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名古屋城の研究3

 ここからは観光地名古屋城だから手短に。門をくぐると西の丸、そこから左手に本丸の石垣と坤櫓を見ながら西進し、巽櫓に見送られて二の丸(の北半分)に入る。ここを北にある南蛮たたき塀や西の埋門跡を確認しながら一周、そして再び巽櫓のところまで来るとまた内堀に沿って今度は北進する。右手に崩れてしまった本丸搦手馬出(跡)が現れると左手に東二の門で、ここを通れば本丸だ。入って正面は石垣で通せんぼ、南へ迂回すると広々とした本丸の全景が広がった。聞くところによると今年から本丸御殿の復元工事が始まったということで、本丸の真中でそれらしい建設作業が行なわれているようだ。ちょっと前に、珍しくお兄ちゃんとお姉ちゃんがこのことで熱心に話し合っていた。二人ともわくわくしたような様子だったっけ。でも今日はまだ影も形もない。僕らはやっぱり本丸をぐるりと回り、途中巽櫓と坤櫓を本丸側から確認し表二の門もちゃんと観察した。それから天守閣の方へ向かったので中に入るんだろうと期待していたんだけど、お兄ちゃんはそのまま素通りして不明門の方へ行かう。僕は当然抗議した。ところが案の定『縄張には関係ないだろぉ』と却下、いや天守閣のてっぺんから城全体が鳥瞰出来るじゃないか、と食い下がってみたけれど、『お前、西の丸に入る時パンフレットみたいなもん貰っとったがね、そこにちゃんとマップがあるわ』と言われ黙らざるを得なかった。『ほんなことよりもっと大事なことがある。この本丸の全周はもともと三つの櫓と二つの櫓門、多門櫓で囲まれとった。だもんで本丸単体が一個の軍事要塞として機能できるようになっとったんだわ。そう思って、ここがぐるりと櫓や多門櫓で囲まれとるとこ想像してみやぁ。分かり易く言うと姫路城の連結天守な、あれの超拡大版みたいなもんだわ』分りにくいんですけど。

 結局そのまま御深井丸に入って例の清州櫓や乃木倉庫を見学しながらここも一周した。ただ一つ気付いたところがあって、それはここには西の丸や二の丸にあった周囲を内側から囲んでいるあの大きな土塁がない、ということ。お兄ちゃんに聞いてみたら、『多分内と外の土地の高さの違いのせいだと思うわ。北側のここは、堀の向こう岸歩いとる時にも話しただろ、お城の外側より随分高い土地だでな、周囲を盛る必要はない。こっちから向こうを見下ろすように始めからなっとる。ここは基本要塞なんだで、鉄砲撃つにしても高いとこが有利なんだわ。二の丸とかの南側は堀の向こうと土地の高さが同じだで、曲輪の周りに土を盛って高くした。そうやって堀の向こうを見下ろすようこさえたんだわ。まあ防御用の壁は載っけてあっただろうな。』とのこと。かなり納得できる話だった。

 残りは西の丸、鵜口という防御用に深く内側に食い込ませた水堀と本丸の空堀とに挟まれた通路を歩いて行った。ここは最初に正門から入ったけど素通りしたところ。一応見ることのできる範囲を一通り探索した。この曲輪の南東角から見ると、水堀と空堀が接しているところがあってなかなかの見物だった。こんな風でフィールドワークは終わったんだけど、ここにはお土産屋さんがあったのでお兄ちゃんに家族に買って行こうと提案した。お兄ちゃんは、何で名古屋城の土産を家に買っていくんだと言いながらも承知してくれた。そこで僕はお店に行って(値段には頓着なく)お菓子や小物などいろいろ選んで、勿論お兄ちゃんの経済力を背景に、購入した。お兄ちゃんは、お前は容赦がないなと言いながらも笑いながら支払いをしてくれた。


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 今回のフィールドワークの所要時間約三時間、僕らは汗びっしょりだった。出来たら汗を流したかったけれど、お昼時だったし二人ともお腹を空かせていたので先にご飯を食べに行くことにした。お兄ちゃんが、昼も麺にするか、となるとベトコン、あんかけスパ、カレーうどん、味噌煮込み‥‥‥なんておそろしいことを言う。ベトコンだと家に帰ったらお姉ちゃんに嫌な顔をされそうだし、カレーうどんや味噌煮込みは論外だし、僕はあんかけスパを選択した。お兄ちゃんは、ほんじゃこっちだと言いながら僕を伴って二の丸の方へ向かう。そこを横切って有料エリアの東出入口を出た。それから名城線の市役所駅に行く。目的地は栄だった。

 栄駅で列車を降りると、東山線のホームを通り過ぎて地上に出てそのまま錦の方へ。ごく近いところにお店はあった。混んでいたけれど運よく二人用のテーブル席が空いていたのでそこに座る。お店のおばさんが注文を取りに来て、あらいらっしゃい、いつものやつでええ?こっちの坊ちゃんは?同じミートボール?量は普通の方がええわね、ところでこの子、全然似とらんけど、あんたの息子?――とろくっさいこと言っとったらかん、俺の息子だったら、ねえさん、俺は小学生でテテオヤっちゅうことになってまうわ――冗談だがね、やっぱり弟さん?、ほんでもまあ似とらんわ、親御さんは同じかね?――戸籍の上ではそうなっとる、ほんとにそうかと言われても知らん、母親の方は同じだと思うけどが、うちのお袋は甲斐性があるでよぉ、父親に関しては断言出来かねるて――ターケたこと言っとったらかんわ、可愛い坊ちゃんの前で、教育上よろしくないがね――何を言ってござる、言い出したんはねえさんの方だがや、おばさんはキャハハと笑いながら厨房の方へ、それから直に注文したあんかけスパがきたので二人ともお腹いっぱい食べた。

 お腹を満たしたらお約束通り、スーパー銭湯だった。栄駅から東別院に向かう。そこからは中川運河方向へ向けて歩いて行く。実は平和公園歩きの時ここに行って以来、お兄ちゃんと一緒に何度もこのお風呂に来ている。だからすっかりお馴染みだ。僕らは手慣れた感じで入場し、早速体の汗をざぶざぶと流した。それから僕は少し炭酸泉であったまってから低温温泉でゆっくりしようとした。しかるにお兄ちゃんは何を血迷ったか、サウナへ行ってしまった。これ以上汗を出そうなんて酔狂だ。けれどまあ、お兄ちゃんのやりたいようにやればいい。僕は僕でやりたいようにすることにした。結局お兄ちゃんはいつものルーティンでととのうと仮眠室で爆睡、僕は低温温泉でくつろいでから漫画の本を読んでいた。家に帰ったのは五時ごろだったかしら。お兄ちゃんはそれから軽く夕食をとると、生あくびをしながらバイトへと向かった。


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 翌朝、僕はまた早くからお兄ちゃんに起こされた。昨日のフィールドワークの結果を基に自由研究を資料の形にするからだって。昼からでもいいでしょと言ったら、今日は日曜日で午後早めにバイトに行かなきゃならないから駄目、だそうだ。そうして、それとも俺が帰って来てから徹夜で仕上げるっつうことでもええんだぞ、なんて脅すもんだから僕は慌てて跳び起きた。

 それでもいきなり仕事を始めるなんてことはなく、ちゃんと『腹ごしらえをしてから』という配慮はしてくれた。とは言えお母ちゃんはまだ寝ている。モーニングでも行くのかなと思っていたら、何とお兄ちゃんが手早く用意をしてくれた。ソーセージとハムをささっと焼いて、その後そこから出た油の上で大きめに切ったじゃがいもを炒め、更に加えて目玉焼きを作る。またその間に胚芽食パンをトーストしていて、料理が出来上がると同時にこちらも焼き上がった。お兄ちゃんはこれも準備してあった紅茶と一緒に料理とバター付パンをテーブルまで持ってきてくれた。食後にはコーヒー入れたるでと言いながら、自分はキッチンの方で食べ始めた。僕も食べたんだけど、なかなかいける。何時の間に入れたのか、何か知らん色んなスパイスが効いていて、ただちょっと胡椒の効きが強かった。けれど十分な美味しさだった。食後にはちゃんとコーヒーを入れてくれたんだけど、僕のはしっかり甘いカフェオレにしてくれた。

 朝食が済むとお兄ちゃんの部屋で早速仕事に取り掛かった。先ずはお兄ちゃんからどんな具合に作成するかということを聞かれた。どうしたらいいか、と逆に僕は聞く。お前考えとらんのか、とお兄ちゃんは呆れる。僕は、昨日頑張ったから知識はたっぷりだが形は全然考えてない、と言い切った。開き直っとるなあ、とお兄ちゃん、まあどうせほんなことだろうと思っとったけどな、とぼやきながらどこで仕入れたのか、A1サイズの紙を持って来て床に縦に広げた。模型を作るのが一番ええけどほんな時間はない、研究ノートみたいなのはインパクトに欠ける、文字が主体だと月並みだわ、だでこういう風にしよまいか、お兄ちゃんはA1紙を指でなぞりながら、先ずここに城全体の縄張をどーんと描く、次にその中身を描き込む、各曲輪とか堀とか櫓の位置とかな、色分けしてもええかも知らん、そうしといてそん中の要所々々に説明書きとか写真とかを付ける、大枠はこんなもんでどうだ。僕はそれで十分だと応えた。ほかほか、ほんじゃそういうことでよろしく、と言ってお兄ちゃんは定規やら各種筆記用具を差し出した。え?僕がやるの?当たり前だがね、誰の宿題だと思っとる、知識はたっぷりあるんだろ?形もあれで決まっとるし。いやいや、と僕は開き直りついでに理屈をこねることにした。仰る通り知識と形式はあるんだけど残念ながら技術の方が‥‥せめて縄張地形図の下書きだけでもお願いできんだろうか。

 技術の不足ときたか、一応理に適った言い訳だわ、お兄ちゃんはにやにやした。そして、俺も技術に関しては当てにならんぞ、と言いながらA1紙を前に考えだした。暫くするとお兄ちゃんは傍らの名古屋城を特集した昔の雑誌を取り上げて縄張全体の図が載っている頁を開いた。次にその台形のような形のそれぞれの各要所に点々を付けていき、その点と雑誌の頁の最寄りの角からの位置関係、長さとか角度とかを測り出した。それが終わると今度はA1紙の四つの角からさっき測った長さを何倍か伸ばした距離を同じ角度で伸ばしていって、その地点を確定し点印をつけはじめた。それを繰り返すとそれら点々の並びが雑誌の図を拡大した形になってきた。その点々を結んで行けばお城の縄張の外周が出来上がるという寸法だった。

 そうしておいて後は目測で、その内部の外空堀、水堀、三の丸、内空堀、二の丸、本丸、その他を区分けしていく。これでほぼ下書きが出来上がってしまった。見事なものだ、と僕は感心した。けれど感心してばかりはいられない。縄張の各要所の説明書き、写真を貼る箇所、大きさなんかを決めなければならない。これは僕の仕事だ。僕はお兄ちゃんのアドヴァイスを参考にしながらこのスペースの確定――漫画で言えばふきだし等を決めていった。それが済むと説明文の内容を考える。写真は後程お父ちゃんにパソコンでプリントアウトしてもらう。そんなこんなで昼前に準備は整ってしまった。後は清書と写真貼りだけだ。

 ご苦労さん、仕上げは午後だな、けどが油断せんと早めに始めやぁよ、お兄ちゃんは合格点を出してくれた。ほいじゃ何か食いに行くか、若水のカレーがええけども今日は日曜だでな、ぶらぶらしながら決めよか、ということでお母ちゃんに外で昼ごはんにすると伝えて二人で出かけることにした。ぶらぶらしながらとか言ってるとなかなか決まらないもので、結局覚王山まで行ってしまいどて丼で決着した。更に、折角ここまで来たんだからと家へのお土産に鬼まんじゅうを買い、自分達はみたらし団子を買い食いし、仕舞いには喫茶店にまで行ってしまった。お土産はとても喜ばれた。

 その後お兄ちゃんはバイトへ、僕は自由研究の清書をした。色鉛筆で曲輪や堀の色分けをしたり、例の高低差を強調した説明書を丁寧に書き込んだり、お父ちゃんにプリントアウトしてもらった写真の中から適当なのをじっくり選んで貼り付けていったりして頑張って作っていったんだ。最終仕上げは上部に『名古屋城の縄張』という題字を書くことだったんだけれど、これはなかなか難しい。ちょっとしたデザイン性も必要だし、何よりも僕は字が下手だ。そこで今度はたまたま家にいたお姉ちゃんに泣きついた。お姉ちゃんは習字とかが得意でペンや鉛筆でも綺麗に書く。それで頼んでみたんだけど、もしかしたらあの鬼まんじゅうが役立ったのかも知れない、存外あっさりと引き受けてくれた。結果は上々、そこで僕はお礼にお姉ちゃんの好きな抹茶を立ててあげた。


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 こうして今回の大成功とは相成った。しかしこうやって改めて考えてみると、やっぱり僕もそれ相応に努力したんじゃないか。別に卑下する必要なんかない。あのこにもあの時もうちょっと、半分くらいは自分だと言って良かったかも知れない。まあ、どの程度かなんてどうでもいいことなんだけど。

 何よりも肝心なことは、あのこの前で株を上げることが出来たということなんだ。

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