第2話『拾われた少年と始まりの会話』
拾ってくれた女性の家で過ごすこと丸一日。
今になってようやく、キバはこの女性と話し始めた。
「あのとき、俺を拾ってくれてありがとうございます」
「またそれ? 言ったでしょ、私たちはもう家族みたいなものだって」
女性は明るく、キバが接しやすいように振る舞ってくれている。
もとはこの家に関して、この女性に関して、何の関わりもなかった言わば部外者である彼が居心地の悪さを感じないように。
「でも、この感謝は伝えておかないとと思いました」
「う〜ん。それ受け取っておくからこの話は終わりでいい?」
女性は少し恥ずかしそうにしながら、キバから感謝を伝えられるという流れを切りにきた。
本人がいいと言っていることだ、彼は自分の気持ちを心のうちにしまっておくことにした。
ここで二人はようやく初対面の者たちが当たり前にするであろう自己紹介のようなものを始める。
「な…名前はなんていうんですか……?」
「アイシャだよ。私の名前はアイシャ」
「アイシャ……さん」
「うん!」
少しの気まずさに耐えながらキバはこの女性の名前を聞き出すことに成功した。
アイシャ。キバの恩人の名前。
「逆に、君はなんて名前なの?」
「……キバ・アクロセスです……」
「あぁ〜! やっぱりそうだったんだ!」
キバの生まれの家について予想できていたと言わんばかりに胸を張り、鼻を鳴らしてすごさをアピールしてくる。
キバの左頬の釣り針のようなタトゥーを見れば、生まれが三大名家であるアクロセス家であること、アクロセス家の失敗作であることがわかる。
この世のほぼすべての人が、分かるはずだ。
(そんなに胸を張れるほどすごいことではないと思うけど……)
「君の頬にあるそのタトゥー、アクロセス家の印だよね?」
「はい、多分、無能力者に付けられる失敗の印だと思います。」
キバは目を覚ましたとき、魔力や能力についての知識を失っていなかった。
ただ何もしなかったわけではない。ただ助けを待っていたわけではない。
自分の能力でどうにかしようと考えたのだ。
だが、一向に能力を使える気配はなく、一時間ほど奮闘してあきらめたんだ。
記憶を失い、自分の居場所も分からないような状況にいるキバでも、自分には能力が刻まれていないと予想できた。
その答え合わせをするかのように、地面に落ちていたガラスの破片で自分の顔を見ると、アクロセスの失敗作のタトゥーが入っていたのだ。
風呂に入ったときの鏡を見ても、洗ったあとなのにもかかわらずやはりそのタトゥーは消えていなかった。
……正真正銘、キバ・アクロセスはアクロセスの失敗作。能力を使えない、『無能力者』である。
「キバ君はなんであんなところにいたの?」
答えようとして、詰まる。
普通は詰まるところではないだろうが、状況も状況。
そう、キバがなぜあそこにいたのか、キバ自身もわからないのだ。
周りの人にも知り合いらしき人はいなく、答えを知ることもできない。
そんな状況だったのだ。
「それは……分からないんです」
「……分からない?」
アイシャは少し理解が及ばないといったような顔をして、すぐにキバに質問を投げかける。
「君は記憶喪失になってるってこと?」
「はい」
そこまで聞いて、ようやくアイシャはキバの境遇を理解したようで、少しの沈黙のあと、また質問を投げかけてきた。
「でも、名前は覚えてるよね。その他に覚えてることはないの?」
「覚えていること……? そうですね……」
キバは自分が覚えている全てをアイシャさんに話した。
ついでに、覚えていないことについても話した。
友人、家族など、自分の知り合いである人は記憶に存在しないこと。
住んでいた家の位地や内装は記憶にない。
どんな生活をしていたのかも覚えていない。
唯一、ある程度の計算や少しの世界の歴史など、教養的な面で覚えていることが多いということ。
自分の歳や、名前、好きな食べ物も覚えていたこと。
アイシャには、キバについての色々な説明をした。
「キバ君は……自分のことについてとか、友人についてとか。そういう自分記憶について、取り戻したいと思う?」
「……そうですね。できることなら取り戻したいです」
「そっか。じゃあ、この世界に冒険者っていう職業があるのは知ってるかな」
アイシャは今まで聞き手に回っていて、キバについての質問をするとき以外は話さなかったがが、ここで自分から話し始めた。
「はい。でも、詳しくは分かりませんが……」
「年齢、性別を問わず、自分の意思さえあればなれる職業。ちょっと特殊だけど、それが冒険者って言う職業なの。いろんな地域や国、なんなら大陸を旅するのも良し、魔物を倒してその魔物の一部を売ってお金を稼ぐのも良し」
「……はぁ……なるほど」
当時八歳だったキバでも、なんとなく、アイシャが自分に言いたいこと、伝えたいことがわかってきたような気がした。
「キバ君……冒険者を目指したら? もちろん、無理にとは言わないよ。本人の意志がなきゃいけないし。でもね、記憶を取り戻したいならいろんな場所を旅するのも、効果的だと思うんだ」
「……たしかにそうですね」
「それに、キバ君八歳なのにほかの同じ年齢の子たちに比べてしっかりしているような気がするし、うまくやっていけると思うよ」
三大名家と謳われているアクロセス家が生まれだからなのか、キバはどうやら周りに比べて敬語も、態度もだいぶ大人びているらしい。
「そうですか?」
「うん。今私が言ったことはそんなに重く考えずに、将来何になりたいか迷ったら、思い出してみて」
「……わかりました。考えておきます」
そう言ったものの、このとき、すでに決めていた。
その他の職業は分かるものがあるが、キバの冒険者に対する知識は浅かった。
たった今勧められた、よく分かってもいない冒険者という職業に、言葉では言い表せないが、惹かれていった。
(俺はいずれ冒険者になって、記憶を取り戻す旅をする!)
アイシャさんの家の食卓で、キバの中には確かな目標が生まれた。
ここが原点。
キバが冒険者を目指すことになったきっかけの会話だ。




