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「陽鞠! 大丈夫か?! 勝手に入らないでください! 警察呼びますよ!」

 狼狽している陽鞠に代わり、庄吾が堂々した態度で女性に退去を促す。


 赤のタイトワンピースに夜会巻き。手には小ぶりの黒のブランド鞄に高いヒールの女性。まるで水商売の人のようだった。


「えぇー、ちょーひどくなぁい? しょーごくん。初めましてぇ。わたしぃ、稲本陽鞠のママの呉松結花でぇーす! ゆいちゃんって呼んでねっ!」

 庄吾は結花のぶりっ子口調とこの呼び方に面食らって言葉がでなかった。


 なんだ、この耳を塞ぎたくなるようなしゃべり方と声。


「なにー? 久しぶりの再会なのに、ひーちゃんもゆうちゃんも冷たいねぇ」


 結花は庄吾を無視し、リビングに向かった。

 鞄からスマホを取り出し写真撮影を始めた。


 ふーん、なかなかきれいなお家じゃない。

 ちり全然落ちてないし、ソファーもダイニングテーブルも高そうね。

 あの子神経質できれい好きなとこあったからね。

 ほんとつまんない女。


 キッチンはっと、うーんアイランドタイプで広いわね。

 あ、最新の全自動調理器あるじゃん! これほしいんだよねぇ。

 冷蔵庫の中もチェックして、今度は夫婦の部屋や子供達の部屋、そして陽鞠の仕事部屋に勝手に入る。


 まるで品定めするかのように。

 稲本夫妻も悠真も、結花の非常識さに開いた口が塞がらなかった。


「ねぇ! お茶!」


 一通り見た結花は、リビングのソファーに座った。腕を組んで陽鞠に呼びかける。


「まだ生きてたんだ。てっきりホームレスになって野垂れ死んでるかと思ってた。何しに来たの? 早く帰って」


 陽鞠がやっと口にしたのは帰りのお願いだった。


「せっかく感動の親子と夫の再会というのに……っぐっ、しょ、しょうちゃん、この子冷たいよ? ゆいちゃん悲しい」


 泣き真似をして庄吾に視線を向ける。

 初対面でいきなりあだ名で呼ばれた庄吾は、やめてくれなんて言えなかった。


 この人は本当に妻の母――つまり俺の《《義母》》、なんだよな?

 いやいや、こんな人無理! 身内って認めたくない!

 ぶりっ子キャラとドラマで共演したことあるけど、そこまででもなかったし、あれは演技だ。

 ドラマのキャラのせいで演じた女優は、ネットでしばらく叩かれてたけど、本当はあんなキャラじゃない。かなりあっさりした人だ。

 

 しかも自分のこと名前で言ってる? 年齢分からないけど、さすがに痛すぎる。

 妻はこの人を母と認めてない。いや、認めたくないんだろう。存在をなかったことにしたいんだろう。


 義父が妻を連れて行くようにこの人から逃げたと。そこから連絡取ってないと。

 あの馴れ馴れしい口調、水商売の人のような格好、そりゃ親と認めたくないのは分かる。


「さっさと帰れ。なーにが感動の夫と親子の再会だ!」


「嫌だ。ゆいちゃん、変わった姿見せたくって、ゆうちゃんとひーちゃんともう1回やり直ししたくってきたの。あんた、随分偉くなったんだねぇ。人気俳優と結婚して、小説家で人気になって。読んだわよ。『母親もどき』ね。面白くなかったけど。ね、今度さ出演者に会わせてくれない?」


 上目遣いしながら陽鞠と庄吾に上目遣いでアピールする。


「早くお茶出してよ。コーヒーでもいいから。そうじゃないと、ひーちゃんの過去のこと和野ノワに話しちゃおっかなっ。子供の頃から不細工の癖に男好きで、調子に乗って女子から反感買って……」

 いいこと思いついたと言わんばかりに話す結花に、陽鞠は渋々人数分用意した。


 1回座って飲んでから落ち着こう。

 事実無根の内容広められて、自分達の評判ががた落ちされるのもたまったもんじゃないし。

 ただでさえ、ずっと非公表でいたプライベートを、和野ノワによって拡散された。


 内容が本当の部分もあれば、事実無根の内容が入ってるから質悪い。

 ああいうのは1回広まったら、収集つかない。


 陽鞠は悠真と庄吾をダイニングチェアに座るように促して、着席を確認したら静かにお茶を置いていく。

 結花にも置いていくが「相変わらず人を使うのがうまいんだね」と嫌味を言った。

 結花は一口つけると「熱いんだけど。氷ちょーだい」とやり直しを命じる。

「冷ましてから飲めばいいじゃん」

 

 ふと思い出した。

 よくうちにお手伝いに来ていた柿本かきもとさん、野田のださん、大野おおのさんのおばちゃん3人。

 あの人の実家のお手伝いさんで、父がいないときに家事全部させて、あたかもやってますよ感だしていた。

 家でなにもせず、父のお金であの人の母と散財して遊んでただけだし。その癖、お手伝いさん達を親子で嫌がらせしていた。


 気にしないようにとか、私から言っておくと言っても、彼女達は『大丈夫ですよ』と無理矢理笑顔を作っていた。

 父が倒れてこっそりお手伝いさん呼んでたのをバレて、叔父が連れて行くのをやめさせた。

 あの人の母もあの人と関わらないようにさせた。

 

 あの人と父が離婚しても、彼女達は私のことを心配してくれて、連絡を取り続けた。

 あの人と関わらなくなってから、みんな生き生きしていた。


 3人のうち、大野さんと野田さんはもう亡くなられたが、柿本さんはまだ存命している。


 私と夫の結婚式の時、お世話になったからと呼んだ。

 

『陽鞠お嬢様は、ご自身の道をしっかり歩んでください。幸せに生きる権利があるんです。あなたはお母様のようにならないよう《《努力されてきた》》んですから』


 この言葉ほど心強いものはなかった。


 少し前にうちにやってきて、柿本さんのお孫さん連れて、子供達の遊び相手になってくれた。

 

「ゆいちゃん猫舌なの! 氷ちょーだい!」


「もう出て行ってくれ! 関わらないでくれ!」


 結花のわがままぶりに悠真が呆れた口調で詰める。


「嫌だもん。ゆいちゃん、ゆうちゃんとひーちゃんと離れて、寂しかったの。戻ってくれると思って必死に頑張って生きてきたの! これから家族水入らず交流しようよ」


 ゆうちゃんと、ゆいちゃんで2世帯はどう?

 で、ゆいちゃんは専業主婦するから!

 あ、ゆうちゃんの月のお小遣いは2000円ね。

 で、ひーちゃんは毎月ゆいちゃんに3万のお小遣い頂戴。

 ゆいちゃん働き口ないからさぁ、いいでしょ?

 お金ないんだ。


 すいちゃんとはくくんも一緒に住みたいって言ってるからいいでしょ!

 てか、今どこにいるの? あの子達?


 ゆいちゃんがいれば、あんた達も仕事に集中できるでしょ。だからさ、一緒に2世帯やろ!


 結花がペラペラと自分のライフを話す姿に、悠真は額に手を載せため息つき、陽鞠は頬杖つきスマホとにらめっこ、庄吾はスマホと誰かとやりとりをしていた。

 全て結花が中心の生活だった。


「え? みんななんかつめたくなーい? いいでしょ? 孫達がゆいちゃんと《《一緒に住みたい》》ってさ」

「なんで、私の子供達があんたと一緒に住みたいって話になってるの?」

 これだとまるで、以前から面識あると言っているようなもの。

 

『ゆいちゃんにゲーム買って貰ったの!』


 子供達が私と夫に自慢げに見せてきたゲーム機。

 陽鞠は庄吾に耳打ちして「もしかしてさ」として、庄吾もうんと頷く。

 庄吾は席を外し、夫婦の部屋に置いてきた2台のゲーム機を持ってきた。


「あれー、これゆいちゃんが買ってきたやつ!」


 思わず結花は声を出した。


「やっぱりお前か。どういうつもりだ」

 悠真の強い剣幕に結花は動じることなく「それモラハラ!」と言葉尻を捉えてつつく。


 やばっ、あの子達に近づいてたことバレちゃう!

 最近あの子達と"友達"になり、娘のことを聞き出していた。


 優しいおばあちゃんを演じるために、あの子達にゲーム機やお菓子とか買って懐柔かいじゅうさせてた。

 そしたら、今日ここに呼ぶって言っていたのに。

 何せ肝心のあの子達がいない。


「どういうつもりって、あの子達と仲良くして将来はゆいちゃんとゆうちゃんと同居したいなーって。パパとママが厳しいからゲーム機買ってもらえなくって、つまんないって言ってたよ。仲間はずれにされるんだって。いやー、こういうのって友人関係に影響するって知らないんだねぇ」

 にちゃぁと笑う結花。その姿は家庭の方針をバカにする人に変わりなかった。


「これはうちの方針よ。無断でうちの子達にゲーム買わないで! これ売るから」


「ほんとあんたって真面目ねぇ。誰かさんに似て。全く可愛げない。しょうちゃんも、こんな人好きって物好きね。ゆいちゃんはどう? こいつと違って甘やかしてあげるから」 

 結花は庄吾の所に近づいて、腰をベタベタ触る。

 しかし庄吾は反射的に立ち上がり、結花から離れた。

「い、いい加減にしてください! うちをかき回さないでください。妻と義父はあなたと関わりたくないと言っているので、お引き取り願います。そうじゃないと警察呼びますよ!」

 深呼吸をして冷静に退去のお願いをする。


「もー冷たいんだからぁ。孫達はゆいちゃんと一緒がいいって言ってるよ? その願い叶えないなんて酷い親。ゆうちゃんもなんか言って」


「俺はもうお前と関わりたくないし、陽鞠はあんたのことを親だと思ってない。忘れたいんだ。変わったって言ってるけど、口調は昔のままだし、娘の夫にセクハラかましてる……どこが変わったんだよ?」


「もう昔のことだからいいでしょ。時効よ。許したっていいじゃない?」


 結花の悪びれもなく言った言葉は、陽鞠の怒りに油を注いだ。


「許すかどうかは、こっちが決めること。私もお父さんはあんたのことを一生許すつもりないよ。本当に変わってるなら、そもそも私達の前に現れないでしょ。アピールしないでしょ? 自分からいう人ほど信用できないものはない。子供達が本当にあんたと住みたいって思ってるかどうか聞くから」


 庄吾が父の勤に電話し、子供達につなげてくれと言う。

 しかしその後の言葉に顔色が変わる。

 庄吾の顔が青白くなり、汗が出始める。


 電話が終わると「……子供達が来てないって」と呟いた。

 陽鞠は全身の力が抜けていくのを感じ、スマホを思わず落としそうになった。

追い打ちかけるかのように、庄吾のもとにあるメッセージが来た。


「お義父さん、陽鞠……見てくれ」


 明らかに捨てメだった。全然差出人が分からないし、アドレスもでたらめっぽい。


「ねぇ、どうしたの? ねぇ、ねぇ? 見せて」

 結花が野次馬のノリで庄吾のスマホを除き込んで、脅迫じゃんと呟いた。


「あんたには関係ないでしょ! 警察に連絡しよ」


「さっきお父さんがやった。今関係者で探し回ってる」


「警察って、あんた達騒ぎになりたくないでしょ。言うこと聞かなかったらどうなるのかな。こうやって、真面目な人がおたおたしてるとこほど楽しいもんはないよ。もしかしたら死んでるんじゃなーい?」


「いい加減にしろ! 勝手に殺すな! お前には関係ないんだから、出てけ」


「えーっ、冗談言っただけじゃん。いちいちカリカリしてうるさいわねぇ。ゆいちゃん心配してるのよ」


「野次馬はさっさと出て行け! 俺と陽鞠はお前ともう関わりたくない。二度と俺たちの前に現れるな。今度やったら警察呼ぶからな!」


「きゃぁー恐喝してきたぁ! ひーちゃん止めてよっ」


 悠真のきつい口調に結花はさらに煽るが、庄吾に早く出て行ってくださいと突き放される。


「じゃぁ、お金頂戴! 毎月3万、ゆいちゃんにちょーだい!」


「お前がやってるのは被害者ぶってる加害者だ」

 悠真が問答無用で結花の首根っこを掴み、稲本家から追い出した。


 鍵が閉められ、結花は何度もインターホンを押すが、音がむなしく廊下に響くだけだった。


 よしこれでリークしよう。


 元夫に暴力ふられたって。娘に暴言吐かれたって。

 被害者ぶってる加害者? ゆいちゃんはいつでも被害者よ?


 みんなに見捨てられて、寂しいもん。

 孤独死なんて嫌!

 可愛い孫と家族に囲まれて死にたいの。

 いつまでも愛されるゆいちゃんでいたいの。


 そのためになら、なんでもやってやるんだから。

 あんな地味で面白みのない女が、ゆいちゃん追い出していい生活してるなんて、調子乗ってる。

 だから足ひっぱってやるよ。


 ゆいちゃんは、自分以外の人間がちやほやされるのムカつくの。

 もうその性格は変わらない。


 世界一可愛いゆいちゃんは、いつまでもお姫様で主役なんだから。


 結花は落ち込んだふりして、スタスタと稲本家を後にした。

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