14
2人は面接スペースとなっている小さい会議室で向かい合って座る。
「うわぁ、辞めたい人でてるのかー」
野崎は陽貴に来月のシフト表を見せて顔を引きつらせる。
「理由は?」
「……部長、すぐ分かるでしょう」
「《《義妹》》のことか」
野崎はそうですと大きくため息をついた。
「この1ヶ月ですかね、彼女の勤務態度や行動を見ていると、このまま働き続けるのは難しいと思います。それは何度も部長の耳に届いてますよね?」
「うん、分かってる」
頭をカリカリさせながら陽貴はこの1ヶ月で届いた義妹への苦情を思い出す。
彼女が出勤するたびに勤務態度が、トラブル起こしたとか聞いている。
仕事のことを家にまで持ち込まないスタンスである陽貴だが、さすがに他の人の士気に影響でているので、家でも注意している。
しかし彼女は身内だからと甘えてくる。それを突き放すの繰り返しだ。
夫である悠真も真面目にやってほしいと言っているが、なめた態度を取るので疲れ切っている。
「最近はお客様からの意見でも張り出されているんです。彼女が他部門の男性スタッフにちょっかいかけているって」
「それはどういうことだ? だって関わらないようにしているんじゃ?」
前のめりで詰問するような口調になる悠真。
眉間にしわが寄っている。
「どうも、トイレ休憩と称して品だししているスタッフに声かけてるんです。挨拶と称して。女性スタッフはもちろん、男性スタッフでも本人の気に入った人しか自分から挨拶しませんからね。嫌いな人はフルシカトですから」
「その彼女のお気に入りというのは……?」
「農産スタッフだったら、相川くん、長見くん、東浦くん、安田さんでしょうか。あとは鮮魚スタッフの藤井くんと米沢くん……」
野崎は思い当たる人の名前を挙げていく。
結花のお気に入りは各部門に1、2人いる様子。
「待ってくれ。安田さんって、農産スタッフの子じゃなかったっけ? 3年前に来た」
女性スタッフの名前が出て思わず目を丸くする陽貴。
安田の見た目を思い出す。
背は低めだが、努力家。まん丸とした顔立ちで、少し気が弱いところがある。むしろ結花に押されるタイプだ。一体なぜ。
「そうです。唯一彼女が女性でお気に入りというか上手くやってるのが、安田さんなんです。どうも彼女の可愛さに憧れているそうで……それで甘やかしちゃってるんですね」
「あーなるほど……それでか。彼女は自分を甘やかしてくれる女性なら、心許すからなぁ。彼女の親友である《《従姉妹》》がそうだから」
「従姉妹、ですか?」
野崎は結花に同性の友達がいたことに驚いて思わずオウム返しした。
彼女は異性受けいいが同性からあんまりよく思われないタイプなのは、この1ヶ月でよく分かった。
最初「女性の友達いないんです。昔から嫌われやすいし、いじめられてました」なんて言っていたが、そうだよなというのが感想だ。
――性別で、自分の好き嫌いや気分で態度を変えるからだ。それに仕事に影響出ているのが大問題だ。
男性から好かれているかと言われれば、これもまた好き嫌い分かれている。
いつだったかネットの記事で見たが『同性の友達が極端に少ないタイプは要注意』というのがあった。
まんま彼女に当てはまっている。
「その従姉妹とやらも、よく付き合ってますね」
野崎の口から嫌みの入った感嘆が漏れ出る。
「まー、それはね……」
陽貴は従姉妹の加藤望海と結花の関係を簡潔に話す。
本家――結花の実家の母の周子が当主だったとき、彼女の命令で望海は結花と友達付き合いを強制した。学校の進路も結花と同じところにさせた。日常的にも結花と一緒。いわば《《お世話係化》》していた。
理由としては結花の実家の方が力関係で上であること、同性の友達がいない結花が辛いからと。
話を聞いた野崎は諸悪の根源は母親なんじゃと思うのと同時に、望海に対してただただ同情するしかなかった。
彼女のわがままに振り回されて友人関係を続けていくのは、大変だろうなと。
職場ですら1日彼女がいる日だと、農産スタッフ達がため息ついているし、覇気がない。まるで彼女に支配された奴隷。
彼女は好き勝手しているのを注意したところで……と諦め切っている。
逆にいないときは生き生きしている。
彼女がいるいないで士気が違うのは見ていても分かる。だからこそ彼女ともういたくないのだろう。
「じゃぁ、今その従姉妹とやらは付き合いは?」
「今もあるっちゃあるけど、あの件を見たからね。それに彼女の動向を探るためにももう少し友人でいてほしいと言ったんだ」
「それはそちらの都合ですよね。従姉妹は嫌がってるのでは?」
「いや、ノリノリだよ? 長年思うところがあったのだろう。1回痛い目に遭わせた方がいいって、協力するって。彼女の過去を洗いざらい話してくれたし」
一番身近にいるからこそ彼女の悪行や過去が知ることが出来た。
結婚時の身辺調査が全て嘘だったことが。それに悠真は騙されたのだ。
「で、ですね……、私は彼女を指導するのは限界来ています。いい加減なんとかならないですか?」
野崎はスタッフの総意と言わんばかりに訴え出る。
「彼女の事情は正直《《自業自得》》ですよね。それを助ける義理なんて、本来私達にはないんです。彼女は稼がないといけないから、どこかで誰かが《《犠牲》》にならないといけない。社長と部長が頭下げたからこそ受け入れました。その犠牲の矛先がたまたま私達だったと。肝心の彼女の勤務態度が改善されないのなら、ここにいても、スタッフの士気が下がるだけです。異動か退職をさせてくれませんか」
語気が強くなる野崎に陽貴は黙って聞く。返す言葉がなかったから。それが事実だから。
野崎としてはいい加減動かない陽貴にも内心腹立っていた。
身内だからと結局甘やかしてるのは変わりない。社長である悠真も同罪だ。
あれだけ改善してくれだなんだ言っても、陽貴本人が言ってもあの調子なら、悪影響だ。
彼女の性格が変わることなんて、とてもじゃないが期待できない。
もういい年だから余計だ。
あの幼い言動や態度、仕草、仕事に向かう姿勢が全て不愉快の塊だ。
今まで周りからちやほやされてきて、注意されなかった結果がこれだ。
「そのことなんだけどね、1つ手がある」
目を丸くする野崎は「それはなんでしょう」と聞き返す。
「――ヘルプを入れる。ただし《《義妹の天敵》》となるタイプを」
「同性ですらお手上げなんですよ? これ以上なにを期待すれば」
また彼女に強く言われて音を上げるか喧嘩するかのどっちだろう。
強く言われたらいじめられたと泣き出すし、どのみち面倒な結末しか見えない。
「万希姐さんって覚えてるか?」
名前を言われた瞬間、野崎の顔が青ざめる。
いや、めっちゃ厳しい人じゃないか。社内で有名な。
一挙一動、言葉遣いから出来てなかったら容赦なく言われる。普段あんまり言われない福島ですら「あの人と仕事すると監視されてるみたいでしんどい」と言うレベルだ。
「あ、はい。なんで最初っから彼女を入れなかったんですか?」
「あー、彼女ね、ほら春の台店で働いてたでしょ? で、去年の暮れかな、明王寺の実家のお母さんが倒れて旦那さんと一緒に同居してるんだ。家近い方がいいって本人が言ってたのを思い出した。彼女のことで悩んでるって話したら、そっちに行きたいって。どんだけ癖あるか見てみたいと」
「万希姐さんらしい話ですね。あの人なら彼女の勤務態度が多少改善されるかもしれませんね。で、いつくるんです?」
「来週の月曜からかな。最初の週だけ3日、翌週は5日」
野崎は少ないなと思いつつも、最初は彼女の性格について行くことを考えたら妥当かもしれないと納得させる。
「――たくちゃん、ほんともう少し辛抱してくれ」
立ち上がって頭を下げた陽貴に野崎は「あ、はい、分かりました」と間の抜けた返事をした。




