表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/43

第41話 成功にはならない

「何なのよ、そんなの知らないわよ、わたしはそんな名前じゃないし、わたしは、わたしは!」

 わたしはそこで、前世の人格に引きずられるようにして叫んだ。「わたしは、末松亜季って名前があるんだから!」


 ディアナ・クレーデルではない、末松亜季としての自分が胸の中で悲鳴を上げている。

 思い出した記憶が、あまりにも理不尽すぎて受け入れられない。

 何で助けてくれなかったの。もしも手遅れだとしても、どうして!


「どうして、救急車を呼んでくれなかったの?」

 わたしはウォルター様――いや、前世でいうところの遠藤君に向かって詰問する。「わたしが死にかけているのを見て、どうして何もしなかったの? どうせ死ぬから? 救急車が来る前にわたしが死ぬと思って、呼ぶだけ無駄だと思った? でもね、人間だったら、他人を思いやる優しさがあったら、救急車を呼んでくれてもよかったんじゃない? わたしは死にたくなんかなかったんだ、なかったんだよ! あの世界には、大切な家族も友達もいた! もっと生きていたかったんだよ!」


 あの時、わたしを見下ろしていた遠藤君の目が怖かった。

 助けてって言いたかった。力が入らなくて言えなかったけど、言って助かるなら懇願しただろう。

 でも、もしもそうだとしても。

 遠藤君の目がそれを拒んでいただろう。空虚な目で、どこか狂った目で見下ろした彼の顔があまりにも恐ろしくて、死ぬ瞬間にまでそれが呪いのようにわたしに纏わりついて、こうして生まれ変わった後にすら男性に対する本能的な恐怖として残ってしまった。


「そうですね、あなたの言う通りです」

 彼はそっと小首を傾げながら認めた。「どうせ助からないなら、次に期待すべきだと考えました。その結果が今、です。完璧な舞台じゃないですか? やっと僕らは正しい道に進めたんですから」

「絶対に人違いだもの! あなたが言ってるジェシカだか何だか知らないけど、本当にわたしじゃないから!」

「……おかしいですね」

 首の角度が傾いたまま、彼は眉を顰める。「転生屋は、ある程度時間が経ったら思い出すって言っていたのに。まだ、ジェシカ様は過去を思い出していないだけなんでしょうか。あなたは別の世界で貴族として生まれ、平民であった僕を助けてくれた。あの時からずっと、あなたが好きだった。あなただけが特別だった」


 彼の双眸に、暗い光が灯る。

 あの時と同じ狂った笑み。わたしを見下ろしていた遠藤君の表情。


「……だから、人違いだって」

「ジェシカ様。大丈夫、すぐに思い出しますよ」

 そこで彼がわたしに一歩足を踏み出してきたから、咄嗟に後ずさる。そして思わず口をついてきた言葉が。

「気持ち悪っ」

 その途端。

「ジェシカ様はそんな言葉は使わない!」

「だから違うって言ってんのよ!」


 わたしたちはその時、忘れていた。

 わたしたちの近くで、エリス様が怪我をして地面に座り込んでいたこと。

 だから見逃していた。

 エリス様が再度、古代魔法を使って目的を果たそうとしていたこと。


 それからは本当に一瞬のことだった。

 わたしとウォルター様が自分たちの足元に広がった魔法陣に気づき、魔法を使ったエリス様のことを思い出す。そしてエリス様の方に視線を投げ、彼が血だらけの胸元に手を置きながら、呪文の詠唱を続けていたことに気づく。気づくと同時にその魔法は完成し、わたしたちの身体を取り囲むようにして魔法言語が描かれていく。

 わたしがナイフを握り直しつつ、防御魔法を展開させる。

 ウォルター様がわたしの知らない言語を使い、攻撃魔法らしきものを放つ。

 エリス様の魔法とウォルター様の攻撃がぶつかり合い、反発し、何らかの反応が起きて爆風が巻き起こる。


 凄まじい衝撃と共に、わたしの身体が地面の上に吹き飛ばされた。でも、痛みを感じなかったのは辛うじて防御魔法が働いてくれたからなのか。土煙の隙間から、わたしの放った防御壁が見えて、それと同時にガラスが砕けるように壊れた。

「……ヤバかった……」

 わたしは防御魔法を展開させるのが一瞬でも遅れていたら死んでいたかも、と思いつつ両手に力を込めて上半身を起こす。近くに落ちていた短剣を素早く拾い上げ、立ち上がって辺りを見回した。


 まるで小さなクレーターだ。

 わたしたちの足元、地面の一部が抉れているから、エリス様の放った魔法と――ウォルター様の魔法の威力が大きかったのが解る。それに、近くにあった木も折れて倒れていた。

 そんな状況で。

「……はは」

 エリス様が笑っている。

 ゆらゆらと頭を揺らしながら、どこか泣きそうな表情で。

「古代魔法の波動は大きい。だから、誰かに知られずに使えるのは一度切りだったんだろうけどね……。これは、成功にはならないだろうね」

「エイデン様……」

 わたしが眉を顰めていると、彼は笑みを消して視線を地面へと――いや、地面に膝を突いているウォルター様に向けた。

 ウォルター様は酷く荒い呼吸を繰り返していて、右手でお腹の辺りを抑えている。そして、その手のひらの間から広がる赤。


「君の魔力が欲しいわけじゃなかったんだよ」

 エリス様がそう続けたことで、わたしは彼の魔法が成功したらしいことを知った。


 ウォルター様の身体からは、魔力を感じなかった。まるで、魔力切れを起こした人間かのように、空っぽになっていると直感して――それで。

「こんなに苦労して、得た魔力がこれだけって残念だよね?」

 エリス様は肩を竦めつつ、次の魔法を使った。その魔力の波動は間違いなく、少し前の彼よりも強い。エイデン様は治療魔法を使ったのか、あっという間に呼吸が整い、ふらついていた足がしっかりと地面を踏みつけ、ウォルター様の近くに寄った。

「でもありがとう、君の魔力は確かに受け取った」

 そう言った瞬間、ウォルター様がニヤリと笑って顔を上げる。それはまるで悪役そのものの歪んだ笑みだった。

「魔力がないから無力だと思ったのか?」

「何?」

 何かを警戒して数歩下がるエリス様に向かって、ウォルター様は何か呪文を詠唱した。それが完成する前に、ウォルター様が小さく呟いた。

「僕は別の世界で、精霊の力を借りる魔術を習ったからね。魔力なんてなくても何とかなるんだよ」

「へえ」

 エリス様が緊張した面持ちで、声だけ冗談めかした響きでそう言いながら次の攻撃魔法を放つ。


 そしてまた、二人の力がぶつかり合った。


「もう、最悪」

 わたしはそんな泣き言を口にしつつ、さっきよりも激しい衝撃に備えた。

 でも何となく、無理かもしれないって直感していた。

 ウォルター様は魔術だと言った。この世界に存在するのは魔法であって、魔術じゃない。きっと、その力の構成そのものが違うんだろう。

 異質な力が衝突することで、本来の力よりずっと激しい爆発が起こるようなものだ。


 わたし、死んじゃいそう。

 さっきの防御魔法でもぎりぎりだったんだ。今度こそ、耐えきれないかも――。


 そうしたら。


 一瞬の間に、両親――この世界でのお父様とお母様、お兄様の顔が脳裏に浮かんできて、これはまずいと思った。走馬灯なんて幻覚だから。わたしは死なない。死なないんだから。絶対に!


 だってわたし、これでもヒロインだ。

 一応はヒロインなんだから、死ぬわけがないんだ!


 両足に力を込め、震えそうになるのを堪えつつ防御魔法を使う。

 それと同時に、聞き覚えのある声が鋭く響く。


「ディアナ!」


 ――え?


「こっちだ! 隠蔽魔法がある! 壊せ!」

「援護しろ!」

「下がれ!」

 他にも大勢の人間がいるのか、聞き取れない叫び声が続く。そんな中で、その声だけが鮮烈にわたしの耳朶を震わせるのだ。

「ディアナ! どこだ!」

「先輩! ユリシーズ様!」

 わたしはその声の主に向かって叫んだ。「ここです、ユリシーズ様!」


 その返事を聞く前に、新たな衝撃波がわたしを襲う。

 さっきよりも巨大な爆発が起こったようで、わたしの防御壁が割れる音が聞こえて。


「間に合ったか」

 と、気が付いたらユリシーズ様がわたしを抱きかかえるようにしてそこに立っていた。いつも無表情とか不機嫌そうな顔が多い彼だけれど、今は安堵したような笑顔をこちらに向けていて、それがとても、とても。


 伏せた猫耳ですらカッコいいなあ、なんて思いながら、わたしは思わず彼の胸に頭を押し付けて叫んでいた。

「ありがとうございます!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ