第20話『日常の動作、理屈で説明なんて無理』
ランニングを一旦やめて、俺たちは家へと戻ってきた。
まだ少し集中しないと走るという動作をするのは難しい。
殴る、蹴るとか、そういうのがいちいち集中せずにできるようになるまでは遠そうだ。
「久々に走って疲れたぁ! 腹減ったし!」
「一つも疲れたように見えないけど。腹減ったっていうのが9割以上でしょ」
「はは、バレた?」
ライさんはふざけたように笑う。
その声は乾いた空気によく響いた。
太陽が昇ってきて、朝までの寒さはもう感じない。
この北大陸の、夏特有のその温度差が感じられる。
「じゃあ、ご飯作るから。適当に待ってて」
俺はそう言って、ライさんをリビングへと押す。
「毎食、ありがとね」
「気にしないで」
いつものように包丁を手に取り、俺は料理を開始した。
(うーん……何作ろう……。牛丼とかでいいか)
丁度、牛肉が目に入ったので、俺は昼に何を作るかを決めた。
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「いただきまーす!」
「どうぞ」
昼、俺たちは同じテーブルに向かい、ご飯を食べ始めた。
「いやぁ、ランニングは前からやってたけど、能力発動中となるとなかなか難しいわ」
「元無能力者だもんねぇ。そういうのは慣れだよ、慣れ。っていうか……」
そう言うとライさんは俺の体を見る。
「体調とか、なんか変な感じあったりする?」
「さすがになめすぎ。ランニングじゃ別に体調崩さないって」
ライさんは少し笑ったあと、そうじゃない、と付け加える。
「俺が言ってるのは、身体と魔力の相性の話だよ」
「身体と魔力の……相性?」
すぐにその俺の疑問に答える。
「うん。たまに、身体が自分以外の魔力に拒絶反応を起こすことがあるんだ」
「へぇ……」
ライさんはそれを言われても顔色を変えない俺を見て息を吐いた。
「まぁ、そうでなくとも自分の本来の100%の力は出せないから。キバは本来もっと強い能力者ってことだよ」
そんなことを言われるとなんだか自信がつくな。
俺は一気に飯をかきこみ、こう言った。
「ぷはっ……早く修行しよう!」
ライさんはニヤリと笑い、同じように飯をかきこむ。
「さっさと外出るよ! 午後の修行の開始だ!」
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外に出て、カラッと乾燥した空気に強く差し込む日差しに思わず目を細める。
暑い、というわけではないが、室内にいたせいか目の奥にズシッと光が入ってくる。
「午後は山道を歩くよ。余裕が出てきたら走る。もちろん能力は発動しててね」
「……それだけでいいの?」
さっきまでランニングをしてたのに、歩く、という簡単なものでいいんだろうか。
「確かに歩くだけだとそう思うよね。でも、重要なのは山道の部分だよ」
ライさんはちょうど近くの傾斜を指さす。
そこには木の枝や葉っぱ、少し湿っている土に、たくさんの木々が生えている。
「あそこを見れば分かると思うけど、山道を歩くときは木を避ける、木の枝を踏まないようにする、滑らないように気をつける、とかいろんなことを考えるんだよね」
それに、と付け加える。
「そんなことを考えながら歩くから、平坦な道を走るよりも体幹に効いたり、速度が速めになればどの道を通るかっていう判断力も鍛えられると思うよ」
まぁ、実践あるのみ。
俺達は山の奥へと入っていった。
能力を発動してすぐ、土や草、自然の匂いが広がる山の中に、稲妻の音が響く。
「懐かしい匂いだ」
ライさんがそう呟いた。
「懐かしい?」
「俺の故郷は山脈の始まりである此処よりずっと北の方にあった村なんだよね」
思い出して、懐かしむ。
そのれから少し間を開けて、ライさんは少し悲しそうな顔をした。
「ある人型の魔物達によってもうなくなってしまったけど」
ライさんは自分の左頬を触りながら、そう言った。
その爪痕のような傷も、きっとその時にできたものなんだろう、と察することができた。
「山が静かだから少ししんみりするね。もうこの話は終わろう」
ライさんはすぐにいつもの笑顔に戻った。
先程の悲しさを少しも表に出さずに。
というか、少しずつ疲れてきたな。
話を聞きながら、動きを考えながら、能力を発動しながら傾斜を歩く。
同時にする行動が増えるだけでこんなにも集中力を使うと思わなかった。
能力を使わないいつもならこんなに疲れることはないのに。
「はぁ……はぁ……」
俺が息を切らしているのを見て、ライさんは口を開いた。
「やっぱり集中しながらじゃないと難しい?」
「うん、いつもの数倍っ……集中力を使う!」
俺が少し盛り上がったところでコケそうになりながらそう返すと、ははっと笑った。
「まぁ、難しいよね。幼い頃何も知らないまま歩くのをできるようになるのと変わらないもん。今となっては歩くのなんて簡単すぎて詳しく説明できないよね」
俺は能力を持たない状態から始まった。
今まで培ってきた身体の使い方、その感覚。
俺はそれにつなげて考えることにしているが、実際は少し違うだろう。
だから、身体の使い方も知らない赤ちゃんの頃、歩くという動作をできるようになるまでとさほど変わらない。
そういうことだ。
「確かにそうだ……。ライ……さんも、俺と同じ立場だったら苦戦する?」
「うーん……どうだろうね。今歩くという動作を理屈で詳しく説明できないように、キバが置かれてるゼロから能力を使うっていう立場を想像するのも……中々難しいや」
ライさんはそう答えた。
ごもっともだな。
俺は再び自分の体の動きに集中し、次の一歩、その次の一歩を考えながら歩き始めた。
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「ぅあ……。疲れた……!」
息を切らしながら、震えた足を見てそう呟いた。
ただの山登りが能力を発動しているとこんなにきついなんて……。
筋力増強系の能力を使えば足も速くなる。
だから山登りやランニングは楽だ、とばかり思っていたが、そうではなかったな。
まだまだ戦闘ができるようになるまでは長そうだ。
改めて、今後の俺の成長を予測した。
本当にここから1ヶ月ほどでそんなことができるようになるだろうか。
……大事なのは腕っぷしじゃなくて心構え、だな。
少し前に彼……、キラトさんと出会ったときに教えてもらった考え方。
俺は今日も彼に励まされている。
夜飯を終え、ベタベタの体を流す。
歯を磨き、布団に入る。
この間、ライさんとは特に他愛もない会話を続けていた。
(少しずつ、成長していくんだ。能力が使えるようになったからって急成長するわけじゃななかった。それにはそれ相応の難しさがあり、それを乗り越える努力も必要だ)
昨日、今日と過ごしてきてわかったことだ。
元、無能力者のキバ、能力を手に入れ最強に!!
みたいな話にはならなかった。
少し期待してたんだけどな。
俺は今日を振り返りながら、眠りについた。
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(あれ……?)
知らない天井。
肌に触れる暖かい風。
俺は周りを見渡そうとするが、頭を動かすことができない。
「――、――!」
誰かが何かを言っている。
その声も、その内容も分からない。
ただ、誰かが声を発しているということだけが分かる。
誰かの手が俺へと伸びてくる。
少し不気味さを含んだその手に、俺は思わずビビってしまった。
(おいおい……!?)
フッ――
俺の意識はそこで途絶えた。
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「はぁっ……はぁ……」
暑いわけでもないのに、俺は汗ぐっしょりで目を覚ました。
いつも通りの朝、何の変化もない家に、自然の匂い。
(なんでこんなに汗かいてるんだか……。悪夢でもみたっけ……?)
夢の記憶ははっきりとしない。
どんなものか、と聞かれても微塵も説明できない。
「あ、やっぱり起きた?」
珍しく先に起きていたライさんは、俺の汗だくの姿をみて驚くこともなかった。
「いやぁ、うなされてたねぇ。……怖い夢でもみた?」
ニヤニヤとしながら聞いてくる。
「そう……かも。こんなに汗かいてるってことは怖い夢でも観たんでしょ」
「小便漏らさなくてよかったよ。悪いけど、自分の弟子のお漏らしの処理なんてやりたくないからね。」
「バカにしてる!?」
「はっは! ごめんごめん!」
声高らかに笑いながら、テーブルを指さした。
そこには……。
「作ってもらってばっかりだと悪いからね。起きたついでに作っておいたよ!」
テーブルに並べられているのは、何の変哲もない白米に、卵一つ、醤油。
……TKG(卵かけご飯)か。
好きだからいいんだけど、普段に比べて質素な感じが出てるな。
「ありがとう、ライさん」
「まぁまぁ、そんな感謝すんなよ!」
俺達は2人で席に着く。
「「いただきます!」」
声が揃い、俺達は笑った。
俺が見ていた、怖い夢、悪夢。その詳細はもうどうでもよくなっていて、その余韻を残しているのは俺の服についている汗だけになっていた。
なにか、夢を見ていた。
その事実は疑いようもないことだけどな。




