第9話『仲間を想う気持ち』
初任務を終えた四人は、来た道を引き返し、約四十分ほどで冒険者ギルドに着いた。
任務を終えた報告と、魔物を倒した時に出る魔石を換金しに来たのだ。
「これが倒した八体のゾンビの魔石です」
キラトが袋に詰めていた小さな魔石を冒険者ギルドに提出した。
魔石というものは、倒す魔物によって大きさも質も変わる。
E-級のなかでも倒しやすいとされるゾンビはもちろん、小さく質の悪い魔石を落とす。
「こちらが今回の任務報酬と、魔石分の報酬となります!お疲れ様でした!」
故に、ゾンビを八体倒した程度ではろくな金にならない。今回の成果は銅貨二枚。
これだけの資金でできることと言えば……少し良い水を買える程度だ。
参考までに、キバの泊まっている宿代は、半額になった状態で銀貨三枚。銅貨換算で言えば、三十枚だ。
「今日は記念すべき初任務生還の日。それに……」
キラトはそこまで言うと、キバの方へと目を向けた。
「キバくんが、立派な冒険者になった日だ」
なんとも言えない感情が、キバの心から溢れてくる。
今日、否定され続け劣等感を抱いていた自分の力で……。この『無能力』という特性を背負って、この人たちと肩を並べた。
肩を並べるというのはおこがましいかもしれない。
でも、少しぐらいつけあがったっていいだろう。
「祝いに、みんなでご飯でも食べに行こうか!」
キラトがその言葉を口にしたあと、少ししてから、「もちろん僕の奢りだよ」と付け足した。
キラトとしてはもともとそうするつもりだったが、ファイバの期待のこもった眼差しの圧が凄かったようだ。
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四人は冒険者ギルドから少し、本当に少しだけ歩いて、ある酒場に到着した。
そこは冒険者たちの声で賑わいに賑わっていて、外にまで少し聞こえてくるほどだ。
机にコップを打ち付けていているであろう打音。
よほど面白いことでもあったのか、冒険者たちが爆笑する声。
キバにはこれまで、こういう賑わい方をしている場所に触れた経験がないため、少し抵抗があった。
だが、今の彼は少し調子に乗っていた。
その抵抗すらもワクワクに変え、酒場の中へと足を進めた。
中の様子を見て、キバは胸を躍らせる。
若干橙色が入った暖色系の照明に、たくさんの人が楽しむ光景。
不思議と、さっき外から聞いていたとき、キバがこの場所におぼえていた抵抗感は消えていた。
空いた席に座り、四人で丸机を囲む。
店員を呼び、注文を取ってもらった。
こういう場に欠かせない肉系はもちろん全員が。
加えて自分用にチルドは野菜を頼み、ファイバは肉を追加で頼み、キラトは酒、キバはアップルパイ。
なんとも個性の出る注文となった。
注文したものが来るまで待機する以外にやることもないので、四人は談笑し始める。
「キバ君はすごいですね。初戦闘だと言うのにちゃんと、自分の力で向かっていった」
会話が始まる最初の台詞、これを言ったのはチルドだ。
「そうだね。無能力者で冒険者になりたて、初戦闘となれば、足がすくんで何もできない人が多いんじゃないかな」
キラトもキバへの称賛に賛同する。
「俺があの時動けたのは、あなたたちのおかげです。ありがとうございました!」
確かにキバはキバ自身に(よくやった!)と思ったが、これは本当にこの人たちのおかげなのだ、とも思っている。
D級冒険者であるキラトが「援護する」といってくれたから、安心して目の前の魔物に集中することができた。
チルドがいたから、安心して目の前の魔物と戦いに行けた。
……ファイバがいたから、あの時生き残ることができた。
無能力者であるキバに強く当たってきたファイバのことは、キバ自身あまり認めたくない気持ちもある。
だが、そんな気持ちをも飛び越え、ファイバはキバの予想以上の強さを見せた。
素直に感謝すべきところだ。あとでありがとうと言っておこう、とキバは思った。
尊敬することは大切なことだ。
自分が嫌いだからといって、何でもかんでも差別するのは世間的にも、キバ的にもあまり好ましくない。
このキバへの賞賛の波に、ファイバが乗ってきた。
「たしかに、あのとき自分の足で動いたのはなかなか良かった。よくやった」
キバよりもすごい人からの「すごい」でも、その言葉への賛同でもない。
キバがいま一番欲しかった言葉を言ってくれたのは、この波に乗らないとばかり思っていた1番意外な人物、ファイバだった。
自分がキバより上だと思っているのを隠す気もない、そのストレートな物言いが、いま一番欲しかったもの。
いくらすごいと褒め立てられたところで、あなたのほうがすごい、となってしまうところ。
それが、よくやった、という言葉であれば、素直に受け取ることができる。
「……ありがとう」
店員ががちょうど1つ料理を届けてくれたこともあって、キバは頬をかきながらそう言った。
もちろん大部分はあの言い合いのせいである。
(気まずい気持ちが向こうにまで伝わってないといいな)
……と、そんなことを思ったが、すでにファイバは今届いたばかりの肉にありついていた。
(ファイバは人の気持ちに鈍感そうだし、伝わるわけもないか)
その後、他の料理も続々と運ばれてきた。
全員の飲み物が揃った段階でキラトが乾杯の挨拶を始める。
「初任務、お疲れさま。今日は無事に帰ってこられたこと、それだけで十分に祝う価値がある。明日からもみんなで、笑って帰ってこよう。
乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
乾杯の音頭のすぐ後、三人の声が重なり、小さな樽のような見た目のコップがぶつかり合った。
丁寧な口調で話すチルドも、敬語を心がけてきたキバも、今はそれを忘れて乾杯と叫んだ。
キラト以外の三人のそれが重なって、少しだけ笑いが起きる。
それから四人は色々なことを話した。
今日の任務を振り返った。
明日のことを、これからのことを話した。
キバが初任務出発のすぐ後に記憶喪失について話したように、三人の人生についても話してくれた。
各々の冒険者を目指し始めたきっかけは、もちろん全く異なった。
チルドは自分の能力で人を助けるため。
ファイバは強くてかっこいいと思ったから。
キラトはもう昔のことで覚えていないらしい。そんなに歳を重ねてるようには見えないものだが。
もちろん、キバもあの時、こういう時のためにとっておいたアイシャの話、仕事探しの苦悩の話などをした。
この話たちの内容も内容。人生について語っているのだから、飯を食べ終わる頃ちょうど話し終わるくらいだった。
もちろん、雑談などを挟んだりもした。
四人でごちそうさまをしたあと、キラトは予定があると言って一足先に帰った。
ファイバは最近成人したばかりのようで、飯を食べ終わった三十分後の二十時頃、冒険者カードの更新をするために冒険者ギルドへ戻っていった。
酒場には、キバとチルドの二人だけが残った。
会計はキラトがしてくれたため、店をあとにする。
話すことも話しきってすることもないので、二人は別れることになった。
……だが、別れる直前、キバはチルドから引き留められる。
「僕的には、君ともう少し話したいことがあったんだった。ちょっと付き合ってよ」
チルドも今年16歳、つまり成人になった。
普段はあまり会話で見せない積極性から、酒の酔った勢いでこうなっているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
普段と変わらない……。いや、普段よりも少し真剣な眼差しが、キバにそう感じさせた。
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二人は酒場から少し離れた、少し開けた場所で立ち止まる。
街頭と月の明かりだけが届くこの場所で、二人はこれから、大切な話をする。
「話したいことってなんだ?」
「……チームのこと、かな」
そう言われて、キバ少し驚いた。
……多分、あのことだろうと、キバも予想がついた。
「今日の打ち上げ、どうだった?」
いきなり本題、とは行かず、少し遠回りをするようだ。……いや、この話もこれからするであろう話に関係のあることだ。
「心から楽しかった。今までこんな経験はしたことがなかったんだ。仲間っていう存在に少し戸惑う部分もあるけど、俺はチルドに、ファイバやキラトさんに出会ってからの少しの間で、三人がとても大切なものになったよ」
キバの本心。包み隠さずチルドにぶつける。
「きっとそれは間違ってない。でも、ファイバに対して何か思うところがあるんじゃない?今日だって気まずそうだったし」
(やっぱりその話か)
キバはあの言い合い以来、ファイバのことが少し苦手であった。
ファイバの言うことは正しかった。
無能力者だから、と頭ごなしに差別してくる大人とは違って、ちゃんと正しい事を言っていた。
でも、キバにはそれを認めることができなかった。
仕事を探していた一年半の間、無能力者だから、という台詞を何度聞いただろうか。
『無能力者が軽々とやっていけるほど、冒険者ってのは甘かねぇ』
ファイバに言われた言葉。きっとその通りだ。
今日のあの瞬間、キバは足がもつれて転びそうになったことで攻撃に体重が乗り、ゾンビを殺すことができた。
あの時もし、足がもつれていなかったら、キバはゾンビを殺すほどの威力を、あの短剣で出せただろうか。
それもきっと違う。
できたかできないかの話じゃない。
「ファイバは口が上手くなくてさ」
ファイバと過ごした短い時間の中でも、口下手さは際立っていた。チルドの言う通りなのだろうと、キバも理解した。
「褒めるときは直球に褒めるけど、何か心配していることとかを伝えるとき、言葉が強いせいで誤解されちゃうんだ」
そこまで言うとチルドは、分かっただろ?と言わんばかりの顔をした。
あの時、ファイバがキバに言った言葉は。
キバに伝えたかったことは。
『記憶を探すために冒険者になったと言ったキバの覚悟を試す』ために、あの言い方なのだ。
ファイバは、かっこいいから冒険者になったと言った。
さっきの酒場での話だ。
そうして、軽い気持ちで任務を受けて、痛い目を見たとも言った。
その怪我を見てキラトさんが拾ってくれたそうだ。
すでにキラトさんのチームだったチルドに治してもらったんだ、と。
キバもそうならないように、気をつけろ、と言いたかったんだろう。
チルドと話すことによって、自分の頭の整理がついていく。
「僕にも仲間を大切に思う気持ちがある。ファイバとキバには仲良くしてほしいんだ」
チルドはキバのどこかスッキリとした顔をみて、そう言った。
「ありがとう。俺、行ってくる」
そう言って、その場をあとにした。
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現在時刻は21時手前。
ファイバの冒険者カードの更新は終わっているだろう。
キバは冒険者ギルドの前まで走ってきた。
1人でいるキバに、1人の男が近づいてきた。
「よぉよぉ、無能力のガキ」
いかにも悪役ですというような声のする方向を見ると、それは1人の冒険者だった。
「てめぇが冒険者登録をしたとき、会話が聞こえてきてなぁ。てめぇみてぇなやつが冒険者を名乗るんじゃねぇよ!」
そう、こんな感じだ。
キバの過ごしたあの1年半も、こんな感じだった。
無能力というだけで否定される、差別社会。
そうでない人もいるが、それはごく一部。キバは関わる人間に恵まれている。
「ゾンビを目の前にして、ビビりまくって泣きべそかいてたやつがよく言うぜ」
聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
……ファイバの声だ。
「そいつは無能力者だ。でも、立ち向かう覚悟と勇気を持ってる。すぐに逃げ出しちまうお前とは立つ舞台が違ぇんだよ。」
「なっ――てめぇ!!」
ファイバはその男を殴り飛ばした。
その動きは――。
「こんな単調で読みやすい動きも避けれねぇなら、お前はキバに負けるぜ」
そこまで言うとその冒険者も引いていった。
いかにもな捨て台詞を吐いて行ったが。
「ありがとう、ファイバ」
もう、言い淀むことはなかった。
ファイバについて知った。
チルドと話したから、こうやって冷静になれた。
「あ?お、おう……。当然だろ」
ファイバは酒場でのキバのように、頬をかきながら言った。
根は仲間思いで優しく、言葉が強いから誤解される。
(やっぱりファイバは……そういうやつなんだ)
「任務中も、後ろのゾンビから助けてくれてありがとな」
「なんだぁ?いきなり感謝しまくりやがって」
戸惑いの声色を隠せないファイバに、キバは少しだけ笑う。
「……俺はあのとき、ファイバの足を引っ張っただろ」
そう言うと、キバの予想通りの内容が返って来る。
「ちげぇよ。引っ張られる前に助けただけだ」
「良いやつだな、ファイバって」
ファイバを認めることができないのは全て、キバ自身の『苦手』からくるものだった。
「冒険者は無能力者が軽々とやっていけるものじゃない、だっけか。そう言ってくれてありがとう」
ファイバの口が止まる。
「俺、正直油断してた。あのゾンビの前に立ったとき怖かったんだ。」
そこまで聞いて、ファイバは言う。
「怖ぇのはいい。少しの恐怖もなくなったら、そいつはもう戦士じゃねぇからな」
これがファイバの戦士哲学、とやらだろう。
キバは正直、今のままじゃだめだと思っている。
まぐれ、足のもつれでたまたま体重が乗っただけ。
それじゃあだめだ、と思っている。
(ちょうどファイバも、殴りと蹴りを駆使する物理型の戦闘スタイルだったな)
そうして、キバはファイバに提案を投げかけた。
「俺に戦い方を教えてくれ!」
ファイバは一瞬きょとんとしたあと、すぐににやりと笑みを浮かべた。
「……死なれちゃ困るからな!明日から朝練だ!泣くんじゃねぇぞ?新米冒険者!」
この日、チルドとキバの関係が今朝変わったように、キバとファイバの関係も変わった。
チームメイトから師匠と弟子へ。
同じチームの人間としては少し特殊な関係かもしれないが、まぁいいだろう。
キバは改めて、この1日を最高の1日だった、と締めくくった。




