俺のギフトで聖女の命を助けたのに、なぜか帝都に護送中。
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この世界では、人はひとつだけ、神から授かる力がある。
火を操る者もいれば、風を読む者もいる。
刀を強くする者もいれば、自分だけ透明になれる者もいる。
人々は、それを神祝福と呼んでいる。
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ここは世界で最大の版図を誇る帝国領の、西の辺境の町。
町と言っても、村に毛が生えた程度の規模だ。
人の活動限界といわれる、通称“呪いの森”との境界に位置しているため、一攫千金を狙う冒険者やハンター、そして商人たちでいつも活気に満ちている。
そして俺は、そんな仕事には事欠かない町を拠点にしている中年冒険者だ。
特定のパーティには所属せず、身の丈に合った依頼をこなして、豪勢でもなく貧しくもない暮らしを送っている。
……いや、そうだったと言ったほうがいいのかもしれない。
あの事件に巻き込まれるまでは――。
「今日は本当に助かりました!」
秋の風が頬を撫でる帰り道、今回の依頼でサポートに入った若手パーティのリーダーが、振り返って頭を下げた。
依頼の内容は、最近町の近くで目撃されるようになった低級モンスター――ゴブリンの調査と、可能であればその掃討だ。
目撃証言のあった小川を上流に向けて探索していると、数匹のゴブリンが川で水を汲んでいるのを発見した。
見つけるや否や飛びかかろうとする若手たちをなだめ、俺たちはこっそり後をつけた。
やがて、やつらのねぐららしい洞窟を発見する。
少々骨の折れる仕事だが、俺のギフトを使えば、ゴブリン程度のねぐら探しは難しくない。
「……今回はここで戻ろう。中の様子も数も分からないまま突っ込むのは危険すぎる」
リーダーはそう告げた。
「ここまで来て引き下がるのか!」と血気盛んな戦士が食ってかかったが、彼は一歩も引かなかった。
決定は決定だと伝え、きっちりとパーティをまとめるその姿に、若いながらも将来性を感じる。
(そうそう、結局は命あってのものだ。自分の身の丈を知っている限り、そうそう死にはしない)
俺もこんな頃があったなと懐かしみながら、「たまたま俺のギフトで見つけられただけだ」と軽く返す。
町への道を、風に吹かれながら歩いた。
やがて町の門が見えてきた。
日は傾き始めているが、明るいうちに戻れたのは幸運だ。
顔見知りの衛兵と互いの顔がはっきり分かる距離になったとき、その一人が俺を見つけ、駆け寄ってきた。
「ガランド!お前を待っていた。急いでギルドへ来てくれ!」
「わかった。だが、向かいながらでいい、何があった?」
俺の帰りを待っていたということは――俺のギフトでしか解決できない事態が起きたということだ。
「勇者パーティが森を調査していたのは知ってるな。その調査で……聖女様が亡くなった」
「……聖女って、まさか皇女殿下のことか? それが死んだって……」
この町には、蘇生できるほどの高位神官も司祭もいない。
この町で蘇生の可能性を持つのは、俺のギフトだけだ――。
日はすでに傾き始めていた。
まだ時間はあるが、余裕はない。――日没までに魂を呼び戻さなければ、蘇生は不可能になる。
ギルドの扉を乱暴に押し開けると、受付の男が顔を上げ、即座に俺の名を呼んだ。
「話は聞いた、どこだ」
「ガランドさん!こちらです!急いでください!」
身なりのいい青年――勇者だろう――が駆けよってきて、半ば引きずるように俺の腕を取る。焦りが滲むその目に、事態の深刻さが見えた。
奥の部屋に踏み込んだ瞬間、濃い血の匂いが鼻を刺す。
右肩から腰まで斜めに走る深い裂傷。鋭い刃ではなく、巨大な爪で切り裂かれたような傷口だ。
「今から蘇生を行う!回復魔法を使える者を全員集めろ。お前の仲間にもいるだろう!」
俺の言葉に、勇者とギルド職員が駆け出していく。
やがて勇者パーティと回復役たちが部屋へと戻ってきた。彼らの顔は死人のように青ざめている。
「いいか、俺ができるのは魂を結び直すところまでだ」
「この傷じゃ、蘇生してもすぐに死ぬ。もう一度死なせたくなければ必死に回復しろ――始めるぞ!」
神官や司祭が行う蘇生は、魂を定着させ、肉体も完全に修復できる。だから回復役など不要だ。
だが俺のギフトは違う。
――俺の力は「見たこと・経験したことを再現できる力」。
万能に聞こえるが、代償は大きい。発動には二倍のコストを払い、効果は半分。
ギルドマスターが付けたふざけた名前は「四分の一の万能」だ。
蘇生は神官でも翌日まともに動けないほどの消耗を強いる。その2倍の負担だ。
「さて、俺の身体は持つかね……」
集中する。
夜の気配に誘われ、死の世界へ旅立とうとする魂を引き留め、掴み、かき集め、肉体へと導く。全身から汗が噴き出し、立っているのもやっとだ。
――皇女でもある聖女を蘇生できれば、莫大な恩賞は間違いない。
失敗したら……考えないでおこう。
頭が割れるように痛み、鼻からぬるりとした感触が流れ落ちる。顎を伝い、床に赤黒い滴が落ちていく。
脳の奥で何かがはじけたような音。視界が真っ赤に染まる。
――これは、本格的にまずいな。
赤く染まった世界が暗くなったり明るくなったりを繰り返し、やがて暗い方が優勢になる。
歯を食いしばり、なおも蘇生を続ける。
そして――すべての魂を呼び戻し終えた瞬間。
確かに感じた。
心臓の再動。命が戻る感触。
同時に、俺の意識は闇へと沈んだ。
ガタッ――という大きな揺れで、俺の意識はふと覚醒した。
まだぼんやりとしているが、ついさっきまで聖女の蘇生に力を注いでいたことが思い出される。
赤く明滅する視界の中、魂を肉体に繋ぎ止めるところまでは成功した記憶があるが、その先は途切れている。
意識を失っていたのだろう。
ここはどこだ?ギルドのどこかの部屋か?
徐々に意識がはっきりしてくると、今いる場所が狭く、規則的に揺れていることに気づく。
ゆっくりと視線を動かし、薄暗い室内を見渡した。
狭く、薄暗い部屋。
頭に重い痛みが走るが、なんとか起き上がることはできそうだ。
起き上がると、足かせが付けられており、窓には鉄格子が嵌められていた。
どう考えても、ここはギルドではない。
「おい、ここは……どこだ?」
声に出すと、前方の壁にある小窓が開き、冷たい男の声が響いた。
「やっと目が覚めたか。お前は皇女殿下の神聖を穢した罪で、帝都に護送されている」
馬車の揺れだと理解した。俺は罪人として帝都へ連れて行かれているらしい。
大怪我の傷跡が残ったせいで罪に問われているのだろう。
こんな馬鹿げた話があるか。
俺が蘇生しなければ、聖女はそのまま死んでいたのだ。
命をかけて救った対価がこれかと思うと、怒りで叫びだしたくなる。
だが、沸騰する血潮をぐっと抑えた。
ここで騒いだところで、状況が良くなるわけではない。
気を取り直し、前方の兵士と思しき相手に声をかける。
「すまないが、水と何か食べ物をもらえないか。それと、俺はどれだけ寝ていたんだ?」
「寝ていた寝台の横の棚に保存食がある。味は期待するな。水はその隣だ」
「神聖を穢した日から三日経っている。もう話しかけるな。本来、会話は禁止だ」
小窓は閉じられ、もう開く気配はなかった。
俺はぬるい水で少量の固いパンと干し肉のかけらを胃に流し込む。
また寝台に横になり、どうすればいいか考えていたが、気付けば眠りに落ちていた。
騒がしい話し声で目が覚めた。
聞き覚えのある、若さを感じさせる男性の声――そして昨日の兵士の声だろう。
「いくらあなた様といえど、罪人の馬車に同乗させることはできません」
「ただ話をするだけだと言っているだろう。彼は聖女様の命の恩人だ。決して罪人ではない」
その若い声の主は、やはり勇者だった。
どうやら俺と話をしに来たが、兵士に止められているらしい。
こちらにも聞きたいことは山ほどある。
そもそも俺が倒れた後、どうなったのかすら知らないのだから。
なぜこんな恩を仇で返すような仕打ちになっているのか――。
そんなことを考えていると、兵士が勇者に向かってこう告げた。
「もう少し行った湖畔で昼食を兼ねて馬を休めます。その際、監視用の小窓から会話をしてください」
どうやら湖畔に着けば、とりあえず勇者と話ができるらしい。
やがて馬車が止まり、少しして人の気配が近づく。
前方の小窓が開き、そこには血色を取り戻した勇者の顔があった。
「ガランドさん、先日は本当にありがとうございました。パーティ一同、あなたには感謝しています」
そう言って、勇者は深く頭を下げた。
「それで、その感謝の結果が――俺を犯罪者として帝都へ送り、裁くってことで合ってるのかな?」
我ながら、いい年をして若者に向ける言葉としては刺々しい。
だが、それくらい皮肉を言わなければやっていられなかった。
勇者はうなだれながら、俺が倒れてから今に至るまでの経緯を話してくれた。
俺が倒れた後、勇者たちと現場にいた回復魔法の使い手たちの手で、蘇生した聖女は命を取り留め、傷も治癒できたこと。
ただし、肩口から腰までの大きな傷跡は残ってしまったこと。
帝都へは勇者パーティの魔道具で連絡が入り、近隣領主が護衛部隊を派遣。
聖女と勇者の仲間たちはそのまま帝都に向かい、俺だけが「聖女の体に傷を残す処置をした罪人」として護送されることになったこと。
そして勇者は、俺の身の安全と釈明のために同行してくれていること。
「そうか……とりあえず聖女が無事で良かったよ。君も聖女のことが心配だろうに、わざわざ俺についてきてくれて、ありがとう」
休憩を終え、帝都へ向けて馬車は再び走り出した。
深い森を貫く街道は、帝都と辺境を結ぶ命綱のような道だ。この道が整備されてから、旅は格段に安全になったらしい。
とはいえ、俺は罪人として護送されている身だ。最悪の場合、この馬車から脱出することも視野に入れておく必要があるかもしれない。
そう考え、神経を集中させてギフトを発動する。広域感知の術式をじわじわと構築し、周囲の様子を探る。
まず、この部隊の規模を知る必要がある。
精神を研ぎ澄ませて術を広げると、馬車は三台、護衛と思われる騎馬は二十名ほど。想像以上の物々しさだ。
さらに感知を広げる――そこで異常を捉えた。
進行方向の右手奥、逃げる人型が二人。それを追う人型が五人。
「おい、勇者! いるか!」
馬車の壁を力いっぱい蹴り、声を張る。
「はい!」と返事が返ってきた瞬間、俺は続けた。
「右手奥だ。二人が逃げてて、五人が追ってる!」
「わかりました!」
すぐに複数の馬蹄が、護送隊から離れていく音が響く。
……俺の言葉を一切疑わないとはな。勇者ってのは、本当に人がいい。思わず苦笑が漏れた。
しばらくして、勇者が戻ってきた。
鉄格子のはまった小窓越しに、救出劇の顛末を報告してくれる。
「近くの村人が、森で狩りをしていたところ、この辺りを根城にしている盗賊団に襲われていました。僕たちが間に合って、盗賊四人を討ち取り、一人を捕えました。次の町で自警団に引き渡します」
どうやら俺の感知が、間違いなく役に立ったらしい。
勇者は、俺のことをずっと回復系のギフト持ちだと思っていたらしいが、今回の件で質問を受けた。
そこで俺は、自分のギフト――「四分の一の万能」について話すことにした。
町のギルドでは器用貧乏の代名詞のように扱われてきた力だが、勇者は違った。
「それはすごい力です!」と、ちょっと恥ずかしくなるほどの熱量で賞賛してくれる。
……脱走なんてしたら、この勇者にも迷惑がかかる。
そう思うと、少しだけ気が引けている自分に気づいた。
街道を抜けると、鉄格子越しに遠くに帝都の城壁が見えてきた。
まだ若かりし頃にかつて一度だけ訪れたことのある都だが、まさか罪人として連れて来られる日が来るとは思ってもみなかった。
馬車はそのまま城門をくぐり、まっすぐ裁判所へと向かう。高い石造りの建物の裏手、付属の留置所に放り込まれ、俺は裁判の日を待つことになった。
夕刻、鉄格子越しに勇者が現れた。
「僕が必ず、なんとかします」
短くも力のこもった言葉に、俺はただ頷くしかなかった。
脱出の機会はあったが、勇者を信じてみようと思った。彼の目は、打算や同情だけではない、確かな意志を宿していたからだ。
翌朝、裁判が始まった。開廷の合図とともに、冷たい視線が一斉に俺へ注がれる。
裁判所には、貴族と思われるたくさんの傍聴人が集まっており、裁判所内に入れない野次馬が裁判所の周りを囲うようにしていた。
皇女でもある聖女の死に関する裁判への帝都民の関心の高さが伺えた。
裁判官の読み上げる罪状は、まるで最初から死罪に決まっているかのようだった。平民の命は軽い。この場にいるものは貴族であり、その誰もがそれを当然だと思っている空気だ。
勇者が前に出て、声を張り上げた。
「彼がいなければ、聖女様の命は失われていました!」
「確かに傷跡は残りました。しかし、命が残ったのです。それは彼の行いのおかげです!」
議場はざわついたが、判決は覆らなかった。
「死罪は免れる。ただし、その罪は重く、奴隷として償うべし」
命は助かったが、自由は失われた。勇者の顔には申し訳なさが浮かんでいたが、俺は笑ってみせた。
「ありがとうよ。命があるだけ、まだマシだ」
その翌日、俺は新しい主人のもとへ引き渡されるため、兵士に連れられていった。
最悪の場合はギフトを駆使して脱走し、隣国に逃げるつもりだった。
しかし、待っていたのは予想外の顔ぶれだった。
そこには勇者と、そして聖女――いや、皇女殿下がいた。
「あなたを奴隷として引き取るのは、私です」
驚く俺に、彼女は柔らかく微笑みそして、平民の俺に深く頭を下げた。
「ガランド様、この命を救っていただきありがとうございます。やっと直接お礼が言えました。」
勇者が横で笑いながら言った。
「実はまた旅に出ることになった。あなたにも一緒に来てほしい」
「俺は勇者パーティに加わるような人間じゃない。それに、中途半端な能力しかないしな」
そう言うと、勇者は真顔で首を振った。
「あなたは四分の一というが、その力で聖女を救ってくれた。僕たちには万能の力だ。あなたがいてくれるだけで、僕たちはもっと強くなれると思うんです。」
面はゆさを覚えながらも、その言葉が胸に残った。
こうしてガランドは、奴隷という肩書を背負いながらも、勇者たちと共に再び歩き出すことになった。
帝都の空は高く、夏の光がまぶしかった。
これから先に待つものは分からない。
それでも、不思議と俺の未来も悪くないと思えた。
いかがでしたでしょうか?
長編:私のギフトは“絵から小動物を召喚”なのに、最近こいつら意思持ってない?
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と同じ世界観になります。
長編も読んでいただけるとすごくうれしいです。
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