表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/153

2

「あ、神田さーん、来てらっしゃったのー。お会いできて嬉しい!」


 咲羽はさりげなく神田の腕を触る。

 まんざらでもなく、少しにやついた表情を浮かべた。

 咲羽と一緒に接客しているのは、ヘルプで3ヶ月前に入ったばっかの、朝霧夕芽華あさぎりゆめかだ。

 夕芽華は比較的時間に融通効くタイプで、少しでも彩羽のようになりたいからと、ヘルプで入れる日はできるだけ出勤するようにしている。


「ちゃん、久しぶりだな! 1ヶ月ぶりだっけ?」


「それぐらいですね。会いたかったです!」


「そうか。そうかー! 咲羽ちゃんにも会いたかったよ」


 神田は豪快に笑いながら焼酎を口につけた。

 その姿を咲羽はフフと心の中で笑う。


 咲羽――結花にとってある意味《《天職》》だ。

 少し男の人に媚を売ればあっさり言うこと聞いてくれる。


 興味ない分野でも知っておかないといけない。


 カナリアに来るゲストは、会社で地位のある人が少なくない。


 そのため幅広い教養が求められる。


 最近はアニメや漫画も"履修"しておかないといけない。


 子供達や孫達の影響ではまった。または昔っから好きという人が少なくないからだ。

 それに最近はアニメや漫画の作品と会社がコラボすることが多い。その中にはゲストの勤め先や関わっている会社も少なくない。


 たまにコラボ商品をゲストから貰うこともある。


 ホステス達はみんな出勤の度にSNSで今日の様子や、いつ出勤するか定期的に投稿しなければならない。

 そしてゲストから貰った商品も大事にしてますアピールをしないといけないので、それはそれで大変である。


 咲羽も指名客からブランド品からコラボ商品まで、定期的にSNSにあげている。

 カナリアの中でも咲羽はトップであるため、色々もらい物が多く管理に悩まされている。


 いらないと思ったものは、密かに質屋や転売して、お金に回している。


 家も常連客の1人が買ってくれたもので、都会でも人気ある閑静な住宅街のマンション。支払いは常連客にやってもらっている。

 家事は専門の業者を呼んでやってもらっている。


 見た目も以前のように、くるくる髪の毛巻いたり、高いスキンケア商品、エステに行く余裕が出来た。

 服や鞄もブランド商品が多く、咲羽は見窄みすぼらしい格好から、以前のような華美な服装に戻った。


 ――これでまた《《前のような生活》》に戻れた。


 やっぱりお姫様扱いされるのが一番。世界一可愛いんだから。

 あとは、娘と元夫を取り戻すだけ。


 お金ないと困るから、指名客に今のうちに貢いでもらわないと。

 やっぱり可愛くないと、世の中損するね。


 だって態度が全然ちがう。

 お店のナンバーツーの女が、上にいるか理解できない。


 可愛いとは思えないけど、まー、セクシー路線で人気あるかな。胸大きいし、目立つし。


 なんとしてでもさらに落としてやる。

 今対応してる男が彼女の指名客。

 

「あれ? 今日美音(みおん)ちゃんは? さっき夕芽華ちゃんに聞いたけど知らないって。今日出勤して知ったってさ」 

 ナンバーツーの名前を聞かれ、咲羽は「最近《《体調悪い》》みたいですよ。大丈夫かしらね」と笑みをつくる。


 白咲しらさき美音は2ヶ月前から休みが増えた。 

 最初はきちんと前日に「体調わるくって」と、あやめママに連絡していた。どんな遅くても、当日の朝だった。


 しかし今日初めて開店1時間前に連絡が来た。


『ごめんなさい、今日出勤出来ません』と。

 あやめママはゆっくり休んでねと返事した。


「そういえば、この間見たときなんかちょっと上の空っぽかったなぁ。大丈夫なんか? 様子見に行きたいんだけどなぁ……」


「彼女、資格の勉強してるそうですよ。多分それで疲れたんでしょうね。稼がないといけないみたいで。他何か飲まれますか?」


「おー、さんきゅー咲羽ちゃん。気が利くねぇ。よし、ウィスキーのお湯割りにしよう」


 夕芽華は「ウィスキーのお湯割りお願いします」と、ボーイにコールした。


「資格かぁ、大変だなぁ。俺も昔簿記だフィナンシャルだ勉強したから、よーく分かる。嫁さんに無理しすぎって叱られたよ」


 神田の苦労話に咲羽と夕芽華は耳を傾ける。

 さりげなく咲羽は神田の腰を触った。


 美音が出勤できなかったのは、資格云々ではなく、精神的に追い詰められているから。

 プライベートなことを聞かれた時に答える、《《方便》》のようなものだ。


 あやめママは、美音が休む度に気遣う連絡をしているし、彼女が勤務している最中の様子が変だと真っ先に気づいた。

 普段しないミスや勤務終了後の顔つきをみていたら、ほっとけなかったからである。

 1ヶ月前、しばらく休むか出勤回数減らしたらどうかと提案したが、彼女は頑張りますと続けた。

 

『こうでもしないと稼げないから。ほんとは、もう少し増やしたいぐらいです』


 あやめママはこれ以上増やさない方がいいと止めた。

 美音は入った3年前から、週4で来ている。それで段々人気が出たものだから、長時間拘束されるため、体力的に負担かかっていた。


「体が資本だからね。ああいう頑張ってる子応援したくなるんだな」


「えー、私はどうなんですか?」

 

 ホームレスになっちゃうし、家族の居場所は分からない。お金も全然ないんです。

 働いても勤め先の人にみんなに嫌われて、生きていくのに精一杯。


 病気の母がいて心配だから、一緒に住みたいけど金銭面がね、大変なんです。

 母は唯一私の味方なんですよ。だからね、大事にしたいんです。


 咲羽は少し泣く演技をして、神田に上目使いする。


「そりゃ、大変だな。よし、今日おじさんがご褒美に買ってやろう! 夕芽華ちゃんもな」



「じゃぁ、これがほしいなっ」


 咲羽は高額なスチーム美顔器をスマホで検索して見せた。


「私はこれがほしいです」


 夕芽華が欲しいと申し出たのは、同じく美顔器だが、こちらは電動で洗顔出来るタイプだ。


「いいよーいいよ。おじさんすぐ買っちゃう」


 次いつ来るのと聞かれたので、2人はそれぞれの出勤日を答えた。


 ボーイから神田の注文の品が来た。

 神田は「ありがとうな!」と陽気にお礼を言って、一口つけた。


「ねぇ、あのさ、聞きたいんだけど、神田さん、長谷川ひかるって作家、ご存知ですか?」


「今やってるドラマでしょ? "母親もどき"って作品。俺の嫁さんが観てるんだ。主役目当てで」


「あれ、面白いですよ。元々小説が原作なんですけど、ハラハラするんです。私、長谷川先生のファンなんで、他の作品持ってます」


 夕芽華の声が高くなった。


 咲羽の目が変わり「ほんと? 面白いらしいから、読んでみようかと思うの」といつもの口調に戻る。


「娘が他の作品持ってたな。なんていうんだっけ、異世界ものって言うんかな。この間調べたらさ、全然違うジャンル書いててびっくりしたよ。雰囲気違うからさ。色々やってるみたいだな。ただ、謎の多い作家なんだよな」


「そうですよ。名前と過去の作品だけ公表して、あとは全て謎。表に全然出る方じゃないみたいです。サイン会もないですから。出版の告知は全てそれぞれの出版社の公式サイトまたはSNSですね」


「え、本人のSNSはないんですか?」


「ええ。今時珍しいタイプですよね。みんなやってらっしゃるのに。あぁ、でも本人の公式サイトがありますね。それも全部いつ何が出版されるだけですから」

 

 もし、室井のおっちゃんが言っていたことが本当だったら?

 あの子は作家になってるってこと?

 早く動画観ないと!


「俺の知り合いが出版関係だけど、長谷川ひかるのことは一切明かさない方針なんだってよ。SNSも変な人多いし。今はどこで炎上するか分からないからな。やらないに超したことはないな。なりすましが既に出てるみたいだけど、公式サイトで偽物ですって載せてるんだよ」

 

 へーと咲羽は夕芽華と神田の話に頷く。


「で、長谷川ひかるが気になるのか?」

 咲羽はうんと頷いた。


 もしかしたら自分の娘かもしれないとは言えない。

 まだ確証はないから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ