退屈な日常
高橋勇人は、16歳の高校生でありながら、ほぼ家から出ることなく過ごしていた。彼の一日は、学校に行くことなく、ゲームに没頭することで始まり、終わる。昼夜を問わず、自分の部屋で一人きり、コンピューターの画面と向き合う日々が続いていた。
小学生の頃、勇人は仲間外れにされ、いじめを受けていた。最初は軽い言葉の暴力から始まり、次第に無視や嫌がらせがひどくなり、最終的には心の中で「学校に行きたくない」と思うようになった。中学に上がる頃には、学校が恐怖の場所に変わり、とうとう不登校になってしまった。母親や父親は心配し、何度も話し合いを持とうとしたが、勇人はそのたびに冷たく拒絶した。大人の言葉には、彼の心に響くものはなかった。
「学校に行け」と言う大人たちに、勇人は疑問を持つようになった。大人たちは、何かをやりたくないと思いながらも働いている。毎日仕事に追われ、愚痴をこぼす姿を見て、勇人は強い疑問を抱いた。なぜ、あんなことをやりたくないと言いながらも、子どもには「行け」と強要するのか? 大人になっても、結局は嫌なことばかりをしているのではないか。そう思うと、勇人の心はますます閉ざされ、家にこもることが増えていった。
一人の時間が増えると、勇人は様々なことを考えるようになった。自分の存在価値について、何をして生きているのか、なぜ自分はここにいるのか、と考えることが多くなった。友達もいないし、家族とはあまり会話をしない。ゲームの中では、自分が強くて偉大な存在になれる。でも、現実では何もできない自分に、無力感が募っていた。
「生きている意味があるのだろうか?」そんな思いが心の中で膨れ上がり、彼の心を重くしていた。気づけば、毎日ゲームの世界に逃げることが唯一の安らぎになっていた。現実の世界での意味を見出せず、ただ時間を浪費しているように感じることが多かった。
勇人は今、あるゲームにハマっていた。その名も「スライムハンター」というゲームだ。巷ではそのゲームは「クソゲー」と呼ばれ、評判は最悪だった。なぜなら、出てくるモンスターは普通のゲームでは雑魚キャラとして登場するスライムだけで、そのスライムが異常に強いからだ。最初の雑魚敵すら倒せないというありえない難易度に、ネットでは「難易度の設定がおかしい」といった声が上がり、「クソゲー」と揶揄されていた。
しかし、勇人はなぜかこのゲームにハマっていた。普通のゲームであれば、ストーリーやキャラクターの成長を楽しむのが一般的だが、勇人はすでに数えきれないほどのゲームをクリアし、どんな難易度でも攻略してしまった。そこで彼は、今まで「クソゲー」と呼ばれているゲームの中に、何か面白い要素が隠れているのではないかと考えるようになった。
「スライムハンター」もその一つだった。普通のゲームなら最初に出てくるスライムは、すぐに倒せる弱い敵だが、このゲームではそのスライムが次々にプレイヤーを襲ってくる。レベルが上がっても、スライムの強さは全く変わらず、倒すのに数十回も死ぬような難易度だ。そのため、多くのプレイヤーがすぐに諦め、ゲームを放り出してしまった。しかし、勇人は違った。彼は、この異常な強さの中にこそ何か秘密があるはずだと、ゲームを続けていた。
スライムの動きをよく観察し、戦い方を一つ一つ試すことで、勇人は少しずつ進展を感じていた。ほかのプレイヤーが気づかないような戦法を編み出し、少しずつゲームを攻略していくことに快感を覚えていた。誰も成功しなかったような攻略法を自分だけで見つける。それが、彼にとっての楽しみだった。
その日も、近くのゲーム屋さんに新作のゲームを買いに行こうと思い立ち、外に出る準備をしていた。ゲームを手に入れた後、また新しい挑戦をしてみようと胸を躍らせながら。
だが、その瞬間、突然、物凄い音とともに車が突っ込んできた。反応する暇もなく、勇人はその車に跳ねられて、そのまま命を落としてしまった。