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世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!  作者: 月見里ゆずる
6章

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2

  朝礼終了後、農産スタッフ部門に尾澤がやってきた。


「では改めて――私、尾澤万希とと申します。初めての人もお久しぶりの方もよろしくお願いします!」


 ばちばちと拍手する中でおばちゃん3人衆の1人、太刀川が「懐かしいわー。相変わらずカッコイイ」とアイドルに声援を送る人になっていた。


「おっ、裕美ちゃん、お久しぶりー! 元気? あとで話聞かせてー! あとはえっと……安田さんだだけ。で、あなたが依田結花さんね。よろしく!」


 名前を呼ばれた人達は殆ど面識がないのにも関わらず目を丸くしていた。それもそうだ。尾澤は出勤1時間前に来て、スタッフの名前と顔を叩き込んでいた。

 彼女は人の名前と顔を覚えるのが非常に速いタイプだ。


「ここの部門のリーダーである福島さんの代わりに来てます。えっと、とりあえず、持ち場に入って……とちょっとひろちゃん来てくれるかな?」


 結花は今日、安田とペアを組んでほうれん草の袋詰めする。結花の信者なので少し機嫌がいい。

 結花は商品をダメにした《《前科》》があるので、袋詰め梱包の作業だけとなった。


「あちらの女性が依田社長の奥さん?」


 尾澤は作業している結花を一瞥した。


 めっちゃ嫌そうな顔してるな。物の扱い方が雑すぎる。袋詰め完了した野菜達を無造作に段ボール箱に入れるからヒヤヒヤする。


「そうなの。先月から来てるんだけど、作業真面目にやらないし、態度も彼女よ好き嫌いやその時の気分でめっちゃ出るからやりにくいのよ」


「うん、確かにそれはある。彼女の機嫌いい時ってある?」


「ここだとお気に入りの男性スタッフがいる時かな。相川くんと長見くんと東浦くんと安田さんかな」


 ほぼ男性ばっかじゃないか。いま一緒にやってる女性が安田心桜(みお)。せっせとやりつつ、結花に「今日も可愛いですね」と容姿を褒めている。


「相川くんのことかなり気に入ってたんだけど、当の本人は女性が苦手なのよ。特に依田さんみたいな人。で、一昨日おとといかな、彼女のわがままぶりにブチ切れた」


 尾澤は相川のことを思い出す。

 あー、あのスポーツ刈りのイケメンくんね。

 女子にモテそうだが、本人が女性苦手となれば、過去に何かしらのあったのだろう。


「随分しつこく連絡先聞いてきたり、さりげなくボディタッチしてるからねー。一緒に仕事やりたがるから、私たちで引き離してたんだけど、隙をついては、彼に絡んでたの。あんまりにも執拗いから、それで怒っちゃって……とうとう依田さんのこと痛い《《おばさん》》って言っちゃってね」


 尾澤の顔が引きつる。


「あー……言っちゃったか……痛い《《おばさん》》、ね……」


 彼女のメモしたノートを思い出す。


 業務に関係ない事柄ばかりで、男性スタッフをて見た目だ財力だと品定めするかのように記録されていた。


 仕事を本当に覚える気があるとは言えば、甚だ疑問である。

 結花の事情は人事部長の陽貴と社長の悠真から一通り聞いている。


 あー、あの問題児ねとすぐに出てきた。


 尾澤の実家と呉松家くれまつけとは仕事で付き合いがあり、何度か彼女達の親同士が懇親会的な催しで顔を合わせている。


 尾澤の両親から聞いたのは結花の素行の悪さ。

 昔からトラブルメーカーとして有名で、母親が甘やかすことで余計拍車をかけている。

 いつも言っているのは、上2人はしっかりしてるのに、なぜ結花だけあそこまでわがままなのか。母親そっくりだと。父親がちがうのではと密かに噂されていた。


 尾澤と結花が直接会うのはこれが初めてだった。


「なるほどねぇ。それで相川くんは辞めたいと言ってるんだね。一歩間違えればセクハラだからねぇ。その相川くんの女性が苦手ってのは彼女は知ってるの?」


「ええ。最初にお話しました。それでもアピール続けて……ぶりっこ口調と力仕事出来ないと騒いだり……一体何しに来たのかと思いました」


 太刀川のため息から出る疲れと無力感。


「確かにゆいちゃんは可愛いと思います。正直年を聞いてびっくりしましたもの! ……私達もそうですが、福島さんですらさじ投げるレベルの方です。彼女の勤務態度なんとか出来そうですかね?」


「うん、やると言った以上責任もってやる。私少し癖ある人の方が好きだから俄然がぜんやる気出た!」


「彼女お気に入りの人以外には態度悪いので」 


「じゃぁ、太刀川さんと依田さんでやってみて。安田さん太刀川さんと交代ねー」


 指示された安田は了解しましたとバトンタッチする。

 太刀川を見るなり結花の顔が変わり、さらに雑に扱う。

 袋詰めする機械を乱暴に扱って、段ボールに投げつけるように入れる。


「ゆいちゃん、いつも言ってるけど丁寧に扱って……商品なのよ」


 太刀川が恐る恐る注意すると結花は尾澤に抱きついて「えーん、怒られたぁ。あのおばさんがいじわるしてくるぅ」と太刀川に指さした。


「太刀川さーん、ゆいちゃん泣いちゃってますよー。可愛い可愛いゆいちゃんの顔が台無しさせないでください!」


 安田がさらに煽る。


「いいや、商品だし……ダメになったら困るから」


 太刀川はめんどくさそうに頭を掻きむしる。


「依田さん、ちょっとお話聞こうか。キミの声聞きたいから」


 尾澤は喧嘩になるのが見えたのか、作業台から離れて隅に移動した。


 な、なに? いまから2人っきり?!

 やっぱりイケメンねー。何話すのかな?


「依田さん、さっきの話だけど、太刀川さんの言う通りだよ。乱暴に扱うのはダメです。ここの商品は必要な数を計算した上で、在庫確保してるの。お客様が買いやすいようにしてるから、無駄には出来ない」


「や、安物だからいいじゃん。私が買ってるようなものならともかく、2個で150円レベルっしょ。どうせそこら辺の草から取ってきたもの……」


 何か個人的な話かと思いきや、業務上の注意なので、頬を丸くしてなんだその話かと落ち込む。

 その瞬間、尾澤は結花に「何言ってるの?」とドスの効いた声で尋ねる。


「このほうれん草、春の台や明王寺の近辺の、直営農業から取り寄せてます。農家の人達が手間暇かけて作ったものを、依田さんが壊してるんです。それを知ったらどう思うんでしょう?」


「たまたまダメになったんだとしか思わない。なに? 《《悲しいと思ってる》》と答えさせたい? あいにく私はそういうのわからないのよねー」


 手をひらひらさせて、もうお説教はうるさい、帰ると作業台に戻ろうとするが、腕を掴まれた。


「……まだお話は済んでません」


「あら、呉松家のお嬢様の腕掴んでるなんて、良い度胸ね。私のこと好きなの? いやー、嬉しいー! ゆいちゃんの肌堪能してぇ。すっべすっべだから!」


 声のトーンが明るくなる結花に、尾澤は眉を顰める。


 なんなんだ、この人は。態度が変わりすぎだろ。

 なんかそういう気分変わる系の病気とか持ってるんじゃ……カウンセリング案件な気がする。


「話をそらさないで下さい。今はあなたの業務と態度についてお話してるんです。状況分かってますか?」


「勤務態度も業務も真面目にやってる! 太刀川のおばちゃんがいじわるしてくるのっ! 塩浦のおばちゃんも、相川くんもみーんな《《いじわる》》してくるの! ね、助けて!」


 上目遣いでアピールする結花に尾澤は大きくため息をついて、腕を振り払う。


「あのですね、皆さんいじわるしてるんじゃなくて、依田さんが出来るように声かけてるんです。あなたの話し方といい、今の態度といい、本当に呉松家のお嬢様ですか?」


「本当だもん! ゆいちゃんは呉松家の末娘よ! 依田悠真の社長夫人よ! なんでみーんなそんなに疑うの?! 酷いっ!」


「そのアピールしてるのと態度や行動が見合ってないからです。お嬢様育ちなら、状況に応じた言葉遣いが出来ています。中学生より酷い。自分の好き嫌いや気分で八つ当たりとか態度変えるのも下品です。男性スタッフに抱きついたりスキンシップもおかしな話です。あなた40前で子持ちの親でしょう? ここのスタッフの中には未成年もいる。もし関係持ったらあなたが捕まりますよ? そりゃ、スタッフ達も嫌がります」


「なんで? 私は世界一可愛いのよ? 私が嫌いな男なんていないわ。捕まる? 高校生が大人の女性と関係もつの憧れる年でしょ?」


 胸を張っていかに男性にモテるアピールする結花。

 その姿に尾澤は思わず吹き出す。


「ひやっ、ひやっひやっ、面白ろー。本気で言ってる?! じゃぁ、なんでキミが大好きな相川くんは嫌ってるの? どこまで、自信過剰なんだか」


「あ、相川くんは……」


「あのねぇ、もうキミはいい歳なんだよ? 40前だろ? 世間で言う《《おばさん》》ってやつだ」


「おばさん、おばさんうるさいわね!」


 結花の抗議に怯むことなく、尾澤は続ける。


「《《おばさん》》は事実だろ? ――いわゆる《《子どもおばさん》》。全体的に幼い。言動や行動が見てて痛い。見た目しかない薄っぺらい《《おばさん》》。それに実家の名前でいつまでも威張ってる時点でなぁー。本当に何も誇れるものがないんだねぇ。哀れな奴だ。今まで依田さんの面倒臭い性格や見た目で色々お咎めなしだったんだろうねー。あー、まじでネットに載ってる痛いおばさんの特徴をまんま実写化したみたいだなぁ。いや、リアルで拝めるとは思わなかったよ。ね、みなさん」


「な、何よ! 失礼ね!」


「やーい、顔真っ赤―! ぶっちゃけ、いつまでも自分可愛いとか、実家の名前で通用すると思ったら大間違いだよー。マジで家族に見切られるよ? 娘さんいるんだろ? てかもう愛想つかれてるんじゃない? いやー、社長もこんな人のわがまま全部聞いてて凄いなぁ。まぁ、今まで放置してた社長も《《同罪》》かな? 今のままだと将来娘から絶縁コースだな」


 結花の事実とこれから考えられる将来を煽りながら突きつけていく。


「キミの過去のことやここに来る経緯は全部聞いてるよ。《《因果応報》》だね。この言葉知ってる?」


「なにそれ、知らない」


「今までやってきたことが返って来てるんだよ。《《バチ》》が当たってるんだよ。その一つが、社長が出ていったことと、娘さんが逃げたこと。そしてここで働くこと」


 結花は心当たりないと言わんばかりに頭を抱える。


「キミは自分のわがままや無神経さで周りの人を泣かせてきた。ぶっちゃけ、過去のことみんなに広まってるよ? 同級生いじめたり、男寝とったり、マッチングアプリで男性騙してたんって?!」


 結花はなんで知ってるのと小さい声で呟く。

 他のスタッフ達は嘘でしょ、あれ本当だったのと口々に言い合う。


 スタッフ達は結花から「昔から男の人にいっとモテて、女性からいじめられた」「夫と娘が帰ってこない。嫌われている」「娘が反抗期でしんどい」「夫が相手してくれないから友達と遊んでいる」「姑からいじめられている」と聞いていた。


 おばちゃん3人衆は「大変ねぇ。うちもそうなの」とか「それは辛いね」と共感していたが、他のスタッフは、話半分で聞いていた。

 結花の勤務態度を見ていたら薄々彼女の方にも非があるのではと感じていた。

 それに店長と人事部長の会話から、結花が色々過去にトラブル起こしていたことをちらっと聞いている。それが他の部門のスタッフにも広まっている。


 陽貴がスタッフ達に「結花を甘やかさないでほしい」といったのは、いつまでも自分の見た目や家柄が通用しないことや、中身が薄っぺらいことを自覚してもらうこと、家柄にふさわしい人間になってほしいということから。


「そ、そんなの覚えてないよ! 昔いじめてたなんて覚えてない!!いつまでも引っ張るの?!」


 マジみんな私の昔のことをいつまでも引き合いにして悪口言うんだから! 腹立つ! ほんと死ね!


「あのね、やられた方はね案外覚えてるもんだよ? マッチングアプリも彼氏寝取ってたことも、いじめの件もだ。それだけ人の人生や心に大きく影響を与えたんだ。だから今度はキミの番だ。それ相応の報いを受けてもらわなければ」


 結花の喚き声に尾澤は「あー、うるさい」と羽虫を追い払うような仕草をする。


「もう今までのようなセレブな専業主婦ライフは無理だ。マウント取りもできない。諦めるんだな。キミがすることは、マッチングアプリで騙してた人に償うこと。因果応報を甘んじることなく受け入れること。被害者だと思うな。そして、社長と娘さんに愛想つかれないように頑張るこった。決して許してもらおうと期待するな。向こうが決めることだ。――いい加減現実を見るんだな、《《結花おばさん》》。あと、やらかした人が改心することは一切期待してないから。私は皆が仕事を滞りなくやるために、キミに指導をするだけだ。だから私は容赦なくやる」


 尾澤の容赦ない言葉に結花は大きな声で泣き出す。


「っぐ、えっぐ、酷いよぉ。なんで私をいじめるの?! ねぇ、ゆいちゃんいじめないで!」


 いじめないでという単語に他のスタッフ達は困惑する。


「別にいじめてる訳じゃないのに……」


「注意してるだけなんだけどね」


「あー、だからそういうとこだって!」


 尾澤は結花が全く反省してないことを確信した。


 さっき言ったこと分かってるのか?

 多分自分が怒られたことしか頭にないのかもしれない。

 どこまで《《被害者ヅラ》》するんだか。

 本当に40前の子持ちの母親か? 子どもも精神年齢幼い親に振り回されて大変だろう。


「まだ自分の立場を分かってないのか? 《《被害者》》だと思ってる? ――あんたは《《加害者》》だ。己のわがままと嘘の積み重ねとくだらない見栄で振り回されてきた人達が沢山いる。それを償うんだよ! 本来ならうちがあんたの償いを手伝う義理も必要もない。社長が頭下げてきたからやってるんだ! それがなかったら、あんたは、ろくなことしないって人事部長と社長が分かってるからだよ! いい加減自覚しろ! 結花《《おばさん》》!」


 きつめに、あえて地雷の言葉で呼ぶことで、立場をわきまえてもらう。

 結花が《《おばさん》》呼ばわりされるのを嫌がってるからこそだ。


「おばさんって言わないで! お願いだから!」

 

 懇願するように結花は尾澤に泣きつく。


「じゃぁ、仕事を真面目にする、言葉遣いをしっかりするんだな。態度悪かったら、《《おばさん》》と呼ぶから。あんたの喋り方は中学生以下。まずは敬語を使って。《《お嬢様育ち》》なんだろ? 楽勝じゃないか? ここでは《《社長夫人》》もつ《《呉松家のお嬢様》》も通用しないから」


 勝ったような笑みを浮かべて制する。


「は、はい、分かりました」


 その場を乗り切るとはいえ、結花はここで初めて敬語を《《多少》》使った。


「まあ、良いでしょう。今から休憩入るから、気持ち切り替えて作業してね。泣きながらなんて迷惑すぎるからね。みんなも、朝から騒いでごめん」

 

 先ほどの明朗快活な口調に戻った尾澤に結花は何を思うのか。

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