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 いつもお世話になってます。

 稲本庄吾さんと陽鞠さんに以下のお願いをします。


 ・身代金1000万用意すること。

 ・さーちゃんと元夫の復縁。

 

 警察には絶対言わないでくださいね。

 相談すると、あなたたちのことが世間に知られてしまいますよ。

 お願いが受け入れなければ、このようなことになりますけどいいですか。


 庄吾宛に送られた捨てメは、身代金と"さーちゃん"と元夫の復縁の要求だった。

 送られたのは11時半。

 庄吾が勤から子供達が来てないと言われた矢先にこの脅迫メールだ。


「なんかこの文章腹立つな」


 庄吾は眉をしかめて努めて冷静に振る舞う。



「お父さんなんて言ってる?」


「警察に連絡して、家族と一緒に捜索している。川口さんが両親の代わりに別荘へ連れて行ったはずじゃ……」


「そもそも川口さんが代わりに行くのも変じゃない? あくまでもお義父さんの秘書みたいなものだっけ?」


「うん。ただたまに父さんが都合つかないときとか、予定変更になったときは、川口さんが代わりにすることある。前の押田おしださんの時もそうだし、それが普通だったかな」

 陽鞠は押田という名前を聞いて思い出す。


 川口同様背が高く、凜々しい目つき高そうなスーツを着こなしているおじさんという印象。

 陽鞠は庄吾と交際してから、何度も会っているし、琥珀と翡翠が生まれてからもお世話になった。

 押田は陽鞠と庄吾の交際を陰で応援していた。


『庄吾様は甘い物がお好きですね。特にホットケーキが大好物でして。そんなのほっとけーって』


『陽鞠様は幸せものですよ。庄吾様のような優しい方に愛されてますからね。私は今まで見てきた中で、お二人が一番お似合いです』


『陽鞠様のご家族の関係は承知しています。実母の件はお父様と一緒に苦労されたと思います。お二人がこれ以上責任持つ必要ありません。今度はお二人が幸せになる番なんです。もし、実母がこちらへやってきた場合、私や稲本家のお手伝い総出で追い出します!』


『旦那様が庄吾様との結婚を反対される可能性ありますので、根回ししときますね。陽鞠様がいかに素晴らしい女性かプレゼンしますので。もし反対されたら援護射撃します』


 押田は庄吾の見えないところで、陽鞠に稲本家について話してくれた。

 彼は陽鞠と庄吾の結婚を勤をはじめ、親族達が反対するだろうと考えていたが、杞憂だった。


 勤の親族の中に陽鞠の叔母の静華がいたから。

 静華の夫は勤と仕事関係の仲間で、日頃から付き合いのある人だった。

 結婚の挨拶の時に、叔母が陽鞠のことをいかに素晴らしいか援護射撃してくれたのが大きかった。

 陽鞠は静華とあんまり会ってなかったし、叔母と母の結花が不仲なのを知っているので、大変驚いた。

 結花抜きのグループチャットで、陽鞠が叔父の良輔や父の悠真達とやりとりしているのを、静華も見ていたから。


 無関心というわけではなかった。単に結花と関わりたくないだけだった。

 結花が"呉松家"の人間でなくなったというのもあり、活発に親族同士でやりとりしていた。


 数年前に押田から川口に代わったのはいいが、無口で無愛想な雰囲気で、陽鞠と子供達は近づきにくいなと思っていた。

 顔を合わせる機会が増えていくにつれ、本当は優しいお兄さんという認識になった。

 

 でも、今日見た川口さんはなんか全然キャラが違ってた。

 あんな馴れ馴れしく私達のこと呼ばないし……なんて言えばいいんだろう、うさんくさい詐欺師みたいな感じ?


「……なんか、今日、川口さん変じゃない?」


「うん。あんなしゃべり方しない。それにお父さんのメッセージの文章も変。いつどこで具体的に書くんだけどさ。よりによってこんな時にお父さんがぎっくり腰になるってさ……しかも、ひーちゃんのお母さんが着たのも、すごいタイミング狙ってました感ある」


「それは私も思った。ごめんな、元妻がいきなり来て、君たちに迷惑かけてさ……」


 悠真は大きなため息をつきながら項垂れる。


 義理息子の言うとおり、元妻が来たタイミングがおかしい。


 まるでうちのスケジュール知ってますと言わんばかりに。

 私も娘も元妻と離婚してから住民票に閲覧制限をかけた。


 近況と称したメッセージが未だに来る。

 ほとんど返信していないが、かなり切羽詰まった生活をしているのだろう。

 毎回お金頂戴とか、やり直そうとか、どこに住んでるのとか聞いてくるが、全部無視している。


 それもそうだ。実家から義兄と義父に勘当され、居場所がなくなったんだから。

 元妻は義父と血縁関係がないから、義母が亡くなったら追い出したと義兄が言っていた。これはかなり前から決めていたことらしい。


 元々は義母共々と考えていたが、義父が義母を”最後まで面倒見る"と言ったので、追い出さなかったと。

 その代わり義兄監視のもとで、施設に入所になり、そこで亡くなったらしい。


 元妻がホームレスになり、見ず知らずの若者に動画撮影されてネタにされて、炎上したニュースを見た。

 以前もドキュメンタリー番組で、お金ないんです、働いてくれないとか、再婚先の家族に意地悪されてるんですと泣いて炎上していた。

 元妻の発言が自己中すぎてSNSで叩かれた。

 そのときに私達家族の近況や名前がネット掲示板やSNSで書き込みされていた。


 家まで嫌がらせはなかったが、しばらく周りの態度が腫れ物扱いだった。

 元妻は何回炎上しているんだかと呆れて物が言えない。

 

 ホームレスの件で仕事もらえたらしいが、そこで元妻がいじめてた同級生が上司で、仕返しされて辛いとメッセージが来た。

 かと思えば生意気なスタッフを嫌がらせしちゃったと送ってくるので、社内での立場は悲惨だろうなと思った。

 会社でもプライベートでも孤独だったらしい。


 あんな嫌がらせしてたら、関わりたくないのは当然だ。勤務態度も真面目じゃなかったのだろう。


 会社の社長が娘をいじめてた同級生の親――つまり元妻がかつていじめてた同級生という因縁。

 元妻は、会社でもプライベートでも飼い殺しをされていた。


 正直胸のすく思いがした。

 これ幸いと娘のいる都内へ引っ越した。


 なのに、動画配信者に家とプライベートを暴露され、元妻がやってきた。

 しかも孫達が元妻にゲームを買って貰ってた。

 どっかに調査してもらったのか? それをもとに動画配信者にリークしたのか?


「すいが私達の知らないとこで、あの人に会ってたって言ってたね。ゲームも買って貰ったって言ってたし」


「だいたい、ゲームなんて前なかったじゃん。隠し持ってたということか?」



「かもしれん。多分、あいつ、すいとはくを先に懐かせたんだよ。それで、うちに遊びに行くと称して、お前達に会うことを目論んでいたのじゃないか?」


「そうでしょうね、お義父さん」


「和野ノワの動画配信もあの人が絡んでそうね。だって、本人しか知らないことばっか言ってるから」


「あれも、ひーちゃんを悪く見せようとさせてるんじゃない? 秘密の多い作家が親を見捨てて、俳優と結婚してましたなんて広まったら、ひーちゃんに対するマイナスイメージがすぐについちゃう。まして、今ドラマやってるから尚更」

 

 陽鞠は「そんな……」と顔を覆う。息があがり現実を直視したくない。


 夫の言うとおりなら、あの人は、私の足を引っ張りたい、人生を邪魔したいということなんだろう。

 マイナスイメージつけて、あの人が悲劇のヒロインとして注目される。

 その上、今子供達と連絡が取れないどころか、脅迫まできた。


 あのメッセージは、うちの家庭環境を知っている人が書いてると思う。


 いや、和野ノワの動画配信で知った人? 余計なお世話だと思う。

 あの人の過去の炎上発言が未だに残っているが、それを知ったらそういう単語は出てこない。

 野次馬だろうか? 私や夫のことが嫌いなひと?


 子供達がガムテープでぐるぐる巻きにされてる姿見て、言葉が出なかった。

 

 もしこれでマスコミで取り上げられたら、ますます私達のプライベートが広まる。

 秘密主義なのを分かった上での嫌がらせ?


 まさか、これも親の因果は子に報いるってこと?

 あの人が色々な人に、嫌がらせした結果、娘がこのようなことに遭ってるって聞いたら、喜ぶ人もいるだろう。

 考えすぎ? もうあの人の過去のトラブルが原因で、まだ報いを受けろというの?!

 

「だめだ、嫌なことばっか考えちゃう」

 陽鞠は邪念を振り払うように深く呼吸する。


 親の報い云々で考えてる所は、私もある意味《《被害者根性気質》》なんだと思う。そう言われても仕方ない。


 呉松結花の娘という呪縛は一生消えないし、それが事実である。

 でも、あの人のような人間にならないとずっと決めてる。


 だから同級生から逃げるように、都内へ進学した。

 だれも事情の知らない人間と一緒にいるだけで、楽だった。素敵な人に出会えた。


 ――なんとしてでも、子供達を取り返す。強い母親にならなきゃ。堂々としてなきゃ。


 陽鞠が決心した後、インターホンが鳴り、警察がやってきた。

 誘拐事件として警察が捜査してくれる。

 悠真も関係者ということで、しばらく稲本夫妻の家で寝起きし、仕事もそこですることになった。


 警察が聞き込みや準備している中、陽鞠は顔を曇らせる。


「大丈夫、俺たちの子だ。絶対無事だ」


 庄吾は陽鞠の背中をさすってなだめた。

 うんと安堵の表情を見せた。

 

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