机に置いた。
窓の外を見つめ、俺も思わず窓の外へと視線を向ける。
「……いや、僕の出番、かもね」
ネオン街調査任務が開始されてから二十九日目。
俺が今一緒にいる人物……『聖裁ギルド長』の称号を持つ男は、一向に止む気配のない雨の空に、ポツリとそうつぶやいた。




