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 結花は2週間の休養を経て復帰となった。


 さすがにしばらくゆいちゃんがいなかったら、みんな寂しいよね?


 大丈夫? って心配してくれるかな?

 

 杖をついてゆっくり持ち場へ向かう。


「おっはよー、ゆいちゃん戻ったよー!」

「ほんとマジ暇でさぁ、だーれも話相手いなかったのー」


 いつもの甲高い声で挨拶するが、結花を見るなり、視線を逸らす郡山と琴平、無視をきめこむ堀内、呆れと軽蔑の視線を向ける吉岡……正直言って結花の復帰を歓迎しているとは言えない雰囲気だった。


 まるで平和だった世界を壊されたかのような。


 えーっ、なーんでみんな冷たいの?


 世界一かわいいゆいちゃんが戻ってきたんだよ?!


 しかもだーれも「可愛いね」なんて言ってくれないし。


 結花は同僚達のリアクションの薄さにムカついたのか、頬を膨らませて、自分のデスクの上に勢いよく通勤用の鞄を置いた。

 横に座ってる吉岡が一瞥いちべつしたが、すぐに自分の仕事に向かった。


 浅沼工場は9時始業の18時終了だ。

 今時計は10時半を指していた。


 結花は復帰早々遅刻した。しかも無断で。

 


「ほんと痛かったんだよー」


 大げさに腰をさすりながら、吉岡に話しかけるが「そうですか。遅刻するなら、一言ください。丸岡さんが何回も電話してましたよ」と話題を変えた。


 責任者である丸岡が9時から9時半の間に4回ほど電話かけたものの、結花の返事はなしだった。

 結花は丸岡の電話を全て無視し、呑気に化粧したり、テレビ見てからの出勤だった。


 寮母りょうぼがさすがに「早く行った方がいいのでは」と声かけたが「ゆいちゃんは、《《病み上がり》》だから仕方ないでしょ」と一蹴した。


 しかし結花は病み上がりというほどでもなかった。

 医者による処方で、湿布薬や痛み止めを服用したおかげで動けるほどになっている。


「えー、そーなのっ?」


 がさごそと鞄を開けてスマホをチェックすると「ほんとだ。知らなかった」と舌をだして笑ってごまかしたが、机を見て言葉を失った。


 結花の私物がなくなっていた。


 陽鞠と悠真と一緒に家の前で撮った家族写真。

 子供の頃から結婚式まで、結花が主役で写っているもの。


 化粧ポーチにスマホの充電器に、職場で使うタブレットPC。

 机の引き出しを確認すると、きれいさっぱりなくなっていた。

 中に会社の研修で配られた資料や入社時の手続きの書類、そして社内の男性スタッフ達の見た目や家についてメモしたノート、タブレットPCや筆記用具もない。


「な、なによ。これ?!」


 立ち上がって、ヒステリックな声を上げてアピールするが、周りは無視を決め込んでいる。

 なんでよと郡山や琴平に繰り返すように聞くが「分からないです」と淡々と答えた。

 

 結花にうんざりした吉岡が

「呉松さん、少し声落としてくれますか?」となだめた。


「こんなの社内いじめよ! みんななんでゆいちゃんがこんなのになっても、無視するの? ホントは知ってるんでしょ? ねぇ?」


 さらに大きな声でアピールするが、同僚達は耳をふさいだり、他人のフリに徹している。


「あんたは知ってるんでしょ? この間までちゃんとゆいちゃんのものはあったのに! 隠してるんでしょ?!」


 吉岡に詰め寄るが視線を逸らされる。


 本当は事情を知っている。上から箝口令かんこうれい敷かれているし、答えたら答えたで、さらに大きい声で喚くだろう。

 本当に40代とは思えない幼いしゃべり方と声。

 いちいち甲高いから頭痛がする。

 今真剣で、自分の立場が危ういのに、この期に及んで名前で呼んでるって……余計答えたくない。 


「まず、遅刻したこと謝ってください。みんなに心配させたんですから。教えるならそれからです」


「えー、なんでよ? ゆいちゃん、痛かったんだし、病み上がりで腰悪いだから仕方ないっしょ! それぐらい許してよ? 器せっまっ!」


 結花は杖を持って吉原に向けたが、反射的に顔を覆われた。


「何やってるんですか!」


 男性の声が響いた。浅沼だ。隣には丸岡がいた。


「呉松さん! 心配してたんですよ? その前に、杖でなに吉岡さんに向けてやってるんですか!」  


 下ろしてくださいと丸岡の厳しい声が響く。


「だって、みんなゆいちゃんに意地悪してくるもん……」


 結花の甲高い声で口先をとがらせてアピールするが、浅沼が「少しだまってください。《《荷物の件》》は後でお話します」と止めた。


「どういう意味?! ゆいちゃんの荷物の場所知ってるの?! 早く教えなさいよ!」 


「その前に、吉岡さんとみんなに遅刻したことを謝るのが先でしょう! 説明してくださいな」


「だ、だって、ゆいちゃん、病み上がりだし、足も腰も痛いから、杖ついてただけ! これでいいでしょ!」


 結花は丸岡と浅沼の方へにらみ付けるように視線を向けた。

 2人は顔を見合わせて、ため息をついた。


「病み上がりで歩くの辛いなら、それはそれでいいんです。先に遅刻の連絡すれば、みんなにきちんと伝えて、みんなも納得すると思います。あなたは、無断遅刻したから、他の人に不興ふきょうを買ってるんです。わかりましたか?」


 結花は「すいませんでした」と目線を合わせず、言葉を出しただけだった。


「……それで謝ったつもりかい? だいたい調子悪いといいながら、杖で人に向けてキャンキャン騒いでる時点で、嘘ついてるだろ?」


 浅沼が静かに尋ねるが、結花は「ほんとだもん。ゆいちゃん、調子悪いもん」と答えた。


「呉松さん。今の状況で、そう言われても、私は信用出来ない。だいたい、調子悪いなら、こんな声で騒いだり、人に杖むけることなんてしないでしょ? 呉松さんのことだから、みんなに注目してもらいたくって、杖ついて出勤したんでしょ?」


 浅沼に言われ結花は視線をそらした。


 や、やっばっ! バレちゃった!

 ゆいちゃんが主役でいたいから、つい……。


 遅れてきたのも、調子悪いアピールできると思ったしぃ。

 くっそ、この浅沼とかいうやつ、よく見てんな。

 

 結花は「えー、そう? 実は調子悪くって」と腰をさすった。


「どのみち呉松さんは《《日頃の立場》》があれだから、なかなか信用して貰うのは難しいよ?」


 うんうんと丸岡も頷く。


「呉松さん、あなたはキャンキャン怒鳴ってると余計信用されないわ。今やってるのは、《《人を殴ってるだけ》》。みんな怖がってる」


 今までそうやって《《殴ってきた》》ことで、周りを支配してきたのだろう。

 社長が昔っからあんな感じと言っていたから、多分もうあの性格は治らないだろう。


 この支配の裏にどれだけの《《被害者》》がいるのだろうか。


 あれだけ容赦ない指導していた服部つかさが辞めたり、障害者の子を休職に追い詰めてた《《前科》》がある以上、このままだと、残っているスタッフ達の士気が下がってしまう。

 また休職が出ても困る。


 言い方悪いが、ここにいるメンバーは過去に問題起こして、追いやられた人達だ。

 特にアラフォー以上でここに追いやられるのは、かなりの屈辱だと思う。

 その追いやられた人達は出世出来ない代わりに、雑用という仕事を与えて生活の糧を提供している。


『やらかした人も生活のかてが必要だ。誰かが犠牲にならないといけない。たまたま自分達だっただけ』


 いつも社長はそういう。


 でも、呉松結花にいたってはもう無理だ。

 ここのスタッフ達がみんな、彼女に対して限界だと思っている。


 落合は休職、琴平や郡山は怖がっている。

 堀内は表向き何も言わないが、私や社長にはかなり愚痴っている。


『勘違いオバさん過ぎて、見てて痛々しいから視界に入れたくないぐらい無理です。しゃべり声とか、媚び売っててうっとうしいです。どっか追放してくれませんかね? 引き取り先あるか分かりませんが』


 追放してほしいという単語が出たので、さすがに言い過ぎだとたしなめたが、見えないところで、しつこく絡まれているということなので、うんざりしているのは変わりない。

 

 チャレンジ枠の人達がこの短期間で限界きているのは事実だ。《《引き取り先》》ないか社長に相談した。

 その引き取り先に彼女の荷物が置いてある。捨てたわけではない。

 これなら、彼らのモチベーションや士気に多少影響しなくて済むし、社長の気持ちが多少は晴れるだろう。


「殴ってなんかないわ。ゆいちゃんは言ってるだけでしょ」


「だーかーら、注意されてるときにその”ゆいちゃん"って言い方やめてください。あなた本気で状況分かってる? 怖がってるのは事実。それを真摯しんしに受け止めなさい。あなたは今日からここじゃないので」


 丸岡は浅沼に目配せした。


「そうですね、早く移動してもらいましょう。彼らが可哀想ですし。呉松さん、僕たちについてきてください」


 丸岡は結花の荷物をもって、チャレンジ枠の部屋を後にした。

 結花は浅沼に「何よ? どういう意味」と尋ねたが、ついてきてくださいと突き放した。

 2人の跡を追って、チャレンジ枠の部屋を出て、隣の部屋に入った。


「今日からあなたは、ここにいて仕事して貰います」


 入り口のドアには社長室と書かれたプレートだった。

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