君と僕が嫌った世界
この世界は僕を嫌い、僕もまた世界を嫌う。
10年前の夏の日に、僕は異世界へと転生された。
僕、黒氏ルイはいつもいじめられていて、弱虫で、情けなくて、カッコ悪かった。
その日は、焼けるような暑さが続いていて、わざとらしい蝉の声が一日中鳴っていた。
そして、僕の運命が動く重要な日でもあった。
小学校の帰り道、道路は陽炎が揺らめいていて、温度は軽く30度は超えていたのかもしれない。
ランドセルを背負って、熱い歩道を歩いていると、いつものようにいじめっ子達が僕の目の前に現れていた。
「おい、今日も遊ぼうぜ」
腕を肩に回され、強引に連れてかれそうになる。
またいじめられてしまうんなだろう。
そう思った時、幼馴染のあいつが助けに来て来くれた。
「ねぇ!またいじめるつもり!?」
僕の家の隣の家に住んでいるユズだ。
ユズは僕の肩に手を回してきた奴に向かって怒鳴る。
すると、簡単にたじろいだ。
「へっ!女に守られてダセェ奴!」
「うっさい!どっか行け!」
ユズがこちらに向かってきた。
いじめっ子達はどこかに行ったのに、まだ怒っている様子だった。
「ねぇ、ルイ!もっと男らしくしてよ!」
「そんな事言ったって・・僕・・なんて言ったら良いか分からなくて」
今だって、ユズにこんなに怒鳴られてしまって正直怖い。
「そんなんだからいじめられんのよ!本当に情けない・・」
鬼の様な顔をして、至極全うな意見を貰った。
そんな鬼の横から一人の男の子が呆れた顔で歩いて来ていた。
「今日もいじめられたの?よく飽きずにやれるなぁ」
リツだ。僕の幼馴染の一人。
「まぁユズの意見も分かるよ?けど、いじめられた後に怒るのは┃┃」
「もう!本当に情けない!」
リツがユズに駄目出しすると、リツの鳩尾を食らわせ、お腹を抑える。
僕たちの中では、ユズが一強だった。男より強い上に、身長も僕達より高い。
「痛ててっ。お前、もう少し手加減しろよ」
「何で?」
「何で?って真顔で聞き返せるお前が怖いよ。何でそんな怒ってるんだよ」
先程から、虫の居所が悪いようで腕を組んで歯に噛んでいた。それほど、僕たちの情けない所にむかついているのだろうか。
「あいつらがムカつくからよ!毎度毎度ルイをいじめて、何が楽しいの!?」
まるで怪獣映画の怪獣役の人みたいに怒っていた。
僕なんかの為に怒ってくれるなんて、ユズは本当にいい人だ。
「なんか、失礼な事考えてた?」
「い、いや。僕のために怒ってくれるなんてって思ったら嬉しくて」
「ふふ感謝しなさいよ!なんだって私はお姉ちゃんなんだから」
仁王立ちをして、自慢顔を決めていた。そんなお姉ちゃんを横目で、リツは冷めた目でユズの事を見ていた。何か良からぬ予感がする。
「お姉ちゃんって、ユズ。誕生日が一番先だからって、まだマウントとってるのかよ。一番子供じゃんか」
「フンっ!」
リツのお腹に重めのパンチを食らっていた。その場に座り込み、悶えている。
本当に痛そうだ・・。
「それよりさ、おじさん。今日帰って来てないの?」
「うん。今日も居ないって言ってた」
僕の家は父子家庭で、お母さんが居ない。だから、お父さんが仕事で忙しい時は、家に一人で居る事が多い。前に一度だけ、何でお母さんが居ないのか聞いた事あるけれど、あの時のお父さんの表情は忘れられなかった。
「あんたさぁ。いじめられるのは平気じゃないのに、家で独りは寂しくないわけ?」
「うん。平気かな」
僕の家に、お父さんが居ないのは辛い。
それでも、お父さんに心配をかけてしまうのはもっと怖かった。
僕が家で泣いているなんて知ったらきっと、迷惑を掛けてしまう。
ユズたちと別れ僕は家に帰った。
どうせ、家に帰ってもやる事は宿題しかない。
ご飯は冷蔵庫に閉まってくれていた。
僕の家は6畳半のアパートの一室で、二人で住むには少し狭行けれど、僕に最大限いい環境を与えてくれるように、欲しい物があったら買ってくれたりする。けれど、僕の欲しい物は無かった。あるのは、この世界を好きになりたい。それだけだった
この世界は、僕はあまり好きじゃなかった。
以前先生が言っていた。
『普通で居なさい』・・その言葉の意味は僕が普通じゃないから言った事なんだろう。
普通じゃない僕にとって、普通の人からしたらきっと、気味悪がられてしまう。それが分かっても、どうする事も出来ない。僕はこの世界から嫌われている。そして、この世界もまた僕は嫌っているから。
*
翌日、学校の帰り道の話だ。
リツとユズは別のクラスなため、今日は先に一人で帰っていた。
二人で居る時はとても暖かく、一緒に帰るのは楽しい。だけど、この日は父が帰ってくる日だったので、先に帰る事にした。
下駄箱で、靴を履き替えた所で同じクラスのいじめっ子達が靴を履いて待っていた。
誰かを探すように辺りを見ている。
僕と目が合うと、周りに聞こえる様声を出した。
「居たぞ!」
周りの人たちも僕に気付くと、一斉にこちらへと足を向けた。
「今日は遊んでくれよ」
言葉だけ聞くと、遊びの誘いの様に聞こえる。実際は、そんな生易しい物なんかじゃなくて、僕をいじめる為の誘いだ。
僕は今日もいじめられる。
そう考えると、怖くてその場所からいられなくなってしまっていた。
「おい!待てよ!」
気付けば僕は走り出していた。
ただ生きているだけなのに、何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだって。
自分の弱さに、悲嘆に暮れていた。
僕が走り出すと、僕を追いかけていじめっ子達は追いかけ来た。
逃げている内に聞こえてくる。
『あいつを汚い!』『卑怯者!』『あいつは俺たちとは違う!』
耳を塞いでいても、頭に直接響くみたいだった。
住宅街の裏路地に入った。
臆病な僕は考えてしまった。みんなと違うってだけで、僕はこの世界で1人ぼっちだ。ならこのまま死んでしまえば・・。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
「もうぅ・・こんな世界嫌だぁ・・・」
走りながら、絞り出した声で、世界を嫌った。
涙を流しながら・・・。二人の事と父の事を思い出す。
こんな情けない自分でごめん。こんな自分勝手でごめん。
僕はこの世界じゃ、生きられないみたいだ。
路地裏を抜けると、目の前に道路がある。
夕方だったので、車通りも多い
抜けた先にある道路に縋る様に、僕は飛び出した。
神様、どうかこの地獄から抜け出させてください。
「ぐすっ・・ぐすっ・・うぅ・・」
横になって眠っていた。
誰かが泣いている声と共に、目が覚めた様だった。
飛び出した時に目と鼻の先にあったトラックに轢かれた痛みもなかった。
仰向けになると、眩しい太陽と、緑豊かな樹林が映っていた。
「ここは天国・・・?」
周りを見渡してみても、いじめっ子達が追い掛けている様子もなく、木々が堂々と立っていた。
泣いている声に導かれるように、歩き出す。
歩く度に枝が折れる音が聞こえてきて、自然本来の匂いが僕の嗅覚を刺激していた。
「お母様ぁ・・・」
近付く度に、色々な言葉が聞こえて来た。
声質は女の子で、ユズに比べて、少し高い様だった。
声が聞こえる方に足を進めて行くと、大きな岩の上で、スポットライトみたいに照らされている少女が居た。
顔を隠したまま、泣いていたのでこちらに気付かずに居た。
見ていると、枝を折ってしまったらしく、音を出すとこちらに顔を向ける。
気付かれてしまったので、喋りかけに行こうと歩き始める。
「こっ来ないで!私はここに居るから!!」
初めて会ったばかりの女の子に怒鳴られてしまい、肩をびくつかせてしまう。
近付く度に、犬みたいな顔で、こちらを睨んでいるがその場を動こうとしない。
睨めばどこかへ行くと思っているのだろうか。
「大丈夫?泣いていたみたいだったけど・・・」
「うぅ・・・連れて帰りに来たんじゃないの?」
何の話をしているか分からくて、首を傾げる。
僕の反応に少女も、「え?」みたいな顔になっていた。
どうやら、勘違いをしているみたい。
「違うよ。気付いたら、この森に居て。泣きいている声が聞こえたから、ここに来た」
「・・・本当?」
気付けば嘘みたいな話だった。
トラックに轢かれてしまったかと思ったら、ここにいるなんて、普通の人からしたら信じられない。
「うん。君はどうして泣いてたの?」
「んぅ・・お母さんが死んじゃう夢を見たの・・。今日はお母さんと外に出る予定だったのに、病気で倒れちゃったせいだと思う・・」
お母さんを思い出してか、涙目になり、また泣きそうになっていた。
「この夢が現実になっちゃったらって思うと、怖くて・・・」
胸が痛くなった。
怪我してる訳でもないのに。
踞って泣いている少女の頭を無意識に撫でる。
「大丈夫、だから泣かないで」
ぶっきらぼうに笑顔を見せる。
多分今も世界を嫌っているからだと思う。
この様子が面白かったのか、雨が降った後の太陽みたいな笑顔を見せた。
「うん・・」
隣に寄り添うと、手を握って来たので、そのまま握り返した・
僕の『悲しみ』も、君の『悲しみ』も、案外単純に、まるで、おとぎ話みたいに消えてしまう事が出来ると知った。
*
気付いたら、夜になっていた。寝ていたらしい。
隣に居た少女も、僕の肩に寝そべっていて、吐息が当たるくらいの距離だった。
僕の手には汗がべったり付いていて、少し暑い気がする。けど、夜になると少し涼しくなるので、丁度良いのかも知れない。
月明かりに照らされて、少女の顔がはっきり見える。
昼間も思ったけれど、物凄く綺麗な顔付きをしている。真っ白な肌に、深海に広がる暗青色の目をしていた。
今日の行動を振り返ってみた。
いじめられっ子達に追い詰められ、気付いたらここにいた。
そんな嘘の様な話、誰が信じるんだろうか。
僕自身でさえ、信じる事は出来ない。
ほっぺたをつねって見た。痛みを感じる。夢じゃないとこの事実だけがこの世界に真実味を感じさせていた。
「うぅ・・・うぅん」
「あ、起きた?」
随分とぐっすりと眠っていたのか、覚めるとすぐに手を離して、手を伸ばした。
まだ寝ぼけているのが、ぼんやりと僕の目をぼーっと見ている。
「・・・名前・・は?」
小さな囁きで、僕の名前を聞いてきた。まだ、寝ぼけているのかも知れない。
「あ、ああ。ええと、ルイ」
「ルイ・・よろしくね」
僕の手を再び握ると、少女は口を開く。
「驚かないで聞いてね。私の名前は・・シャルル。シャルル・リゼット・クローバー」
何か重要な事実を言った様な口振りをしていたが、僕はその意味が全くと言っていいほど分からなかった。僕の反応を恐る恐る一瞥すると、顔を伏せた。
落ち着きが無い態度を不思議に思い、聞いてみる事にした。
「えっと・・ごめん、意味がちょっとよく分からなくて・・。シャルルって呼べばいいの?」
口を開くと、肩をびくつかせた。そして、言葉を聴き終わると顔を上げた。
「本当に!?本当に、分からないの?」
今にも、口が当たってしまうくらいの距離まで近付かれてしまい、顔が熱くなってしまう。この気持ちはなんなんだろう。
「ご、ごめん。ちょっと何言ってるか分からなくて」
「そうなんだ・・・」
残念そうに、肩を落としてしまう。
無神経に、癇に障る様な事でもしてしまったのかも知れない。
「本当にごっ┃┃┃┃」
「嬉しいっ!」
「え?」
「ねぇ、もう夜だけど。帰らなくても、大丈夫なの?」
頭の処理が追いつかないまま、質問をされてしまう。
思考がショートしてしまう寸前で、なんとか答える。
「あ、えっと。うん・・実は僕迷子になっちゃって」
「そうだったの・・じゃあ、私が案内したあげる。どこの街?」
「ありがとう。・・けど、今は帰りたく無いんだ」
「どうして?」
「・・・・」
ここはどこか分からない。
夜はもう遅い。きっと、ユズもリツも心配をしてるだろうし、父さんだって・・。
しばらく静まり帰ってると、何やら森の奥で騒がしくなっているのに気が付く。
誰かから逃げるみたいに、鳥達が一斉にこちらへと羽ばたいてきた。
「どうしたんだろう。あれ・・」
「もしかして・・」
怯えている顔をしていた。何か知っているのかもしれない。
「大丈夫?」
シャルルは突然、僕から離れるように森の奥へと走り出した。
「どうしたの?」
「付いてきちゃだめ!私から離れて!」
突き放される言葉を聞き入れる事が出来ずに、追いかけた。
この行動は喜ばれる事では無いと分かっている。
分かっているけれど、あの目は・・・。
「見つけた」
森の奥は暗くて、足元も安定していなかった。
目の前の道すら見えない中、森に入ってぐ先の草むらに隠れてい、震えていた。
「どうしてここ・・・どうして来たの?」
「分からないけど、何かに怯えてしまっているのなら、助けたいって思ったんだ」
手を差し出した。
だけど、自分も救えない汚れた手を拒むように振り払う。
「どっか行ってよ!どうして、私に構うの?」
「僕にも分からないよ。僕はこの世界が僕を嫌っている事を知っている。それでも、一人で泣いている君を放っておけないよ」
汗ばんでいる手を再び差し出す。
シャルルはまるで、お姫様みたいに僕の手にそっと乗せた。
「ごめんね・・ひどい事言っちゃって」
「平気だよ・・」
言われ慣れてるじからと、後から付け足した。
不意に、ユズの笑った顔を思い浮かぶ。
僕の大切な友達。そんな友達にもう二度と会えなくなってしまう事を選ぼうとした。けど、今は友達に会いたいな。
「それで、なんで逃げてたの?」
言いづらそうに、もぞもぞと体を動かした。
「・・・・」
しばらくの沈黙に耐えられなくなり、口を開いた。
「あ、言いづらかったらいいよ言わなくて。とにかく、ここから離れよう」
気まずい空気に終止符を打ち、走り出そうとした時に、腕を掴まられる。
「ごめん。私、連れ戻されたくない。一緒に居てくれる?」
彼女の目付きには、怯えた表情から一転し、健気さが伺えた。
「うん。ずっと一緒にいるよ」
小指で、指切りをした。
その瞬間、僕たちの中を切り裂くような燃える音と木々が一瞬にして、燃え上がるのが見えた。
燃え上がった大木が僕とシャルルの間に倒れると、炎のサークルが僕とシャルルを囲むように出来上がる。
「お嬢様、迎えに上がりました」
鉄の鎧を着た彫りが深い、紫色の髪の男が炎のサークルをものともせずに、通る。
それに驚いている暇も無く、僕とシャルルを引き離すように、簡単に首根っこを掴み、倒れ込まさせる。
「イルガルド・・なんて事したの」
「私としましてはお嬢様が汚い下民に手を出されてしまってるので」
とてつもなく熱い温度が伝わってきた。
それなのに、冷酷な目付きで淡々と喋る声によって、凍り付きそうになった。
シャルルは何も言い返そうとせずに、倒れてしまっている僕の方に来ようとする。
それを阻むように、イルガルドと呼ばれる男はシャルルの前に立つ。
「さぁ、帰りましょう。お父様はお怒りですよ」
「通して」
「成りません」
「イルガルドッ!」
水掛論を傍目に見ながら、何がなんだか分からない状況を理解しようとするが、当然理解出来ずにいた。
だけど、そんな事は今は関係ない。
僕はシャルルと一緒にいると約束をした。それを果たさなければならない。
「シャルルを怖がらせないで下さい」
相手は大人だ。
勝てるはずもない。
「シャルルは怯えていたんですよ。貴方のせいで」
自分をなんとか奮い立たせ、見上げる、
「シャルル王女、今からする事をどうかお許し下さい」
王女?と疑問に思った瞬間、周りの音が消えただった。
目の前の騎士が消えたのと同時に。
刹那、声にならない痛みが身体中に巡った。目の前が真っ白になる。
「ルイっ!」
僕の方へと駆け寄って来てくれようとするが、またもや通せんぼされてしまう。
半目に映る手の平は血塗られていた。
薄れ行く意識の中、シャルが何かを叫んでいた。
シャルルの目から涙が落ちる。
ほとんど、体が動かない。
泣かないで、僕まで泣きたくなっちゃう。いつも、泣いてばかりの僕だ。最後くらい、笑わなくちゃいけない。
そうだ、伝えたい事があるんだ。
口を必死に動かす・・・。
「約束、守れなくて・・ごめん」
*
『ねぇ、ルド。この子の名前どうする?』
『こう言うのはどうです?ヒュールイ┃┃┃』
『ださーい』
『え?』
『この子はこの世界を好きになってくれるかな?』
『好きになつてくれると良いですね』
雨音が窓をノックをした┃┃┃┃。
『うん。ねぇこんな名前はどう?レインなんて言うのは?』
『良いんじゃないですか?』
『見て、嬉しそうに寝息立ててるよ』
『気のせいですよ』
『楽しみだなぁ』
朧げにに聞こえてくる声・・・。
誰かも知らない、唯の空想上の人物の会話の筈だ。
それなのに、匂いも温度も、心が痛くなる程覚えていた。
シャルルと出会ってから、10年が経過していた。
未だはっきりと覚えているあの出来事。僕は異世界に居た。
あの騎士に異世界で殺されかけた次の瞬間、目が覚めたら、病院のベットの上に居た。
警察から事情を聴かれたので、僕は正直に話すも、記憶が混乱していると済まされてしまった。いじめっ子達も、僕がトラックに轢かれる前の光景を目の当たりにして、突然消えてしまったと説明をしていたらしいが、当然誰も信じなかった。
この世界では、僕は失踪扱いとなっていて、見つかった時は植物状態だったらしい。
生きるのが難しいと匙を投げた医者だが、奇跡的に回復をしたらしく、今では健康な体になっている。
それでも、もし今もシャルルが怯えてしまっていると考えると、胸が痛くなる。
高校生になった今も。
教室の窓を見ると、雨が降っていた。
異世界に行ってから、時折、変な夢を見る。
男女二人の会話だった。会話からして、ある夫婦が子供の名前を決める時だったと思うのだけれど、とても悲しそうにしているのを伝わって来た。
「おい」
肩がびくついた。
この声の持ち主はとても怖い事を知ってたからだ。
「・・そんなにつまらないか?」
「いえ、その・・・」
僕の頭は先生に対する言い訳をするため、急いで準備をする。
「ごめんなさい!」
が、準備をした言い訳が全く活用する事はなく、素直に謝った。
「ったく、ちゃんと聞いとけよ。今から大事な話済んだから」
教壇に戻ると先生はいつものようなだらけた態度から一転させて真面目な目をする。
少しだけ、空気が変わる。
「いいか?昨日この近辺で不審者が彷徨いてるらしいから、早めに帰れよ。えーっと、特徴は・・黒い服に黒い靴?・・いかにもな感じだな。夜に出没するらしいから、早めに帰れよ」
プリントを読み終わると、生徒達に配り始める。
そして、一通り業務連絡を終えると先生は職員室へと戻っていった。
放課後になり、僕は先程貰ったプリントを読んでいた。
こんな田舎にそんな物騒な人が出てしまうなんて、世の中どうなってしまうんだろうと思っている。
スマホを見ると、メッセージがいくつか入っていた。
今日は帰ってくるのだろうか。
バックに荷物を詰め、立ち上がると、首に冷たい感触が来たのが、分かった。
「ひっ!」
「何見てんの」
後ろを振り返ると、自販機で買って来たばかりなのかペットボトルを片手に持ったユズが立っていた。
それか。
「もうやめてよ。普通に話しかけられないの?」
「面白い反応してくれるからっ」
ニヤニヤと、悪質な顔をして笑うユズ。昨日も、同じ事をやってきた。これじゃあ、いじめっ子達よりタチが悪いのかもしれない。
「ユズは俺たちより身長が低くなったのが気に食わないんだよ」
僕とユズの会話を聞いていたのか、リツが会話に入る。
「チッ、全然気にして無いけど?」
舌打ちをして、リツの脇腹に一発食らわせた。
気にしていたらしい。
「うっ・・お前、いい加減その短気さ直せよ」
「大丈夫、リツ達にしかやらないから」
何が大丈夫なの?と素直に思った。それに、やられる前提なの?とも。
リツと目が合った。多分、リツも僕と同じ事を思っていたんだろう。
「そういえば、この辺危なくなったらしいし、今日どうする?早めに帰るか」
「あー先生が言ってた奴?大丈夫じゃない?」
「確かに、ユズなら大丈夫だろうな」
「あ?」
高校生とは思えない程の威圧で、リツはもちろん僕までもが、冷や汗が出てきた。
僕まで、余計な事を言った気分にもなる。
「冗談だから、頼むからその手やめて」
拳を力強く握るユズ。あれを食らってしまったら、、と考えるだけで恐ろしい。
「まぁ早めに帰る事には越した事ないよね。不審者に出くわしたら、危ないだろうし」
空はもう夕陽が沈みそうだった。
「まぁ確かに、どうにかならなかったら怖いしね」
学校の校門を出ると、僕達は足早に帰路に着く事にした。
いつもなら、教室でもう少し話すけど、今日は父が帰ってくる日でもある上に、不審者が出没するとの話だ。早めに帰る事に越した事はないだろう。
リツ達と別れ、家に帰ると、父の姿があった。
「おう、おかえり」
久しぶりの帰りに、照れながらも、笑顔で返事をする。
「うん。ただいま」
父さんとは、二日ぶりの再会だった。
仕事が立て続けになる時は、こうして二日会わない事はざらにあった。
「ご飯出来てるけど、食べるか?」
「大丈夫、今日課題出てるからそれやる」
10年前、異世界から帰った時一番迷惑を掛けてしまったのは父さんだと思う。
父さんは僕が失踪した時、仕事を投げ出してまで、僕の事を探してくれていた。僕が植物状態で入院した時も、献身的に着いてくれてたと、後からユズに聞いた。
僕なんかの為に父さんは色々な物をくれた。
小学生の時、先生の一度お母さんが居ない事が辛いと聞かれた事があった。けど、物心着いた時にはお母さんは居なかったから、辛い思いはしなかった。それ所か、父さんが居てくれただけで僕は楽しかった。幸せだった。
それなのに、消えたいと思ってしまうなんて、「バカだよなぁ・・」。
「ルイ・・ごめん。明日夜も仕事になった」
スマホを片手に、申し訳なさそうな顔をしていた。
「大丈夫だよ、もう高校生だよ?僕の事を気にしないで、ゆっくり仕事に集中していいよ」
「そう言うがなぁ、小学生からそうだったろ?無理してるなら、言えよ?」
「ううん。無理なんかしてないよ。むしろ、申し訳ないくらいだよ」
「そうか。本当良い子だな」
頭を撫でられる。
高校生になって、頭を撫でられてしまうと、少し恥ずかしかった。
「あ、そうだ。この辺、最近不審者が出没してるらしいよ」
今日の放課後に貰ったプリントをバックから取り出す。
それを父さんに渡した。
「父さんも気を付けてね」
「・・大人が子供の心配してんじゃねぇよ、お前もなるべく早く帰るようにしろよ?」
「うん」
課題もやり終えたので、ご飯を食べた。
その後、風呂に入り終えると、寝る事にした。
布団の上で、これからの事を考えた。高校を卒業した後どうなるんだろう?と。
今の所、やりたい事もないし、父さんの助けになるなら就職したいと考えていたけれど、父さんは進学してほしいみたいだった。
大学に行けばやりたい事が見つかると言うのだけれど、今でも父さんに無理して高校行かせてもらってるのに、大学なんて行きたいなんて、思えなかった。
隣を見ると、父さんは疲れ切ってしまったのか、熟睡していた。僕も遅刻は絶対したくないので、寝る事にした。
翌日の放課後、リツは先生に呼ばれてしまったので、教室で待つ事にした。
呼ばれた理由は、課題を提出しなかったのと、授業中寝ていたことによって、生活指導室で説教をされてるらしい。
「ほんっっっっとうバカだよね。あいつ」
呆れた顔をして、教室の机に座っているユズ。
それを横目に、僕は中学生の時は3年とも同じクラスだったので、リツは毎日の様に寝ていたのを覚えている。
それなのに、成績は悪くない皮肉があるので、先生が怒るのも無理がないんだろう。
「そういえば、ルイの父さん。朝早くに出てたけど、また仕事なの?」
ユズの部屋の窓から僕の家は見えるので、出掛けたのが見えたらしい。
「うん。今日の夜も帰って来ないんだって」
「じゃあ今日うち来る?私の家もお母さんいないし。私が久しぶりに作ってあげるわよ」
「・・良いよ。スーパーでお弁当でも買う予定だったし」
久しぶりにユズが手料理を振る舞ってくれる見たいだった。
だけど、今朝父さんから、お金は貰っていたので、スーパーで買う予定だ。それに毎回お世話になるのは申し訳ない。
「遠慮しなくて良いのに。私の家に来たくないないわけ?」
「えっ?そういう訳じゃないけど・・」
「じゃあ来るわけ?」
「えっとー・・」
睨んだ目付きが心に突き刺さって痛い。
甘えるのは簡単だけど、甘え過ぎるのは良くないし・・・。
「何してんの、お前ら」
気付けば文字通り目と鼻の先に居たユズ。リツが来てなかったら、僕はどうにかなっていたのかもしれない。
「あんまいじめんなよ、ルイの事を」
「いじめてないわよ。私の家に来るのが嫌って言うのが、気に食わないだけよ」
あれ、なんか話変わってない?。
僕が悪いみたいになっている気がするけど・・。
「俺お前が時々、本気で怖くなるわ」
静かに頷く僕。それを見ると、ユズは睨んだだけで、小動物を一蹴させてしまうような威圧を向けられる。冷や汗が止まらなくなる。
「あ、そうだ。帰りにスーパー寄らなくちゃ」
「じゃあ俺も行くわ。今日親父居ないし」
「私も行くわ。ルイは私の家に来るもんね?」
「はい・・」
肩をそっと掴まれ目が笑ってない笑顔を向けられてしまう。半ば強引に、僕は震えた返事をした。
「リツも来る?お父さん居ないんなら来なよ」
リツはしまったと言った顔をして、こちらにNGサインを出してくる。そのサインを受け取ったが、僕だけじゃなかった様だった。
ユズはリツの肩にそっと肩を回す。
「ご飯・・作ってあげるわよ」
全てを諦め、悟った様な目をした。
これからユズの料理の腕が成長してるのを静かに願って。
スーパーで買い物を終えて、僕たちは帰路に着いた。
今月はまだ夏なので、夜になるのが遅いが、少し暗くなってきていた。
「絶対あれ買っといた方が良かったわよ」
「いやいや絶対必要ないって」
「カレーに必要ないって」
僕とリツはユズの暴挙を全力で止める。
先程スーパーにて、ユズはカレーを作ると言いながら、鯛を買おうとしていた。
それには僕もリツも驚きを隠せなかった。
「カレーに魚入れるって、どんなカレーだよ」
「魚介類カレー」
聞いた事もないカレーだった。想像も出来ないカレーに、僕もリツも絶句する。
おそらく、リツも同じ気持ちだったんだろう。
「もう良いでしょ。作ってあげるんだから」
リツは首を横に振る。
「みんなで作ろうよ。どうせなら」
初めて、ユズの料理を食べた時の事を思い出す。
あれは衝撃的だった。口に色々な味が跡を絶たなくて、もうなんか口の中が凄かった。
それなら、みんなで作った方が美味しくなる筈だ。ちなみに、僕もリツも料理は出来ない。
「そういえばさ、ルイはあの夢まだ見るのか?」
「あ、うん。最近は声がはっきり聞こえる様になったんだけど、聞いた事もない声だったんだよね」
「ネットで見たんだけどさ、夢って脳に記憶した情報を整理する時に出来る映像らしいんだよ。もしかしたら、ルイが覚えてないだけで、見た事ある人なんじゃないのか?」
どこかで会った事があ。・・確かに、匂いも温度も覚えている。けど、それじゃ辻褄が合わない事もあった。
僕は夢で聞いた声、と言うより会話の内容を話す。
もし、あの夫婦が僕の両親だとしても、僕の父さんの声を覚えてない訳ない。それに、名前を決めるに至っては、僕の名前でもなかった。
「あーじゃあ、唯の妄想かもしんねぇな。現状に不満でもあるんじゃねぇの」
「なに、自分の父親に不満でもあるの?」
「無いよ。有り得ない。それ所か僕が子供で、不満なんんじゃないかって思う」
「あんたまだそんな事言ってんの!?」
と、ユズが怒鳴り始めたタイミングで、偶然と呼ぶには必然すぎるタイミングで、どこからか、悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ」
僕達は、一斉に目を合わせた。
悲鳴が聞こえてきたのは住宅街の裏路地の方だった。
「何、今の声」
「と、とにかく悲鳴が聞こえた方に行かなきゃ。何かあったのかもしれない」
僕が走り出したタイミングで、リツが僕とユズを止める。
「待って、もし今の悲鳴の人が不審者に襲われているのなら、俺とルイで行こう。ユズは家に帰って待ってて」
咄嗟の事にも冷静に状況を分析したリツ。確かに、今この場で行くべきは男である僕とリツだろう。
「ちょっと、私も行くわよ」
「だめだよ。もし何かあったら、俺は俺を許せなくなる」
普段不真面目な態度をしているので、ここに来て真剣な態度を見せた。
その豹変っぷりに、男の僕でもかっこいいと思ってしまった。
「こんな時には真面目になるのね。じゃあ、家で果物カレー作って待ってるわ」
果物カレーを作るつもりだったらしい。
それには僕もリツも苦笑してしまう。
「やめて・・来ないで・・」
路地裏に向かうと、悲鳴を上げたと思われる大学生くらいの女性が這いつくばりながら、何かから逃げていた。
僕達に気付くと、助けを求めるように、手を差し向けてくる。
「助けて・・」
すぐに手を掴もうとするが、僕もリツも動けずにいた。女性の先に居た黒い影に戦慄が走っていたからだ。
蠢くだけの人影。普通人影と言うのは、人が居て、影がある筈だ。それなのに、誰も居ない場所に、人影だけがある事実に、違和感があり。不気味さも増して、その場から動く事も出来なかった。
冷や汗も出てきて、ここまで戦慄が走ったのは初めてだった。
声も出ない程の唖然とした態度とは対照的に、リツは勇敢にも手を伸ばした。
「掴んで下さい!ルイ!お前も手出せ!」
リツの大声によって、目を覚ました。
今目の前で、助けを求めている人に手を出さないままでいる訳にもいかない。
「掴んで下さい!」
二人の手が同時に女の人の手を掴む。
掴まれた事ので、息を合わせて、同時に引っ張るも、ビクッとも動かなかった。
それ所か、女性が影に吸い込まれて行く。
「ルイ!お前もっと力入れ・・ろよ」
「入れ・・・てるよ」
女性の体はもう下半身は影は完全に包まれていた。
このままでは、女の人ごと僕らまで吸い込まれてしまう。
「ルイ・・スマホの光をこいつに当てろ。お前が掴んでる手は俺が掴んでる」
そう言うと、リツは両手で女性の手を掴み、力いっぱいに引っ張り上げようとする。
「早く、しろ」
「う、うん」
リツの言う通りにスマホを取り出し、ライトを付ける。それを影に当てる。
すると、影は消滅するように散り散りになっていった。
「リツ!消えていった」
「まだ吸い込まれ続けてる!全体に当ててくれ」
光をとにかく当て続けた。その結果、影は散り散りに散って行き、吸い込まれ無くなっていた。
「ハァ・・ハァ・・・。やっぱ、そうだったか」
「どうゆう事だったの?」
「あの人影、人影のくせに人のが居ないのに出来ていただろ?影が出来てる理由って、光が直線にしか進まないから、障害物が出来ると影が出来る。なのに、障害物が無い。けど、より多くの角度から光を当てる事が出来れば影を消す事が出来るからな」
あんな状況でここまで咄嗟な事を考え付くなんて・・。
冷静に出来るリツに改めて感心した。
「あ、ありがとう・・」
俯いたままだった女性は、涙目になっていた。足が動かないのか、ずっと、その場から動けない様だった。
「ご、ごめん。ちょっと、動けないかも」
「いや、当たり前ですよ。あんなに怖い物に襲われたら、誰だって動けなくなります」
「そうですよ。そんな事より、どうして襲われたんですか?」
まだ気持ちが落ち着いてないのか、息を切らしていた。
少し間が空いたタイミングで、口を動かす。
「分からないの・・。いきなりあの影が現れて、路地裏に連れてかれるみたいに吸い込まれて・・」
どうやら、あの人影は無差別に人を襲ってるみたいだった。
あんなにも異常過ぎる現象どう考えてもこの世界の物じゃなかった。
10年前に異世界で襲われた現象と少し似ていた。
「とにかく、ここから離れましょう。また襲ってくるかもしれないですし」
僕が10年前の事を考えてる中、冷静な判断をするリツ。さっきユズを置いて行く事にユズは不貞腐れてたけど、もしあの影にユズが飲み込まれてしまっていたら僕も僕を許せなかったと思う。
今はリツが居たおかげで助かったけど・・。
僕達は光も人混みもある場所へと送っていった。女性の家は遠いらしく駅に向かっている途中に襲われたんだという。
家まで送ろうとしたが、女の人は大丈夫だとの事だったので、駅まで送ると、僕達はスマホ取り出す。すると、幾つか着信とメッセージが来ていたので心配をさせてたみたいだった。
*
「痛っ」
無事に戻ることが出来た僕達の事をユズはデコピンで、僕達のおでこに打撃を与えた。
「何すんだよ」
「遅いから心・・。カレー冷めちゃうでしょ」
ユズなりの心配なののだろうか。ユズと別れてから、影から女性を救い、駅まで送っていったので、それなりに時間が経っていた。
「ごめん。ごめん。不安にさせちゃったよね」
「っていうかお前、カレー出来てんだったら温め直せば良いじゃねぇか?」
リツの言葉で、その場が凍る。
多分それは言っちゃいけないやつだった。
「ああそうったわね。じゃあ、極上に熱いカレーを上げるわよ」
「これ言っちゃいけないやつだったかな」
僕の方に顔を向き、苦い顔をしていた。
「リツ・・先っきまでカッコ良かったのに・・」
「え?マジで?」
いつも通りのリツに戻っていた。
先っきまで、非現実的な現象が起きていたので、なんだか安心する。
「はい。温め直したあげたわよ」
・・・完全に忘れていた。ユズが作ってくれると言っていた料理の事を。
ユズの家にはお母さんが居るので、まさか果物カレーなんて料理を作らないだろうって。
僕とリツは顔を見合わせて、覚悟を決める。
出された品は、カレーと思われる物。具材はじゃがいも、にんじん、ひき肉と定番だけども、具一つ一つがデカ過ぎる。真ん中にレモン丸々一個入っていて、もうなんか凄い事になっていた。そして、もう一つ。カレーのルーはちゃんと買った筈なのに、どうしてもこんな色にはならないだろうと言う色になっていた、紫色だ。
「コレハカレーデスカ?」
リツは頭の処理が追いつかなかったのか、ショートしていた。心成しか頭から煙が立っている様にも思える。
「うん。上手くなったでしょ?」
気持ちが良過ぎる笑顔をして返事をした。
この顔を見てしまったら、食べる訳にも行かない。
スプーンを手にして、口にしようとする。
「待てっ!早まるなっ!」
口に運ぶ途中で、リツが腕を掴んで止まる。
あの女性を助けた時のようにいつになく真剣だった。
「俺が行く」
「リツ・・・」
「ルイ、もし俺が死んだら後は頼んだぞ」
「待って!僕が行くよ!」
「バカヤロウ!お前が死んだら、親父さんに合わせる顔がねぇよ」
「僕だって、リツのお父さんに・・・・」
「ルイ、俺は大丈夫だ。来い!魔王!俺が相手だぁぁぁぁ」
「リツーーー」
リツはスプーンを手にして、口へと運ぶ。口の中へと入ると、リツは口を抑え、悶え出した。
「フンッ!」
リツの頭を平手で打ち込んだユズ。
流れ作業かの様に、僕の頭にも食らわされてしまう。
「あんた達、いい加減にしなさいよ。私の料理で人が死ぬか?誰か魔王だって?え?」
拳で音を鳴らし始めた。
その音を聞くたびに、今すぐにでも逃げたい気持ちを抑え込んだ。
「うん?これ結構美味しいぞ?」
カレーと思われる物をもぐもぐとしながら、リツは不思議そうな顔をしていた。
あの紫色の食べ物・・食べ物と言えるかあれだけど、口に入れても生きていられると言う事は食べられるっ物だったらしい。それに、美味しいとまで言っている。
「・・・本当?」
「うん。ルイも食べて見ろ」
疑心暗鬼になりつつも、お腹が空いていたので食べる事にした。スプーンを手に取って口の中に運ぶ。
え・・美味い。
なんだろうこの食べた事もない味。
デカ過ぎる具材はちゃんと煮込んであるのか食べる分には問題ないし、レモンに至っては、辛さと酸っぱさが不思議と合っている。
味はちゃんとしたカレーだ。
ユズは本当に料理の腕が成長していた。疑っていた自分が、情けない。
「美味い!美味いよ!ユズ」
「ちょっと褒めすぎだって、分かったから」
「いや、マジで美味いぞ。この見た目で、この美味さは才能だぞ。上手くなってたんだな」
「えへへ」
僕達が褒めまくると、機嫌が良くなったのか、顔が赤くなっていた。自分の作った料理が褒められる程嬉しい事は無いんだろう。
昔、小学生の時作ってくれたたのを思い出す。
あの時は、子供ながらも正直に「不味い!」とはっきり言ってしまっていた。ユズは物凄く悔しそうな顔をして1週間くらい口を聞いてくれなかった。
そこから考えると、ユズの料理の腕は成長しているんだと素直に感心した。
完食し終わると、お腹がいっぱいになっていた。
こんなに美味しいのは久しぶりだったのかもしれない。
*