【MOVIE4】甘い話は無いですけど、甘い思いはさせたげます!
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翌朝。
「もも様、おはようございます」
「おはよ、藍那。」
あたしは大広間のテーブルにつき、藍那に作らせたももジャムトーストを口に運ぶ。
「例の動画の撮影日、今日になりましたから」
「あれって来週の予定じゃなかった?」
「急遽、今日に変更になりました。」
「あたしはそれでもいーけど、あいつの予定は大丈夫なの?」
「大丈夫です。キヌちゃんには確認済みですから。」
「そう。じゃあ機材確認あんたやっといて」
「……ううっ。」
突然、目の前に座っていた藍那が腹を抑えた。
「ちょっと藍那!? 大丈夫!?」
「なんだかメントスのこと考えたら腹の調子が……。」
「……えっ」
何その、おかし(お菓子)な症状。
「だから、代わりにもも様、機材確認を……」
<バタン>
床に倒れる藍那。
「あいなああああああああ」
「ったく、仕方ないわね。」
あたしはトーストを平らげると、席を立った。
「あっ、地下は寒いので厚着してくださいね!」
「藍那!? 生きてたの!?」
<バタン>
また、床に倒れる藍那。
…………。
「……アホらしい」
けど、藍那にはいつも世話になってるし、今日ぐらいあたしが肩の荷降ろさせてもいいかな。
どうしてメントスをあんな拒絶するのかは謎すぎるけど。
あたしはコートを着るとエレベーターに乗り、動画で使うメントスがある機材倉庫へ向かった。
<チーン>
扉が開く。
「……なっ!?」
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「……ん」
俺は目を覚ますと、背中に重みを感じた。
背中に手を充てると薄紫のコートがかかっていた。
……藍那のやつがかけてくれたのかな。
そう思った矢先。
甘い匂いが鼻をかすめた。
……この匂いは。
藍那の匂いじゃない。間切の香水の匂いだ。
このコートは間切の物だと思って間違いないだろう。
でも、間切本人が俺にコートをかけたとは考えにくいな。
だって、間切は俺がここに居ることを知らないし、何よりあいつは俺のことを嫌ってる。
藍那が勝手に持ってきてかけたんだろう。
<チーン>
エレベーターのドアが開くと、藍那が姿を現した。
「おはようございます」
……こいつ、よくもぬけぬけと!
「藍那、てめえ!」
俺はエレベーターの中へ足を踏み入れると、もう逃げられないように開閉部に右手を宛てた。
「もう、逃さねーぞ!」
「……結人くん!? 大胆すぎません!?」
なぜか、身体をぷるぷるさせる藍那。
「大胆? 何言ってんの?」
「いや、だって、そういう流れじゃないですか!?」
そういう流れってどういう流れだよ。
藍那の言うことは時々よく分からない。
「とにかく俺はもう帰る。すげー疲れた。」
俺は右手を離すと、エレベーターの奥へ寄りかかった。
「……お疲れ様です。ほんとに全部こなしたんですね」
「ああ。」
ほんとお疲れだよ。もう二度とやりたくねえ。
「これ、ありがとな」
俺は着ているコートを脱ぐと、藍那に手渡した。
「……けど、もう勝手に間切のコートはかけんなよ。あいつにバレたらキレられそうだ。」
今回はあいつから直接借りたもんじゃないから、別の人から~って理屈には当てはまらないはず。
「えっ!? どうしてもも様のコートだって分かったんですか?」
「なんで? そりゃ、こ――――」
「こ?」
……あっぶね。
香水の匂いで分かったなんて言ったら、俺が普段からクンカクンカしてる変態みたいじゃん!
「こ――――恋の力だ」
俺が間切のやつを好きみたいになるのは不服だが、変態と思われるよりマシだ。間切の奴と関わることももう無いだろうし、これでいいや。
「結人くん、やっとその気になったんですね!」
「……なってねーよ」
何でちょっと嬉しそうなんだ。
「はよ、帰りたいからエレベーター動かしてくんね?」
「いいですよ」
チーンと扉が締って、エレベーターが動き出す。
……なんか、やけに素直に動かしてくれたな。
<チーン>
再び扉が開いて陽が差し込む。
巨大ビル、マーキュリーの外に出る俺と藍那。
冷たい風が肌に触れて心地良い。
「やっぱし、シャバの空気はうめえ!」
「……何か結人くん、犯罪者みたいですよ。」
「お前が言うな!」
……この監禁魔め。
「じゃあな」
一歩、踏み出したその時だった。
「じゃ、一時間後に区民プールで待ってますから」
―――――は?
ま~た、こき使う気かよ。こっちはもうクタクタなんだつーの。
「待つのは勝手だけど、俺は行かねーからな」
「これ、何だか分かりますか?」
「それは……間切に借りたウェブカメじゃん」
「結人くんがうたた寝てる間に、カバンから拝借しました。」
「やっと返しといてくれる気になったのか……! あとは頼んだぜ。」
「何か勘違いしてません……? ボクが言いたかったのはこういうことです」
突然、藍那が右手を、ウェブカメを、空へ掲げた。
あああああああああああ!!!!!!!!!
そういうことかよ! きったねえ。
「分かったよ! 行くから、行けばいんだろ!」
「水着と遊び道具持ってきてくださいね! あと、ちょっぴりの淡い心も!」
「……淡い心?」
「甘い話は無いですけど、甘い思いはさせたげます!」
作者PS.一人称視点が変わる話って珍しい気がします。面白そうなのでやってみました。
あと香水の匂いで女を見分けるのは新しいなと思って書きました。