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「依田さん、先ににんじんの袋詰めお願いします。太刀川さんちょっといいですか」
「はぁ? なんで私が?! あんたがやりなさいよ!」
「ごめんね、ゆいちゃん、ちょっとお話あるから、また後で一緒にしましょ」
太刀川がなだめるが、結花はなんでよと突っ立っていた。
高校生とはいえ、先輩である春日にあんた呼びする結花はこれが通常運転である。
自分が下だと思った人間には名字で呼ばずあんたかお前呼ばわりだ。主なターゲットは同性。
春日は声を潜めて
「――太刀川さん、今日私と袋詰めのペアでしたが、交代してくれますか? 相川くんと交代してくれませんか? 私と依田さんでやります」
「どうしてー……? あ、そういうことね」
春日の意図が一瞬分からなかったが、すぐに理解出来た。
相川が結花のことを苦手に思っているからだ。
結花が絡もうとしたら、すぐに距離をとる。それはここでの作業も同じだ。
店長から極力相川と結花を一緒にさせないように強く言われているが、この1ヶ月でなんとなく理由が分かった気がする。
それは他のメンバーも気づいている。だから、結花に分からないように相川と離れさせようと試行錯誤している。
「分かったわ。そうしよう。一人だとちょっと時間かかるけど、それは仕方ないわ。もし早く終わったら、こっちもお願い」
「分かりました」
それぞれ持ち場に戻り、春日は結花が収穫用のコンテナに座って菓子パンを食べている姿に呆れていた。
「依田さん、作業はどうしたんですか?!」
「今日朝ご飯食べるの遅れちゃってさー。それにどうやっていいか教わってないから、やらなくていいかなって思って」
あまりな言い分に近くで聞いていた太刀川も、目を丸くして、思わず口を出す。
「ゆいちゃん、それはないと思うよ。仕事に関してメモしてる? 福島さんからマニュアル頂いたと思うんだけど、それある? 全部そこに載ってるわよ。ほら、壁にも貼ってあるよ。分からなかったらそれを見たらいいのよ」
「あとここでの菓子パンはちょっと……野菜や果物を取り扱っているので、衛生面的にまずいかなと思いますよ」
「え、ここで飲食だめですなんて書いてないじゃん。そんなの聞いてないんだけどぉ。小娘の癖に私に指図する気?!」
腕を組んでにらみつける結花。
「はいはい小娘のお話聞いてくださいねー、お母さん。にんじんの袋詰め一緒にやりましょー」
ペースに呑まれまいと春日は結花に作業するように促す。心臓が跳ね上がりそうな緊張感がある。
「鈴ちゃん、私と交代する?」
「いいえ、大丈夫でーす!」
段ボールを運んで欲しいことを伝えると、私に力作業させるつもりなのとまたしても喚く。
「ゆいちゃん、ほら一緒にもって!」
太刀川がにんじんの入った段ボールを抱えるとむ結花は全く力を入れず抱える。
「ちからないのーじゃなくて、入れる気ないでしょー。おばちゃん分かってるわよ」
見破られたかと言わんばかりにしぶしぶ抱えて、作業台の上に載せた。
「じゃぁここからは、できるよね? ほら、頑張って」
尻を叩かれた結花は春日に教わりながら、作業していく。
教わってる時もなんでこんな女に言われないといけないんだとブツクサ文句言っていた。
「依田さん聞こえてますよー。言われたくないなら、真面目にしてくださいねー」
袋を機械で梱包していた春日が嗜める。
八つ当たりするかのように春日に「あんたの喋り方ムカつく。年下のくせに」と段ボールに入ってたにんじんを数本投げつけた。床に落ちた。
「い、いてーっ……?! なに?!」
顔面に当たったので地味に痛い。
段ボールからにんじんを取り出して、上下に投げる結花。その顔は口角が上がってて、楽しんでいるかのようだった。
「私に指図するとこうなるの。呉松家のお嬢様であり、依田社長の妻である私に、下民風情があれこれ言うなんて、頭おかしいんじゃない?!」
結花は春日に近づいて手に持ったにんじんで、彼女の額に叩きつける。
「小娘の分際で私に指図するなんて、一生無理よ。ひれ伏しなさい。ここで働いてやってるんだから。ブッサイクの癖に調子乗るな。今から死んでよ。目障りだから」
ドスの効いた声で春日を煽る。彼女は硬直して何も答えられず、座り込んでしまった。
「ゆ、ゆいちゃん?! 何してるの! 鈴ちゃん! 大丈夫?」
太刀川が春日を介抱するために、大丈夫かと声をかけるが、
「え? 生意気だからお仕置きしただけぇー。小娘の癖に私に色々抜かしてくるからさー。鏡みなよー。自分が偉いと思ってんのぉ?!」
煽る結花に春日は返事をするのもやり返す気力もない。唇をかみしめて下を向く。
「生意気ってなに? ゆいちゃんは教えてもらう立場でしょ! それに年なんて関係ないわ!」
味方に注意された結花は感に障ったのか、太刀川にも「うるさいわよ! このババア! ひれ伏せ、社長夫人の前だ」と暴言を吐く。
結花は女性2人に注意されて無かつっくのか「どうやっていじめ倒そうか」とニヤニヤし始めた。
よし、スマホで動画撮影して公開処刑でもしようか。
呉松家のお嬢様であり、依田悠真社長夫人である私にあれこれ言うなんて、立場分かってるの?!
だから下民は嫌いなのよ。こんな人達と一緒にいるなんて無理。私は格上なのよ!
「なにやってるんだ!」
入り口から男性の怒声が響く。




