Memories 〜記憶の水面〜
前回に引き続き少しだけ真面目なお話です。
勇者様は異世界の日本と言う国家で農家をされていたと言う。
勇者様はそこでお見合いと言う日本の古き結婚活動で一人の女性と出会った、それがツネコと言う女性だそうだ。
つまり婆さんとはツネコと言う女性のこと。
お見合いとは知り合いなどの斡旋で若い独身の男女を引き合わせるセレモニーの様なものだそうだ。その殆どが親族らから強制されて婚姻を結ぶのだが、勇者様はお見合いの場でツネコさんに一目惚れをしたと照れ臭そうに仰った。
勇者様は遠い目をしながらゆっくりと言葉を紡いでいく。
「私の育った地域はとにかく田舎で娯楽なんてものは有りませんでした。やることと言えば仕事くらいで日の出と共に起床して日が暮れるまで鍬で田を耕す毎日を送りました」
昔を語る勇者様の顔に優しさが満ちあふれていた。
「……お辛くは無かったのですか?」
「隣に愛する女性がいる、男にとってこれほど嬉しいことはありません。ツラい筈がない、あろう筈がありません」
私は勇者様を直視出来なかった。ツネコという女性をキラキラとした目で語る勇者様は何処か憧憬を胸に抱く少年の様な顔付きになっていた。
私は相変わらず罪悪感と悔しさで胸を一杯にして、ドレスの裾をギュッと握り締める。
そして勇者様は更に話を続けた。
「常子には本当に苦労をかけました。二人でなんとか食べていけるだけの収入しか得られず贅沢なんてもっての外。苦しい時は出稼ぎで食い繋いで年頃の娘の様にオシャレも許されず、新婚旅行だって満足に出来なかった」
「……」
「だけど逆に私は幸せだった。だって隣には愛する常子がいたのですから」
「……私の見た目が奥方様に似ていると?」
「いやあ、常子は身内贔屓を差し引いても美人でしたがアルテミスさんの外見とは似ても似つかないですよ」
「ですが、先ほどは似ていると……」
「似ているのは雰囲気、後は目……ですね」
それでも勇者様はトロける様な目付きで私を覗き込んでくる。勇者様は一度若返ったにも関わらずどう言うわけか皺くちゃな七十歳の顔に戻っている。
勇者様は自然体で私だけに優しさを振り撒いてくれる。
私はそんな勇者様を前に俯いていた。勇者様は私を心配する様な目で更に下から覗き込んで来る。
雰囲気が似ている。
そう言われても私にはピンと来ない、来る筈がない。見たことも無い女性と比較されても私は何も言葉を口から出せなかった。
いや、正確には聞きたいことはある。
だけどそれを口にする勇気が私にはないだけなのだ。
ツネコさんはもはやこの世にいない存在、だから私はどう足掻いても勝てない。勇者様の心の中に棲まうその女性は、勇者様の中で神格化されているのだから。
だからこそ聞けない。聞くことが恐ろしい。
それを聞いて仕舞えば私と勇者様の関係が壊れてしまう様に感じるのです。そんな風に不安を抱く私に勇者様はやはり心配そうに首を傾げてくる。
勇者様は相変わらず皺くちゃだ。
私は言えないと思いながらも、そんな皺くちゃな笑顔に背中を押された気がして口から言葉が飛び出していた。
「勇者様は今でも奥方様を愛しているのですか?」
「愛しています」
勇者様は躊躇うことなく予想通りの言葉を口にした。
「……私のことは?」
「愛しています」
またしも予想通りに勇者様は躊躇うことなく私に言葉をかけてくれる。
だったら……。
私は決意する様に目を瞑って胸元でギュッと手を握り締めた。そして次の問いかけを口にしようと私は俯いていた顔を持ち上げた。
勇者様と視線が重なる。
私は意を決して言葉を押し出すため口を開いた。するとガシャンとガラスが割れる音が廊下に響き渡り、私も勇者様も音のする方を咄嗟に振り向いていた。
その瞬間、私は訳も分からず地面から足が離れる感覚に陥った。違う、そうじゃない。これは私が実際に宙に浮いているのだ。
そして肩を鳥の様な脚で掴まれている感触があった。
そんな違和感を感じて私は後ろを振り向くと、そこには私の両肩を掴みながらニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべるとある人物の姿があったのです。
私はその犯人の正体を知って思わずその正体を叫んでいた。
「翼人!?」
「ジュピトリスの女王、アルテミス!! その身柄、確保させて貰いますよ!!」
その背に美しい翼を生やした美女が私の肩を掴んで離さない。
「アルテミスさん!!」
私の名前を叫ぶ勇者様の声が遠のいていく。私は翼人によってこの世のものとは思えない速度で王城の外へ連れ去られていったのです。
私は勇者様へかける言葉を遮られてまたしても誘拐されてしまうのだった。
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