13
結花はスマホを取り出して実家の父に連絡する。
眉を寄せて、人差し指で机をトントン叩く。
なんで繋がらないのよ! 早く出なさいよ!
婿養子の癖に。可愛い結花ちゃんの電話に出れないの?!
舌打ちして、今度は母に電話をかけるがこれも繋がらない。
『どうしたの? ゆいちゃん?!』
やっと出てきた母の声。安堵のあまり泣きそうになる。
「あ、あのね! 私お金払わないとダメって……」
『あらー、可哀想に……まって、ちょっと代わって欲しいって』
『結花、またお母さんに電話してるのか』
低い冷たい声に結花は一瞬肩がぴくついた。
「に、りょう兄? な、なんでよ! 今お母さんと電話してるの! 代わりなさいよ!」
唾を飲み込んで捲し立てるように威嚇する。
『今までお母さんが結花に支援してたの打ち切りするの決まったから。今度は自分で稼ぎなさい。お父さんもお母さんも了承してる』
「はぁ? なんであんたが偉そうなの? 呉松家の後継ぎになったからって調子乗ってるの?」
鼻で笑う結花だが良輔は怯むことなく、話を続ける。
『調子乗ってるとか、どの口で言ってんだか。ブーメランすぎて……』
ヒャヒャと滲み出る良輔の冷笑が結花の怒りをさらに買う。
「だって……私が跡継ぎなのに! なんであんたがなったの?! そんな関わっても、実家帰ってもないくせに! お母さんは私が跡継ぎって約束したの!」
『……あのなぁ。そのキャンキャン喚く喋り方いい加減直せよ。お前もう40前だろ? 精神年齢は中学生レベルってか? 同じ中学生の陽鞠ちゃんのほうがよっぽど落ち着いてる』
良輔の大袈裟なため息と娘を引き合いにされたのか、結花は彼の弱みないか思い出す。
「子どもいないあんたとこに何が分かるの?! あんたが厳しいから子ども出ていったんじゃない?」
ニンマリと口角をあげてしてやったぜとガッツポーズする。
良輔の長男は中学卒業を機に、バレーボールのスポーツ推薦で遠方の高校に入った。
授業以外は部活に明け暮れているので、学校の敷地内にある寮で生活している。
実家に帰れるのは年末年始だけだ。
長男曰く、先輩や顧問達の地雷を踏まないように、暗黙の了解を覚えるのが大変だと。
「やっぱりそうなのよ。りょう兄昔から真面目だもんねーぇ。全然面白くない。まぁ、それ言ったらしずねえも真面目だし。私に隙付かれて彼氏取られたもんねぇ」
『今はそれ関係ないだろ。話を逸らすな。お前がやってるのは会話じゃなくて脅し。相手の弱みばかりついてる陰険な人だ。これ以上通用しない』
『いいか。お前は離婚フラグ立ってるんだ。今までの生活、陽貴先輩から聞いて呆れたわ。専業主婦と称して遊んでるだけじゃないか。陽鞠ちゃんは部活と家事と習い事の両立で、成績上位をキープしてるんだ。春の台中学の吹部の練習ってめっちゃハードで、人間関係がキツいの知ってるだろ?! もしかして分かってて家事やらせてるんか?!』
結花の視線が泳ぐ。
「あ、いや、そういう訳じゃ……」
春の台の吹部がハードなのは昔から有名だ。
それに入ると聞いた時、最初反対してたけど、ちょうど生意気盛りだし、懲らしめるために、家事と勉強と部活の両立を条件とした。
『あー、やっぱり分かっててやってるな。何も答えないってことは。同性に陰険なのも変わってないな――お前、本当は陽鞠ちゃんのこと嫌いだろ?』
「いや、その……私は……陽鞠のこと大事にしてるよ? すきだよ?」
『陽鞠のことを大事にしてる自分が好きの間違いだろ。そうじゃなかったら、今頃家に帰ってるだろ。お前は家族に愛想つかされてるの! はっきり言う。俺もお前のこと大嫌いだ。しずねえも蛇蝎の如く嫌ってるからな。甘やかしてる母親も同罪だ。だからこ 根性叩き直すために、俺夫婦で同居だ』
強い口調の兄に困惑するばかりの結花。
いつもなら少しごねてたら折れてくれるのに、今日はそうじゃない。
義兄もそうだ。私のワガママが通用しない。
どうして? みんな言うこと聞いてくれるのに。
なんでみんな私に意地悪するの?!
みんな揃いも揃って、離婚フラグとか愛想尽かされてるて! 私は世界一可愛いんだから、みんなに愛されてるはずよ!
『返事はどうした?』
「なんでよ! 私の実家よ! あんたが決められるもんなの? お母さんは? お父さんは? 許可してるの?!」
『許可もなにも、俺が呉松家の当主だと言ってるだろ。お前の耳腐ってるんか? いや、性格も生活も腐ってたな。陽貴先輩や悠真くんの言うことを聞きなさい。――金輪際呉松家の敷居を跨ぐな。お前は初めっから呉松家の跡継ぎでも、人間でもない。やっぱり蛙の子は蛙だなぁ』
嘲笑する声が漏れ出る。普段ここまで言わないようなことまで言うので、結花としては、兄のキャラ変わりぶりに困惑している。
「蛙の子は蛙ってどういうことよ!」
『はぁー、知らねーのか……――お前の父親は他所の人間だよ。母親が他所とやった男――うちの会社の役員だよ。普久原俊樹が父親だ。俺としずねえとは血が繋がってないんだよ』
『母さんも追い出そうと思ったけどな、お父さんが責任持って最期までいるつもりだということで、俺たちと同居だ。今までのように好き勝手はさせない。なに、存分に可愛がってあげるよ』
『もう一度言う――お前は二度と呉松家の敷居跨ぐな。もしやったら、問答無用で警察呼ぶから。せいぜい、悠真くんに逃げられないように頑張りな。以上!』
兄妹との会話が終わって、スマホをもつ手が力抜けた。
私とお父さんが血が繋がってない?!
そんなの嘘よ! 確かにお父さん真面目で勉強熱心のつまらないやつだ。その性格はしずねえとりょうにいが受け継いでいる。
私がお父さんに似てる要素……まったく思いつかない。いつも美人なお母さんに似てるって言われてたから気にしてなかった。
普久原さんって……実家にいた時時々顔を見せてくるおじさん。調子いい感じの人だ。
お父さんの親友ですって。同じ会社の役員らしい。
顔の彫りが深く、背が高いし、目も大きい。まるで外国人のような顔立ち。
……えっ、まって、これ私の要素……?!
「お電話終わりましたか? 随分長々と。仲がよろしいんですねー。絶縁宣言されたんですか?」
「なんで知ってんのよ! そうよ! あいつに嫌われたよ!」
「そりゃ、大声で話してたら嫌でも聞こえる。ね、千雪」
千雪は「あんなキャンキャン騒いでたらね……もう少し落ち着いた話し方してください」と突き放す。
「あなたがお父さんと血が繋がってないのは本当ですよ。ほら、こちらをご覧下さい」
見せられたのは、DNA鑑定の結果。
実施日は結花が生まれて1年後。
結花の父明博と血縁関係がないこと、明博の親友である普久原俊樹と血縁関係がある旨が書かれていた。
じやぁ、頻繁にうちにきてたのは、娘である私の顔を見るため?!
毎年誕生日プレゼントや成人や入学のお祝いやお年玉をくれたのも……いや、あれは兄も姉も一緒にもらってたはず。
普久原のおじさんがうちに来て食事する時、お母さんはいつも着飾ってた。私もだけど。
そしてお母さんはおじさんと妙に距離が近かった。
しずねえとりょうにいは嫌そうな顔してた。
お父さんはノーコメントで親友として談笑していた。
「あなたのお母さん、昔は結構遊んでたそうですね。お手伝いさん達が話してました。結婚しても夫がいない所で、男性を連れ込んで接待してたと。その中の1人である普久原さんは特別扱いされてましたと。あなたが生まれる前から、お母さんが普久原さんと関係持ってる姿を良輔さんと静華さんが頻繁に見てたんです。彼らからすると親が知らない男性と遊んでて……あなたが生まれた後も、お母さんが時々連れ込んでた。まるで父親ぶってて……良輔さんがお母さんおかしいとお父さんに相談してのことです」
自分が母と似てるのはそういうことかと腑に落ちる。
「お母さんは狡猾ですよ。たとえお父さんが違っても、一定期間経つと親と見なされるんですよ。それを分かった上でDNA鑑定を引き伸ばしたーー陰湿な性格はお母様そっくり。それでもって、あなたは同級生の彼氏や先生の恋人と関係もったり、いじめしてたんですよね。世界一可愛いと呉松家のお嬢様というふざけた免罪符を使って逃げてきた。そのつけが今回ってるんですよ――親の因果は子に報いるを正当化して、陽鞠ちゃんは一部から嫌がらせされてるんです。その"ツケ"を支払うのはあなたです」
「じゃぁ、どうすればいいのよ!」
静かに話す陽貴に机をドンと叩いて威嚇する。
今ごろ昔のこと引き合いにされても知らないわよ!
だいたい娘の担任? ああ、赤澤だっけ? あのブッサイクな女。
娘がいじめられるのはパッとしないからよ。私が同級生なら、とことん追い詰めてる。
「許すかどうかは向こうが決めることですから。まあ、恐らく謝っても無駄でしょう。赤澤先生は陽鞠ちゃんが学校変えて欲しいことを望んでます。それで明日から学校行かないと。もう行きたくないと話してました」
「陽鞠ちゃんは被害者でもあり加害者の娘なんですよ。その烙印を押された気持ち分かりますか? あなたの身勝手な行いで。もし、これ以上陽鞠ちゃんのメンタルを考えた時に、真面目に生きた方がいいかと。まあ、被害者はそんなこと望んでないし、むしろそのまま落ちて欲しいと思ってますけど」
目の前の人間――義兄に自分の過去をスラスラと語られることに恐怖を感じた。
この人はどこまで知ってるの? もしかして夫も娘も知ってるってこと?!
嫌だ、嫌だ、こわーい! 私が過去に何しようか知ったこっちゃないじゃない! 今は関係ない!
てかこの義兄もうざくなってきた。
「真面目に生きるって……」
「日下部さんへの慰謝料のことを踏まえて、あなたには働いてもらいます。うちの店舗で。あ、悠真も良輔くんも了承してるので。どうせ、今から就活しても無理でしょう。あなたの状況では」
いきなりの働きなさいの発言に、結花は「ふざけないでよ! あんたも調子乗りやがって!」と叫ぶ。
「年明け1月4日から働いて貰います。6時勤務開始なので、5時半に来てください。その日までに動きやすい服―――ジャージやスウェットとか買ってきてください。あなたがうちで働くことが、"離婚回避の条件"とは悠真が言ってたので」
では失礼しますと陽貴は妻を連れて、辞去した。
嘘でしょ? 私、働くの?!
絶対無理! 無理! 専業主婦は約束よ?!
どうしよう、専業主婦で働かなくていい生活アピールが出来なくなるじゃない! マウント取れないじゃない!
働けって……やったことないし、みんなが汗水垂らしながら働いてる中、優雅にランチが楽しみだったし、優越感浸れたのに。
あのバカも余計なことしやがって! あー、保険金で暮らせないかなー。いきなり事故って死なねーかなー。
保険金で暮らすのと、ついでに趣味のやつは全て売り飛ばしてやろうか。
それに未亡人としてモテるだろうし。
そうだ、いっそのこと死んだことにしよう。
――結花の悪だくみはあっさり消え去った。




