第16話『新しい明日へ』
現在地はグランベリア、冒険者ギルド付近の医療施設。
俺は輸血を受けていた。
チルドは失った血までは治すことができず、今の所失血時は医療施設で輸血してもらうしかない。
あの声が、姿が、頭に残って離れない。
「強くなってね……か。」
別れ際、キラトさんが言った言葉。
あの魔物を一人で相手にするんだ。
きっともう死んでいるだろう。
「キラトさん……」
涙が出る。
俺はそれを堪える。
たった1カ月近く一緒に過ごしただけ。
アイシャさんのように何年も一緒に過ごしたわけじゃない。
それでも、この出来事に悲しさを覚えた。
それだけこの1ヶ月近い生活が俺にとって大きかったということ。
まだ、俺が強くなっていくところを見てほしかった。
新米冒険者である俺を拾ってくれた人に少しでも恩を返したかった。
こんな事を考えてももう遅い。
ファイバは……。チルドは立ち直れているだろうか。
この静かな病室に、俺が鼻をすする音だけが響いた。
ーーーーーーーーーー
輸血が終わり、俺は外に出る。
2人はどこにいるだろうか。
まぁ、とりあえず宿に帰ろう。
少し落ち着くべきだ。
俺はいつも通りの宿に入り、自分の部屋へと足を運ぶ。
見慣れた2人のシルエットが自分の部屋の前にあった。
「え?」
俺の視線の先。俺の部屋の前にいたのはチルドとファイバ。
「よぉ。少し話しに来た。今後についてだ」
「……うん。分かった」
そんな会話を交わし、俺たちは外に向けて歩き出した。
あの場所へ。
「……あの敵。強かったな」
「……うん」
ファイバの声が珍しく小さい。
「あんなのと戦ったんだから……。キラトはもう死んだかな」
「……生きててほしいけど、多分死んだだろうね」
ほぼ確実に死んでいるだろう。
俺たちが逃げる時間稼ぎで手一杯だっただろう。
勝つなんてできたもんじゃないはずだ。
ロウの墓場へと歩く。
地面を踏む音、風の音。
いつもは気にならないはずの沈黙が、今日はやけに目立っている。
「……キバが死ななくてよかった」
チルドがそう言った。
「ファイバから胸当てをもらったんだ。それのおかげだよ」
攻撃を食らったのは胸。
あの胸当てはもう駄目になってしまった。
だが、それがなければ俺も死んでいただろう。
「そうか」
「……」
また沈黙が流れる。
俺達はこの沈黙をどうにか誤魔化しながらロウの墓場へと向かった。
ーーーーーーーーーー
「晴れてるな」
俺達の気持ちとは裏腹に、空は晴れ渡っていた。
俺達がここからグランベリアへと帰る際の霧も、もう晴れていた。
もう、ロウの墓場はゾンビの巣窟ではない。
あの魔物ももういない。
直感でそう分かった。
「着いた」
予想通りそこにはもうゾンビはいなかった。
空はどこまでも青く、不気味さはもう残っていない。
(あれは……)
「キラトの兜に……、剣か」
落ちていたのはひどく破損した2つの防具。
周りに飛び散っている赤い血。
「ごめん。キラトが死んだのは俺のせいだ」
ファイバは、噛み締めるように言った。
だけど、それは違う。
「俺が一発で気絶してなければ今は変わっていたかもしれない。ファイバだけのせいじゃない」
流石に反論した。
一人で抱え込みすぎている。
「キバが一発で気絶したのも、俺の指導不足だった。もっとうまく師匠をやれていればこんなことにはならなかった。だから俺のせいだ」
「……俺がもっと努力してれば変わってた!」
それでも、ファイバは頑なに自責を続けた。
「俺がそう仕向けてれば良かったって言ってんだろ!テメェはまだ冒険者になって1ヶ月そこらだろうが!何もできなくて当然だ!」
俺を庇うような言い方。でも、態度はそうではなかった。
今にも殴りかかる勢いで俺を睨みつける。
「俺が悪いって……。全部俺が悪いって言えよ!それで終わらせたいんだよ……!」
「でも!そんなこと思ってない!もともと、俺がゾンビにさえ苦戦したの知ってるだろ!?ここまで鍛えてくれたのは誰だよ!」
俺を鍛えてくれたのはファイバ。
紛れもない事実だ。
「じゃあ……!俺はテメェが弱いのが悪いって言えばいいのか!?それだって俺にも責任があるだろうが!」
話は平行線だ。
一向に前に進まない。
「なんで全部一人で背負い込もうとしてんだよ!俺たちは仲間で!友達だろうが!」
その言葉から一瞬間を置いて、目の前の男は口を開いた。
「お前が一撃で気絶してなきゃ……、まだ結果は変わったかもしれねぇな」
ファイバは静かにそう言った。
普段のファイバから考えられない、悪意のこもった言葉。
「お前が弱くなければ!」
一瞬、言葉が詰まる。
「……お前がもっと強ければこんなことにはならなかった!」
俺の胸ぐらをつかむ。
仲間である俺に対して、本気で掴んでいないことが伝わる。
俺にそう言うファイバの、その目には怒りではなく、悲しみが滲んでいた。
ぽた……
「あ……」
気づけば、俺は泣いていた。
ファイバはそれを見てはっとして、声を漏らす。
「……言われて泣くくらいなら最初から強がってんじゃねぇ!全部俺が悪かったんだって責めればいい話だろうが!なんでそれをしないんだ!お前は!」
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
俺が泣いたのは……。
なんでそんな悲しい顔してんだよ。ファイバ……。
俺が泣いたのは……。
……俺はお前のつらそうな顔を見て泣いてるんだ。
この悔しさを、悲しさを全部、一人で抱え込もうとして、それが辛くて目に涙をためてるようなやつが……。
強がって怒鳴ることでしか今の自分のことを受け入れられないようなその状態が……。
「違う……。ちが……」
ここで、チルドが間に割って入った。
「もうやめろ」
いつもスンとしているチルドは、その目を腫らすほど泣いて、表情が崩れていた。
「あの人が喧嘩させるために俺たちを逃がしたと思うのか?」
その声に荒々しさはなく、でも重みがあった。
もう心の整理がついたんだろうか。
「俺はヒーラーだ。超治療とかいう能力を持っておいて、あの時俺は何もできなかった。魔力も尽きて、戦えるほど強くない。あの時の無力感は忘れられないだろうな」
泣いて震える声は、強く淡々と、前を向いている。
「キラトさんは俺たちにこんなことしててほしいと思ってるか?違うだろ。俺たちは前を向かなきゃならない。過ぎてしまったものはもうやり直すことはできない」
キラトさんはもうここにいない。
つい先ほどのことだが、もう過ぎたことである。
タイムリープは不可能だ。
失った命はもう戻ってこない。
「俺たちが後ろを振り返らないように、あの人は背中を押してくれたんだろ」
去り際の、「頼んだよ」という一言。
それが俺達の背中を押した。
「この責任は、みんなで背負って生きていこう」
そう決まった。
ファイバも、俺も、もうとっくに気づいていたんだ。
この言い合いが何も生まないことを。
それでも感情をぶつけ合ったのは、きっとそうしないと自分を許せないから。
何か理由をつけて、この気持ちの、責任の行き場を見つけようとしていた俺たちは、この一件で全員で責任を分け合い、気持ちを理解し合った。
……ただそれだけの話。
俺達は誰からというわけでもなく、お互いを許しあった。
キラトさんの兜と剣を最後に一瞥し、俺たちは帰路についた。
沈黙が流れる帰り道は、ここに来るまでのものとは違いどこか心地よかった。
空は先ほどよりも深みを増し、より青さを目立たせていた。
ーーーーーーーーーー
「じゃあ、またどこかで」
俺達3人はグランベリアに帰ってきた。
リーダーを失ったこのチームは解散する。
また新しくこの3人でチームを組むことはしなかった。
それは喧嘩で仲が悪くなったからじゃない。
その喧嘩で俺達は本当の友情というものを手に入れた。
だからこそ、俺達はそれぞれの目標を胸に、それぞれの道を歩むのだ。
「死ぬんじゃねぇぞ」
ファイバが最後にそう言った。
こちらとしてももうこんな思いをするのはごめんだ。
俺はまた、あのとき、初めてこの都市に来たときのように、1人で歩き出した。
でも、俺が背負うものも、心構えも、あのときとは大きく違っていた。
俺は今、新しい明日へ向かって、力強く一歩を踏み出した。
第一章 力なき旅人
この話で終了です。




