2
「――たくちゃん、ごめんな。こんな身内を入れてしまって……」
「……まさかこんな強烈な人来るとは思いませんでしたよ。あの人が社長の奥さん? お嬢様育ちと聞いてましたが、中々個性的な方ですね。確かに可愛らしくて、若い感じですね。男性陣がちょっかいかけるのも時間の問題ですな」
野崎の精一杯の褒め言葉に陽貴は申し訳なく思う。
「……そうなんだよ。弟の嫁さんなんだけど、歳も離れててな。彼女、子供の頃からチヤホヤされてたのが抜け切れてなかったんだよ。弟も可愛いと甘やかしてしまったとこがあるからなー。今まで専業主婦なのに家の事全くやってなくって、挙句にマッチングアプリで《《若いツバメ》》騙してたとさ。姪の学校生活に影響出てるし、弟も倒れてしまったからな……どの道代わりに働かないといけない状況になったんだよ」
「社長は大丈夫なんですか?」
「まあ……なんとか。弟が遅くまで働く理由がなんとなく分かる気がする」
事情を聞いた野崎の顔が引き攣る。
うわぁ、ほんとキャラ濃すぎる。大丈夫か、俺。
こいつの教育係とか……働いたことないって聞いてたけど。あれはガチモンだな。
初っ端から、自己紹介で自分のこと名前で呼んでたからなぁ。地雷臭ハンパねぇな。女性スタッフめっちゃ顔引き攣ってたし。
同性から嫌われそうなタイプとみた。人事部長も社長もよくこんな人入れようとしたな……。
うちの高校生スタッフの方がしっかりしてる。
考えるだけで頭が痛くなる。
「――絶対、彼女を甘やかす様なことをしないで欲しい。みんな平等に扱うと言った以上、そうする。スタッフ達にも申し送りしてね。ここの店舗だけでなく、全店舗にそのように通達するから。もし粗相が酷ければ俺に言って。さすがに悠真に直はキツいだろうから。メンタル面でな」
「そうでしょうね。生活状況や履歴書拝見しましたけど、あれはガチで働いたことなさそうですな。学生時代もバイトしてない感じでしょうかね?」
野崎は結花の履歴書を一瞥する。
写真を見る限り整った顔立ちで、40前には見えない。正直アラサーだと思った。まだ学生でもギリギリ通用しそうだ。《《見た目だけは》》。
本当に大学卒業以来働いたことないようだ。
在学中もアルバイトをしたことが一切書かれてない。
資格の欄も何1つないし、多分免許も持ってないだろう。
「笑顔で周りを癒すことが出来るから、お客さんの人気取れるね……」
結花の自己PR欄の一節を読み上げる。
「あー、それね……最初、私は世界一可愛いから男性にモテるとか働いたことない自慢してたから、さすがにないわーと思って、一緒に書き直しした。ほんとあの人と話してると、メンタルと体力ゴリゴリ削られる」
年の瀬に悠真と陽貴で結花に履歴書の書き方を教えた。場所は結花の家。
さすがに履歴書出さないのはまずいだろうと。
これもだれかチェックしないと絶対ロクなことにならないだろうと、陽貴が見越してた。
結花としては久しぶりに夫が帰ってきて、働けって何よとか、今どこにいるのとか、よりを戻してくれるのかと質問責め。
悠真が来たのは、陽貴がいるからということで、1人だけだと、彼の体調が悪化する可能性が高い。
彼はだいぶ動けるようになってるものの、結花の近くにいるとどこかぎこちない感じであった。
結局、どこに出しても恥ずかしくない履歴書を書き終わるのに半日かかった。
写真にプリクラや自撮りでキメ顔の写真入れようとするので、証明写真アプリ使って撮影した。
丸文字で字が幼く見えたので、スマホの履歴書アプリで打ってもらった。
結花は男性2人来て教えてもらうのなんてラッキーと思っていたが、真面目な態度で、ふざけようものなら厳しく言われた。
泣き落とししても通用しないし、いつもと違う2人に従うしかなかった。
「普通、自分で調べますよね。ああいうのって。だいたい履歴書買ったら書き方載ってるのに」
「彼女は自分で調べるという発想がない。上げ膳据え膳メンタルで来てるから。子どもの頃からお手伝いさんいたし、母親が末娘だからとめっちゃ甘やかしてたからな」
「でもお兄さんとお姉さんはまともなんですよね?」
「そう。お兄さんは私の高校時代の後輩だけど、めっちゃ真面目。お姉さんも兄の姿見てるからな。だらしない彼女に対して長年振り回されてきたから、大学進学を機に実家からでてる。お姉さんは、彼女に彼氏を寝盗られたことあるからな。余計仲悪い。父親とはいい関係だが、母親を嫌ってる。彼女を《《甘やかす元凶》》だから。ま、それももう通用しないようにしてる。彼女の《《天敵》》である兄夫婦が実家に同居した。で、彼女には金輪際実家の敷居を跨がないこと、冠婚葬祭以外実家に――特に母親に連絡するのを禁止宣言した。彼女の今までの生活状況も家族に情報来てるからな。お兄さんも実家も、彼女のためにもここで働かせるのは賛成してる。是非荒療治させろと」
野崎は結花の家族環境を聞いて、お手伝いさんとか別次元すぎると顔を顰める。
そりゃ仲悪くなるのは当たり前だなと同情した。
てか、姉の彼氏寝とるとか怖すぎる。
「聞く限りではなかなか厄介な方ですね……本当に甘やかされて生きてきたんでしょうね。うちの会社、未成年含む男性高校生スタッフ結構いますからね……これ、男性のお客様もありそうですね……」
難しい顔をしながらうなる野崎は「バックヤードにいた方がいいかもしれませんね」と話す。
「そのつもりだよ。極力人と会わせない。出来れば女性の多いとこで、オバチャンが中心。男性と2人っきりにはさせない」
「じゃぁ惣菜部門か野菜の袋詰めの農産スタッフですね。とはいえ、男子高校生のスタッフが数人いるね。甘やかさないように言っておこう」
「一応、彼女の希望聞いてて。形だけでも」
「分かりました」
「絶対甘やかすような真似をしないでね」
念押しされた野崎は分かりましたと返事をした。
着替えてきた結花が戻ってきた。
「はるちゃーん、似合ってる?」
通販で買ってきたネズミ色のスウェットに着替えた結花はファッションショーを始める。
「では、ここで失礼します」
陽貴は用が終わったので辞去する。
「えー、はるちゃーん、つめたーい! ね、野崎ちゃん、嫌だー!」
「あのですね、依田さん。ここは職場です。私は店長なんですよ。立場を弁えてください。私をあだ名で呼ぶのはもっての外です。まして初対面でしょう。メモ用紙はないんですか?」
名前の呼び方を注意された結花は、口先を尖らせてしぶしぶメモ用紙を取り出した。
野崎の顔が引き攣る。
まじこいつなんなんだ……。
「では、今からご案内致します」
野崎による案内が始まった。




