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談話室には開放感あふれる照明と陽の光があたり、窓は換気のために少し開けられている。
少し強い風なのかベージュ色のカーテンや観葉植物が遊ばれている。
4人がけの丸机がいくつもあるがまばらだ。
水色のボトムスとトップスを着ている人や、キャラクターもののパジャマを着ている人など。水色の方は病院の売店で販売されているものだ。
退屈しのぎ用に壁に埋め込みされたテレビが字幕付きでついているが、真剣に見ている人は少ない。スマホとにらめっこしている人、読書する人、近い席で患者同士談笑する人など、談話室内の自動販売機の前でどれにしようかなーと悩んでいる人などがいる。
陽鞠と陽貴は談話室の入り口手前に座った。
幸い周りに誰もいない。
「陽鞠ちゃん、お母さんと離れて暫くうちから学校通わない?」
陽貴は身を乗り出して声を潜めて尋ねた。
陽鞠は目を丸くして「は、はい……」と返事する。
できれば母と離れて暮らした方がいいと思う。いやそうしたい。
家のことは全てお手伝いさん達や父と私に丸投げで、美味しいところだけ取る。
不備があれば般若の顔して怒鳴る。
今の態度もそうだ。
心配しているフリをして結局は自分が不利になるのを嫌がっているだけ。本気で心配しているのなら、この段階で働けなんて言わないだろう。良くも悪くもこの主張は一貫している。
「陽鞠ちゃん、学校は好き?」
突然の問いに陽鞠は答えあぐねる。
担任も部長も苦手だ。でも、部員達や自分のクラスの子は好きだ。
部活はハードだけど、元々は母から少しでも距離を置くためにあえてそういう所を選んだ。
楽器はピアノを母に無理やり幼稚園から小学校卒業まで無理やり習わされたぐらいで、ちっとも楽しいとは思わなかった。
自分の意志で選んだ楽器の方が愛着わくし、上達しようというモチベーションが強くなる。
でも、部活の子もクラスの子も母のことを知って距離を置かれるんじゃないか心配している。
2年生になってから、部室のロッカーに置いていた楽譜が破れていた状態で見つけたし、私の悪口を書いた手紙が入ってたり、挨拶しても先輩に無視されるのが続いてる。それに拍車をかけるかのように、部長とその取り巻きで私にきつく当たる。
周りは「浅沼部長きついけど、ひーちゃんだけ対して他の人よりきつい」と言っている。
顧問に嫌がらせの内容や部長とその取り巻きの態度を相談しても「吹奏楽部の伝統だし、分かった上で入ってるでしょ」と片付けられる。
去年は部長とその取り巻きとはいい関係だった。
一緒に頑張ろうねと。
1年の時、部長と同じクラスで、授業中に手紙の交換やプリクラ取ったり、メッセージアプリで練習きついねなんてやり取りしていたのに。
あれはなんだったんだろう。まるで手のひら返したかのように。
「……うーん、なんとも言えません。ただ、2年生になってから、母の中学校時代の話を担任から聞くことが増えて――あんまり評判よくなかったんだろうなと思いました。かと言って、私まで悪く言われるのは正直しんどいです。もう、いやです……」
陽鞠の手と唇が震えていた。
「確かに昨日言ってたね、担任の先生から、言われたんだよね? 『おたくのお母さんは中学時代に男性教師と関係を持っていて、今でも語り草にされている』って」
無言で頷く陽鞠はどうしようもなかった。
「そうか。これだけは言う。――陽鞠ちゃんはお母さんのことで責任もたなくていい。そんなの関係ない。陽鞠ちゃんは陽鞠ちゃん。お母さんと担任との確執なんて2人で勝手に争っとけばいい」
「お母さんの昨日のあの写真しかり、悠真に対する態度、あれは本当に人なのか? 多分他でも揉めている可能性あるよ。あれ。1回素行調査したほうがいいんじゃないかね……それに悠真をあの女と2人っきりはダメだ。手を打たないと」
陽貴から漏れ出る怒りを含んだ口調は、陽鞠にも十分といっていいぐらい伝わっている。
「さぁ、ここまでだ。病室に戻ろう」