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「ひーちゃんが書いた小説さ、ドラマやってるだろ? うちのスタッフ達も観てる人多くってさ、楽しみにしているって」
「そ、それは良かった。あれ、クレームが来るんじゃないかって思ってさ。最初ドラマするの断ってたんだよね」
長谷川ひかる――稲本陽鞠が書いた小説『母親もどき』は、この7月から、毎週火曜日の夜10時に全国区で放送されている。9月で終わる予定だ。
陽鞠が住んでいるエリアは6チャンネルだ。
もちろんネットで見逃し配信もされている。
女子高生の主人公は、家族にも友達にも恵まれ、平凡な生活を送っていた。
悩みは母親がちょっと過干渉なこと。
ある日主人公一家に一通の手紙が届く。
たまたま開けた主人公は、中身を見て愕然とする。
差出人は不明。内容はかつて母は同級生をいじめていたというものと、その証拠写真。
近いうちに主人公を誘拐し殺すという予告。
母に隠して父に相談した主人公は、2人で警察に相談した。
警察も熱心に捜す中、主人公のSNSには執拗な嫌がらせメッセージが来たり、誰かに追いかけられるようになった。
真相が見えない中、母との関係がぎくしゃくしだした。
警察からの連絡により、母の過去や本性を知り、主人公は本格的に精神的に追い詰められるようになる。最後はどうなるかというものだ。
今日5話が放送される。
嫌がらせメッセージや物が送られた主人公だが、ピタリと止んでほっとしていた。それだけではおわらなかった。
今度は最寄り駅で、主人公が何者かに連れ去られる話が始まる。
作品自体は、元々3年前にネット小説に載せてたものだ。
女性向け部門で上位になり、気づいたらこのような形に。
大学時代に趣味の一環で小説を書いていた。
夫に勧められてだ。
在学中に小説家になり、卒業後も個別指導塾の先生をやりながら、兼業としてやってきた。
庄吾と結婚してから、ますます忙しくなり、今は作家1本として頑張っている。
このわざとこの名前にしたのは、結花にバレないようにするため。
普段はあんまり表に出ないタイプだ。仕事のやりとりもオンラインで顔出しせず、チャットが多い。
SNSもやっていない。
読者の情報源は、出版社の公式アカウント、ホームページ、読書記録アプリ、そして本人の公式サイトだ。
庄吾はタレント兼俳優ということもあり、表舞台に出ることが多い。
既婚者であることや陽鞠との関係は公表していない。しないように陽鞠がお願いした。これは陽鞠の仕事先でも同じだ。
もし、結花に知られたら狙われるから。
地位や見た目を重視する彼女なら、やりかねない。
双方関係を非公開にしている以上、庄吾はマスコミの餌食にならないよう、《《お行儀よく》》やっていかないといけない。
庄吾はSNSをやっているが、全てスタッフ管理に任せている。
プライベートは載せないことを条件に。
陽鞠は『母親もどき』がドラマになる話が出た時、嬉しさ反面、断ろうかとせめぎ合った。1年前の夏の時期だ。
主人公の母親が癖強いので、クレームが来るんじゃないかという理由だ。
陽鞠の心配事は杞憂だった。
主役が人気俳優・女優であるのも1つ。
母親役の古関波奈は今まで清純なキャラが多かったが、今回『母親もどき』で遠回しにメンタル削る母親役を演じることで、ネットで話題になった。
「確かに嫌がらせメッセージリアルに来てるし、ドラマや、古関さんのSNSに嫌がらせコメントめっちゃ来てるって。ホームページ読んでないのかな?」
おそらく原作を読んだ人達のものだろう。
ドラマの公式サイトで、陽鞠のメッセージ欄に『出演者に対する誹謗中傷コメントや、嫌がらせをしないでください』と締めくくっている。
4年前に陽鞠が描いた小説でドラマになった作品で、女優の高橋誠子に対する嫌がらせが長期的に続いたことから、半年ほど活動休止していた。
高橋の役は、主人公の姑で嫌がらせをするポジションだが、その手口がなかなか陰湿でその上毒舌というキャラだった。
今までおばちゃんが似合う女優上位常連だったが、役のイメージがつきまとった。
彼女の汚名返上出来たのはこの1年ぐらい。
2年前から、SNSで普段見れない一面ということで、本人の日常を投稿始めた。
最初はキャラ作りと揶揄されていた。
それでも地道に家庭菜園や趣味の刺繍にイラストなどを投稿していったら、ファンがついてきた。
イラストでも風景から、人気アニメや漫画のキャラクターまで、ジャンルの幅が広い。
本人はアニメや漫画のキャラクターに疎い方だった。
孫達のリクエストで、描いてと言われたのがきっかけで始めた。
『孫達が大喜びしていた』と投稿したら、瞬く間にクォリティの高さが話題になり、若い人のフォロワーが増えた。
キャラクターとコラボした、お菓子メーカーのCMにでるようになった。
また最近は動画投稿サイトで、若い共演者達とゲームや雑談を始めて、話題になった。
それでも昔のことを蒸し返して、こび売ってるだキャラ作りでしょと批判のコメントが出てくる。
SNSで叩く人に対して高橋は
『未だにドラマで演じた役のことで、叩く人がいます。正直うんざりしています。《《私は私》》です』
『投稿する度に、一部の心ない方達から、媚びを売ってるとか、息子の嫁にやらせてるとか残されてますが、全くの事実無根です』
それ以来、陽鞠は映像化したらこの文言を最後にいれるようになった。
役と本人の人柄は、別であることを理解して貰いたいことから。
「日本語読めない人がいるからねぇ。登場人物と本人の人柄は別だってね」
庄吾はため息まじりに、過去に仲間の俳優が同じようなことで、一時期叩かれてた話をした。
「あの作品さ、好き嫌い分かれるし、クレームも覚悟してるけど、いざネガティブな反応を見つけると、きついね」
陽鞠はネットでドラマの感想を検索した。
おもしろいとか続き楽しみという反応の一方で、役柄に対する悪口もちらほら出てる。
それは仕方ないと思う反面、現実とフィクションの区別つかない哀れな人がいるんだなと、同情してしまう。
ふと陽鞠が庄吾の方へ視線を向けると、険しい顔になっていた。
「しょうちゃん? どうしたの?」
「や、やばい……この動画見てくれ」
硬い口調で、庄吾はスマホで動画を再生させて2人に見せる。
一通り見た瞬間、悠真は「一体なんなんだ」と憤り、陽鞠は声が出なかった。リアクション出来なかった。