ロマンスグレー、推しの魅力に共感する
(じ、じぬううううううううう……)
「く、苦しい……。ちょっと調子に乗って……息継ぎを忘れてました……」
スカーレットとエーレは同い年らしい。
見た目は少女ながら実年齢二十代後半の獣人と人魚が呼吸困難に陥ってしまった。その苦しさは必死にもがく様からも明らかで、二人とも紫色の顔付きになって暴れ出す。
スカーレットは最後の力を振り絞ってエーレの胸ぐらを掴む。水中で鼻水と涙に塗れたスカーレットはゴボゴボと空気を漏らしながら自分の要求をえーれに向かって伝えようとしていました。
(早くこの水をどうにかするっすよーーーーーー!!)
「そんな鼻水塗れの顔を近付けないでくれません!? って、きゃーーーー!! 鼻水が着いちゃうーーーーー!!」
(そんな事を気にしてる場合っすか!? 本当に……じ、じぬううううううううう……)
「そんな事言ったってこの能力は発動も解除も時間が掛かって……おおおおおおお……私も息が保たない……じ、じぬううううううううう……」
そもそも人魚が水中で溺れ死ぬなどと誰が想像出来ようか。
愛くるしい獣人と人魚が惨めなドザモンになるまで残り数秒と差し迫っていた。二人は生き抜くことに必死で先ほどまで敵同士だったにも関わらず、マウストゥーマウスで人工呼吸を始めてしまいました。
しかしそれは逆効果です。
本来、人工呼吸とは息に余裕のある人がするものです。それを互いが呼吸困難、それも環境は酸素が全くない水中の底とくればその行為が無意味だと誰もが思うでしょう。
極限状態の少女二人は互いに無慈悲な言葉を投げかけてしまいました。
(臭いっす、エーレの口臭が臭いっすよ!! アンタ、朝っぱらからニンニク食べたっすね!?)
「くっさあ!! スカーレット、アンタは朝っぱらからお酒飲んだでしょう!? おええええええ……」
互いに心を抉り合う。
それも互いが少女であれば口臭を咎められれば心も傷付くと言うものです。ですがこの二人は傷付く余裕すら無く、遂に全身を痙攣させ始めてしまった。
絶対絶命、二人が自らの人生振り返り出す。
そんな時に限って救いの手は差し伸べられるのだ。
何と二人の目の前に大の大人が二人スッポリと収まるサイズの葉っぱの球体が上から沈んで、目の前でピタリと静止する。そしてバカッと開くと中からボコボコと空気が漏れ出してきたのだ。
目の前に空気がある。
それだけで呼吸困難に陥った二人の少女は本能のままに動き始める事は容易に想像が付くわけで。スカーレットとエーレは吸い込まれる様に球体の中へ飛び込んでいった。
するとまるでタイミングを図ったかの如く葉っぱは閉じていく。二人は九死に一生を得たと言った様子で大きく口を開けてその小さな体に酸素を取り入れていった。
そして改めて気付くのだ。
この葉っぱの球体が誰の手によって水中の底まで沈んできたのをスカーレットは生を実感してしみじみと語り出す。
「ヤバかったっすーーーーーー……、勇者様に感謝っすよーーーーー。クンカクンカ。ああ、勇者様の匂いが全身に染み込んでいくっすーーーーーー」
「あれ? また鼻血が出てきました、どうして?」
間一髪のところで勇者様お手製のサルベージ用潜水葉っぱに乗り込んでスカーレットたちは大の字になって命の有り難みを噛み締めた。大きく深呼吸をして小柄な体を膨らませる様に空気を吸い込んでいく。
生物として当たり前の営みを二人は葉っぱの染み付いた勇者様の匂いに包まれて感謝していました。
次第に葉っぱは上昇して水中から引き上げられていく。ザバッと音を立てて外の世界に舞い戻るとスカーレットは満面の笑みで私たちの葉っぱに飛び乗ってきました。
彼女はいつもの如く元気一杯な様子で私に向かって抱擁をしてくれた。
私もまたそんな彼女の無邪気さに笑みをこぼす。
「ただいまっすー」
「お疲れ様です、怪我はありませんか?」
「大丈夫っすよ、アルテミスは本当に心配性っすねー」
ですが一人だけバツが悪そうに沈んだ様子を見せる者もいました。
それは当然エーレな訳で、彼女は水中と言うテリトリーから引き揚げられて青ざめた顔になっていた。私はエーレと初対面だからあまり分かりませんが、顔見知りのディアナやオリビアはその変化に気付いて目線を送る。
ジーッと責める様な二人の目つきでディアナたちはエーレを見下ろしていました。
「釣り上げられた魚ってのはこう言う事なんだろうなあ」
「う」
「エーレ、この期に及んでダンマリは許されませんよ?」
「う、煩いですよ!! 二人共大人のくせに久しぶりの再会になんの挨拶も無いなんてマナーが足りないんじゃありません!?」
「テメエだって来年で三十路だろうが」
「最初に挨拶を割愛したのは貴女の方でしょう?」
エーレと呼ばれる少女は引き揚げられるなりディアナ、オリビアのアダルト組にグイグイと問い詰められていく。アダルト二人は説教だとでも言わんばかりに腰に手を当てて凄んで尋問を開始した。
対する少女は「ひ、ひええ」と可愛い悲鳴を上げて後退る。
側から見ていると「お、お代官様、お止めください」と言って逃げる街娘に様にも見えるから恐ろしい。勇者様に至っては何処から取り出したのか、料理用らしき包丁を握りしめて「久々に腕がなりますねー」とこの場で歯を研ぎ出してしまった。
シュッシュ、と言う歯切れの良い音が耳に残る。
あ、エーレが勇者様の発言に口から泡を吹いて気絶してしまいました。
「うーむ、残念ですねー。いやーっはっはっは」
「勇者様、お見事です」
オリビアが勇者様を優雅にヨイショする。
なんと言いましょうか、このエーレと言う少女の扱いがとても雑に見える。ディアナも呆れた様子で少女の頬をペチペチと叩いて起こそうとしている。
そもそもサラッと流されましたけど、エーレが来年で三十路と言う衝撃の事実。
となると彼女と同い年のスカーレットも……え?
ホンマでっか?
まさかこの幼げな人魚の少女が大台を突破していようとは。
勇者様から教えて貰った常識では野球と言うスポーツでは三十本ホームランを打つことが大変名誉な事だとか。そしてそれをビールジョッキを片手に楽しむのが通だと仰っていました。
それ程までに三十という数字は大切だと力説されていたのですが……この二人を見ているととてもそうには思えなくなってしまいます。
ホンマでっか?
「アルテミスーーー!! ウチ、頑張ったっすよーーーーー!!」
「ハイハイ。お疲れ様でした」
「もっと褒めるっす、頭をなでなでして欲しいっすーーーー」
「スカーレットは甘えん坊ですね、ふふふ」
しかし私の野暮な邪推はスカーレットの笑顔によって掻き消されていく。
私とスカーレットのやり取りをチラ見してディアナにオリビアは毒気が抜けた様に「ヤレヤレ」と呆れの声を漏らしていた。勇者様もスカーレットの無事を確認してホッと胸を撫で下ろすご様子だ。
そしてここからがエーレによる襲撃の最大の山場になろうとは、私を含めてこの場の全員が考えもしませんでした。エーレが私とスカーレットを見ながら全身をプルプルと震わせていた。
それも美少女然とした風貌からは想像出来ないほどに顎が地面に着かんとするほどに大口を開き、鼻水を垂らしながら。
そして彼女はまるで大洪水が発生したかの如く言葉を捲し立てていく。
「あーーーーーーーーーーーーー!! 本物の女王アルテミス様がいるーーーーーーー
!! しかもどうして女王様がスカーレットとベタベタしてるんですか!? 離れろーーーーーー、スカーレット!! 私の推しアイドルから一刻も早く離れなて下さいいいいいい!!」
「ふえ!? ちょっと、エーレ!! ウチの服を引っ張らないで欲しいっす」
「ちょ、ちょっと!? 一体どうしたのですか!?」
「だからスカーレットは気に入らないんです!! 私がアルテミス様の大ファンだって知ってて、どうしてその私に声を掛けてくれないんですかーーーーーーーー!?」
エーレが私の大ファンを自称して、その私からスカーレットを必死になって引き離そうとする。そしてそんな彼女の豹変にディアナとオリビアは「あ」と何かを思い出した様に声を漏らした。
この様子から察すると二人は何か知っていた様ですね。
私はゆっくりと視線を二人に移して心の内を問いただした。
「……何かご存知なのですね?」
「いやあ、すっかり忘れてたわ。そう言えばコイツ、アルテミスの写真集を全巻コンプリートしてやがったわ」
「ディアナ、それだけではありません。エーレはグッズも全てコンプリートしてますよ」
「……ほげ?」
私の写真集にグッズ? その様な話は初耳なのですが。
二人の話を聞く限り、どうやらエーレは本当に私のファンだった様だ。
そしてどう言う訳か勇者様が写真集の件にご興味を持たれてしまい、この場は私を中心に修羅場と化すのだった。
「はっはっは、そうですかそうですか。アルテミスの写真集には水着も収録されてるのですね」
「アルテミスは結構際どい水着が趣味らしいっすよ」
「はっはっは、それはそれは。私も心して読みましょう」
ディアナ、貴女はどうしてそんな情報を持っているのですか? そして然りげ無く私の写真集とやらで勇者様との会話に花を咲かせないで欲しい。
シクシク、私はもうワンピースビキニを着る事が出来ないようです。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。




