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3

  *


 結花が例の場所に着いたのは12時過ぎだった。

 行方不明になって3日目のことだった。


「あ、ゆいちゃんだ!」


 琥珀と翡翠は、リビングで曽田と神牧と一緒に工作をしている最中だった。


「何してるの?」


「あれだよ。夏休みの宿題手伝ってんだ」


 答えたのは曽田だった。


「あのね、そだにいちゃんと、かんまきにいちゃんとね、鉄砲作ってるんだ!」


 弾んだ声で答える翡翠に、結花はふーんと生返事した。



 だーれもゆいちゃんの服にコメントしてくんない!


 短いスカートに、へそ出しのシャツ。


 クルクル巻きした髪、人形のような目にするために、マツエクしたのに。


 可愛いって言ってよ。まったく、気の利かない孫達ね。

 


 結花は勝手にすねながら、例の持ってきたよとダイニングテーブルに置いた。

 頼まれたお金だ。


「これでいいでしょ。この子達返して」


 その瞬間「嫌だー」の大合唱。


 曽田と神牧も「まだ終わってねーんだよ。もう少し遊ばせてくれ」と続ける。


「はぁ? 返す約束じゃん! お金持ってきたんだからさ。ほら、帰るわよ」


 帰りを促す結花に「もう少し待って」と琥珀が止める。

 

 なんかムカついてきた。

 

 結花の心の中でいたずら心の顔が出てくる。


 よーし、ちょっとからかってあーげよっ!

 孫だろうが関係ないわ。世界一可愛いゆいちゃんを立てない罰よ。


「じゃぁ、手伝うよ」


 琥珀と翡翠は目を輝かせてやったとはしゃぐ。

 結花は琥珀が作ってる工作キットを手に取り、しげしげと眺める。

 机の上に置こうとした瞬間、手の力が抜けて落としてしまった。


「あー、壊れちゃった。ごめん」


 てへっと舌を出した。

 琥珀がうわーんと泣き出し、翡翠もつられる。


「う、うそだろ……」


 曽田は目を丸くし、言葉を失う。

 泣き出した虎白と翡翠を神牧は「せっかく作ったのにな、悔しいよな」と必死になだめる。


「なんなの? 何泣いてるの? 男の癖に泣いてんじゃないわよ。ダッサ」


 結花は孫達が泣いているのを見て鼻で笑う。


「たかが、作り物でしょー。こんなの、そこら辺で買えばいいじゃん。もう1回さー。そんなことよりさ、ゆいちゃんのファッション見て。可愛いでしょ?」


 結花は踊り子のように1回転して、曽田と神牧に自慢する。


「ほら、ゆいちゃんに似合ってるっしょ? まっ、世界一可愛いゆいちゃんは、何着てもぜーんぶ可愛く見えるから……ちょっとはなんか言いなさいよ! 女の子の服装を褒めるのは基本中の基本よ! だからあんた達モテないじゃん?」


 鼻息荒く、いかに曽田と神牧がモテなさそうか語る結花。


「余計なお世話だ! こんな状況で人のコーデ褒めろっておかしいだろ? いくらさーちゃんが可愛いだろうがそうでなかろうが、それはない」


 曽田の言葉に、神牧も内心同意する。まじそれなと。


 子どもが頑張って作った作品が壊れてしまったのに、こんな状況で私のコーデいいでしょ、褒めろって頭おかしいんじゃないか。

 それとも子どもの工作より、私の方が素晴らしいでしょということなんだろうか。思考が理解できない。いや、したくない。


「えー、ゆいちゃんが助けてやったというのに。あんた達に報酬代わりのお金も用意したんだからさぁ。それにさ、工作なんてもう1回買えばいーじゃん? 100均で売ってるっしょ? 夏休みの宿題なんて誰かにてきとーにやらせて、自分でやった風にしときゃーいーの」


 手をひらひらさせて、曽田と神牧を挑発する。


 

 宿題なんて誰かに押しつければいーのに。

 のんちゃんとか、クラスで気の弱い同級生達や自分のファン達に「ゆいちゃんの分もお願いね」って押しつけるの普通でしょ?

 それかお手伝いさん達に丸投げして、あたかも自分でやった風にしてきた。

 

 世界一可愛いゆいちゃんだし、呉松家の名前だすだけで、逆らうとどうなるか分かってるよねってちょっと脅してた。

 それが当然だし、みーんなあっさり言うこと聞いてくれた。


 色々条件つけて、気に入らなかったら、やり直しさせてた。

 それで美術や書き初めとかで、賞もらったことあるしー。


 先生にばれたことあるけど、自分でやったと主張を通してた。

 押しつけてた同級生達には、母がお金で口止めさせてたし。

 

 世界一可愛いゆいちゃんは、苦労するのが似合わないからね! お姫様だから、周りはみんな召使い。

 召使いはお姫様の言うことを聞くのが当たり前だし、仕事を”与えてやってる"んだから、ありがたく思わなきゃ。

 人に汚れ仕事押しつけて、難癖つけながら高見の見物するなんて楽しいじゃん。


 なーんで、この人達は、そういうの分からないかな。

 自分でやり遂げるのが美徳だと思ってるの?

 ばっかみたい。



 曽田が結花のもとへ近づき低い声で「お前何言ってんだ?」と詰問する。


「お前呼ばわりなんてモラハラよ! ゆいちゃんって呼びなさい!」


「質問に答えろ。他人に宿題やらせとけばいいってなんだよ?」


「言葉通りよ。さっきから偉そうにさー、ゆいちゃんはあんた達の親分よ? 口の利き方なってないね! 何様のつもり? 自分の立場分かってる?」


 眉を上げて首をかしげた。


「――さっき、わざと手を滑らせただろ?」


「えー、本当に手が滑っただけだよー? めんご、めんご」


 上目遣いで曽田の顔を見つめる。



 やっば、どうしようバレちゃった!?


 ゆいちゃんほっといて、楽しくやってるのムカつくもん!


 あの孫達も可愛いっていってくんないし。


 ちょっとからかっただけよ。ゆいちゃん、悪くない!



「めんごめんごで謝ったつもりかよ? その態度だとわざとだな」


「さーちゃん、机の上置くときかなり上から落とすような感じで持ってただろ? やる気満々じゃん」


 子供達をなだめていた神牧も応戦する。

 琥珀と翡翠はだいぶ落ち着いてきた。

 泣いていたので、顔や鼻が真っ赤でぼーっとしている。


「だって、落ちて壊れてしまったのはしょうがないじゃん? 弁償はしないよ? たかが工作でさぁ、騒ぎ過ぎ」


 その瞬間、2人の間で何かが切れる音がした。


「ふざけんなよ? 今どういう状況か分かってる? 俺とガキ達で一生懸命作った工作がさ、あんたの手で壊れたんだよ! これも思い出作りの1つなんだ。それをぶっ壊したのがさーちゃんだ」

 

 昔弟妹と一緒に毎年夏休みになれば色々作って遊んでいた。その姿が今目の前にいるこの子供達と重なった。

 やっと完成したと喜ぶ姿は見ていてうれしいし、近所の子達と一緒に完成した作品つかって遊ぶのが楽しかった。


「ふっ、思い出づくり? どうせ夏休み終了すればゴミになるやつが?」


 提出しても結局返却されて、ゴミ箱行きになるだけじゃん? そんなの作ってなんの役に立つんだろ?


「それとも、苦労してやり遂げた自分に酔いしれたいだけ? ばっかみたい」


 ぷぷと手で口元を隠して笑う。


「バカだと思うなら、それでいい。自分でなにかやり遂げるとか、家族とか友達とか一緒にやるっていう体験って大事なことなんだよ。それがいつか糧になるんだからよ」


「そんなのくだらないじゃん」


 神牧の言葉をくだらないと短く切り捨てる。


「さーちゃん、そういうことやったことねーじゃないの? 押しつければいいとか、人にやらせとけばいいとか普通出ないから。それが当たり前だったんだろうな。文化祭の準備サボってたタイプでしょ? そういうことを、一緒にやる友達とか同級生いなかったんでしょ?」


 曽田の言葉に結花の顔が引きつる。



 ほんとマジウケる。くだらない。くだらない。

 ばかばかしい。ばかばかしい。


 ああそうよ?


 行事やイベントとか、全部サボってばっかで、当日も遊んでばっかで、店番とか気の弱い子に押しつけてた。


 先生にばれたら体調不良でって迫真の演技で騙し通してたし。

 だってダルいじゃん? みんなで協力して云々がよく分からないし。一緒にやろなんていっても、どうせ戦力外通告されるだけだし。



「さ、さっきからゆいちゃんいじめないでくれる?! ひどいよぉー」


 さめざめと泣くふりしながら、琥珀と翡翠をチラリと見る。



 大好きなおばあちゃんだから、味方してくれるよね?



「意地悪してるのはゆいちゃんじゃん」


「そだにいちゃんと、かんまきにいちゃんの言うとおりだよ。はくが作ったの壊してごめんなさいしてよ」


「元はあんた達が帰りたくないって言うからでしょ! これは罰よ!」  


 唾を飲み込んで必死に言い返す結花。

 呼吸を整えて「ゆいちゃんお腹すいたから、出前とってよ。住所はここー。支払いはあんた達のお金ね。この子達連れて帰るから」と続けた。

 曽田と神牧は「はぁ?」と声を上げる。


「ちょっと待て。おかしいだろ? どう考えてもさ」


「ふざけんな!」


 曽田は頭をかきむしるわ、神牧は「勝手に自分だけで注文しとけ」と即答した。 


「あんた達役に立たないから、これぐらいやって当然でしょ? ゆいちゃんムカつかせた罰ね! そうじゃないと報酬あーげないっ! リーフにも言っておくねー。マジ使えないこいつらって」


 悪魔のような微笑みを向けて、結花は琥珀と翡翠の手を無理矢理引っ張る。しかし子供達はてこでも動かない。

 結花は舌打ちして「帰るわよ!」とヒステリックな口調で責める。

 翡翠はうつむき、琥珀は「ゆいちゃん意地悪だから嫌い」とそっぽを向いた。


「……だそうだ。さーちゃんは無理ってさ。パパとママは?」


「会いたい! これ見せたいんだ!」


 夏休みの工作を完成したら、パパとママに見せるとはしゃいでいた。

 その希望も結花の手でぶち壊された。


「んじゃ、パパとママ呼ぶか」


「えっ! ホント?!」


 子供達の目が輝く。その姿に曽田と神牧も安堵する。


「なによ! ずるいよ!」


 頬を膨らませて拗ねてるアピールするが、スルーされる。

 仕返しにこっそり、出前を人数分頼んで、支払いは曽田にした。


「何勝手にしてんだよ!」とすぐにバレたが、時既に遅し。注文は取り消せなかった。


「あんたの顔むかつくからやってやっただけよ? そうじゃなきゃ報酬あげないから」


「じゃぁ、お前が自作自演の誘拐やってたこと和野ノワの件、警察と稲本夫妻に言うから」


 結花のこめかみがぴくっと動く。


「あ、いや、その……それは……なんの話かな? とりあえずピザ注文したから。みんなで食べよ」


 また話をそらす結花。

 もういいと言わんばかりに曽田は神牧に「あの子達の両親に連絡してくれ」と指示した。


「いえっさー」


 ピザと稲本夫妻が来るまで結花は居座っていた。

 その間も結花が琥珀と翡翠に話しかけるが、曽田と神牧にガードされ、孤立していた。


 結花はソファーでむすっとしながら、スマホをいじっていた。

 15分後、ピザが来たが、曽田が支払った。その分返せと結花に詰める。

 それでも「ゆいちゃんをムカつかせたから」と突っぱねた。


 結花の自己中な態度に、他のメンバーも唖然とした。

 当然結花は孤立。他は和気藹々としゃべりながら食事していた。


 曽田と神牧はさーちゃんこと、結花が元夫と娘に逃げられるのも無理ないなと結論づけた。

 正直この誘拐案件から、投げ出したい気分になった。


 全員ピザを食べ終わった頃に、稲本夫妻がやってきた。


「あーら、いらっしゃい。色々言いたいことあるから」


 結花が微笑みを浮かべて陽鞠と庄吾と悠真を出迎えた。

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