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「そんなばかな。俺のことも出てる……」

 悠真は硬い声を上げた。


 勤め先、経歴、そして結花の元夫で、長谷川ひかること、稲本陽鞠の父親であること、現在の住まい。

 稲本家から少し離れたエリアで、1人暮らししている。


 勤め先である『エブリライフ』の本社が都内にあり、そこから数駅離れたとこに家を借りている。うん

 悠真は西南中央近くで働いていた会社で、うちどうですかと今の会社の社長の平井に声をかけられた。

 以前平井と飲みに行った時に、身の上話をしたのがきっかけだ。

 その中には結花との生活も含まれている。


 平井から地元じゃなくて、いっそ誰も知らない場所でうちで役員として働いてくれないかと言われた。

 それがきっかけで、都内に住むことになった。


 平井には娘が既婚者であることは伝えているが、夫が庄吾であること、そして陽鞠が長谷川ひかるであることは言っていない。

 陽鞠の職業は、《《個別指導塾の先生兼事務》》と説明している。

 

「一体どういうことだ?」

 これを見てくださいと、庄吾は陽鞠と悠真にSNSを見せた。

 母親もどきの視聴者の反応や、ドラマの公式アカウントで宣伝や撮影時の様子が投稿されている中――あるアカウントが真っ先にでてきた。ドラマとは全く関係ないもの。


 銀色の長い髪に眉目秀麗な顔立ちの男性キャラクターの動画だった。今流行のVTuverというものだ。

 和野わのノワというキャラクターらしい。


『稲本庄吾は既婚者子持ち?! 妻は長谷川ひかる?』


『長谷川ひかるの半生と本名を暴く』


 ノワの公式アカウントには、該当の動画のリンクが張られている。

 事実確認と好奇心半分で、動画を再生すると、ノワのテンション高い声で挨拶が始まった。


『今日は今人気俳優、稲本庄吾さんについて、皆さんに教えたいと思いまーす!』


 早速庄吾の経歴から、家族構成まで話し出す。

 日本でも指折りの企業の社長の息子であること、親族に議員がいることが流された。


「何でだよ? 父のことなんか一切言ってないのに!!」


 庄吾は高校時代から芸能活動を始めた。

 昔から定番の「姉貴が勝手に履歴書を送った」というものだ。

 中3の時に2つ上の姉が冗談で送って、本当に合格してしまったと。


 元々密かに芸能界に憧れていたが、家のことを考えて少し諦めていた。


 両親は姉にかなりカンカンで、庄吾が芸能活動をすることに難色なんしょくを示していた。

 親が政治関係であることから、素行に関して《《他の人以上に》》厳しく見られること、下手なことすると、家族に影響がでることからだった。


 庄吾はせっかくあるチャンスを逃したくないと何度も頭を下げた。

 熱意に負けた両親は以下の条件を出した。


 学業と両立すること。

 学校の一部関係者以外、芸能活動のことは一切言わないこと。友人や同級生も含む。

 両親及び家族のことは公言しないこと。


 両親は長く続くとおもっていなかった。もし失敗したら《《黒歴史》》になるだろうと思い、公言させない方向でいた。

 庄吾も親のコネを頼るのはプライドとして嫌だったので、周りに一切隠して、聞かれてもノーコメントを貫いていた。


 ここ数年、庄吾が少しずつ注目されていき、反対していた両親も頑張りを認めている。


 庄吾が出ているドラマや映画はこっそり楽しんで、感想を送っている。

 両親は会社関係者達や友人達に、庄吾のことを聞かれても、本人に任せてるのでお答えできませんといつも返している。


 陽鞠と庄吾が交際からの結婚の際には、陽鞠の家庭環境や結花のことを考え、内々で済ませた。

 関係者や親族には、他言しないように強く求めている。

 

 ノワは庄吾が既婚者で、その相手が長谷川ひかるであることをはっきり暴露した。


『長谷川ひかるといえば、今放送している、母親もどきの作者。経歴も本名もプライベートも一切公表していない、謎多き作家として知られています』


『性別は女性、年齢は30代前半、本名は――』


 名前や出身大学、そして悠真が企業の役員であること、結花について、子供達の名前と通っている学校が暴露された。


「もうやめて!」


 陽鞠は顔を覆って庄吾の腕を強く握った。


 なんで? 私のことバレてるの?


 誰? こんなこと広めたの。


 こんな見ず知らずのキャラクターに、私達のプライベートをペラペラ話されるほど不愉快さなんてない。


 夫婦でSNSや日常生活での振る舞いを気をつけていたのに。


 今まで、夫が週刊誌のネタのターゲットにされたことなかったのに。


 これで広まって拡散されたら、マスコミが押しかけてくるかもしれない。いや、その前にあの人がやってくるかもしれない。


 ノワの動画には家がどの辺りも出ている。

 

「――もしかしたら、他の共演者や仕事関係者のSNSかな?」


 悠真の発言に陽鞠と庄吾ははっとした。


「他の人のSNSに写ってた時の投稿……」


「あー、あれか、いわゆる"特定班"とか言う人ね……」


 陽鞠は額に手を当てため息をついた。


 世の中にはネット上の投稿をもとに、人様のプライベートや個人情報を調べ上げるのを趣味にしている人間がいるらしい。

 中にはそれを裏の仕事として、商売でやっている人もいる。

 そのターゲットは一般人だろうが、芸能人だろうが容赦ない。

 それで誰がどこにいるとか、住んでいるとか、どこの学校だとか、この人とは恋人関係かもしれないとか、ネット上に広めるのである。

 

 しかし稲本夫妻は、家に他人をそれほどあげることがない。

 子供達はだいたい児童館や外で遊んでいるか、または習い事に行っているぐらいだ。

  

 習い事先のSNS? 保護者仲間? 私達の仕事関係者? 近所の人?


 習い事先のSNSの投稿には、子供達は載せていないはず。


 入会前にSNSで名前や写真に載せていいかという項目があるので、全てNGにしている。


 今は個人情報に神経質なので、みんなに聞いていると先生が言っていた。 


 学校もそうだ。基本ホームページや、学校の掲示物の名前と写真を極力載せないように希望している。

 身バレしたくないからだ。


 たとえ自分達が気をつけても、他の人達はそうとは限らない。


 誰かがこのキャラクターにリークしたんだろうか。


「どうもこいつ、芸能人とか炎上した一般人の個人情報を暴露するのが売りだな。こんなの他にいたんだな。生身の人間でなら、芝浦富弘しばうらとみひろが有名だけど」


 芝浦もノワ同様、芸能人や政治家のプライベートをべらべら暴露することで有名で、一時期人気動画配信者になっていた。

 しかし、大半が事実無根であること、動画の内容を認めないと家族に危害を加えると常習的に脅したり、誹謗中傷していたので、去年逮捕され起訴された。

 本人は悪びれることなく『マスコミが報じない事実を言っただけ』『特定されるようなことをするのが悪い』と開き直った。


「どうも芝浦と同じようなことやってるなー。まして、キャラクターの皮被って、人のプライバシーをしゃべるとか、マジ卑怯すぎる」

 庄吾は静かに吐き捨てるようにコメントした。


「どうしよう、あの人が来たら……」


 考えるだけで嫌になる。

 未だに父と私でやりなおしたいと訴えているし、お金頂戴と言ってくる。

 この動画を見て私が小説家で、夫が人気俳優って知ったら、絶対経済援助やコネを欲しがるのは目に見えてる。


「どうしよう、これマズイよ。このノワとかいうやつ、事務所所属してるっぽいな。うちの事務所と相談して、法的手段取りたいんだけどな。もしかしたら、子供達に何かあったら怖いから、別荘に預けよう。お手伝いさんいるから」


「その方がいいかもしれん。あとは私の家か……」


「とりあえずあの人が来たことを考えて、しょうちゃんとこの別荘に預けて貰った方がいいと思う」


 稲本庄吾のことが知られた上で、あの人は彼の実家の別荘の場所までは知らないだろう。

 

「おい、こいつ今日の夜21時から、また放送するみたいだぞ。俺たちについて」


 庄吾はノワのSNSを見せる。


「まるで、ドラマの時間を狙ってるみたいだね」


「うん。一体なんのつもり?」


 まるで私達の足を引っ張ってるみたいだ。

 SNSで今頃私達のことが広まってるだろう。

 見たくない。目を覆いたいぐらいに。


「子供達迎えに行かないと」


 陽鞠は玄関にあるキーケースから、車の鍵を取りに行った瞬間、ドアが開いた。

 ただいまという元気な声。子供達がちょうど帰ってきた。


「すいちゃん、はくくんお帰り」


 思わず子供達を包むようにして抱きしめた。

 

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