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「今日からうちで働いてもらう、依田結花さんです」
結花は陽貴にローカルスーパーよだ・明王寺店に6時のミーティングに出席した。1月4日、年始の勤務からスタートだ。
陽貴は結花が勝手に身内を殺したり、体調不良の演技をするだろうと見越して、迎えに行った。
案の定嘘ついて休もうとしていた。しかし陽貴は結花のSNSで昨日の投稿分をチェックして元気だったことを知っていたので仮病だとすぐ分かった。
SNSには働かないといけなくなった愚痴が書かれていて、コメントには当然だろとか、煽るかのように離婚フラグ回避頑張れとからかっていた。
スタッフ達はジャージやスウェットといった動きやすい格好の上に、赤色のエプロンに名札をつけている。
一方結花は高いヒールにホットパンツ、上は露出高めの上着。
鞄は当然ブランドもの。
どう見ても働く格好ではなかった。
スタッフ達が「着替えるよな?」「この恰好で働くのか?」とこそこそ話す。
「依田結花です! 37歳! 世界一可愛いゆいちゃん初めて働くからみんな優しくしてねっ!」
結花の自己紹介にスタッフ達がざわつく。
呆気に取られる人、なんだこいつはと睨みつけるひと、ため息つくひと……少なくともいい反応ではない。
「……では、みなさん今日の予定ですが……」
店長の野崎が咳払いをして、特売のスケジュールや仕入れの在庫の確認など説明していく。
スタッフ達がメモしている中、結花はメモ用紙すら取り出さず、若い男性スタッフばかり視線を向けていた。
足痛いし、立ってるのしんどーい! 早く終わらないかなー。
野崎って人は微妙ね。ハゲてるし、顔もブッサイクね。あ、結婚指輪してるってことは、奥さんいるの?
うわぁ、物好きー。こいつに教えてもらうの? 嫌なんだけど。はるちゃんにしてほしい。
あ、この子良さげな顔ね。高校生かな? 名前は……登坂くんね。後で声かけてみよ!
結花の目についたのは、スポーツカットで細身の男性スタッフ。
「今日も1日ご安全に!」
野崎の唱和にスタッフ達も大きな声で続けた。
何これ、宗教なの? 馬鹿みたい。幼稚園かよ。
各自の持ち場に蜘蛛の巣散らすかのようにスタッフ達が向かっていく。
「じやぁ、依田さんは、私と陽貴さんとで手続き及び面談します。その後、現場に入ってもらいます」
結花はよろしくお願いしますも言わず、陽貴に抱きつこうとするが振り払われる。
こちらですとバックヤードにある小さな会議室。4人ギリギリ入れるぐらいの小規模な部屋だ。
結花は陽貴の隣で向かう形で足立が座る。
「依田さん、では、今後の勤務なんですが……」
最初の1ヶ月は週3で、午前8時から12時の勤務。
そして翌月からは、週5で6時から14時の勤務に
これでも譲歩した方だ。初っ端から変則勤務だとすぐやめてしまう可能性があることを踏まえてだ。
彼女の性格的にも、生活態度的にも規則正しい生活が必要だと悠真から言われたことから。
土日休みだが、祝日の休みはなし。ここは他のスタッフと一緒だ。
「えー、こんなに働くのぉー! 嫌なんだけど。ねっ、野崎ちゃん、譲歩して!」
上目遣いで結花は譲歩してほしいと言うが、野崎は顔色変えずに「お断りします。初対面の人にちゃん付けで呼ばないでください」と冷たく突き放す。
結花は舌打ちして、こいつはだめかとため息つく。
「契約を変えるつもりはありません。社長の意向なので。あと、この服装はここで働くのに相応しくないので、後で着替えてください」
「なによ! 相応しくないって! これでいいでしょ! ふっ、こんなとこの店長だから綺麗なもの着るよゆーないんだ」
鼻で笑いながら「ダサ」と呟く。
「結花さん、今、ここは職場です。言葉遣いや態度がき店の評価に繋がるのです。きちんとしてください。それにここでは、依田悠真の妻とか呉松家のお嬢様は通用しません。無論、私も容赦なくあなたに厳しくいたします。店長の言う通り、服着替えて仕事に臨んでください」
結花は頬杖ついて足を組んで話を聞いていた。
その姿に陽貴は言葉が出なかった。
「先程朝礼でのあなたの話し方や服装見る限り、スタッフからいい顔されてるとは言えません。メモ一つ取らずにずっと男性スタッフばかり見てたでしょう」
図星つかれて結花は目線を逸らす。
「短時間でそんなのわかるの?! キッショ!」
「ということで、今日から真面目にやってもらいます。あと、ここでは呉松家のお嬢様とか依田社長の妻も通用しません。皆平等に扱いますので。分かったなら、早く着替えて下さい」
真面目な顔の陽貴に結花ははいとしぶしぶ立ち上がって、更衣室に向かった。
ではよろしくお願いしますと陽貴は立ち上がって、結花がいないことを確認した。声を潜めて話し始めた。




