ネバーランドは雲の中
荒削りですが、読んで頂ければ幸いです。
タロウは小学校6年生の男の子です。
歳は149才です。
でも、あともう少しすると150才の誕生日です。
タロウは、その日が楽しみでしたが、心配でもありました。
それは、今から1ヶ月ほど前のこと。
お昼ごはんを食べたあとに、タロウは、お母さんに不安になる事を言われたからでした・・・。
「タロウ。」お母さんは、ごはんを食べたお茶碗やお皿を片付けながら、言いました。
タロウは「なあに?お母さん?」と、ごはんを食べていたテーブルに置かれてるイスに座ったまま言いました。
するとお母さんは「タロウは、もう少しで生まれてから150才ね。」
お母さんの言葉に気持ちがワクワクとしたタロウの目は、円く黄色く輝きます。
それは誰もに付いてる『瞳孔リング』と言われるものです。
そんな嬉しそうにしてるタロウにお母さんは「いつもなら友達も呼んで、お誕生会をするだけだったけど、今度のお誕生日は、特別な事があるの・・・。」と、言いました。
「とくべつなこと?」
タロウは「ピイピュー!」っと、気持ちが高まった時に勝手に出てしまう音を頭の天辺から出しました。
「そんな音を出しても、このお話はタロウが思ってるのとは、ちょっと違うかも・・・。」
お母さんは、それまで白色に光らせてた瞳孔リングを、青色に変えて話し始めました。
「今度の誕生日が終わったら、タロウは、お母さんやお父さんと、少しの間、会うことができなくなるの・・・。」
それから、お母さんがする話は、タロウは少しだけ知ってる話でした。
それは、タロウよりも先に150才の誕生日になる友達から聞いてたからです。
その話をしてた友達は、誕生日の後に起きた特別な事の話をしてくれましたが・・・。
「うん・・・。何人かの友達が言ってたから知ってるよ・・・。「ちょっと会えなくなるけど、元気でね」って言って、クラスの友達何人か、遠くに行くって言ってたから・・・。」タロウはそう言いながら、遠くに行くって言ってた友達の人数を、ちゃんと思い出せないのでした・・・。
(何人って・・・何人だったかな・・・。)
「タロウは、お母さんの歳は覚えてるよね?」
「うん!300歳!」
「いいえ。まだ298歳です。」
「そんなに、かわんないよ・・・。」
「だいぶ違います。」
お母さんの瞳孔リングは、赤色になってます。
それを見たタロウは「は~い・・・。」と、渋々答えました・・・。
タロウの返事を聞いたお母さんは、目の色を白に戻して「それじゃあ、お母さんの250歳の誕生日に、お母さんが1ヶ月ぐらい家に戻らなかったのは覚えてる?」と、タロウに訊きました。
「うん。覚えてる・・・。」
今度はタロウが、目の色を青に変えていました。
それは遠い昔にあった、タロウにとっての、悲しい日々の思い出でした・・・。
それは、お母さんのお誕生会を家族3人揃ってした翌日のことでした。
「じゃあ・・・暫く家を空けるけど、後の事は宜しくお願い致します・・・。」
扉の開いた玄関に立つお母さんは、お父さんとタロウにそう言うと、深々と、お辞儀をしました。
「分かった。上手く行く事を願って待ってるよ。」
お父さんはそう言うと、お母さんを抱き締めました。
お母さんの目のリングは、青色に光り、それから不規則に明滅しました・・・。
「タロウもおいで。」
お母さんはそう言って、お父さんを抱き締めてた右手をタロウに向かって差し出しました。
喜んだタロウは、その手に向かってパッと駆け出し両手で掴みました。
お母さんは、そんなタロウの小さな手を、優しく握り返してくれました・・・。
タロウはお母さんの脚に抱き付きながら、お母さんを迎えに来て外に立つ、知らない女の人を睨んでました・・・。
それから暫く、お母さんは家に戻りませんでした。
だからタロウは「お母さんはどこに行ったの?」と、お父さんに何度も訊きました。
でもお父さんの答えはいつもいっしょ。
「きっと、もう少しで帰って来るよ」でした・・・。
タロウにとって、お母さんが居ない間は、とても長く感じてました・・・。
小学校に行ってる時は友達と一緒なので、寂しさは少しだけでした。
でも学校からお家に帰ってから、お父さんが仕事で家に居ない時間は、とても寂しく思えました・・・。
そんな時は家を見守ってるコンピューターと、お話をしたり、学校の友達とインターネットでゲームをしたりして、寂しさを誤魔化して過ごしました。
タロウは、もうお母さんは、帰って来ないのかもと思う時もありました。
そんな日々が1ヶ月も続いた、ある日。
タロウのお母さんは、家に戻ったのです・・・。
帰って来たお母さんは、見た目や雰囲気が以前と少し変わっていました・・・。
それでも、母さんはお母さん。
お家にお母さんが居てくれることに、タロウはとても安心したのです・・・。
そんな事を思いだしながら、タロウは訊きました。
「お母さんが行った所に、僕も今度、行くの。」
お母さんは、黙って頷きました。
「それはどこ?」
「北海道の『特区孤立独立千歳市』と言う、とても特別な所。」
「とっく・・・千歳・・・北海道?・・・遠い?」
「そうね・・・。『真空チューブ・極音速・リニア新幹線』に東京中央駅から乗ったら、2時間ちょっとぐらかな・・・。」
「そっか・・・遠いね・・・。でも、どうしてそこに行かなくてないけないの?」
「それはね、とても大事な検査を受けるためなの。」
「大事な検査?」
「そう、私たちは皆、50年に一回、体や頭脳の検査をしてもらって、悪くなってる所を治してもらわないと、長く生きられなくなってしまうからなの。」
「そうなんだ・・・。」
「お母さんも、お父さんもタロウと一緒に行く事はできないけれど、特別な付き添い人がタロウと一緒に行ってくれるから、何も心配しなくても、ちゃんと北海道に行ってから、東京に帰って来れるのよ。だらか安心しての良いのよ。」
タロウは、知らない人に遠くに連れられて行く事の方が不安なのでしたが、そんな事にお母さんは何も心配して無いことで、何だかもっと不安になってしまいました・・・。
「ビデオ電話で、毎日話せる?」
「ううん・・・。向こうに行ったら、ビデオ電話も、なにも・・・インターネットとか、お母さんやお父さん、友達とも・・・誰とも繋がることはできないの。」
「ええ!!」
「そもそも、特区千歳市では、私達がいつも繋がってるWi-Fiが使われて無いし、街の外側との通信は、とても特別な人か、『特区孤立独立千歳・中央独立コンピューター付属・外部接続物理アプリケーション』かしか繋がれないのよ・・・。」
「こ・・・こりつ・・・どくりつ・・・ふぞくコンピューター・・・がいぶ・・・ぶつぶつ・・・。」
タロウは、何て不便で・・・何てヘンテコな場所なのなのだろうと、お母さんから聞いたの言葉を自分なりに呟きながら思いました。
自分達が住む本州と呼ばれる場所から、少しの海の向こうへ行っただけで、そんなにも大変な事になるのかと思ったのです。
「北海道って・・・未開の地って言うところだったんだね・・・。」
お母さんは、ウウンっと首を横に振ってから「そんな事は無いの。千歳市の一部が特別な場所に指定されてるからなの・・・。」と、笑いながら言いました。
そんなお母さんを見たタロウは「ふ~ん・・・そっか・・・。」と、少し明るい声で言いました。
タロウは、本当はお母さんの言う事は良く分かりませんでした。
でも、お母さんを安心させるつもりで、そう答えたのでした・・・。
タロウの150才を祝うお誕生会は、タロウと中の良い5人の友達と一緒に楽しくしました。その中には、タロウよりも先に150才になってた友達も居たので、タロウは独立千歳の事を友達に訊いたりもしました。
でも、その友達はソコであった事は良く覚えて無いと言うのです・・・。
覚えてるのは、家に知らない人が迎えに来て、黒い車で東京中央駅に連れられ、極音速リニア新幹線に乗ったこと。
その行きの極音速リニア新幹線では、東京中央駅から特区孤立独立千歳市の手前の駅の大札幌市を過ぎた所までしか覚えて無く。
帰りも同じく、大札幌市に着く頃からじゃないと覚えて無いと言うのです・・・。
そんな話を聞いたタロウは、特区孤立独立千歳市に行ったら、いったい何があるのだろうと・・・いや、何をされるのだろうと、とても不安になりました・・・。
タロウの誕生会から10日後の朝。
タロウが特区孤立独立千歳市に向かう日が来ました。
この日は、お母さんもお父さんも、仕事の休みを取ってタロウを見送ってくれました。
家の呼び鈴が鳴ったのは、タロウの体内時計では、午前8時45分23秒の事でした。
タロウはその音を聞いた瞬間。自分の半永久電池の電圧が4ミリ・アンペアも上がったのを感じました。
お母さんが開けたドア向こうには、薄桃色の外殻をした、優しい感じの知らない女の人が、朝の日差しに包まれて立って居ました。
「どうぞ」と、お母さんは、その女性を家の玄関へと招き入れました。
女性はお母さんと、お父さんに挨拶をした後に玄関へと入り、タロウの前に来ました。
「あなたがタロウ君ね。」
女性にそう言われたタロウは、黙って頷きました。
女性はタロウの前で屈み込み、タロウと目線を会わせ「初めまして。私の名前は ヤマト リカ 221。リカと呼んで下さい。」と言って、タロウに右手を差し出しました。
丁寧に挨拶をされたタロウは、リカの手を握りました。するとリカはタロウの手を優しく握り返してくれました。
そのリカに握られた右手から、タロウは、それまでに無い不思議な安心感に包まれるのを感じました。
リカは「タロウ君。こから暫くの間、宜しくね。」と言って笑顔になり、瞳孔リングをグリーンに輝かせてタロウを見詰めました。
さっきまで緊張してたはずのタロウは、自分の心の変化にとても戸惑い、瞳孔リングを何色に輝かせたら良いのか、分からなくなってしまいました・・・。
今、始めて会った筈の人なのに、この瞬間から、タロウは、お母さんやお父さんよりも、このリカと言う知らない女の人の方が、ずっと身近な人に思えたのです。
それは、とても怖い体験でもありました・・・。
家族に見送られて、家の前に停められてた黒い車に乗ったタロウは、窓を開けて手を振りました。
タロウはこの時、自分のお母さんとお父さんは、もしかしたら、本当のお父さんとお母さんでは無いのかも知れないと思いました。
だから、タロウは、一生懸命手を振るのでした。
それは、タロウの『いままで家族で居てくれて、ありがとう』の気持ちでしたが『もう、ここに帰って来れないかも知れない』という、悲しい気持ちを振り切ろうとしてるからでも、あったのでした・・・。
【真空チューブ軌道式・極音速リニア新幹線】
それが全開通したのは、今から400年ほど前の事でした。
最南端は、九州長崎県の長崎中央駅。
最北端は、北海道特区孤立独立千歳市の特区孤立独立千歳駅。
それは、それまでのリニア新幹線とは比べ物にならない速度で走る、極高速鉄道でした。あまりもの速度に、軌道のカーブをどれだけ緩く作れるかが問題でした。
電磁の鉄路を『ハイパー伸縮性・超耐熱グラス・ファイバー結合チューブ』を車体が通る透明なトンネルとして被せる形での工事により実現した『23世紀の夢の超特急』と言われるものでした。
伸縮性と耐熱性に優れたグラス・ファイバーの新素材を、チューブ状に構成し作られたリニア新幹線用チューブは、この新幹線を作るのに必要不可欠な物でした。
それは、日本は地震大国だからです。
このリニアの軌道は、真空の管の中です。
ガラスの真空管は割れると爆発的な衝撃が起こります。
それと同じ事が起きるのを防ぐのにも、この素材は絶対に必要な物だったのです。
チューブ内は常に真空に保たれてるので、内部を極音速で走る新幹線は、空気抵抗を微塵も受けること無く無音で走り抜ける事ができ、音速の壁の影響も全く受けないので、楽々と亜音速から音速、そして極音速を出して日本列島を駆け抜ける事ができるのです。
しかし、それでも、駅から発車して次の駅に停車するには、速度を上げたり、下げたりしなくてはならないのと、列車に人が乗り込むには、駅で停車した後に、列車の前後をシャッターで閉じてチューブ内を加圧して1気圧に合わせる必要があります。更に出発するにも減圧して真空に戻さなければならないので、駅での停車時間は3分間が必要でした。
タロウは極音速真空リニア新幹線の東京中央駅に来ました。
タロウにとってここは、何度か家族旅行の時に来た事があったので、始めて見る風景では無かったのですが、それでも今日は、特別な場所に連れて来られたと感じていました。
それは、今まで旅行でも行った事の無い、海の向こうの北海道に行くからでは無く、もう二度と、ここを見ることができないのかも知れないと思ったからでした・・・。
タロウは思い出そうとしてたのです。
クラスの友達の人数を・・・。
クラスの人数は24人・・・。
でも、6年生になった時から24人だったのでしょうか・・・?
同学年の他の組は、20人も居なかったり、30人のところもあります。
なぜ他と同じ人数にしないのでしょう・・・。
それともう一つ。
タロウの学年は、組ごとに人数が違うのに、下の学年は、1年生から5年生まで、どの組も30人と決まっているのです・・・。
「何でだろう・・・。」
駅のベンチでタロウが、そう呟いた時でした。
「間も無く 8番ホームに 11時丁度発 特区孤立独立千歳行き列車が 到着いたします ご乗車のお客様は 乗車口中央部白線の 左側にお並び下さいますよう お願い致します」
駅構内に流れるアナウンスに、タロウの呟いた小さな声は掻き消されました。
それからタロウは、立ち上がったリカに手を引かれるままに、乗車口へと並んだのでした・・・。
それは、様々な色やデザインの違う外殻をした人々が、それぞれの目的地へと向かっい行き交う中では、とても小さなでき事だったのですが、タロウには忘れられない・・・忘れたくない東京の風景だったのです。
タロウ達が乗る、極音速リニア新幹線は、特区孤立独立千歳市に行くまでに、いくつかの駅に停車する事になってました。
『仙台中央駅』《せんだいちゅうおうえき》
『青森中央駅』《あおもりちゅうおうえき》
『函館中央駅』《はこだてちゅうおうえき》
『大札幌中央駅』《だいさっぽろちゅうおうえき》
その駅の中でタロウは、仙台中央駅までは来たことがあったので、知ってる風景も始めはあるのですが、それでもタロウは、東京中央駅を出発してからずっと、すっ飛んで行く車窓からの景色に目を凝らしていました。
それは、すこしでも多くの外の思い出をを、その記憶領域に残したかったからでした・・・。
青函トンネル内では、高速で抜けていく外壁に向かって、極音速リニア新幹線の車体の横に取り付けられた、プロジェクターと車内スピーカーによる『光と音のスペクタクル』が3分間上映されましたが、タロウの気持ちがウキウキしたりすることは、ありませんでした・・・。
列車が青函トンネルを抜けると、雨が降ってました。
雨はグラス・チューブを濡らし、車窓から見える外の景色を歪ませてました。
緑が多いと言う北海道の景色が余り綺麗に見られないことに、タロウは少しガッカリしました・・・。
それから、ほんの数分だけ海が見えたかと思うと、列車はまた、いくつかのトンネルを入っては抜けました。
そしてタロウらは、大札幌中央駅に到着したのです。
列車が駅に入ると同時に、リカはタロウの手を握ってきました。
タロウは列車を下りる人達を見ながら、座っていました。
殆どの人達は、ここで降りました。
終点まで乗れる人達・・・いや、乗せられる行く人達は、ほんの少しでした。
そうした人達には、必ず付き人が居たので、タロウは途中から(きっと、この人も自分と同じく、終点まで行くのだろう)と思って見てました。
そして、それは多分、相手も同じだったのです・・・。
「特区孤立独立千歳市に入るには、一日に数本しか運行されない、この終着駅行きの列車に乗るしか無いのです。」
多くの乗客が降り去った列車の車内の座席の隣に座るリカは、タロウの左手を右手で握りながら言いました。
「そうなんだ・・・。」
リカの手が少し緊張してるのが、タロウには分かりました。
それから、大札幌駅での3分間の停車を終えた列車は、どんどんと加速して行きました。
その加速に合わせるように、タロウの手を握っていたリカの手の緊張は、薄らいでいきました・・・。
終着駅に向かう列車の中で、タロウはただ、窓の外を見詰め、グラス・チューブ越しに見える、雨に煙る高層ビルが立ち並ぶ、大都市の街並みを眺めて居ました・・・。
列車は最後の減速を始めました。
もう少しで、終点『特区孤立独立千歳駅』です。
特区孤立独立千歳駅まで向かう極音速リニア新幹線は、日によって本数が変わるものの、一日の運行本数は、最大でも5本でした。
タロウが乗って来たのは、この日の2本目の列車です。
列車は、とても高い塀に向かって走ってました。
それは高さ20メートルもある、コンクリートの壁でした。
その壁には、この列車が通るチューブが突き刺さる様にして入ってました。
それは、この壁に囲まれた都市こそが『特区孤立独立千歳市』だからでした。
駅に入るために速度を落とした列車からは、その壁の周辺が良く見えました。
「道路が少ししか無いね・・・。」
タロウがリカにそう言うと「ここは、とても限られた所からしか中に入る事ができないの。」と、リカが言いました。
「でも、空は開いてるから、ドローンとかに掴まれば・・・。」と、タロウがそこまで言うと「それは、とても危険な方法。空も常に監視されてるから、見付かったら直ぐに電磁砲で撃ち落とされるの。」
リカの言葉を聞いて、タロウはとてもおどろきました。
「そんな事したら、撃たれた人は死んじゃうよ!」
「それは仕方ないの。何故なら、ここは、とてもとても大事な場所だからなの。」
リカの答えにタロウは納得できませんでしたが、今はだれかが撃たれそうになってる訳でも無いので、これ以上は言わないことにしました。
分厚いコンクリートの塀の中に作られたトンネルを、列車はゆっくりと通り抜けました。
その塀の中には、巨大な病院の様な建物が、いくつも並んでました。
さらに中に入って分かったのは、この巨大なコンクリートの壁は、上から見るときっと六角型をしてるらしいという事でした。
特区孤立独立千歳駅に到着すると、タロウはリカに連れられて、市内のホテルに入りました。
ただ、ホテルと言っても、そこはどこか病院の様でもありました・・・。
リカはタロウと同じ部屋に泊まると言うのです。
タロウは驚きました。お母さん以外の女の人と、二人っきりで同じ部屋に寝泊まりした事が無かったからです。
そんなタロウにリカは「タロウ君は、何も心配したり、不安に思う事はありません。今日はゆっくり休んで、明日からの検査に備えて下さい。」と言って、その後には、ドライ・スチーム・シャワーに入る事をすすめてきたので、タロウはその言葉に従ってシャワーに入りました。
それから夜の9時には少し緊張しながら、ベッドに入りました・・・。
布団を被りながら、タロウはお母さんとお父さんの事を、思い出してました。
(僕はまた・・・あの家に帰れるのかな・・・そして、お母さんとお父さんに会えるのかな・・・。)
そんな事を思ってたタロウでしたが、不思議とそんなに悲しくならない自分に気が付きました・・・。
(どうして、悲しく無いのだろう・・・。)
タロウはそう思うと、悲しめない自分が、悲しいように思えてきたのでした。
それからいつの間にか、眠ってしまったのです・・・。
翌日の9時にリカに連れられてホテルを出たタロウは、病院の様な、研究所の様な場所に来て居ました。
そこの受付でリカが手続きを済ますと、タロウはリカと別れて、この施設で働く『身体整備士』の女性に連れられて、検査に向かいました。
検査室の入り口は奇妙な感じでした。
それは、怪しく光るトンネルを通るのです。
身体整備士は「この中を歩いて通ることで、タロウ君の身体の状態が分かるのです。」と、言いました。
タロウは言われるままに、光るトンネルの中を歩きました。
それから「次は、この検査台にのって仰向けで寝て下さい。」と言われたので、タロウは検査台にのり、天井の方を見上げるような感じで寝転がりました。
「では、このヘルメットを頭に被って下さい。」と、コードの付いた少し重たいヘルメットを、整備士に被せられました。
そのヘルメットには、目隠しの様なモノもついてましたので、タロウは辺りが見えなくなってしまいました。
すると、ヘルメットに付けられてるヘッドフォンから、身体整備士とは違う声がしました。
「こんにちは。TAーLOー630」
「なんのこと?」
「君の型番と製造番号だよ、タロウ君。」
「製造・・・番号?」
「そう。君は人間では無いからね。人の様に生まれたのではなく、機械を組み立てるのと同じ仕組みで作られたのだよ。」
「機械?僕が?僕は人間だよ!」
「そう思う様に作られたのだ。そしてそれは君だけでは無い。君が人だと思ってきた、全ての人達は、皆、機械なのだよ。」
「どういう事なの?」
「本当の人。つまり人間とは、君たちの様な姿ではあるが、全く違うのだよ。」
「どんな風に違うと言うの?」
「言葉で説明しても良く理解できないと思われるから、キミの五感領域に、人が活動して居た時代を仮想現実化した記録を送ろう。君はその時代の、その場所に居る様な感覚で、本当の人間達の生活を見る事ができる。」
それから少しの間、タロウは自分達に似てながら全く違う、人と言う生き物を見て居ました・・・。
それは、まるで、自分もそこに居るかのように体験できるのですが、全ては過去の記録なので、タロウの姿も、声も、その世界には何も伝わる事は無いのでし、タロウが触ったりする事もできません。
タロウは、今から450年ほど前まで活動して居た人類の生活を見て居ました。
そこは、自分達の生活に似てましたが、人は『一日に何度も食事をする』と言う事が、理解できませんでした。
しかもそれには、沢山の生き物の命が必要で、草木や木の実も沢山必要なのには、驚いてしまいました・・・。
タロウは、自分達は、少しの光があれば、体の表面に取り付けられてる光発電機で自分が必要とするエネルギーは足りるし、後は少しの穀物を食べれば、それを体内の熱レーザーで分解し、そこから作られたカーボンファイバーをナノ・マシンが身体中に運び、それで身体を修復して生きられるので、人というのは、何て無駄が多くて、そして、残酷なのだろうと思いました・・・。
「他の生き物をたくさん殺して食べるなんて・・・こんなに酷い生き物を、僕は今まで知らなかったです・・・。」
「君が知ってる生き物とは、人の他に、犬や猫、馬、鳥、魚とかの事だろうか?」
「そうです・・・。」
「しかしね、タロウ君。それも全部、君と同じロボットなのだよ。」
「同じ?ロボット?」
「そう。どれも、生物が互いに関係し合う多様性を地球上に再現しようと作られたロボットなのだ・・・。ただ、ロボットはロボットを食べる必要が無かったから、見た目だけの再現となったのだがね・・・。」
「みためだけ・・・の・・・?」
「そう。本来の生き物とは、植物を食べたり。それ以外は主に、自分と同種以外の生き物を捕食・・・つまり、捕まえて、殺して、食べて生きてたのだよ。」
「こ・・・殺して・・・?食べる・・・!」
「それを、食物連鎖と言うのだが、それは、物質の還元連鎖とも言える事だったのだよ。」
「他の動物を食べる・・・怖い・・・。」
「今でも、この地球上では、微生物や1ミリ程度の生き物、それと今でも生き残ってる虫達は、その食物連鎖を行って居るのだがね・・・。」
「じゃあ・・・虫はロボットじゃ無いの?」
「そうだよ。1000年前と比べると種類も数もとても少なくなったがね。同じく種類は減ったが、君も知ってるように、草木もこの環境に適応した種が、たくさん残ったのだ。本当の人間が居なくなった分、それはそれは、たくさん増えたよ。」
「それなら・・・その方が、キレイで良いと思います。魚とか・・・猫とか、鳥とか・・・それが殺しあうのは・・・。その中でも、人が他の生き物を殺して食べるのは嫌です・・・!」
「確かにそうかも知れない。しかし、生物本来の生きる姿というのは、残酷で醜く、そして汚ならしくもある。しかし、それは食物連鎖の中から生まれた生物の宿命なのだよ。本来、生き物とは、他の生き物を食べたり、分解したりして、自分の体内に取り込み、それで自分の身体を維持したり、身体を動かすエネルギーや、身体の状態を良く保つための栄養として使うものなのだからだ。」
「気持ち悪いです・・・。そんな汚い生き物に、どうして僕たちは似てるのだろうと思います・・・。」
「それは、人が自分達に似せて、君らを作ったからだよ。」
「似せて?作った・・・?」
「そう。人は君たちに、自分達の未来を託したのだ。つまり、人は、自分達ではできそうに無い事を、君達、自立型ロボットならできると思って作ったのさ。それは、ここのメイン・コンピューターや、そのボットである私も含めてだけどね。それで、人間はロボットに自分達を助けてもらおうと考えたのだよ。」
「じゃあ人は?人間はどうなったの?どうして僕達の周りに居ないの?」
「人は、滅びそうになったのだ。君や私。それに君がこの街に乗って来た極音速リニア新幹線もそうだが、人は途轍もなく高い技術を生み出した。しかし、それと同時に、自然界では分解できない生物に有害な物質も、大量に生み出し、まき散らしてしまった・・・。その結果。人類は自分達が健康に生きられる環境を失ったのだよ。それで子供を産んで育て、子孫を残すと言う事が、だんだん難しくなり・・・やがて、地球上で生きることが、できなくなってしまったのだ。」
「自分達で自分達の生きられる世界を壊したってことなの?」
「愚かしいと思うかも知れないが、そのとおりだ・・・。」
「なんて、どうしようも無い・・・。」
「しかしだ。人類は、自分達の事を諦めた訳では無かった。地球上に生きられないのなら、他の惑星に移住する事を考えたのだ。」
「移住って・・・?」
「これまで暮してた場所から遠く離れて暮らすと言うことだよ。」
「スペース・コロニーじゃなく?」
「そう。月でも無くだ。そんな狭くて、暮らしにくい場所ではない、別の星を探しに出たのだ。」
「そんな所があるの?」
「あるのかは、解らない・・・。しかし、半世紀まえに、人類を乗せた移民船は旅立ってるのだよ。」
「え?」
「それに、人だけでは無い。別な星で新たな地球を創る為には、地球と同じになれるぐらいの生き物の種類と、その数が必要だから、植物やその種、虫、微生物、鳥類、爬虫類、魚類や哺乳類など、ありとあらゆる生物も一緒に保存して積み込んで、宇宙を航海してるのだよ。」
「それって・・・大昔の話しに出てくるノアの箱船みたい・・・。」
「その通りだよ、タロウ君。実際にそれは『天ノ川渡河・ノアの箱船計画』と名付けられてるのだからね。」
「あまのがわ・・・とか・・・。」
「私達の住む、天ノ川銀河を渡って、その先にある筈の新しく住める星を探すと言う事だよ。」
「そんなの僕・・・考えられないなぁ・・・。」
「そうだね。それは、広大な宇宙を探索する、膨大な時間との闘いでもあるからね・・・。」
「そうだよね・・・。僕だったら行きたく無いな・・・。」
「機械の身体と電子頭脳を持った君らの様な者達でも、嫌になるだけの時間が掛かる事だからね・・・。だから人も動物も、コールド・スリープをして旅をしている。長い長い冬眠をしてるのだよ。それで、その間、宇宙船を動かしてるのは、君の様なAIロボットなのだ。」
「僕の様な・・・。ロボット・・・。」
「そうだ。」
「そうなんだ・・・。」
「しかし、それでも宇宙は広大だ。君が嫌だと思うように、君達の様なロボットでも、数千年・・・いや、数万年もの間、生活に大きな変化の無い日々が続けば、同じ思考回路ばかりに電子が走る事になるからね・・・そうすると普段電子が余り流れない回路は、少しずつ錆た様な状態になるのだ・・・。」
「・・・。」
「人はもちろん、ロボットでも、コンピューターでも、気が狂いそうになる長旅なのだよ・・・。」
「・・・・・・。」
「そこでだ。人は人に代わって宇宙を旅するロボット達の為に、辛い長旅の癒しとなる方法を編み出したのだ。」
「それは・・・どんな方法で?」
「夢を見せるのだよ。」
「ゆめ?」
「そう。夢だ。寝てる間にだけ、あたかも現実の様に感じられ。目が覚めると、いつのも自分に戻る・・・その、夢だ。」
「夢は、寝てる時に勝手に見るものじゃないの?」
「地上で暮す君ならそうだろう。見る夢にも普段の生活の影響があったりして、変化があるだろう。だが先に話したとおり、退屈な宇宙空間を宇宙船で旅する者に、日々の変化など数百年たっても有るかどうか分からないのだよ。」
「そんなの、たいくつで・・・ぜったいに嫌です・・・。」
「そう思うだろう。だからせめてもの楽しみとして、彼らに夢を届けてるのだよ。」
「届けて・・・る?夢を?」
「希望は届けられないが、夢なら届られるのだ。」
「ええ!?どうやって?」
「それは、君らの・・・今回に限っては君の体験だが。君が体験し記憶した小学校1年生から6年生の5年数ヶ月分の全ての記憶を、ここのクラウド・サーバーに記憶して、そのデータを一部改ざんして、宇宙船で旅をしてる者達に『地球で暮してた時の夢』として、見られるように、量子通信装置を使って、宇宙船に瞬時に送るのだよ。」
タロウは、ただただ驚きました・・・。
でも、自分のなんの変哲もない日常が、誰かにとっては、とても価値のある事なのだと思うと、宇宙を孤独に耐えながら旅する人の役にたちたいとも思ったのでした。
「分かりました。僕の記憶で良かったら、使ってください。」
「ありがとう。しかし、ただ、一つ、今の記憶を持ってる君にとっての問題がある。」
「問題?」
「君は小学校を6年生までやってきたが、来年の君には、また小学校1年生を体験してもらいたいのだ。」
「ええ?そんなの、飽きちゃうし嫌だよ・・・。」
「そうだろう。だから、君の記憶をこの特区孤立独立千歳クラウド・サーバーにコピーしたら、君の多くの記憶は消される事になる。」
「ええ!?」
「だが心配は要らない。君の両親が誰で有るかとか、どこに住んでたとかの最低限の記憶は残すのだから。」
「でも、それって・・・。」
「大丈夫だと言ってる。何せ、君が記憶を提供してくれるのは、今回で25回目なのだからね・・・。」
「25回目・・・?」
「そうだ。この星に暮らす人々の記憶は6年に一度、寝てる間に世界中の、こうしたクラウドサーバーにアップロードされてるのだよ。そしてその後、多くの記憶を消してから、これからの生活に問題が起きない様に、新たな記憶をダウンロードして、平穏な生活をできるようにしてるのだ。」
「そんなの・・・。じゃあ・・・僕のお母さんや、お父さんも・・・!?」
「だから、何も心配は要らないと繰り返し言ってるのだよ。今までだって、なんの問題も無かったのだからね。ただ、50年に一度は、身体の分解修理が必要だからここまで来てもらってるのだ。だから私が君とここでこうして話をするのは50年振りで3回目なのだよ。」
「僕は、ここに2回も来たことがあるの?」
「そうだよ。今回が3回目なのだ。そして君はまた忘れる事になるのだが、君が生きた約150年の内の、約144年分の記憶は、ここの電子雲の中には残ってるのだよ。」
タロウはただ、呆然としてしまい、身体を動かす気力も無くしてしまっていました・・・。
「驚くのは無理もない・・・。それとも信じられないのだろうか?」
「信じられないとかよりも・・・信じたくないです・・・。」
「そうか。それなら少しの間、君が忘れてしまつた144年分の記憶の雨でも浴びてみるかね・・・?タロウ君?」
お わ り
読んで頂きましてありがとうございます。
一か月後にも読んで頂ければ幸いです。