友人の変化
最近、友人の機嫌がいい。
森川俊彦は喫煙室から出て行く友人を眺めて苦笑した。
高校から大学の腐れ縁、加えて就職先まで一緒の友人は、昔いわゆる不良だった。
とは言っても、一般生徒に迷惑をかけるタイプではない。
迷惑ヤンキーに絡まれて片っ端から沈めていってただけで、喧嘩以外には特に悪さのしていない男だった。
授業には真面目に参加するし、廊下でたむろもしない。髪も染めてなければ物も壊さない。
しかしその目つきの悪さと、不良グループとの喧嘩のせいで畏怖の対象として扱われていた。
それでも長男気質の面倒見の良さで、仲間からも後輩からも慕われ大抵誰かに囲われていた孝介は、教師からも一目置かれる存在だった。
イケメンというよりは男前で、本人は知らないが実は女子にも結構モテており、それは現在でも変わらない。
喧嘩はしても変にプライドが高いわけではない友人は、大学卒業後に割とあっさり今の会社に就職した。
営業などできるのか、と、森川も不安だったが、必要に迫られれば笑うし世辞も言える。
短気な性格から無駄を嫌い、効率よく仕事をする事に重きを置いている孝介は、出世も早かった。
成果をあげれば出世に繋がるこの会社の居心地は悪くない。
やる事さえやれば、ゴマをすらなくとも上に上がれるのだ。
かくいう森川も出世組である。
森川は自分が優秀だと理解していたし、昇進は当然だと思っている。だからこそこのシステムが森川には都合が良かった。
それでも弊害はある。
とにかく忙しすぎるのだ。
実力主義を謳うだけあって、上に上がれば上がるほど、休日もないほど働かされるのは結構辛い。
大手コンビニチェーンと菓子製造チェーン店を展開するこの会社では、商品の開発から売り出し、店頭用の販促物まで基本自社で制作している。
工場の生産から店頭売り出しまでの流れをほぼ社員で行えば、忙しくもなるだろう。
企画を担当する森川の部署と営業をかける孝介の部署、販売に関わる制作部の面々は年中が繁忙期である。
その繁忙期を超えた忙しさだったのが、先日の大手企業とのコラボである。
商談をまとめるために駆けずりまわった孝介と、企業との調整を担当した森川はちょっとしたノイローゼになりかけた。
とにかく家に帰れない。寝たいのに寝れない。
寝ても夢に仕事が出てくるし、休めば電話がかかってくる。
メールも止まないのでは、鬱屈が溜まっても仕方がない。
大手であればあるほど、不備は許されない。
自分より役職が上の取引先とのやり取りは精神を削るものだった。
それでも、やはり孝介よりはマシだったと言えるだろう。
一番大変な時期に、一年かけて使えるようになってきた新人が唐突に出社しなくなった。
新人が担っていた商品手配や管理に準備は、孝介を含む営業部で補っていたという。
特に孝介は何日も会社に泊まり込んでいたようなので、修羅場のほどが伺えた。
あの時の孝介は常にピリピリとしたオーラを纏っていた。
触れば殺す、と不良時代に培った威圧感を遺憾なく発揮していたと思う。
しかし、周りに当たり散らす事がなかったのは褒めるべきところだ。
あれだけの目にあってあくまでもビジネスとして動ける人間はそういない。
普段温厚と言われる自分でも自信がなかった。
正直、いつ糸が切れるかと心配していたのだ。
ひと段落ついた時も、孝介は目が確実に死んでいた。
それがここ最近、少し潤いを取り戻してきているのだ。
話を聞けば、行きつけの店に通っているという。
あの孝介がである。
森川は友人の気性をよく知っていた。
とにかく孝介は短気なのだ。待つくらいならいらない、そう断言する友人は特に食べ物に執着がない。
そこそこ美味くてさっさと食べられればそれでいいのだ。
さすがに打ち上げや飲み会には嬉々として行くが、それは大抵誰かと一緒の時だ。
1人で行く店にこだわりを持ったことは無いはずである。
森川は食事にはそこそこうるさい。
できれば美味しいものを食べたいし、毎食コンビニは嫌だ。
それくらいならば自分で作る程度には気を使っている。
もっとも、あの繁忙期はさすがにコンビニ続きで、かなりストレスが溜まったが。
だからこそ、孝介が行きつけの店に連れて行くと言えば驚くしかない。
よほどうまいのか、それとも犬目的なのか。
犬の説はかなり有効だ。
孝介は実家で飼っていた犬たちをそれはそれは大事にしていた。
5匹平等に可愛がっていたし、その時の顔は普段から想像できないほどに緩んでいた。
日々の潤いの無い中で、もしかすると癒しを見つけたのかもしれない。
森川は淡く笑うと、タバコの火を消した。
なにはともあれ、友人が店に連れてってくれるのだ。今日はそれを楽しみに仕事をしよう。