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営業が終わり片付けやミーティングが終わると、ホステス達はバックヤードで着替えていた。
「美音ちゃんしばらく来れないってマジ?」
「ママ言ってたもんねー」
「最近変だよね。ミス増えちゃってるし、ほら、先週来た時さ……」
ホステスの1人が話したのは、先週の土曜日に来た男性客2名のことだ。
美音の指名客である森本と町田という男性がいる。
2人は同業種の関係で親族でもある。
公私ともに30年以上の付き合いで仲がいい。
森本は焼酎水割り、町田はウィスキーの水割りだが。それぞれ逆で出してしまい、2人に言われて気づいた。
同席していたホステスは、お手洗いで席をはずしていた。
「今までそんなことしなかったのに、どうしたんだろ?」
「ほんと変よね。急に休み出すし」
「ママは後釜に咲羽ちゃん指名していたね。他に出来そうな人いないし」
「咲羽ちゃんなら、大丈夫よ。ほら可愛いし」
「気遣い上手いし、来て1年なのにトップでしょ? すごいよね!」
咲羽よりかなり年下のホステス達の褒める声。
それがなんとも心地いいものほどない。
今まで同性に煙たがられてきた咲羽にとって、快感だった。
やっと私が1番になったの。キープできそうになった。
男の人達にチヤホヤされ続けるためには、《《犠牲》》が必要なの。
それが年上だろうが、年下だろうが性別なんて関係ない。
トップの座は私のもの。
さぁ、もっと私を持ち上げなさい。
あの子が欠勤増えた理由、ママもほかの子達も知らないもんね。
だって私が追いつめてやったんだから。
夫はヒモらしいし、義理家族は彼女をいびってる上に、金蔓扱いしてるって。
そこから逃げるように来たんだって。
だから、彼女の夫のSNS見つけ出して、居場所教えちゃった。
――助けて、出勤できないかも。咲羽ちゃんお願い。
最初入った時に連絡先教えてもらって、プライベートでも多少やりとりする仲。
ここのとこ、夫と義理家族がやってきては、お金せびって、断ったら暴力受けるってメッセージ来た。
昨日の夜に電話があった。何かに怯えているようで、小声だった。
早く逃げなよとアドバイスする。でもこれは本心じゃない。
夫の暴力や束縛に振り回されて、出勤できなくなるまでの過程を楽しんでる。
しかも彼女の実家の家族にもバレてるんだって。
元々家族も彼女を金蔓扱いしてきたらしいし、風俗で働かされたんだってぇ。
そんで、そこの客だった夫と関係もって子供が産まれたってさ。
当時18で、実家の家族は金蔓増やすために結婚させたんだって。
彼女の義理家族も同じこと考えてたって。
だから、彼女は夫、義理家族、そして実家にお金送ってるとか。
家事要員いないから、出勤阻止されてるみたい。
案の定しばらくできないって。
うふふ、ざまぁみやがれ。
今まで自分より上にいた人は、似たような手口で追いつめて、休職や退職に追い込んできた。
ここで働く人達は、《《ワケあり》》率高い。
親や配偶者の支配から逃げてきたとか、売り飛ばされたとか。
身の上を聞いてあげるふりをして、元カレや家族に、彼女達の居場所やSNSのアカウントを教えてる。
彼女達が嫌がってる人達が来たとき、驚いてる姿が面白くって。
性格悪くてもいい。それが《《私》》なんだから。
だいたいここの若いホステスなんて、底辺家庭育ちばっか。
実家金持ちの私とは、生きる世界が違うの。
玉の輿狙ってる子もいるけど、そんな奴らとゲスト達なんか釣り合う訳ないじゃん。
美女と野獣レベル。
ここに来るゲスト達は、世界一可愛い私に譲ってもらうよ。
そのためなら、どんな手段使ってまでもやってやる。
綺麗になった私を、娘と元夫に見せるんだから。
次のターゲットはどっしょかなー。
今日一緒にいた夕芽華にしよ! 最近頑張ってるらしいから、少しは社会の厳しさ教えなきゃ。
まずは若いホステス達に気に入られることからね。
何かあったら味方になってくれるから。
「ねぇ、母親もどきってドラマ知ってる?」
「あー、今放送してる作品ですよね。漫画面白かったですよ」
咲羽は「漫画?」と聞き返した。
さっき小説が原作って聞いたのに。
「そうなんです。確か、ネットの広告にもよく出てますよ。それがどうかしたんですか?」
「いや、その、みんな面白いって言うから、読んでみよかなー……なんて。作者の話し方がね、私に似てるって室井さんに言われたの。なんか作者メッセージでそういうのあったらしいんだ」
ホステス達は「マジですか」「ちょっと見てみようよ」と各々スマホで動画アプリを開いた。
動画は15分だが、残り10分のとこで作者メッセージが始まった。
『小説は3年前に出版されたもので、去年からは、星谷香々《ほしやこうこ》先生のコミカライズ版が出て、ますます注目されるようになりました。そして、今回このような形でドラマになって、本当に光栄に思っています。皆さん、是非楽しんでください』
僅か1分のメッセージだ。
「咲羽ちゃんと喋り方は全然違うだけど、声の高さ似てるね」
「うん。確かに。ちょっと落ち着いた感じかな」
ホステス達の口々に出る感想に、咲羽はなんとなく確信した。
この声。やっぱりそうだ。
顔が見えたら一番いいけど、話を聞いてたらとてもじゃないけど無理かな。
あとは、夫と娘がどこに住んでいるか。
都会に住んでるのは知っている。それが目当てで上京したようなもの。
れんげで働いていた時に、個人を調査する人達にお願いしたら、そういう結果が来た。
こういうときに、マスコミか出版関係のつてがあればいいんだけど。
最近は一般人でもSNSやネット上の情報をもとに、住所や経歴や勤め先突き止めることが出来るっていうし、そういうのを依頼したらやってくれる人もいるから、お願いしようかな。
謎の多い作家路線で売ってるみたいだから、実母ですって公言して、あれこれ、《《からかって》》あげようかな。
おたおたしてるとこ見たいし。
親を蔑ろにした罰をうけてもーらお。
咲羽はホステスに悟られないように、心の中でほくそ笑んだ。