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「……ほんと、結花に疲れた。一事が万事あんな状態なんだ。自分の思い通りにならないと無視するか不機嫌モードになるし。生活も一緒にいるぐらいなら、遅くまで働いていたほうがいい」
「陽鞠の今の担任が結花と同級生っぽい。家庭訪問で結花が担任に失礼なことを言ってたらしくてさ……それから学校関係のやりとりは俺がしている。多分昔結花になにか言われたかやられたんだろうな。だから俺と陽鞠に態度きつい」
「毎月結花の買い物で10万越えるんだよ。なんとか陽鞠の部活のお金や習い事は払えているけど、俺のお小遣いさ、いくらか知ってる? 3000円だよ?! 陽鞠の月のお小遣いと一緒なんだぜ?! 趣味のクイズサークルも出来る限り月1回に減らしてるけど、結花は文句言うし、サークルで使う問題集がいくつかなくなってるんだ」
「家のことも全部俺と陽鞠に押し付けててさ、なんにもやらないんだよ。日中はどうしてるか知らないけど。働いてもないのに、一体何してんだ? 前に母さんが倒れた時も働いてほしいと頼んだけど、断固拒否して、専業主婦頑張るでやってきたけど、最初だけだったな。陽鞠が小さい頃は、俺が早く帰って、出来ることは一緒にやったよ。幼稚園の送り迎え、行事の参加、料理や洗濯と掃除……参観日、保護者面談の出席かな。陽鞠が6年生になったら、参観日と保護者面談は結花だけ行ってる感じ」
「陽鞠が小学生の時は、結花が保護者達をうちに呼んでホームパーティーみたいなことを週何回かやってた。で、俺は雑用係。結花は保護者達とのんびりお茶してた」
依田家のホームパーティの参加メンバーは、陽鞠の同級生や習い事の保護者達だった。
毎回輸入食器や高価な食材を買っては、料理や盛り付けは悠真に丸投げ。結花は料理やパーティーの様子をスマホで撮影して、SNSに上げるだけだった。
片付けも悠真がしていた。
結花は他の保護者達に『専業主婦最高』とか『親が働いてるって可哀想』とマウント取る発言や先生の悪口など話すため、段々保護者達が来なくなった。
保護者達は表向きはいい感じの関係だが、結花の態度は学年でも有名になり、必要最低限以外関わらないスタンスになっていた。
そして子どもたちも親から依田家に遊びに行くのを禁止するようになり、陽鞠と遊ぶ時は基本的に外でになった。
近隣の公園は人気がなく、不審者情報のスポットになっているので、結局陽鞠は習い事に打ち込むようになった。
4年生になると中学受験のために塾に通う時間や勉強で忙しくなったため、同級生達と放課後遊ぶ機会が減ってしまった。
「ほんとお母さん平気で失礼なこと言うんだよね。それでさ、モンペ入ってるから、先生にも腫れ物扱いされてさ……段々居心地悪くなったの」
結花は毎年毎年担任に音楽会の楽器は必ずピアノにさせること、宿題は週一回だけ、学校にスマホの持参を認めること、林間学校や修学旅行では、好きな子と一緒に部屋にさせること、お風呂は個室であること、タクシーでの移動を認めることなど、無茶な要求をしていた。
出来ませんと断る人もいれば、体調不良になり退職した人など様々だった。
悠真は陽鞠の担任の愚痴を聞かされ、代わりに頭を下げて「妻の言うことは無視してもかまいません」と各担任に言い続けた。
結花の暴走により陽鞠の立場は微妙なものだった。
「本当はみんなと同じことをやりたいのに、お母さんが先生達に特別扱い求めるし、私が嫌だと言っても『陽鞠ちゃんのためだから』とか『呉松家の名前出せばみんな黙って言うこと聞いてくれる』って。でも先生達の私に対する評価は『めんどくさい親の娘』なんだよ。お母さんは何一つ私のことを分かってない」
「お母さんは何1つ私のことを分かってない」に集約されるものはなんだろうか。
諦め、侮蔑、決まりわるさ、恥ずかしさ……。
「――まず、結花さんがやってるのはモラハラと経済DVだと思う。悠真は取引先との付き合いで食事会あるのにさ、月のお小遣いが中学生レベルだよ?! わざとなのか、世間知らずなのか……悠真の退勤時間が遅い理由はなんとなく分かる」
「多分世間知らず半分、意図的半分かな。呉松家のお嬢さんで、働いたことないから、ただ単に食事するだけと思ってそうだな。あの家も自営業してるんだろ? 取引先との関係がいかに大事かって分かるはずなんだけどねぇ」
実際会社と会社との付き合いに食事会や打ち合わせは避けて通れないものだ。
それでスタッフ達に活躍の場が増えたり、業績が上がったりとなるのに。
「呉松家は今の当主は確かお義母さんだったかな。でも会社の経営に関わってるのは、お義父さんと結花の兄の良輔さんだ。お姉さんの静華さんは、何やってるか分からん。俺と結花の結婚式以来、全然会ってない。結花は兄と姉とお義父さんの話になると不機嫌になる」
多分仲が悪いんだろうなと思って、悠真は結花の前では良輔と静華の話を極力しないようにしている。
結花から「うちの兄と姉と関わらないで」と結婚の時に言われたが、良輔とは密かに連絡をしている。
2年前、新たな事業所を建てる際に、その土地の管理をしているのが呉松家だった。責任者として良輔が立ち合った。
当時悠真は責任者の良輔が結花の兄であることに気づかなかったが、向こうから声をかけられたことにより、意気投合した。
仕事のやりとりと称して隠れて連絡している。
結花の横暴さを知っている数少ない人物だ。
「そうか。呉松良輔さんか。俺の高校の後輩なんだ。たまに連絡してるから、もしかしたら、悠真にとって心強い味方になるかもしれない」
「あぁ、そうだな。その前に結花が本気でやり直す気があるかどうかだがな」
「うーん、お母さん働くにしても人間関係で問題起こしそう」
悠真は結花があの高飛車な性格と年齢にそぐわない行動・言動から、職場で総スカン食らうのは想像できた。
それもあって働くという選択肢はどこかで諦めていた。
「まず、呉松家の会社は避けてもらう。身内だと甘やかされるだろうから。良輔さんにもそうお願いする」
悠真の案に2人は頷く。
「あとは、お義母さんは結花と距離おいてもらうこと、口出ししないこと、金銭援助しないこと。そこも良輔さんに相談する」
「でな、家のことなんだけど、悠真と陽鞠ちゃんがいない時は、お手伝いさんとお義母さんを呼んでたんだよ」
陽貴の言葉に悠真は「やっぱ、やってたか……前一度お手伝いさんを呼ぶのやめてもらってたし、来ないようにしていたのに」と肩を落とす。
「うん。だってお父さんがいない時見計らって、おばあちゃんとお手伝いさん達が交代で来てた。朝練早いから、ちゃんと見てないけど。試験期間中に早く帰ったら、お母さんとおばあちゃん何もやってなくって、お手伝いさんをいじめてた。お手伝いさんくるようになったのは私が中学生入ってからかな。私何回もお母さんとおばあちゃんに、自分でやりなよとかお手伝いさんいじめないでとか、私の部屋はやらなくていいからと言ってたんだけど、ダメ」
陽鞠としては知らない人が台所や自分の部屋に入られたり、掃除されるのが嫌だった。恥ずかしかった。
友達とのやりとりした手紙や、プリクラやスケジュール帳などプライベートな物がある。それを見られるのが嫌だ。
自分の部屋の掃除は自分でやると言って、入るのをやめてもらったが、母は今でもやってもらいなさいと言う。
年頃の娘の部屋に親でも無断で入られるのは嫌なのに。なんでそういうのがわからないのだろうか。
自分はどうだったのか聞きたい。
人にされて嫌なことはやめましょうなんて、子どもの頃から散々言われてきただろうに。
「多分、結花さんは、人にやってもらうのが当たり前、人の気持ちが全くわからない。だから他の人もそうでしょみたいなのあると思う。そうじゃないと陽鞠ちゃんがお手伝いさんに自分の部屋に入ってほしくない言った時に、やってもらいなさいなんて言わないでしょ?」
「うん」
「あとな、あの手のタイプは被害者ポジションにずっといたいんだよ。注目を浴びてもらうのが子供の頃から普通だったんだろうな。ちやほやされて当たり前。本来は、そういうのがいつまでも通じないと学ぶものだけど、結花さんの場合、あのお義母さんが口出しして、有耶無耶にしてきたんだろう。だから敵にいるとめちゃくちゃ厄介。俺の妻が苦手だと思う気持ちは想像できる」
陽貴の話に悠真と陽鞠は「ほんまそれ!」と言わんばかりに頭を上下する。
「おっ、そろそろ帰ろう。長居してすまん。とにかくな、退院は俺達で迎えに行って、実家に行こう。さぁ、陽鞠ちゃん帰ろう」




