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「ごちゃごちゃうるさわいわね。天下の呉松家のお嬢様にあれこれ言うなんて、同級生なら分かってるでしょ? 逆らったらどうなるかって」
家の名前だせば、あっさり引き下がってくれる。
そうよ。世界一可愛いゆいちゃんなんだから。
結花の変わらずぶりに浅沼は「ホント昔っから変わってないなー」と声をあげて笑う。
「家の名前出して、みんな簡単に頭下げてくれると思ってるの? もうそんなの通用しない。昔と立場が違うんだ。僕が上の立場で、呉松さんは《《ただのスタッフ》》」
業務命令指示系統は、浅沼が丸岡に指示して、そこから結花達に仕事振られる形になっている。
浅沼は結花にさらに近づいて
「ねえ、かつていじめてた人から、あれこれ言われるってどんな感じ? 呉松さんのプライドずたずただよねぇ? 今まであれこれ言う方だったもんねぇ。わがまま聞いてもらってたもんねぇ。周りからチヤホヤされてたもんねぇ」
ねっとりした口調で耳元に囁いた。
結花は下に俯いて口を閉ざす。
何なの! この人うざっ!
労役場でもあーだこーだ言われて、サボったら怒られたし、息つく暇もなかった。
それ以上に、今の方が嫌だ。
周りはチヤホヤしてくれないし、冷たいし、口うるさいか厳しい人ばっかだ。
その上、かつてバカにしてた同級生から、命令されるなんて屈辱しかない。
「君の名前みた瞬間、僕はラッキーだとおもったよ!」
浅沼の声が弾む。それは結花の体全身に寒気が走った。
履歴書の応募に彼女の名前があった。
この年で数ヶ月パートをやってすぐクビになっただけ。
昔からSNSで働いてない自慢してた。
中学時代にみんなの前で将来の夢は専業主婦で働かない宣言をしてただけあったが、わがまま過ぎて夫と娘に逃げられた話を風の噂で聞いた。
彼女の娘は私の娘と中学の同級生。
娘に彼女にいじめられてた話をしたら、私の娘が彼女の娘に嫌がらせしていた。
私の仇討ちしてくれてるような気がした。
彼女の娘は結局それが原因で転校になった時は、正直嬉しかった。
親の因果は子に報いるから。
彼女が警察のお世話になって、ホームレスになったらしく、それ系の支援の人にうちを紹介されたと。
復讐のチャンスだと思った。
だからあえて採用させて、私の下で働かせようと思った。
私が責任者であることをアピールして、昔と立場が違うことを分からせる。
プライドの高い彼女には大ダメージだ。
しかも雑用と言うところがポイントだ。
ここの部署だともう出世なんて出来ないし、彼女のキャリアや年齢的にも難しいだろう。
同級生達が出世している中、このような扱いをされる元お嬢様は滑稽だ。
さて、身の程弁えてもらおうじゃないか。
「呉松さん、悪いけど《《中学時代の仕返し》》するから。君は雇われの身で、家族から見捨てられたんだろ? 他の行き場もないだろうし、ホームレスになるよりは、ここで大人しく言うこと聞いた方が賢いと思うんだ」
そうそうと言わんばかりに丸岡も頷く。
歯を食いしばって結花は「分かりました」と不承不承で目を合わせることなく返事した。
くっそ、世界一可愛いゆいちゃんが同級生に頭下げるとかほんと無理。
こんなやつに使われるとか嫌なんだけど。
「ほら、呉松さん、掃除終わったら、次は封筒入れの作業よ。掃除道具片付けましょ」
丸岡とともに掃除道具を片付けたら、今度は奥のチャレンジ枠の部署の部屋で、封筒に書類を入れる作業を開始した。