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 稲本夫妻は朝から緊張感に包まれていた。

「ねぇ、ママ、テレビつけていい?」


 翡翠が訪ねると陽鞠は、うんと覇気のない声で返事をした。

 ニュース番組を見たくない。それは夫の庄吾も同じだった。

 いつも見てるニュース番組は、芸能コーナーがはじまっていた。


「あ、ママとパパだ!」


 琥珀が無邪気に声出すが、陽鞠と庄吾は画面をみることなく、菓子パンをかじる。


「今パパとママはお仕事で疲れてるからね、じーじとお話しようか」


 何かあったときのためということで、昨日悠真が稲本家に泊まった。

 悠真は娘夫妻と孫達の温度差に共感しつつも、どう説明したらいいか分からなかった。


 孫達は関係ないとはいえ、いつどこで元妻に狙われるか戦々恐々する。

 まさか自分達の近況や家まで見ず知らずの人間に、動画配信を通してばらされると思わなかった。

 いわゆる暴露系動画配信者というらしい。


 和野ノワについて調べたら、みんなが知らない芸能人や炎上した人のプライベートを、独自ルートで調べたり、タレコミの情報をトークするのが売りらしい。

 登録者数は30万人。

 少ないのは2年前にはじめたばかりだからだろうか。


 暴露されたターゲットは、中小企業の社長、いじめで自殺した被害者の通う学校や加害者とその家族の名前、芸能人など。

 数ヶ月前に、女性生活支援団体の「麦の家」のトップが、助成金を不正に使ってる証拠を突き止めたことから注目されるようになった。

 今となっては第二の芝浦という扱いだ。


 芸能人のプライベートなのに、まさか自分の名前や勤め先まで言われると思わなかった。

 昨日の配信の際にスペシャルゲストとして、長谷川ひかるの母が出ていた――あれは明らかに《《元妻》》だった。


 声は低めに変えていたものの、娘と私へのメッセージは落ち着いた口調だったが、ノワとのトークは終始テンションが高かった。

 ノワは割と早口な方で、正直聞き取りにくかったが、元妻は意外と聞き取れた。むしろ盛り上げ役のような存在だった。

 ゲストとオーナーが逆の立場になっていた。


 ノワの配信の後、稲本夫妻や『母親もどき』の放送に影響でたかと言われたら、そこまででもなかった。

 ノワの話は、結構嘘が入っているので半信半疑状態だった。


 庄吾はノワの配信動画を見つけた後、すぐに事務所と話し合って、公式SNSと事務所のホームページに、既婚者で妻が長谷川ひかるであることや、未成年と付き合った事実はない、ネットの動画やまとめサイトで、事実無根の内容が出回っていることを公表した。

 お願いとして、今後プライベートのことで報道、取材、質問をすること、これ以上事実無根の内容を広めたり、誹謗中傷が続いた場合法的措置を取ることを表明した。

 

 一方長谷川ひかるの公式ホームページには、庄吾同様に既婚者であることや、夫が庄吾であることを載せたが、これ以上はプライベートのことを問い合わせされても答えない旨を出した。

 ネット上に本名や家族や経歴について出回っているため、場合によっては拡散した人を法的措置を検討していると付け加えた。


 これ以上家族全員の生活に影響でるのを危惧しているからこそ、公表した。

 

 ――芸能人のプライベートなんて報道しなくていいのに。


 陽鞠は大きなため息をついて、テレビを一瞥した。


 昔から思っていた。

 確かに喜ばしいことだけど、交際しただ不倫しただ結婚しただ、炎上しただ毎日そんな話ばかり。


 今はそこらの人が、マスコミごっこできる時代になった。


 直接聞きに来たのではなく、どこの誰だかわからない情報源をもとに、べらべらしゃべる動画配信者。


 虫唾が走る。


 まるで中学生の恋バナの噂話が、学校単位から世界に変わったかのように。

 

 プライベートのことを話さないのは、あの人のこともあるが、こうやって人の面白おかしく脚色して広める人がいるからだ。

 だから修学旅行の夜の定番である、恋バナが嫌いだった。


 中学生の時、好きな男子を話した同級生が、次の日にはすぐに広まっていて、無理矢理カップルにしようと野次馬達が手伝っている姿をみてげんなりした。

 野次馬ほど質悪いものはない。


 話が段々脚色され、最終的に事実無根の内容が正しいと《《修正される》》から。

 

 和野ノワがやってることは、噂好きの中学生と一緒だ。

 

 あの人がしゃべっている内容も、9割嘘だし、近況は叔父から聞いているし、未だにメッセージが来る。

 

 返信はしないけど、父や叔父に送っている。

 こんな内容が来たと。逆に叔父からもあの人の動きがあるときは、こちらに来る。

 あの動画を見るまで、前科持ちになったとか、ホームレスになったとか、就職先クビになったまでだろうか。

 その就職先は、かつてあの人がいじめてた人が社長で、その娘に私がいじめられた。


 あの人は社長に仕返しされるかのように、こき使われていたらしい。

 社員は冷たいとか、お気に入りの男性社員にアタックしているとか、社長がこきつかってウザいとか、気に入らない社員をからかってたら、社長に怒られたと、全く反省していないのが伝わった。

 

 冷たいのは真面目にやらなかったり、男あさりにきたかのような態度だからだろう。

 しゃべり方もあのぶりっ子口調は、最初可愛いと思っても段々いらつくだろう。


 いや、あの年じゃもう無理だな。

 同年代や少し年上の人達から煙たがられ、年下や若い人達から、陰で「こんな痛い女おるんだぜ」と格好のネタにされるの想像できる。


 実娘の私ですら軽蔑しているんだから。

 小学校時代のあの悪夢の参観日から。


 あんな風に絶対なりたくないと決めたぐらいだから

 勤務態度が悪くても、数年働けたなと思ったが、おそらく社長があの人へ復讐するためだろう。

 

 かつていじめてた人が社長になって、自分が使われる立場というのはある意味あの人にとって、因果応報だ。

 プライド高いし、人を人と思わない、利用するだけして、不要になれば捨てる。

 不手際があれば嫌がらせするんだから。


 あの人が評判悪かったのもそういうのがあるだろう。

 会社クビになってからの動きは知らない。もう知りたくない。


 あの人が前科持ちなのは、夫も義理家族も知ってる。

 結婚の話出た時に破棄しようと思った。

 あの人の血が《《半分入っている》》以上、夫家族に迷惑かけるかもしれないと。


 義理両親は『今まで努力された方で、息子のことを大事にしているのが非常に伝わった。陽鞠さんは陽鞠さんで、母親のことで責任感じる必要ない』と言ってくれた。

 義父が叔母夫妻と親族であることを知り、婚約の挨拶で叔母と十数年ぶりに再会した。

 叔母はあの人のことを、蛇蝎のごとく嫌っているから、正直緊張した。


『あの人のことは忘れて幸せになりなさい。もし、陽鞠ちゃんとこに、あの人が来たら、徹底的に潰すから任せとけ』


 それ以来叔母との連絡を時々している。


「今日ね! ”友達の家”に行くんだ! ねっ!」

 翡翠が出した話題に琥珀も「うん!」と同調する。


「友達? これからつとむじーじの家にいくんだけど……誰?」


「”ゆいちゃん”だよ! ちょっと待ってて、ママ!」


 翡翠と琥珀は席を立ち、自分達の部屋から、携帯ゲーム機を持ってきた。

 陽鞠と庄吾と悠真は言葉を失う。

 ゆいちゃんという単語に、陽鞠は胸の中のざわつきを感じた。


 なんだろうこの嫌悪感。喉がヒリヒリする。

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