第15話『強くなって』
目が覚める。
諸々支度して外に出る。
看板前に着いたら、いよいよ朝練開始だ。
「準備できたら走るぞ」
今日も10kmのランニングだ。
ペースは初日と変わっておらず、少しずつ慣れてきたところ。
「よし。行けるよ」
「っしゃ!行くぞ!」
そう言って俺達は走り出した。
いつも通りの朝練が、今開始した。
ーーーーーーーーーー
朝練を終え、ファイバと一緒に冒険者ギルドに寄った。
「なんか静かだな」
ファイバがそう言ったが、俺もそう思っていたところだ。
昨日の人型の魔物討伐が大きかったんだろう。
「あれ?キラトさん……だよな。あれ」
俺が指差す方向を見るファイバ。
どうやら受付のルルさんと話しているようだった。
「キラト!」
ファイバが近寄り、声を掛ける。
「何してるんですか?」
俺もそれに続く。
キラトさんは少し驚いていたが、すぐに平常心に戻ったようだった。
「やらなきゃいけないことがあってね。任務に関することでちょっと」
ファイバはその話を聞いてつまんなそうだと判断したようで、俺の手を掴みその場から立ち去ろうとした。
「まぁ、頑張れよ!キラト!」
そんな捨て台詞を吐いて。
俺達は冒険者ギルドの外に出る。
冒険者ギルド内の騒がしさが消えたことにより、この都市全体も少し穏やかになった……ような気がする。
「今日は静かだな」
「そりゃ、人型の魔物にビビってた奴らが騒ぐのをやめたからだろ!」
ファイバもそう考えていたか。
それ以外考えられないもんな。
……。
ところで、一体どこへ向かっているんだろうか。
いつもなら今日は解散!とか言い出してる頃なのに。
「ちょっと寄ってこうぜ!」
そう言って指差したのは冒険者ギルド近くの武器屋。
この都市の中心、聖裁ギルド本部付近には良い武器屋があるが、俺達には物価が高い。
だからこの武器屋なんだろう。
「連れてきたぜ!」
どうやら以前から俺のことを紹介していたらしく、そう言って俺を前に押し出した。
「あ……。こんにちは」
「ほう……これが例の……」
「無能力者なのに能力なしの俺とやり合えるくらいなんだ!んで、頼んだもん出来てるか?」
「ったりめぇよ!1級品だぜ?特別に金貨1枚で売ってやる」
高い!……。と思ったが、ゾンビを大量に殺して来た俺たちは今までで合計金貨4枚ほどを稼いでいる。
「俺が出すからよ!遠慮しないで受け取れ!」
そう言って手渡されたのは重量の軽い胸当てだ。
質感は鉄に似ているが、そうじゃない。
それにしても……本当に軽いな。
これなら普段の動きに支障などないだろう。
「ありがとう……!」
誕生日でもないのに貰っていいんだろうか。
「強くなってきたし、少し難易度が高い任務を受けるときとかに、な!」
ゾンビ250体以上に加えて人型の魔物と戦って無事生還。
付いた傷もそう多くない。
そう考えると、本当に成長している。
ゴブリンとだって難なく戦えるかもしれないな。
「ゴブリン……と、もう一回戦いたいかも!」
そう言うと、ファイバは言う。
「次の任務で慣らして、その後の日の朝練で行こう!」
俺はその日、つまり明日の任務を終えて明後日の朝を楽しみに待つことにした。
ーーーーーーーーーー
次の日。冒険者ギルドにて。
「今回も前回と同じ内容の任務を受けるよ。場所もそんなに変わってないから、いつも通りやれば大丈夫だ」
キラトさんからいつものように任務について聞かされる。
「早く行こうぜ!」
ファイバは胸当てをつけた俺の姿を見ながらソワソワしている。
そんなに俺の戦闘シーンが見たいか?
でも……。こういうのをつけているだけで少しテンションが上がるな。
冒険者って感じだ。
「俺も……!早く行きたいです!」
思っていることをありのまま伝えると、キラトさんは急いで任務の手続きを済ませてきた。
「じゃ!行こうか!」
チーム全体のテンションが少し高い。チルドもだ。
全員がソワソワしている。
これが俺の新しい姿に対してだといいな。
ーーーーーーーーーー
「この辺だね!」
俺達は前回任務で来た場所へと戻ってきた。
「かかってこいや!!」
ファイバのそんな掛け声と同時に、また100体ほどのゾンビが湧いて出た。
(……?待て……前回はこんなだったか……!?)
周囲を見渡す限り、ゾンビが湧いたのは一方向だけ。
ロウの墓場と反対側に、前回と同じほどの数のゾンビが一斉に湧いた。
「っしゃ!やるぞおらぁ!」
「待って!ファイバ!」
キラトさんが珍しく大声を上げた。
その声色からは焦りが見られる。
「キラト……?」
「確認したいことがある……!」
そう言うと剣を構え、いつものように斬撃を飛ばした。
ズバッ!
「え……?」
いつものように突進してくるだけに思えるゾンビは、さらにその速度を上げ、俺たちをロウの墓場付近へと追いやる。
先ほどの斬撃で斬れたゾンビは2体だけ。
飛んだ斬撃はその2体だけを斬って消えていった。
さらにゾンビの速度が上がっていく。
俺はその動きに知能のようなものを感じた。
(明らかにロウの墓場へ追いやるような動き……!でもどうすることもできない!)
ロウの墓場以外への道はゾンビによって閉ざされ、俺達はその道を進むしかなくなった。
「走るよ!」
キラトさんの掛け声を合図に、俺たちはほぼ全力で走り出す。
ゾンビもその速度に追いつくとまでは行かずとも、ついてくる。
腐った足から出てる速度とは思えない。
(何かがおかしい……!嫌な予感がする……!)
「キラト!なんか嫌な予感がするぜ!」
ファイバも感じていた。
「僕もです!ロウの墓場へ行くのは危険だ!あそこへ突っ込んででも撤退すべきです!」
チルドもそこへ賛成する。
キラトさんは足を止めなかった。
「前回に比べ、足が異常に速い!ほかに強化されている部分があってもおかしくない!下手したら1体1体がゴブリンと同じ程度の強さの可能性だってある!」
そんなことを話し合いながら、俺たちはついにロウの墓場へと足を踏み入れた。
スペースが広くなったことで先ほどのゾンビたちに太刀打ちできる。
俺達は向かってくるゾンビたちに向けて走る。
「はあっ!」
拳が通用しないい場合も考慮し、念の為短剣でゾンビを斬りつける。
やはりその強度は上がっていて、一撃で倒せるものの使う労力は普段の倍近くだ。
「キバ!しゃがめ!」
頭上をファイバが通り抜け、次々とゾンビを蹴り飛ばしていく。
俺はその攻撃に当たらなかった取りこぼしを丁寧に倒し、この戦場を眺める。
ゾンビの数は普段と変わらない。
なんでこんな急に強くなった……?
ロウの墓場付近だから。
ゾンビの巣窟だからゾンビのステータスが上がっている。
様々な考えが浮かんでくる。
キラトさんの斬撃が飛ぶ。
ファイバの炎が広がっていく。
血の匂いに、焼けて、焦げた匂い。
いつも通りの戦場はどこか異質さを放っている。
ゾンビの数が減ってきた。残りは10体ほど。
「よし!これでラスト!」
そんな声とともにファイバは加速し、最後の1体を殴り飛ばした。
その瞬間。
ドッッ……!
「がふっ……」
俺は胸部に激しい痛みを感じた。
その痛みとともに、俺の身体は宙を滑り、近くの崖に叩きつけられる。
「かはっ……ぁ……」
呼吸の仕方を忘れるくらいの強い衝撃。
頭を強打し、視界が歪んでいく。
「――キバ!――!……」
ファイバか?なにかを叫んでいる。
耳鳴りがひどい。
何を言ったか分からない。
保とうとしていた意識はここで途切れた。
ーーーファイバ視点ーーー
「キバァ!クソッ!何が起こりやがった……!?」
突如、キバが俺の視界から姿を消した。
この嫌な感じ……。
強敵の登場ってわけか。
「よくも俺の下僕達を殺してくれたな」
上から聞き覚えのない声が響く。
「誰だテメェ……!」
俺は声のする方へ視線を向ける。
そこにいたのは……。
昨日殺したはずの、人型の魔物。
首元に花のタトゥー。
限りなく人に近い容姿。
「お前が……!」
昨日のやつは人によっちゃ長髪と呼べないくらいの髪だったが、今目の前にやつは誰がどう見ても長髪と言うであろう髪だ。
……こいつが本物か。
「少し時間をかけて下僕を集めたんだが……。お前たちのせいで台無しだ」
低く響くその声に思わず身震いする。
「なんで魔物が人間の言葉ァ喋ってやがんだ!」
言語を喋る魔物。
少なくともB級以上にならないとそんな魔物は居ないはずだ。
だが、こいつはそこまでの強さじゃあない。
俺たちが対峙するには強すぎるが、E+級ぐらいだろうな。
「もしかして、昨日僕たちのことを見てたんじゃないかな」
「もしそうだとしたら?」
キラトはコイツの存在に気づいていたのか?
「いや、ただの確認だよ。冒険者の勘ってやつさ」
いきなり現れて早々とキバを吹き飛ばした。
今気絶してるキバを見た感じ、胸を攻撃されたみたいだ。
(俺達は全員キラトに拾ってもらった……。今の俺がキバの師匠という立場だから感じる。キラト、お前こんな重いもん背負って戦ってたのかよ……)
キバが弟子だから、俺が師匠だから理解できた命の重み。
俺の中ではもう、キバは弟子とか以前に、友達として立場が確立されていた。
だからこそ、許せない。
目の前で不敵に微笑んでいるこの魔物が。
「貴様ら2人はさっきの雑魚とは違うようだな」
その言葉を聞いて、俺の中の何かが切れた。
「ファイバ!!」
この時の俺には制止の声は聞こえなかった。
能力を全開にする。
俺に出せるトップスピード。最大火力。
俺の全身から溢れる炎は、もはや魔力のそれではなかった。
肌が焼ける匂い。筋肉が軋む音。
それでも俺は、笑っていた。
「よくも、俺のダチぶっ飛ばしてくれたなァッ!」
ーーーチルド視点ーーー
「なんだ……?あれ……」
目の前で繰り広げられる戦闘は、俺が見てきたはずのファイバのそれとは別物だった。
その戦いはいつもの炎を噴射して戦うスタイルではない。
その身体全体が燃えていた。
ここら一体に轟音が鳴り響く。
「ファイバ……。お前は……」
「あんなファイバは初めて見たね」
キラトさんが言う。
全くその通りで、キラトさんもその姿に思わず笑みをこぼしていた。
「下手したら……今の僕以上かも」
「2つのランクの差はそう簡単に埋まらないですよ。俺はキバを治療してきます。生きてさえいれば治せるので、何とか持ちこたえてくださいね!」
目の前の相手を前にして、俺はもう勝つという考えは浮かんでこなかった。
すぐにキバのもとへ向かい、治療を施す。
「起きろ……!頼む!」
ひどい出血だ。
魔力が流れていない身体であんな攻撃を食らったらそりゃこうなるだろう。
幸い、身体の欠損はない。
俺の奥の手を使わなくて済むな。
今の俺では、使えば魔力切れギリギリになってしまう。
温存しておこう。
俺はキバを肩に担ぎ、キラトさんのもとへ向かう。
キバの意識は戻ったが、安定していない。
感覚的には気絶している最中と言えるだろう。
「キラトさん!キバは何とか意識を取り戻せそうです!ファイバも呼んでみんなで――」
「撤退だよ。チルド」
俺が撤退を促そうとした矢先、キラトさんからその言葉が出てきた。
「はい!じゃあ僕はファイバを――!」
そう言いながら先ほどファイバが戦っていた位置に目を向ける。
「――え?」
そこには、片足を欠損し、出血で今にも意識を失いそうなファイバが倒れていた。
(早く治さなきゃ……!)
「ファイバとキバを担いで、3人で逃げるんだ。僕はここに残る」
(……?今なんて言ったんだ?この人……)
「いや……、ちょっと待ってくださいよ!みんなで逃げましょう!勝ち目ないですよ!」
「分かってるさ。それでも、僕は君達3人、全員に生き残って欲しいんだ。全員で逃げたら追ってくるだろ?だから一番強い僕が食い止める。」
たしかにそう言った。
はっきりと、「僕が残る」と言った。
その事実はとても受け入れられたものではない。
俺のことを拾ってくれた人、その命。
この2人の友達の命。
俺はヒーラーだ。
できるだけ多くの人を救いたい。
「……わかりました……。絶対生きて帰ってきてください」
「うん、信じて」
会話を交わした。
最後になるであろう会話。
俺は倒れているファイバのもとへ走り、迷うことなくそれを使う。
「……命生帰還!」
ポウッと手の平全体が淡く光る。
ファイバの欠損した足は、みるみる治っていく。
この技は欠損した部位の神経、筋肉、血管、魔力管。そのすべての再形成。
命ある限り、この技で救うことができる。
治療が終わり、ファイバを担ぐ。
俺の魔力はもう底をつく。もう誰ひとり治せない。
……俺は無力だ。
ーーーキバ視点ーーー
目を覚ますと、さっきの壁付近ではなく床に寝そべっていた。
「起きた?キバ」
いつものように君付けがない。
違和感があった。
「キラト……さん……?」
チルドがこっちに走ってくる。
ファイバを担いで、つらそうな顔をしながら。
「きっと、君はもっと強くなる。だから僕に見せてくれ。君の旅路の果てを」
「なにを……言ってるんですか……?」
理解が追いつかない。
意識を失い、起きたら血まみれのファイバを担いで走るチルドに、覚悟を決めたような顔のキラトさん。
(待て……。この人もしかして……!)
「だめだ……!キラトさんが死ぬのはだめだ!」
「じゃあ、生き残るのには他にどんな方法があるんだい?」
……。
それ以外に方法はない。
目の前の敵は強力すぎる。
段々とチルドが迫ってくる。
「強くなってね。キバ」
チルドが体に力の入らない俺を担ぎ、グランベリアへと走り出す。
キラトさんは最後にこちらに視線を向けた。
「頼んだよ」
それは俺だけじゃない。
全員に向けた言葉だった。
ロウの墓場はどんどん遠くなる。
チルドの荒く、乱れた呼吸。鼻をすする音。
ファイバがキラトさんを呼ぶ声。
俺はただ呆然と眺めていた。
遠くなり、木々で邪魔され、霧で邪魔され、その場所はもう見えなくなった。
この日、キラトさんは霧の中へと姿を消した。




