3
暗がりの地下室はやたら小寒かった。
日は当たらず、倉庫の窓には遮光カーテンがされている。
結花が昨日洲本に案内された場所。
10人1組で、4つの机に分かれてせっせと作業している。
各机にはラフな格好をした男性達が無言で目を光らせている。彼らは"教官"と呼ばれる立場の人達だ。
時折彼らから罵声や叩く音が聞こえる。
眠いし、ダルいし、早く帰りたいよー。
てか、叩き起こしたやつムカつく。
先輩だからってえっらそーに! 世界一可愛いゆいちゃんにもの申すなんて百万年早いよ!
朝の5時になると、寝起きする部屋の天井にあるスピーカーから、大音量でラッパが流れた。
同室の人達に結花を必死に起こしたが、中々起き上がる気配がなく、点呼時間の6時に間に合わなかった。
結花と同室の人全員、連帯責任として朝から反省文を書くはめになり、30分かかった。
朝食が6時半から7時半までなので、みんなでかき込むように食べて、作業に向かった。
グループのメンバーが、長机の上にある段ボール箱に白みを帯びた葉っぱを入れ、ベルトコンベアに載せる。
「おい、お前ら来い!」
結花のグループを監視している教官は、怒声を含みながら呼び出す。
俊敏に教官のもとへ集まり、気をつけの体勢になる中、結花はゆっくり歩いて向かう。
教官は腕時計をじっとみながら、結花が気をつけの体勢になるのを待った。
全員集合が確認されると「今の集合で5分かかった。遅すぎる!」と第一声。
「ここのグループはたるんでるな。朝の集合時間も遅れてさー、どういうつもりだ? 班長?」
班長と呼ばれた女性は「申し訳ございません」と返事した。
その瞬間、教官は10人全員1人ずつ、平手打ちを3回した。
誰も止める気配はなく、他人のフリに徹している。
痛みをこらえる人、あからさまに痛そうにする人、黙ってやられる人、誰も異を唱えることなく受け入れる。
結花だけ教官をにらみ付けるように視線を向けた。
今、叩かれたよね? 超痛いんだけど?! しかも3回!
なんなの? この人? すっごいムカつく!
「何だその目は? 生意気だな」
教官は結花の頭をはたいた。
頭を抱えて結花は「やめてよ!」と泣き出した。
同じグループのメンバー達の冷たい視線が突き刺さる。
「じゃぁ、口答えするな。ここではお前の人権はない。教官の命令が絶対だ! はじめから完璧にすればいい話だ。勝手に泣きわめいとけ」
教官は「目障りだ」と再び頭をはたく。
「悲劇のヒロインのつもりか? 無様だ。お前達持ち場に戻れ」
教官の命令で「はい!」と大きい声でメンバー達は、作業に戻った。
結花も班長に連れられ「泣くんじゃない。見苦しい」とさらに追い詰めた。
頭が痛いし、気分悪いし……なんでこんなに怒られないといけないの?
あの教官マジムカつく。死ね。
今日1日で結花は、気をつけや休めの体勢がきちんとなってなかったとか、声が小さいとか、教官から何度も注意された。
そのたびにグループ全員で、教官から呼び出され、叩かれるので、結花に対してヘイトが溜まっていた。
次第に、結花はグループ内で嫌がらせを受けるようになった。
特に教官がいないとき――大部屋で反省会と称して、結花をつるし上げする形で、同じ部屋のメンバーから、度々糾弾されていた。
内容は些細なことだ。
歩くスピードが遅いとか、教官や班長に反抗的とか、言葉遣いがなってないとか。
作業は毎日朝早くから始めて、教官から「とろい」だ「無能」だと人格否定を含んだ罵倒が毎日飛んでくる。
休憩は昼間45分で、後は5分あるかないか……あえて疲れさせることで思考を阻止させていた。
結花は教官から罵倒されても、最初は言い返していたが、力で封じ込めるので、段々大人しくやられるようになった。
――寝食を与えてやってるんだから、つべこべ言わず命令に従え。
――ここは治外法権だから、何したって許される。命令一つでお前を殺すことも出来る。
――日本全国のクズ達はここでぞんざいに扱われるのが宿命さ。それが世の中のためだ。
暁水館の生活は結花が死ぬまで続いた。