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世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!  作者: 月見里ゆずる
6章

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8

「悠真、来たぞー!」


 玄関から兄の陽貴の声が聞こえる。

 そうだ、今後について考えるのに呼んできたんだと思い出す。

 いそいそと陽貴を上がり込ませると、寒いリビングでこたつに案内する。兄弟向かい合わせの状態で座る。


「こたつでみかん食ってたのかよ……」


「だってさみーもん。冬の定番だろ? ほら食べな」


 悠真はみかんを陽貴に向けて投げる。

 運良くキャッチした陽貴はせっせとみかんの皮を剥いでいく。

 こたつの中から当たるヒーターが2人の全身に血流を流す。


「川村のおばちゃんからくれたみかん美味しいや。久しぶりに食った」


「あれ、毎年送って貰ってるんじゃないんか?」


 陽貴が怪訝そうにして聞き返す。


「――どうも、他の人にあげたり、捨てられたりしてた。義母が持って帰ってな。結花が嫌がってるから、二度と送って来るなと」


 それに気づいたのはほんの数年前。

 淡々と理由を答える悠真に対して、陽貴は言葉を失う。

 なんで今まで気づかなかったのかと聞きたくなる。


「送って貰ってたけど、いっつも俺が食べようという時になくってな。結花に聞いたら、陽鞠が食べたとか、俺が気づかないうちに食べてたんでしょって逃げてた」

 実際は、みかんが送られたら、結花が実家の母に持って帰ってもらって、お手伝いの3人である野田、大野、柿本や近所の人達に配ってた。残った分は捨てていた。


「どこで気づいたんだ?」


「ああ、年末年始に結花の実家行った際に、川村のおばちゃんがみかん送る際に使ってるダンボール見つけてな、それ聞いたらこれだよ。夫の親族から送られる物は、嫁にとって全てゴミを送りつけてるのと一緒だって」


 耳を疑う義妹の発言に陽貴はそうかとしか言えなかった。

 あの性格ならやりかねんかもなと少し思う。


「ゴミ呼ばわりって……うちの家族は喜んで食べてる。ちょっと多いから妻の実家や近所の人達にも分けてるけど」


「そういうのなら分かる。多すぎるからって。それでもひと言欲しい。その癖、陽鞠に関することでお金集ってるんだよ。入学、卒業、誕生日、作文で入賞したお祝い、ピアノの発表会とか」 


「マジか? お父さんもお母さんも送ってるんか? そのお金はどこにある?」


 その瞬間、悠真は黙り込み視線を下ろす。


「もしかして、使い込みされてたとか? いくらだ?」


 矢継ぎ早に質問され、悠真は一つ一つ丁寧に答えていく。


「いわゆる“お母さん銀行”とかいうやつ。全部で50万あったかな。全然手をつけてなかったはずなんだ。でも、実際は半分ぐらい使われてた」


「いつわかった?」


 強い口調で詰問する陽貴。目が凄んでいて、悠真は縮こまる。


「去年だ。陽鞠が吹奏楽部で使う楽器買うのに、お祝いのお金使おうと2人で確認したら、これだ」


 悠真はスマホで撮影した通帳を見せる。

 通帳の名義は陽鞠になっているが、カード自体は悠真が管理していた。


「これなー……俺たち夫婦も送ってるんだ」


「へっ?」


 間の抜けた声が出る悠真。知らなかったのかよと呆れる陽貴。


「全部結花さんに任せっきりだったんじゃないか?! とんだ大バカもんだ!」


 陽貴は声を荒げて机をたたく。


「いや、陽鞠の通帳は俺管理なんだけど……はっ!」


 いつだったか、結花に陽鞠のカードを見せてくれや教えてくれと言われたような……。

 みるみるうちに青ざめていく。

 その直後だろうか、不定期に引き落としされるようになったのは。


「どうせ、お前のことだ。結花さんを信じきっちゃったんだろ? 本当、陽鞠ちゃんがこれ知ったらどう思うよ? あんたも同罪だ」


 突き放すような口調で言われ、悠真ははいごもっともですと返す言葉もない。

 同罪という言葉が突き刺さる。


 そうだ、娘からすると、妻をコントロールできず、娘の通帳にまで影響与えてる時点で、私も加害者なんだ。

 知らなかったのかというのは通用しない。


「毎回な、陽鞠ちゃんのお祝いでわたし達夫婦も送ってたんだ。結花さんに言われてな」


 ――あんなしょぼいスーパーの金銭援助してるのどこだっけ? ゆいちゃんの実家よ? 感謝しないと。子どものいない家族なんだから、お金ぐらい余裕あるでしょ? それともうちの娘が可愛くないというの?


 まるで脅迫するような、恩に着せるような物言いだった。

 遠回しにあなたの会社潰しますと言っている見たいで、背筋に寒気が走った。

 確かに一時期経営難になりかけて、それに手を挙げたのが、結花の実家だった。


「あー、あいつ、陰でそんなのやってたんか‼ 脅迫じゃねーか!」


 悠真は頭を抱えるようにうめく。


「あのお義母さんもそうだけど、彼女は恩に着せるタイプなんだ。過去にこういうこと手伝ったんだから、それぐらい返せと。上下関係作ってるんだよ。彼女の実家にいるお手伝いさん達もそうやって、ずるずると続けてきた。お前は盲目過ぎる。結花さん可愛さにな。あいつは、中身のないただのおばさんだ」


「お、おばさんは……やめてくれ。これでも40前で可愛く見えるんだから」


「でも、中身は中学生レベル。顔だけで生きていくなら、とっくに芸能界はいって、売れてるだろ? それがないということは、そういうこと。仮に入ったとしても、非常識な言動で、ネットで炎上してそうなタイプだ。長く持たないだろうね。現に結花さんは、ネット掲示板で痛い人のSNSで頻繁に出てる」


 陽貴はスマホで結花のSNSをスクショしたのを見せる。

 ネット掲示板には、痛い女のSNSを晒すスレで、結花のSNSの内容が載せられていた。

 陽貴が見せたのは特に悪質なものだ。


 結花が投稿する度に、見ず知らずの人にこの投稿は痛いとか、服が似合ってないとか、整形してんじゃないかとか、娘可哀想と書き込まれている。

 悠真に対しては同情的な人と、結花の暴走を止められない加害者とみなしてる人と半々だ。


「本来、人様のSNSを掲示板に勝手に載せるなんて、やってはいけないことなんだよ。いくらおふざけとしても。ただ、彼女が年齢に見合った言動や行動ができていないのは事実。だから周りは痛い人として見てる」


 現実を見れてないのかもしれない。


 妻可愛さと自己保身で、やりたい放題にした結果がこれだ。娘も被害者になっている。

 

 他にどれくらいいるんだろうかと想像するだけで憂鬱になる。これも自己保身だ。


「悠真はこれからどうしたい? いつまでもこの状況続ける気なのか? 4月に入ったら陽鞠ちゃんは3年になる。受験生だ。最悪卒業までに決着しないといけないと」


 悠真のみかんの皮を剥く手が止まって黙り込む。 

 結婚指輪は今でもつけたまま。妻がいないときに家に戻っては、結婚式の時の写真を見て最初の頃を回想している。

 兄の言うとおり早く決着つけないとだめだ。


「悠真、情に絆されるな。先に言っとくが、俺は結花さんとより戻すのは反対。言っちゃ悪いが、彼女は悠真にも、陽鞠ちゃんにも、うちの家族にとって、悪影響な存在だ。トラブルメーカーで無神経だから。今までのツケを支払う意味でも、彼女には一回痛い目に遭わせた方がいいと思う」


「はるにいはそう言うと思った。反対なんだなって。正直迷ってる。はるにいの言い分も分かる。実は俺、より戻そうと考えてるんだ」


「はぁ?! この期に及んでか?! 何考えてるんだ? なんだかんだ言って、お前も甘やかしてるな。どういうつもりなんだ?」


 詰問する口調の陽貴に悠真はひるむことなく口を開いた。


「もちろん今まで通りにはさせないよ。結花の都合良いようにはさせない」


「どういうつもりだ?」


 悠真の口調がさらに厳しくなる。

 こんな顔だけ人間でトラブルメーカーの身内なんかいて欲しくない。ちょっかいかけてくるし、妻に失礼なことしか言わないし、職場でも身内だからと甘えた根性でやってるし。

 こんな人どこがいいんだよ。弟を軽蔑したくなる。


「まず、寄りを戻す条件で、俺の親と同居。但し規則正しい生活を送るように、両親には厳しくやってもらう。うちで働くのは継続する。あとは、実家とのやり取りは必要最低限。今、結花の実家には、天敵である兄夫婦が住んでるからな、彼の一声で、実家に甘やかせる環境を作らせないようにしている」


「それはもしかして……」


「そう。彼女が嫌がってたことをするんだ。働かせるのもそのひとつ」

 昔からお人よしで、優しすぎる所が良いところであり、そこにつけいれる人間に騙されるのが心配だった。

 案の定目狐みたいな女に振り回されて、家族がいつバラバラになってもおかしくないと思ってた。


「今家に結花一人だから、食事は多分適当だろうなと思って、レトルトや食品を差し入れてる。それも、彼女に俺がチャンスをくれてやってるんだと思わせてだ」


「はぁー……そこまで考えてたとは……一本取られた」


 悠真は額に手を当て参った参ったと笑う。

 甘やかしてるようで、実は外堀を埋めようとしていることに感心した。


「本人には話してない。でもうちの両親には同居することを匂わせてる。ほら、昔とはいえ、お母さん足悪くしちゃったから。それに、陽鞠にとって、ちゃんとした大人がいた多い方がいいと思うんだ」


「自分達家族だけだと、結花のわがままに振り回されるけど、両親と同居することで、目が届くということか。まー、学校はちょっと遠くなるな……」


 今結花が住んでいる春の台から依田家の実家である西南台まで車で15分。もし住むとしたら、陽鞠は転校する可能性が高い。


「陽鞠ちゃんはどう思ってる?」


「その方がいいって。ここにいたいって。何せ中学がよりによって、結花が卒業した所ってとこが大きいからなぁ」


 なにせ結花の元同級生が担任だったり、陽鞠の同級生の保護者や先輩だったということで、中学時代のことを知っている人間がちらほらいる。

 結花の評判の悪さや行いを引き合いにして、陽鞠が嫌がらせを受けるのが、悠真としてはいたたまれなかった。

 何より、嫌がらせを正当化する理由にされるのが一番嫌だった。

 

 ――娘は関係ない。悪いのは結花本人だ。


 陽鞠が嫌がらせを受けないかわりに、結花に因果応報を受けさせる。それは結花が嫌がってたこと、逃げてきたことをさせる。現実を見てもらう。

 もういつまでも”呉松家のお嬢様”でも”世界一可愛いゆいちゃん”が通用しない。

 世の中のシビアさをとくと肌で感じさせる時期、必要があることを自覚させる。

 それが陽鞠とうまく行く最善の策でもある。将来のためにも。


「そうだなー。何せ地元で名前が知られている家というのが大きいよな。どんだけ喧伝してたのやら。俺は良輔さんと学校一緒だったから、多少面識あるぐらい。静華さんの話はよく聞いてたけど、結花さんのことはあんまり話さなかったな。多分話題にしたくなかったんだと思う」


 あんな癖つよつよな人を身内扱いするのも恥ずかしかったんだと思う。


「もしかしたら、はるにいが狙われてたかもな」


「身内の集まりの時散々ベタベタしてきたし、職場でも甘えてきてるから、適当にあしらってる」


 その口調は不愉快さを全面に出したようなものだった。


「ほんと、うちの妻が色々トラブル起こしてすまない。職場でも好かれてないみたいだしな。ありゃ、死んでも治らないか……」

 妻がみんなからの人気者とか、何でもできるというのは幻想だった。それに薄々気付いときながら止めなかったのは、怒られるのが怖かった。家族がバラバラになるかもしれないという恐怖心によるものだ。


 心を鬼にしなければと言い聞かせる。


「それでな、同居以外にもうひとつ考えてることがあるんだ」


 悠真の口から出された言葉に陽貴は真剣に耳を傾ける。


「ちょっと早いけどその方がいいかもな。前々から考えてたことだしね。社内の士気を上げるためにもベストか」


「そう。見聞を広げたいからね。良輔さんがいいとこ紹介してくれるそうで。それに、ここから、電車で15分ぐらいのとこ。西南中央の近くの工業団地」

 これからのことを話す悠真の声が明るい。


「はぁ、あの辺な。いいじゃん。結花さんには言わない方がいいな」


「当然そのつもりだよ。両親にもお願いする。はるにいも隆太りゅうたも、結花には絶対言わないで欲しい。多分怒るだろうから」


 身内がトップであることを威張ることしかできない人には、それをなくせばただのスタッフになるだけ。


「でしょうね。分かってる。それなら俺もそうしようかな。出来れば彼女の天敵になるタイプがいた方がいいかも。隆太にも話してみよう」


 2人が話終えた頃には、こたつの上のみかんが全てなくなっていた。

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