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第35話『深いところへ』

 戦闘が起こった調査任務十二日目、その夜。

 俺たちはセンさんの指示により一箇所に集まっていた。


「今後の方針についてだ」


 そう切り出して、センさんは語り始めた。


「今日の俺の班は、おそらく今回の敵である人間と戦闘を行った。」


 周りがざわつき始める。

 やっと展開が進んだことを歓喜するものもいれば、どうしていきなり? と疑問を持つものもいた。


 俺はどちらかといえばその後者のタイプで、今、なぜこのタイミングで敵は姿を見せたのか疑問に思っている。


「何日経っても任務をやめない俺たちを見て、相手は俺たちのことを『排除』することにしたみたいだ。ヤツは戦闘後、俺たちを分析するようなセリフを吐いて消えていった」


 「判断力、マル」、そんな事を言っていた。

 こちら側を分析しているのはもちろんそうだし、前から俺たちのことを警戒していた側の発言としても受け取れる。


「今後は、ここの全員も接敵する可能性がある。より一層気をつけるように! 質問なあるやつはいるか?」


 するとあの派手髪の男が手を挙げ、座ったまま質問した。


「消えていったっていうのは、撃退したってことスカ? あんたが勝ったなら、今後襲撃の心配は減ると思うんスけど」


 舐めた態度での質問に、冷静さを崩さず答える。


「勝った、とは言えないかもしれないな。それでも、俺達は戦って、善戦した」


 立て続けにその派手髪が質問する。


「俺たちって……あんたほどの実力を持つやつなんて、ここにいないと思うんですけどねぇ?」


「ふん、それはどうだろうな?」


 センさんは俺のことを見た。

 直後、俺のことを指さす。


「知りたきゃ、あの白髪の坊主に聞け。質問の方向がズレてきたからな。……他、質問のあるやつは?」


 他に手を上げるやつはいなかったが、かわりに俺のことを見る視線は増えた。

 俺の周りのあの七人も俺のことを気にしていた。


 解散し、夕食を待つのみとなった俺のもとに、仲のいいメンバーとあの派手髪の男、そして耳の長くて気の強い女がやってくる。


「まじ? キバってそんなに強かったんだ!?」


「いや……あれは――」


「E+級の白髪のきみぃ。」


 クロムの質問への俺の回答を遮って、派手髪の男がやってくる。


「いったいどんな手を使えば、おまえみたいなちんちくりんが活躍できるのかなぁ?」


 ニコニコ、その笑顔の奥に怒りのような感情を感じる。

 圧が強い……。

 この男はセンさんを慕っている。

 舐めた態度は変わらないが、こんな奴が敬語みたいなものを使うほどだ。


「はぁ……。俺の実力、もあるかもしれませんが、あの戦闘で俺が活躍できたのは大部分がハナさんって人のおかげです」


「ふぅん……? あのバッファーはそんなに倍率が高いように思わなかったけどねぇ?」


 俺の実力だけじゃないことを知って気が済んだのか、男はブツブツとなにかを言いながら帰っていった。


「すまないな。昔からああなんだ。」


「大丈夫ですよ」


 耳の長い女は派手髪のケツを拭き、謝るために来たらしい。

 一緒にいた歴が長いのか、派手髪のことをよく理解している口ぶりだった。


 ……でも、そうだよな。

 ハナさんのバフ……。

 派手髪が言うように、倍率の高いものじゃないんだろう。

 センさんにかかったものを見れば、それが伝わってきた。


 なら、なぜ俺はあんなに強化された?

 ハナさんが意図的にそうしてるのか?

 いや、そのメリットは薄い。もっと別の何か……。


 数分考えて、一つの推測にたどり着く。

 俺はそれを確かめるべく、夕食後にハナさんと対話することを決めた。


ーーーーーーーーーー

「キバくん……話って……?」


 夕食後、ホテルに用意された天井がガラスで空がよく見える中庭に、ハナさんを呼び出した。

 ……ハナさんのバフ。俺の時だけ異常なほど伸びていた。

 なら、この差の理由を確かめる必要がある。


「来てくれてありがとうございます。ハナさんの能力についての話です」


 率直にそう伝えて、俺はハナさんの様子を注意深く見る。


「あの……」


 おどおどとしている。

 いきなりこんなにジロジロ見られたら戸惑うだろう。

 だから俺は早めに話を切り出した。


「ハナさんの能力は、自分の心の状態って関係するものですか?」


「……ぇ?」


 小さく、だがわずかにハナさんの動きが固まった。


「バフの倍率が、人によって違う気がしたんです。センさんと、俺で」


「…………」


 少し長めに沈黙したあと、ハナさんは観念したように話し始めた。


「まず、ヒーラーやバッファーは人の内側に作用させる能力者が大半です。外傷を治すのにも内側から。……その能力の性質の話なら、分かりますが……?」


 若干含んだ言い方をしたハナさんの目を捉えて、離さない。

 その能力の性質上、人によってバフの倍率が大きく変化する理由にはならない。


「それ以外には、何かありませんか?」


「っう……、はぁ……。ライさんと過ごしてきただけあって、鋭いですね」


 ハナさんは辛そうに微笑んで、自分の過去について語り始めた。


「昔……好きな人がいました。その人はいじめられていて、それを助けるために、私は力を使いました。……結果的に、私は彼を壊してしまいました」


 簡単に全容を話したあと、詳しくを語ってくれる。

 ハナさんが内気なのはもとから。

 でも、人におびえるようになったのは、そのときから。


 助けるために使った力で、その人を壊してしまった。

 それ以降人と深く関わるのが怖い。性質上、能力を思うように扱えない。


 辛い過去を聞き、俺はハナさんのことを知っていく。

 まるで外のような景色の中で、風の流れない、この静かな空間で。


「……良かったです」


「……え?? はい?」


 俺が呟くと、ハナさんはわからない、といった顔をした。


「その話を聞く限り、深く関わることができず、怯えているから能力が弱体化してるってことですよね。だったら――」


 俺は笑ってしまった。

 ハナさんが気づいているかわからない、事実かもわからない、その仮説に。


「俺のことは怖がってないし、少しは深く関わってるって認識してるって、そういうことじゃないですか」


「……あ」


 目の前の女子は顔を手で隠し、小さい声で笑った。


「……そうかも知れませんね。私は……。私はあなたを……怖がってない。事実ですよ、キバくん」


 今まで見たことのない、ハナさんの柔らかい表情を見た。

 これは、人に深く踏み込んだ瞬間、人が見せる本心からの笑顔。

 身に覚えがある。


 アイシャさんの家でふと鏡をみたときの、自分の顔だ。

 そりゃ、その感情自体は違うもの。

 だけど、それは紛れもなく本心からの表情なのだと、そうわかった。


「これで、また私の……キバくんへのバフ倍率は上がってしまったかもしれません。……嫌とは全く思いませんが、少し恥ずかしいですね」


 顔を赤くしながら、長い間笑顔を漏らしている。

 そんな顔されたら……こっちまで笑顔になって――。


「俺の恩人の、役に立てたようでよかったです」


「私にとっては、あなたが恩人ですよ、キバくん」


 ハナさんの言葉の詰まりはもう、とても少なくなった。

 俺だけが、ハナさんのこの一面を知っている。

 俺だけにしか見せない顔……。


 しばらく二人で会話して、俺たちは自分の部屋へと帰った。



ーーーハナ視点ーーー


 キバくんは、なんてことを言うんだろう。

 「俺のことは怖がってないし、少しは深く関わってるって認識してるって、そういうことじゃないですか」なんて。


 私にとって、今まで、彼はただ恩人という存在だった。

 私に踏み出す勇気をくれた、そんな存在だった。

 彼が言語化したことでわかってしまった。

 彼は……私に生きる元気をくれる人だ。


 あの日常から踏み出したのも、現状が嫌だと、そう気づけたから。

 彼が私を恩人と呼んでくれたことで、私の人生の何かが変わった。


「これで、また私の……キバくんへのバフ倍率は上がってしまったかもしれません。……嫌とは全く思いませんが、少し恥ずかしいですね」


 この言葉を、キバくんはどう受け取っただろうか。

 この対話を経て、関わりが大きくなったことで……。

 そういうふうに捉えるだろうか。


 でも、違うよ、キバくん……。

 私は……。


 自分の胸の内で、自分で気づくことのできたこの感情をとどめる。


 胸が高鳴るのがわかる。

 顔が熱くなっていく。


 そう、私は……君に……。


ーーーーーーーーーー

ーーーキバ視点ーーー


 今日一日を振り返る。

 ハナさんとの対話を経て、俺は彼女の悩みすら解決できるかもしれない、と考えていた。

 もし彼女の俺への力を他人に使えることができれば。


 ハナさんは、自分がバッファーという貴重な立場なのにも関わらず、ランクがうまく上がっていかないのを悩んでいる。


 この世界においてバッファーはなりたてでもB+級。

 そこからすぐに上に上がっていくことが多い。

 でもハナさんは冒険者になってすぐ、あの事件が起き、そこからずっと停滞しているんだとか。


 彼女が経験した事件によっての心の病、その根本的な部分を解決することができれば、きっと彼女の悩みは解消できる。


 素の実力じゃレイラに敵わない俺を、B+級のセンさんと一瞬でも肩を並べることの出来るレベルまで引き上げた。

 自分のことを役立たずと卑下していたが、このレベルのバッファーが……。


 役立たずなわけないじゃないか。ハナさん。


 いつの間にか俺の意識は落ちて、眠ってしまっていた。

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