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世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!  作者: 月見里ゆずる
6章

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9

部活から帰ってきた陽鞠が「お父さん、みかん食べちゃったの⁈」と声を上げた。


「あ、悪いな……陽貴おじさんと一緒に」


 悠真は陽貴に視線を向ける。


「はは、食べちまったよ。ごめんな。色々話してたんだ」


 陽貴が陽鞠にこたつに入りなよと促した。


「学校に頑張って行ってるんだって?」


 その瞬間陽鞠の視線が下がる。


 ボロボロの学校の補助カバンには、同級生からの嫌がらせの手紙が入ってる。


 今日も部長の機嫌悪くって八つ当たりされたなんて言えない。


 最近の八つ当たりのターゲットは専ら私だ。


 ちかのお父さんと私の母が同級生で、いじめられてたって話だから、その矛先が私になっているだけ。

 

 それをみんな知ってるから、同級生や先輩が便乗している。


「そのおでこどうした?」

 

 悠真に言われた陽鞠は、思わずどこと触る。


「鞄もボロボロじゃないか」


 陽鞠は昔から物を大切にするタイプだ。

 小学校から授業中に書いた友達との手紙やプリクラや写真を大切にファイルに保管している。


「いや、そ、それは……」


 視線が泳ぐ陽鞠に陽貴は、何かされたでしょと穏やかな口調で尋ねる。

 まるで大人の目はごまかせないという鋭い眼光。


「なにかされた⁈ どこの誰だ? また浅沼とか言う人か?」


 矢継ぎ早に質問する悠真に陽貴が手で制止する。


「今話したくないんだよね。悠真、お茶出してくれ」


「ちゃっかりお願いしてんじゃねーよ。分かったよ」


 悠真は3人分のお茶と段ボールに入ってるみかんを用意して、こたつに戻った。


「外寒いもんなー。練習は室内?」


「ほんとマジ寒い。廊下も冷えてるし。音楽室はあんまり暖房の温度上げると部長に怒られるから」


「そうか。暖房の温度上げてくれないのか。ケチだな」


「ちかは暑がりだからね。仕方ない」


 陽鞠は諦めきったようにつぶやく。


 部長の浅沼智景は夏はもちろん、冬でも音楽室に暖房がついてるのを嫌がる。すぐに暑いと言って、切ってしまう。

 春の台中学校の吹奏楽部は、部長の発言が絶対だ。

 部長が暖房消すとなれば、つけたくても我慢するのが当然の考えだ。顧問も現状を理解しつつも、《《長年の伝統》》や《《暗黙の了解》》を理由にとめない。むしろ社会の不条理さを学ぶのに丁度いいと思ってるぐらいだ。

 問題になるとしたら、練習中に凍死したとか、救急車に運ばれたとかだ。それでも顧問が隠蔽するだろう。保護者からバッシングされても、伝統で突っ走る。


「それで体調不良でないの?」


「うーん、出てる。今日も後輩が1人休んでた。風邪ひいて。その前から寒がってたんだけどね」


「あの学校の吹奏楽部に改善なんか求めても無駄だよ。顧問は長年の伝統を理由に逃げ腰だよ。保護者が毎年改善してくれと言ってるけど、ダメだ。あそこは卒業生がちょいちょい顔だすからな、そいつらが圧力かけてんだよ」


 春の台中学校吹奏楽部のために、頻繁に顔を出す卒業生達。

 その中に子供たちや家族が入ってることから、2代に渡って関わってる人も少なくない。楽器やお金の寄付に一番力入れている部活だ。

 それは、やはり学校の看板というのが大きい。


「あのね、今日もちかにやられたの。このあざは。かばんがボロボロなのは、円堂えんどう先輩がやったの」


 依田兄弟は顔を見合わせて目を丸くする。


「先輩って、3年は引退じゃないのか?」


「表向きは引退だけど、先輩達はなんだかんだいって顔出してくる。円堂先輩は、私のことあんまり好きじゃないみたいだし。1年の時からきつくいわれてたの。最近はちかと一緒に嫌がらせしてる」


 ぽつぽつ話す嫌がらせの内容。


 部長の浅沼智景から言葉による嫌がらせを受けているのは知っていた。

 

 まさか、手を出すまでいってたとは。顧問や彼女の担任や父親にやめてもらうようにお願いしたのに。

 

 円堂先輩って誰だ?

 悠真は保護者の集まりに出来るだけ参加している。陽鞠の部活の子や同級生の名前はなんとなく覚えてる。

 えんどう、えんどう……あ、あの背の高い細身の女子か。円堂花夜(かや)

 陽鞠と同じパートの子だったはず。

 

 去年の夏休みの面談で学校に来た際に、様子見として、部活を少し覗いていった。

 

 陽鞠に対して大きい声で無能とか、足引っ張ってるんじゃないとか、とにかくきつい言い方をしていた。

 

 その時に顧問に話したら「先輩がキツいのは仕方ないし、それでついていけないのならそれまでのレベル」と片付けられてしまった。

 まるで私が勝手に騒いでるみたいな言い方だった。


「まだあの人はそんなことやってたんか……何言われたんだ?」


「楽譜読んでないとか、音間違えてるとかだったかな。事実だったし。罰として私のカバンを踏んで、音楽室の窓から投げ捨てたんだよ。あげくの果てには、お母さんが今も昔も男遊びしてたことをばらされた。罰あたったねって。外で働いてることも」


 悠真の握り拳が震える。


 何でそれを知ってるんだ。うちの家庭状況知ってるのはごく一部だ。

 心当たりあるのは、うちの家族、スタッフの一部、陽鞠の担任。


「誰だそんな情報流したの……もしかして、結花本人か? SNSか」

 

 結花はSNSで自分の現状を嘆く投稿をしている。現在進行形で。

 保護者や学校の先生の中に同級生や知り合いが見てる可能性があるということか。

 悠真は結花のSNSを基本見ていない。

 一度だけスマホの通知画面に投稿が見えたことがある。内容は悪口ばかり。

 パンドラの箱を開けたような感じがして、それ以来見ていない。二度と見たくなかった。

 ここまで悪く思われてたのかと。自分も両親も兄弟も。


「もしかしたら、円堂先輩かその御家族とか見てるかもな。結花さんのSNS。まあ、ネットで珍獣扱いされてるから、他の保護者やかつての同級生とか見てるのは有り得そうだけど。陽鞠ちゃんは関係ないのにな」


 陽貴は「学校に相談した方がいいんじゃないか」と話す。


「陽鞠の担任は確執があるし、顧問の森河は逃げ腰、あとは副顧問かね……あんまり見たことないけど」


 今いる学校に陽鞠の味方になってくれそうな教師が思い浮かばない。

 副顧問の小島は部活に週1回顔出すレベルで、兼任している生徒指導がメインになっている。

 生徒指導では吹奏楽部の部員達に頭からつま先まで服装や言葉遣いに厳しく、少しでも砕けたような言い方をしようものなら、言いなおしされたり、無視される。

 部員達の間では「戦力にならない味方」「いてもいなくてもいい存在」と揶揄されている。


 悠真は小島の顔見たのは、最初の部活動説明会の時だった。次は去年夏のコンクールの時だ。

 おそらく陽鞠の状況を知ってるのかはなはだ疑問である所だ。


「――ちかや瑠衣るいに色々言われようともやってきたけど、ぶっちゃけ、お母さんのことでいつまでもいわれ続けるの嫌だ。私は私なんだよ⁈ 私、転校したいの。赤澤先生が嫌がらせされたくなかったら、環境変えなさいって言われたの!」


 歯を食いしばる陽鞠に悠真は言葉を失う。


 こんなの遠回しに学校からいなくなれと言っているようなもんだ。

 担任が陽鞠のことを嫌ってるのも、結花に対して許せないのも知っている。


 結花は中学時代に、身勝手さでどれだけの人を苦しめたのだろうか。

 あの学校は結花に対して許せない感情をもったり、顔を見たり名前を聞いて、ふつふつと昔のことを思い出した保護者や家族がいるということだ。

 陽鞠が嫌がらせを受けるのも、結花に対する《《因果応報》》なんだろう。


「理不尽だけど、これはある意味担任からの陽鞠ちゃんへの配慮であり、過去に結花さんと関わりあった人達を守るための方法なんだと思う」


 陽鞠は陽貴の考えに対して「守るため?」と聞き返す。


「あのね、信用を失うのと悪い評判がつくのって簡単なんだけど、それをとっぱらうのってめちゃくちゃ難しいんだ。まして、今は他人の過去のことをネットで調べようと思えば出来るんだから。お母さんのこともそう。過去にいじめをしてた、異性と遊んでた事実やお父さんを蔑ろにして、好き放題してたことがSNSに残ってる訳。たとえ関係なくても、娘である陽鞠ちゃんとお父さんには、あの呉松結花の娘または夫という枕言葉がついてまわる。地元にお母さんの過去のことを知ってる人間がいる以上、たちまち広がる。たとえ陽鞠ちゃんが真面目にしても、いつかお母さんみたいになるって思ってる。いや、そうであって欲しいからね。多分嫌がらせする人達は、ここぞとばかりに陽鞠ちゃんを人質にしてるんだ」


 そうであって欲しい――つまり陽鞠と悠真が結花と共に落ちぶれて欲しいということだ。人生転落して欲しい。結花が調子に乗ってたから、因果応報が来て欲しいと願っている人間がいるということ。


「確かに悪事千里あくじせんりを走る、悪名あくみょう無名むめいに勝るって言うしね。学校変えるのが一番なのかなー。この近くに寮つきの学校ってあるのか? 最悪県を越えないと無理じゃないか?」


乙女坂女学院おとめざかじょがくいんを考えてる」


 陽鞠から学校の名前を言われた瞬間、悠真の顔が青くなる。思わず額に手を当てる。

 この家から約1時間半。遠いっちゃ遠いが、何せあそこはなかなかの名門だ。うちのような問題起こした身内が入れるような場所じゃない。


「中学編入は難しいと思う。せめて高校からは無理か? 中学は西南せいなんにしてさ」


 おろおろしながら、悠真は説得する。


「もう地元だと、お母さんのことばっか言われるし、隣の学校も変わらないと思う。もうあの人に言ってやりたいの! 『お母さんのおかげで私はいじめられました』って。今すぐにでも呼んできて!」


 陽鞠の目は見開いていた。

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