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チャレンジ枠の部署には台車が3つ。


 持ち手には「営業部」「人事部」「社長室」と黄色い付箋にマジックで配達先の部署が書かれている。


「じゃ、落合さんは営業部、私は人事、で呉松さんは社長室に言ってください」


 午前中丸岡に注意されたのか、服部つかさは、いつもと違い敬語で話すがどこか苛立ちをぶつけるような口調だった。  


 結花は服部に段ボールの量が多く、かつ大きな物が多い部署を指定された。


 一方落合は一番少ない営業部だ。

 彼女は子供の頃から体力がなく、疲れやすい体質であることを入社時に申告しているため、負担の少ないも業務をいつも配慮してもらっている。


 チャレンジ枠は落合のように障害があるメンバーはあと3人いる。

 それぞれ、面接でどういった特性や持病があって、生活で不便している内容、就業する場合、どのような部分で業務に支障きたすのか、それをカバーするためにどういった配慮が必要なのかなど、細かく説明する。

 出来ない分どこでフォローするかもアピールポイントで、そういった人は業務に入っても社内で可愛がられる。


 連絡先をもらおうとお願いしたら断られたので、リベンジしようと。


 結花のスマホには形だけの連絡先として、父の明博、兄の良輔、姉の静華、娘の陽鞠、元夫の悠真、そして親友の加藤望海、あとはチャレンジ枠の丸岡と服部つかさ、社長の浅沼響、社員寮の寮母や就職と生活支援してる福祉系の会社など。

 身内は形だけ登録され、結花自ら電話やメッセージ送っても返事はない。

 相手に履歴が残るだけ。


 メッセージの内容は身内の間で「こんな内容送ってたんだぜ」と回覧されている。

 浅沼工場と呉松家の会社が取引関係ということもあり、響が良輔に結花の近況や勤務態度を話している。


 良輔としては”身内”の安全を守るのと、ネタにするために野次馬根性メンタルで話に付き合っている。


『あいつが金銭で困ったり、病気や入院になったり、警察のお世話になったり、野垂れ死にしようが、一切引き取らない。父への裏切りの象徴である以上、父の近況も教えない。葬式は教えてやろうかと思う。”他人”にそこまでやる義理なんてない。前途洋々な人生や老後はできないな。一生因果応報受けてればいい。響さんもあいつの被害者だから、存分に可愛がってやってください』


 良輔は結花の近況を聞いてからいつも言っている言葉だ。

 何かあっても、支援もしないし、勝手に死んでくれて結構ということで。


 結花は浅沼響と自分の兄が会社間で繋がりあることを知らない。

 良輔が教えないように口止めさせている。

 教えたら教えたで、結花が特別待遇しろと言うのが


 分かってること、彼女の分からない所で近況をやり取りすることで、心理的ダメージを与えられると考えてるから。


 結花のスマホの連絡先は15人登録されているが、最大20人まで。あと5人しか出来ない。

 部署内での連絡は専用のアプリを使うだけだが、あんまり機能していない。

 あんまり連絡先増やすと、本当に必要な人が出来なくなる。


「落合さん、そのまま無視して向かって下さい」


 小声ではいと落合は服部を一瞥して、台車を押した。

 覇気のない自信なさげな顔で。しかしそれが、服部の苛立ちをさらに増した。

 

 ――まるでバカにされてるみたいだ。ほんとどんくせー女。見てていらつく。


 結花の視線は台車に向けられた。


 あ、そうだ! 今のうちに落合に仕事奪っちゃぉ!

 今はしおらしく素直に聞いてるフリしなきゃ。


 社長室と営業部は少し離れているが近い。

 今から行けば間に合う? どうせ落合は歩き方トロイし。


 結花は分かりましたと、社長室に向かった。服部が人事部の中に入ったのを確認して。


 スピードを少しでも上げて台車を進めると、まだ営業部に向かってる途中の落合を見つけた。


「ねぇ」と結花は落合を呼び止める。


 落合は呼び止められ、台車と歩を止め、結花に振り向く。


「ゆいちゃんが営業部行くから、あんたは、社長室行って」


 強い口調でいきなり仕事変えてと言われ、落合は「え、確か呉松さんは社長室にいくんじゃ……」

 いきなりのことで首をかしげる。

 

「ゆいちゃん、腰痛いから、変えて。おばさんだからさー」


 結花は耳元で「言うこと聞かないと、どうなるか分かってるよね?」と大きな声で囁いた。


 落合の全身に鳥肌が立った。思わず耳を塞ぎこんで座り込む。


 この人さっき他の人におばさんって言われて、すっごい怒ってたのに、こんな時に腰痛いしおばさんだからって、都合良すぎるよ。


 逆らったら、物壊されるし、悪口言われる。


 玲音れおんくんと恭弥きょうやくんと有里波ゆりはちゃんもやられている。


 頭おかしいとか、迷惑かけやがってとか、顔がぶさいくとか、ずるいとか。


 全部事実だし、子供の頃からずっと言われてきた言葉。


 体が弱く、体育は見学するように医者から言われている。

 合唱コンクールは出てよかったけど、大きな音と歌が苦手。


 指揮者と伴奏者の子に


『落合さんがいると士気が下がるから、出ないか口パクだけして』


『1位にならなかったらどうなるか分かってるよね?』


 と、遠回しの脅し。


 事実だから逆らえなかったし、黙っていうこと聞くしかなかった。

 

 反省会と称した《《魔女裁判》》。


 指揮者と伴奏者、その取り巻きのヒステリックな声。

 パニックになって泣いたら、冷たい視線と露骨なため息。 


 口パクだけで出て、負けたら負けたで全て私のせい。


 ――落合さんはクラスに「いさせてやってる」んだから、迷惑かけないで。出しゃばらないで。


 ――役に立たないね。責任取って。


 何やっても、足引っ張らないように小さくなっても、苦手なりに工夫してやっても、ずるしてるとか、それはダメで片付けられる。

 

 あの指揮者と伴奏者の子が呉松さんに似ている。

 言い方もバカにした口調も。


 私が大きな声や音が苦手なのを分かってて、耳元で話してくる。

 体が弱いことや体力がないことを分かってて、わざときつい仕事をさせている。

 

 今言い返したいけど、なんて言えばいいのか分からない。


 落合が崩れている中、結花は「わー泣き崩れてる。ぶっさいく。早く立てよ」と追い詰める。


 ゆっくり立ち上がろうとした瞬間、結花は落合の足を踏んづけて、転ばせた。

 その姿を見て「ゆいちゃんに口答えした罰よ」と嘲笑して、軽い足取りで営業部に向かった。

 

 落合はパニックでこれ以上立ち上がるのも、声も出なかった。


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