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「なぁ、あの人なんなんだよ……もしかしてノートに書いてあった……」
「社長の奥さんらしいよ」
男性スタッフ達は結花の言動に呆れていた。
「え、そうなの?!」
太刀川が声をあげて、店長が事務作業で使う机から取り出す。
「あれ、聞いてなかったですか? 昨日の夕方、更新されたんですよ。社長の奥さんが今日から来るって」
男性スタッフの1人は結花の姿を見てげんなりしていた。
「あぁ、ほんとだわ。来るのは知ってたけど。いやー、ちゃんと見てなかった。ずいぶん長々と書いてるわね」
業務ノートには結花が入ることや、働いたことがないため、言葉遣いや態度が幼いのこと、非常識なことをするかもしれないが、容赦なく注意してほしいと書かれていた。
「働いたことがないだろうね、あれ」
「だって自分のこと名前で言ってたじゃん。鳥肌たったよ。あれで40前ってな……しかも距離近かったし」
「それな。いきなり彼女の有無とか聞いてくるか?」
男性スタッフがため息ついている中、野崎が休憩にやってきた。
スタッフ達は「おつかれさまでーす」と挨拶するが、野崎は「おつかれ」と声が弱い。
ゆっくりと男性スタッフから少し離れた場所で休憩する。
「店長顔やばいじゃん」
「そりゃ朝から依田さんの相手だからなー」
「もう燃え尽きたような感じね」
スタッフ達が口々にコメントしてるなか、野崎は鞄から弁当を取り出して、箸をつけるが進まない。
「だ、大丈夫?! コーヒーいる?」
小野田が鞄から缶コーヒーを野崎に渡す。
「いいの? 飲むんじゃ……」
「いいのよぉー! これ息子の嫁さんから段ボール1箱分くれてね、家で消費出来ないから、持ってきたの。まだあるからいいよ。それか、明日みんなの分持ってこようか?」
「お気遣いありがとう。いやー、なかなか癖のある人だ。人事部長が彼女を甘やかさないようにって言ってたけど、気持ちが分かる。おれ、直球でハゲって言われたんだぜ?! あげくに嫁のこと物好きとか言いやがってよぉ! どこがお嬢様だよ! 成金の間違いだろ?」
「うわぁ、マジですか……お嬢様って、《《自称》》してるんですか」
男性スタッフの質問に、野崎は黙って頭を上下する。
「彼女の実家は呉松家。春の台で昔から名の知れた有力者の家なんだよ。で、お父さんが呉松グループの社長で後継にお兄さんが指名されている」
「あぁ、あの呉松家ね! がちよ。あの家は。昔は議員があそこから出てたけど、最近はすっかり聞かなくなったわね」
太刀川が思い出したかのように手を叩く。ほかのおばちゃんたちも「ああ、あの家ね」と続ける。
「そんなに有名だったんですか。全然知らないです」
「まぁ、昔の話だからね。私が子供の頃ぐらいの話だから。今は控えめという感じかな。名前を表にやたらアピールしないスタンスに変えてる」
結花の実家の話を聞いた男性スタッフ達は「あっ、察し……」と言わんばかりに口をつぐむ。
「色々あって彼女は働くことになったんだけど、まぁ、今日の朝礼の態度見ただろ? 世間知らずムーブかましてるから。メモを取る気配すらなかったし、質問したと思えば、既婚者かどうかだったからな」
結花の態度を見ていたらとてもじゃないが採用したくないタイプだ。
仮にしたとしても、表舞台でるとお客様と喧嘩になるのは目に見えている。
「えー、うそでしょ!? ひどいわぁ……」
「注意したらしたで、反抗的になるからなぁ。多分相手を選んでる。だから君たちも気をつけて。特に男性陣は、彼女の餌食になるかもしれないから、何かされたら、報告して」
「いや、さっき俺たち彼女の有無とか名前聞かれたんですが……」
男性スタッフ達の報告を聞いて野崎は手で額に当てる。
「そうなの。だから私達が話し相手になったの。見てて嫌そうだったから」
「そうか……」
これは明日注意しないといけないなと思うと憂鬱になる。
男性スタッフ達はどうか結花とかち合わないよう祈るばかりだった。




