第29話『三次試験』
ーーーカラス視点ーーー
「トイレ行くわ」
そう言って返事も待たず部屋を出ていったのはキバである。
目の前にいる女を見る。サキである。
俺はこの女に言っておかなければならないことがある。
「サキ」
「……なに?」
俺から話しかけられたことで少し驚いているようだった。
いや、それだけじゃない。
「人にどんな思いを抱くのも勝手だけど、それは試験が終わってからにしてくれ。二次試験の後半、あのときから全然集中できてないだろ」
「へぇ!?」
あのとき、とは、キバがサキを抱きかかえて迫る敵から逃げたときのことだ。
その後からサキの口数が減り、試験もうわの空のような感じだった。
「せめて入団試験が終わってからにしてくれって言ったんだ」
「いや! っでも! うん……そうだね」
反論が思いつかなかったサキはがっくりと肩を落とす。
「はぁ……。私だってこんなことになるなんて思わなかったのよ」
そう言って、席を立った。
「……私もトイレ行くから!」
バタンと扉を閉めて、この部屋には静寂だけが残された。
――戦場で発展する恋、か……。
それがいいのか悪いのかなんて分からないし、俺が決めることでもないんだろう。
ーーーキバ視点ーーー
「戻ったよん」
いきなりのその発言にカラスは若干引き気味な顔をしながら鼻で笑った。
しまった……。ライさんと喋る感覚だった。
「サキは?」
「トイレだ」
短く会話しつつ、俺は席についた。
その後俺がさっき入ってきた扉のドアノブが動き、ガチャリと開く。
「……ただいま!」
その扉からはさっきまで静かだったとは思えないほど元気なサキが登場した。
「スッキリしたか?」
「え?」
カラスがスッキリしたかとか聞くから思わず戸惑いの声が出てしまった。
それに対してサキは恥ずかしげもなく、晴れ晴れしい顔をした。
「うん! スッキリ!」
(えぇ……?)
……これ、トイレの話だよな。
こんな晴れ晴れとした顔で話すもんなのか?
一応、今日初対面だぞ?
俺は戸惑いを隠せないまま、三分ほどをこの部屋で過ごした。
「三次試験の会場にご案内いたします。本棟入口前へ向かってください」
放送が入る。
三次試験は会場が変わる。どんな試験をするんだろうか。
俺達は同じ道を辿り、入口前へと到着した。
「37班のサキさん、キバさん、カラスさんですね。こちらへ」
そう言われて、この女性の後を追う。
歩いて向かっているのはギルド本部を出るための門でもなく、先ほどの印があった場所でもない。
本棟の裏に回るようにして、建物の周りに沿って歩いていく。
「おぉ……」
「でか!」
もちろん、さっきのフィールド全体と比べたら小さい。
ギルド本部の中に『こんなもの』があるのが凄いのだ。
「三次試験は、あちらの闘技場で行ってもらいます。闘技場内には100m四方の戦闘場があり、それを囲うように観客席などが用意されている感じです」
その100m四方のなかで戦うんだ、と思った。
三次試験についてはあまり詳しく説明されないようで、あくまで推測。その域を出ない。
ただ、これが最終試験だということだけを聞かされた。
合格不合格の基準も、伝えられていない。
「では、三次試験頑張ってください」
そう言って俺たちを闘技場入口の外で待機させた。
中は見えないようになっているが、音漏れする衝撃音を聞けばわかる。
もう試験は始まっているのだ、と。
二次試験によって残りは29班となり、そのうちの28班がここに集っている。
この闘技場内で戦っているのはここにいない班なんだろう。
「どんな試験内容かは聞かされなかったな」
俺が話し始めると、カラスがそれについて推測する。
「そこも含めて試験なんじゃないか?」
「というと?」
そう聞くと一本ずつ、指を立てながら説明を始める。
「一次試験で見るものは個々の実力。二次試験では連携力や立ち回り。三次試験では即興力が試される、とかな」
俺達は即席のチーム。
事前情報無しに集まった三人。
それなら、どの班も二次試験や三次試験に向けて能力の開示を行うだろう。
一次試験、二次試験と、試験前にルール説明する流れが続いて、三次試験でいきなりその説明をなくすことで、試験への直接的な対策を立てられなくする。
二次試験では情報があったことで立ち回りの詳細などを話す時間があった。
今回はそれをなくし、いわゆるアドリブ力、即興力というものを見る。
……筋が通ってる。やっぱ頭いいな……?
「だとしても、私たちもうお互いの実力も能力も知っちゃってるし……、個々の実力でもなければ連携力でもない、ってなると具体的にどんなことするんだろうね」
試験についての説明がなかったのも、こういう想像力を試すためなのかもしれない。
よくできた入団試験だ。五大ギルドと呼ばれているだけある。
俺達が試験についての予想大会を開催していると、闘技場から一人、女性が出てきた。
「次は、22班の皆さん。こちらからお入りください」
次に俺たちが呼ばれてもおかしくない進み方だ。
慌てて各々、試験に向けて心の準備をする。
(やってきたことを発揮するだけ。そうすればきっと……)
「ふぅ……」
「緊張してる?」
「そりゃあ、するだろ」
サキに顔を覗き込まれたので、集中が途切れた。
楽しそうにしているサキをみてると、なんだか背負っていた重みが軽くなるような感じがする。
気が楽、というのだろうか。
程よく緊張がほぐれ、俺は前を向く。
そこから五分ほどして、またあの女性が顔を出した。
「次は、37班の皆さん。こちらからお入りください」
俺達は揃って歩き出す。
これが最終試験。
どんな試験が来ても、乗り越えてやる。
ーーーーーーーーーー
「では、あの戦闘場の上へ上がってください。開始の合図を送りますので、それを見て試験を開始してください」
そう言われて、戦闘場の上を見る。
そこには一人の男が立っていた。
赤みがかった黒とも、茶色ともいえるような髪。
その顔にかかっているのは……メガネ……?
「あ」
ライさんがこの人のこと言ってたな……。
何だっけか……?
俺達は戦闘場に上がり、その男と50mほどのところにあった印の上に立つ。
「俺はイース。聖裁ギルド第三支部長だ」
(……そうだ)
聞き覚えのあったその名前は、確かライさんとの修行開始から7日ほどしたころ、ライさんはS級の中でどのくらい強いのか聞いたときに出てきたものだ。
イースという名前。
能力は……。
「今から俺と戦ってもらう。ルールは殺人以外なら何でもいい。できるものなら、だけどな」
そう言って男は手をこちらへかざす。
「能力も教えておこう。俺は障壁の能力者だ。バリアのような障壁を生成する、それだけの能力。……っと、油断はするなよ」
バンッ!
イースさんがそう言うと同時に、開始の合図であろう銃声が鳴る。
「行くぞ」
俺は最大出力で走り出す。
バリアのような障壁を生成するだけの能力、言い方的にはメイン攻撃役のサポート向きの能力だよな。
でも、使い方によっては自ら攻撃役をできるほどの性能、ということもある。
俺はライさんの能力の使い方で、S級というものを学んでいる。
きっと……この人にも何かある。
「おらぁっ!」
と、右の大振り。
これに反応したイースさんは俺の拳の向かう先に障壁を生成した。
……攻撃を当てる気があったら一撃目はこんなに大振りをしない。
俺は拳を寸前で止め、その腹に向かって足を突き出す。
ガンッ!
イースさんの足元には影でできた沼。
それに引っかかったのは一瞬で、イースさんは『自分の足元』に障壁を張り、沈むのを防いだ。
俺が突き出した足にも対応され、新しく生成された障壁に攻撃が吸われ、意味のないものとなる。
横をサキの銃から発射された弾が通過し、弾道は曲線を描きながらイースさんへと撃ち込まれる。
それも見事に障壁で受け止め、イースさんは俺の目を見た。
「俺のターンだな」
最初のフェイクの右の大振り用に用意されていた障壁が、俺の顔面へ飛んでくる。
「いっ……っはぁ!?」
直撃した。
視界が歪んで涙が出る。鼻血もだ。
そんな使い方もできるのか。
やっぱりS級のこういうシンプルな能力持ちは戦闘の技術が磨かれてる。
顔を突き飛ばされて若干上向きになっていたのを追撃するように下から顎へと障壁が飛んでくる。
俺はそれにも直撃し、天を仰ぐように上を向かされた。
「ぐお……」
「キバ! 横!」
聞き入れた瞬間横をみると、障壁でできた柱のようなものがこちらに猛スピードで迫ってきていた。
(間に合わ……ない……!?)
身を屈めようとしたが、ギリギリで頭に当たるくらい。
スルッと俺の身体が下へ落ち、何事かと思えば俺の足元に影の池ができていた。
それのお陰でギリギリ避けることに成功し、俺はイースさんから距離を取るため、後ろへと飛ぶ――。
「え?」
ガンと背中を打ち付けた。
このなにもない戦闘場で何に……?
見ると、いつの間にか俺は障壁によって進路を防がれていた。
「援護頼む!!」
そう叫ぶと同時にイースさんの足元の影から手が伸び、その足をつかむ。
そして横からサキの高威力の曲射が数発、さらに威力の高い狙撃が数発撃ち込まれる。
そのすべては新しく生成された障壁に当たりズギャンと大きな音を立て、空中で塵となる。
俺はその間にイースさんとの距離を詰め、背中側から殴る。
だがその腕はイースさんの体に到達する前にガッチリと障壁で固定された。
カラスの手も同じように障壁によって掴み返され、動けないでいた。
ビュンとその障壁が動き、カラスは影から無理やり外へ出され、俺は上へと吹っ飛んだ。
「ぅ……あぁあっ!」
なんとか体をひねり、着地と同時にイースさんの頭に蹴りを入れる。
それも読まれ防がれ、逆に打ち込んだあとで重心が安定しない俺を横から動く障壁で吹っ飛ばした。
「かはっ……」
ズシャ、と、闘技場内に転ぶ音が響く。
カラスは腹にそれを打ち込まれて、サキは腕を障壁で固定されて動けない。
この戦闘場の上にある障壁の数々は徐々に俺たちの行き場を塞ぎ、そうして俺たちは動けなくなった。
ジワジワと、確実な敗北へと向かう。
……嫌な感じだ。
「37班、合格だ」
一瞬、時間が止まったようだった。
耳に届いた言葉を理解するのに、数秒かかった。
「……は?」
声にならない呟きが、闘技場の空気に吸い込まれた。
サキもカラスも、口を開けて固まっている。
「まずはキバ。お前の戦い方は『理想とする』ものだった。身体強化系の能力者は力に頼りがちだ。そこを、しっかりと基礎技術の部分で固め、冷静にフェイントも入れれている。これから成長するうえで期待できる」
「あ、ありがとうございます……?」
「次にカラス。お前の戦闘サポート能力は今の段階でも十分役に立つ。足元に沼、さらにそこから手も出せる。影を介して俺の攻撃を予測し、キバに警告したところも良くできている。魔力量と操作範囲を底上げできれば化けるだろう」
「は、はぁ……どうも……」
「最後にサキ。射撃技術はもうすでに極まっている。あと一歩だけ、お前が想像できているかは分からないが、将来、確実にS級へ到達する実力がある。今は分からないだろうが、それでもいい。着実に行けば後方支援役としてこれ以上ない力を発揮できるだろう」
「えっ、と。ありがとうございます!」
イースさんは全員分の評価を言い終わり、出口を指さした。
「あそこから出ろ。なるべくまだ試験を受けていないやつらと会わないように。会っても何も話すなよ」
その警告で、俺たちの三次試験は幕を閉じた。




