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1.ソフィアの憂鬱


こんなはずじゃなかったのに。



私の膝の上に頭を載せた、フョードル王子を見下ろしながら、私はため息をついた。


「・・・っ・・・・・・んっ・・・」


しっとりとしたプラチナブロンドに、青い切れ長の目。スッと通った鼻梁に、控えめな唇。びっくりするほど綺麗な肌とスッキリとした顔のライン。


甘さは控えめだけど、物語からでてきたような美青年で、私の好みをそのままに体現していた。


「・・・くっ・・・ぅぁ・・・」


その怜悧な見た目から『氷の皇子』と呼ばれるフョードル王子。性格もまさに氷そのもので、めったに作り笑いをしないし機嫌をとったりしない、古風なタイプの無口な貴公子だった。でも根は優しくて、見えないところでいろいろ尽くしてくれつつ、それを一切アピールしない潔さがまたいい。愛想笑いがないから、ごく稀に見せるちょっとした笑いが本当に尊い。


おべっかを使う甘口の優男たちが多いこの国の社交界で、涼しい風を引き起こすようなフォードル王子はまさに私のタイプだった。婚約者になれたのは本当に幸運だったと思う。


だけど・・・


「・・・ぁ・・・んんっ・・・っ・・・はあっ・・・」



私のせいで・・・



今、フョードル王子の鋭い目は焦点が定まらないようにぼうっとしていて、真っ白な肌はりんご色に染まって来ていた。たまに声が漏れる小さめの口からは、ときどき舌が見え隠れする。



超絶美形なのに、こんなに崩れてしまって・・・



「・・・あっ、そこはっ・・・んぁっ・・・うくっ・・・」


王子は上ずった声を出しながら切なそうに眉をひそめると、体をすこしヒクヒクと震わせた。キュッと閉じた目には涙が光っている。


「大丈夫ですか?痛かったですか?」


「・・・いや・・・ただただ・・・きもち、よくて・・・」


王子のかすれた声が部屋に響いた。恥ずかしそうに顔を赤らめて目をそむける様子は、まさに乙女そのもの。



私の氷の王子はどこへいってしまったの。



「今日はこれくらいにしておきましょうか。」


「そんな・・・もっと、して・・・ソフィア・・・お願い、だから・・・」


私の方にトロンとした目を向けて、もじもじしながら甘くおねだりをする王子。そう、性格まですっかり変わってしまって・・・


「ごめんなさい、フォードル様・・・」


私は小声で謝るのが精一杯だった。



全部私のせいだ。



ポッと出の男爵令嬢に王子を取られそうになったと勘違いして、王子に耳かきをしてしまったばっかりに・・・




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「こんなはずじゃなかったのよ・・・」


自分のサロンに戻った私は、何回目かわからないため息をついた。


「あら、ついこの前まで『断罪&国外追放エンドまっしぐら』だとか言っていたのに、だいぶ贅沢になったじゃない、ソフィア。」


従姉妹のタチアナは紅茶をすすりながら、垂れ目気味の目を呆れたように私に向けた。


「私が勘違いしていたのよ。ここは前世の乙女ゲーム、つまり物語の中だと思っていたから、あのかわいい男爵令嬢が登場したのに焦ったの。でも蓋を空けてみれば、私の断罪どころか王子を誘惑したことで男爵令嬢の方が処罰されているし、耳かきなんて最終手段に手を出さなくても私達の婚約は続いたのに・・・」


つくづく私の強迫観念が悔やまれた。公爵令嬢である私は黒髪な上に悪役令嬢顔をしていて、小動物系のストロベリーブロンドの男爵令嬢が私の婚約者を狙ったら、前世持ちなら当然そういう展開だと認識すると思う。実際に私と仲のいい女の子たちは嫌がらせもしたみたいだし。


でも実際にはフョードル殿下は私を罰する意思がないどころか、婚約者のいる王子を口説いてくる男爵令嬢をよく思っていなかったらしい。でもフョードル王子が何も話さないから私は不安になって、前世の特技に手を出してしまった。


「でも、以前より仲良くなったと聞くわ。特にフョードル殿下は糖度が上がったとか。社交界でも噂になっているのよ?」


「それが問題なのよ。フョードル様は美しい孤高の狼だったのに、すっかり愛玩犬になってしまわれたわ。」


私はトロトロになってしまったフョードル殿下が耳かきをねだってくる様子を思い出して、またうなだれた。本人は心から幸せそうに眠るのだけど、私としては後悔しかない。


「でも、それは覚悟で耳かきしたのでしょ?膝の上の弟君が証明しているじゃない?」


「それは・・・確かにリスクはあったんだけど、フョードル様はイヴァンとは違うと希望的観測を抱いてしまって・・・」


私とタチアナは、私の膝の上にいる義弟のイヴァンに目を落とした。


「・・・はあんっ、き、きもちいいよお・・・ねえさあん・・・」


ネジが抜けたような顔でよだれを垂らしてしまっているイヴァンも、もともとはかなりの美少年。最初は私のことを嫌っていたけど快適な暮らしを目指した私は、仲直りと称して前世の特技、耳かきをしてあげた。


今では『もう耳かき無しじゃ生きていけない』と言いながら私を追いかけまわすストーカーになってしまって、家族が心配したせいで私と部屋に二人きりにならないようになった。イヴァンに耳かきをするときは今回みたいにタチアナか使用人が立ち会うようにしてある。


「イヴァンはほら、もともとかわいい系統だったし、前世だとショタ枠っていうんだけど、耳かきでこうなるのもある程度予想していたのよ。でもフョードル王子は、せめて安らかな顔で眠りに落ちるくらいでいてほしかったの。まさかイヴァンと大して変わらないなんて・・・」


「・・・ひうっ、しゅごひいっ・・・しょこらめっ・・・ふああっ、もお僕とけちゃうよおっ・・・」


私と違って茶髪に緑の目のイヴァンは、可愛い顔を涙やら何やらでクシャクシャにしながらもだえていた。


「たしかに一国の王子がこうなってしまうと、スキャンダルね・・・」


「でしょう?フョードル様の寝室にスパイが入らないように気をつけているけど、最近王子の様子がおかしいと重臣たちも話しているみたいだし、不安しか無いわ。」


「・・・はわっ!・・・しゅきっ、これしゅきいっ・・・ああん、やめないれえっ・・・もっろしでえ・・・」


呂律が回らないイヴァンを膝にのせたまま、私はこれからについて考えた。


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