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本音をいうと、あんまり行きたくない。
周子は結花が生まれてから、ブランド物の服や靴を買って着飾らせていた。
対して良輔と静華に対しては、地味な服ばかりだった。
良輔が小学校の時に入ってた野球クラブで使うスパイクやユニホームを買うのですら、一番安い物ばかりで、結局明博に頼んでちゃんとしたものを買って貰っていた。
欲しいと言えば「お金がないから」だった。でもその前に「結花の衣服で使ったので」がつく。
静華も日常の服はスエットや古着屋で買ってきたものばかりだった。
中学生ぐらいになると、少しはおしゃれしたいと意識しだして、ワンピースを買いたいと言えば、顔がいまいちだから似合わないと一蹴していた。
欲しいものは買ってもらえない、自分の意向より結花ばかり優先する。
こっそり明博に買って貰って不満を抑えていた。
それでは根本的な解決にならない。
母親が「上2人と末妹で扱いに差をつけていた」という、心の傷は消えない。禍根を残すようなことをしていた。
――老後というのは、人生の総評、子育ての成績表と実しやかに囁かれている。
良輔は周子が弱った状況をチャンスだと思っている。
表向き職員達の前では"母親思いの息子”を演じる。
期限内に施設や介護関係の支払いが滞る利用者も少なくない中、良輔はきちんと行う。
施設スタッフ達への気遣いも忘れないよう、毎回「皆さんで休憩時に召し上がってください」と差し入れを欠かさない。
余談だが、女性スタッフの間では、良輔の見た目がいいことから、密かなファンもいる。
一方で周子が使う日常のものは、本人の意向を無視して、一番安い物やしょぼいものを買ってきている。
頻繁に買いにいかなくて済むように、毎回大量購入している。
良輔としては「買ってもらえるだけでありがたく思え」である。
かつて良輔と静華にやってたことが返ってきてるのだから。
他の利用者達の部屋には、孫や家族の写真や手紙が壁のあちこちに飾ってある中、周子の部屋は孫達の写真が少ない。
申し訳程度に良輔と結花の家の写真だけ。
残りは結花だけか母娘と一緒に写ってるものばかり。
静華とは音信不通で、良輔は「息子が写真苦手だから」と言って一切渡さない。
そもそも静華にいたっては結婚したことも、その相手も、子供の有無も知らない。
結花は静華が結婚しないことや彼氏がいないことを散々馬鹿にしてきた。
いても狙われるので一切言わないことにしていた。
結花の脳内では「いつまで経っても彼氏がいない地味な女」である。
まさか議員の嫁になっているなんて思わないだろう。
地位や肩書きに弱い周子と結花が知ったら、手のひら返して、会わせろとせがむことからだ。
下手すると、また結花に静華の夫が狙われるかもしれない。
それを踏まえて静華は良輔と明博と従姉妹の望海しか教えていない。
離れて暮らす今、定期的に連絡するメンバー達だ。
周子に家族を会わせないどころか、居場所や近況を教えないのが、静華にとってささやかな復讐だ。
施設のスタッフにも、静華への連絡は最期の時にしてくれと良輔が言っている。