シオン・アズリー
「バーカ、バーカバーカ。筋肉バーカ」
「コイツ、本当になんなの!?」
ジダンダが落下するシオンを追いかけながら散々に悪口を言ってくる。
子供らしいと言えばそれまでだけど、この状況の無邪気はその育ちを疑うと言うものだ。ジダンダの何にシオンが癪に触ったのか、それすらも分からないまま彼女はすごい速度で落下していく。
何の対策も無いまま生身で地面に衝突すれば確実に粉々になって絶命するだろう。シオンは俺ことミロフラウスから没収されたヒロインの座を奪い返す機会すら無いまま死んでたまるかと思い、必死にもがく。
だがそんな事をしても何も状況は変わらない訳で。
それにシオンに纏わり付くジダンダ、彼女は人を巧妙に挑発してくるのだ。まるでお泊まり会をする女子の様に手に顎を乗せて足をバタつかせながらし音時の落下速度に合わせて話しかけてくる。
こんな屈辱的な状況が他に有るのかとシオンはギャグ漫画のキャラの如く唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。
「アンタ、その年で性悪なんて主人様もガッカリするんじゃない!?」
「挑発になんて乗りませーん。ブスの上にナイスバディの私よりも体重が重いデーブ、ベロベロベー」
「このガキ、本当に性格が悪いわね!! 逆さになって自分の胸を揉みながら『デッカくなっちゃった』だと!? おんどりゃあ、後で絶対に泣かせてやるかなあああああ!!
だが如何にシオンがジダンダに怒りをぶつけても状況が改善するわけもなく、寧ろ地面に近づくにつれて彼女の悔しさは膨らむ一方だった。そんなシオンの感情に気付いたのかそうで無いのか、ジダンダは更に挑発を重ねていった。
「悔しさよりも胸を膨らませて下さい」
「だからそろそろ胸の弄りを止めんかい!!」
うーん、確かにそろそろ止めてあげて欲しいものだ。シオンはそう言った悪口にとことん免疫が無いのだ。
斯く言う俺のたまに意地悪で言うが決して悪意など無い。寧ろ愛ある故のただの幼馴染コミュニケーションの一環だと思っているのだから。だから赤の他人が土足で踏み込んで良い領域では決して無いのだ。
……本当だよ?
「て言うかアンタ、テュラムの懐刀とか何とか言ってるけどアイツ生きてんの!?」
「やっぱりバカです。この状況で聞くことがそれですか? 栄養が胸だけじゃ無くて頭にも足りてないみたいですね」
「ウッキーーーーーーーーーー!! ど正論すぎて何にも言い返せねええええええええええええ!!」
挑発されすぎてシオンは逆に冷静さを取り戻す。
この絶体絶命の状況下で自分に何が出来るのか、どうすれば良いかと具体案を捻り出し始めた。ダメ、ダメよとシオンは自問自答を繰り返して自分の手札について思い返す。
シオンの所持品は俺の母、タオルの肩身である『和洲刀』に斬撃系の基本スキルに察知スキル。シオンのスキルは白兵向き、その中で彼女が最も頼りにするのは斬撃、彼女にとってあらゆる場面におけるファーストチョイスだ。
シオンは名案が閃いたとポンと手を叩く。
落下の瞬間を狙って地面にオーラの斬撃を伸ばせばブレーキが掛かって少なくとも命を落とす心配は無い、そう考えて顔を上げた。だがそんな窮地に一生を得た心地もこの性悪ガキが再び奈落の底に突き落とす様に嘲笑いながら掻き消される事となった。
ふと私と目が合ってクイクイと指で「私の事を忘れてない?」と主張するのだ。顎をしゃくらせて何処ぞのプロレスラーのモノマネをしながら、お前の考えは無駄だと言ってくる。
つまり反射のスキルで阻止する言うことだろう。「くっそおおおおお!! せっかく名案だと思ったのに!!」とシオン落下の最中に喚き散らす。振り出しに戻ってしまったと悔しくて落下しながらグシャグシャと髪を掻きむしる。
ジダンダはそんな私の様子に飽きたのか「ふああ」と欠伸をしたかと思えばピタッと停止して私に手を振ってきた。もうこの状況なら私が絶対に助からないと確信したのだろう。むにゃむにゃと本当に眠そうな顔で「お大事にー」と声をかけて来るが、その言葉がシオンの怒りを深いものとした。
シオンは別れ際に「使い方が間違ってるじゃん!!」とジダンダに中指を立てて悪態をつく。
するとジダンダはシオンから興味が失せたのか飛び回って遊び出す。そしてシオンに向かってトドメの挑発の言葉を無造作に放り込む。
「初めてですよ……ここまで私をコケにしたおバカさん達は……」
「己は何処ぞの極悪宇宙人かああああああああ!!」
走馬灯が走る。
シオンが目を閉じるとミロフラウスと一緒に山で遊んだ記憶が彼女の脳裏に過ぎる。彼女は生き残れないと確信したのだろう、「もう私が助かる道は無い」と考えるには充分な状況だった。
どうせ自分が斬撃のスキルを使おうともジダンダがもうスピードで追いついてくるのだろうと容易に想像が付いたのだ。
シオンは短い自分の人生の終わりを悟る。
目を閉じればミロフラウスが飛翔のスキルを使いこなせるようになって彼女に自慢しに来た時の記憶が蘇る。飛翔のスキルはドラゴン、竜人、翼人に妖精した使えない血統スキルだ。
シオンに使える筈がないのに、彼女は良くジョージを羨ましがっていた。
「そもそも私は何の種族なのだろう?」
ミックレイス村、あの村は混血たちが集まって出来た村だとアイゴヤを出る時に俺たちは伯爵からから聞いて驚いた。そうなるとシオンの両親もまた人間では無いと言うこと。
どうせ死ぬなら最後に両親の正体くらい知りたいとシオンは涙交じりにそう思った。
「私は好きな人の本音も両親の顔も、それどころか己が何者なのかさえ知らぬまま死ぬんだ……」
シオンは嘆き言葉を漏らして「ふう」と落下の最中にため息を吐く。もう諦めたと、出来るなら最後はミロフラウスの腕の中で死にたいな、と妄想を頭に張り巡らせていた。
ジョージだってここは初めての土地なのだから、瞬間移動だって使えない。私を助けに来てくれるはずも無い。
キッパリと諦めよう。
涙がこぼれ落ちるのにシオンの落下速度について来れず、まるで上昇する様に離れていく。それを掴もうとしても当然掴める筈もなく、彼女の心は悔しさで満ちていった。
そして涙を掴めない悔しさが再びどうしようもない欲を心に充満させていく。
彼女はその想いを精一杯の大声で吐き出していた。
「やっぱり死にたくない、……嫌よ。絶対に死にたくない、例えいつかミロフラウスが私じゃ無い誰かを好きになってその心が私から離れたとしてもずっと一緒にいたいの!! 彼から離れたくない!! 私は独りぼっちのまま死にたくない!!」
(……ごめんね?)
誰かがシオンの心の中で謝ってくる。女の人の声だ、聞いたことのない声。でもどこかシオンが懐かしさを感じる様な、ホッとする様なそんな声が心の中で響く。
「誰なの? どうして私に謝るの?」
死ぬ間際になって突如湧き上がった疑問が幾重にも積み重なっていく。そしてシオンは届くかどうかも分からないまま、その声に話しかけていた。
「誰なの!? どうして謝るの!?」
(貴方を助けたい、でもそれが貴方を苦しめる事になるかも知れないの)
「貴方が助けれくれるの!?」
(助かる力を与えてあげる。でもその結果、好きな人と結ばれないかもしれない。それでも良いの?)
「……結ばれなくたって良い。一緒にいられるならそれでも……死ぬより何倍もマシ!!」
(……分かったわ、貴方に私の血統を受け継いで貰う。妖精の長として貴方との世代交代を宣言します)
「貴方は誰!?」
(私は貴方の母、クラウディア・アズリー。愛しい娘よ、どうか幸せになって)
「お母さん!?」
泣きながら叫ぶシオンの体が緑色のオーラで包まれ出した。
聞いた事がある、確か妖精族特有の緑色のオーラ、遊気。母との会話を終えて彼女は我に返った。そして状況を即座に理解した。シオンは残りわずか10メートルほどで地面に落下する直前まで差し迫っていた。
自分が何者なのか、母がどんな人なのか。
それが判明してここからどうすれば己が助かるか、それを瞬時に把握した。その方法は子供の頃からずっと隣にいた俺が自慢げに語っていたから直ぐにでも発動が可能だった。
シオンはキッと目を強めてそのスキルを大声で叫んでいた。
「スキル……『飛翔』!!」
その声が皮切りとなってバサッと背中から翼が姿を現した。突如として生えた、と表現しても良かったかも知れない。だけどそんな事よりもシオンはその蝶のような羽にソッと触れて会った事も無い母との繋がりをただただ喜んでいた。
母は飛翔のスキルに羽は関係ない、と言っていたけどそれでも彼女は嬉しかったのだ。実の母親もこんな羽が生えていたのかな? とジダンダとの戦いの真っ最中だと言うのに私は頬を緩ませて喜びの涙を流していた。
そしてひとしきり涙を流すとシオンは上空に視線を移して敵を睨み付けた。
すると敵の生存が想定外だとワナワナとこれまでに無い程にジダンダは怒りを放ちながらシオンを睨み返していた。血が溢れる程に歯を食いしばるその姿からは、もはや可愛らしさなど微塵も感じる事は出来ない。
シオンはジダンダとの決着を付けるべく鞘から刀を再び抜刀して、目覚めたばかりのスキルを使って上空に向かった。
もう独りぼっちじゃない、この羽がある限り私の心の中にもミロフラウスと同様に母が巣食っているとシオンは心の中で歓喜した。
彼女は喜びの涙で視界を悪化させながらジダンダに立ち向かっていった。
「こんの悪ガキ!!」
「女狐が妖精だったなんて聞いてないですよ!!」
上空でジダンダがその名前の通りに地団駄を踏んでいる。
地面の上でもないのに地団駄も無いだろうと一人で呆れながらシオンは一直線にシダンダの下に向かう。初めて使うスキルなのに妙に馴染む、そんな違和感はあったがそれが母との繋がりならばと羽を羽ばたかせて力の限り飛んだ。
真っ直ぐ向かってくるシオンを待ち構えるジダンダに向かって刀を振り抜いた。今度はジダンダも反射のスキルを使わずに手の甲で彼女の刀を内側はら払い除けていた。やっぱりそう言う事か。
シオンはここに来てジダンダの無敵とも言えるスキルの穴を発見する事となったのだ。
先ほどまでの余裕が嘘のように鳴りを潜めてジダンダが悔しそうな表情を浮かべるが、シオンはと言うと逆にしてやったりとニヤリと笑みを零して場の有利を主張した。何の事は無い、そう言う事だったのだ。
このガキのスキルはオーラを跳ね返すのだから、逆を言えばオーラしか跳ね返せないのだ。
つまりシオンがオーラを封印して純粋な剣技で勝負すれば良い、それだけの話だったのだ。
初めて足を踏み入れた場所、その遥か上空でシオンと竜人がバチバチと衝突を繰り返していった。シオンは母に出会えた事、そしてミロフラウスと離れずに済んだことを胸に刻み込んで戦おうと心に決めた。
私は今だけは笑顔で戦う。だからミロフラウスも私を笑顔で迎えてね、とシオンは密かに心の中で願いながら刀を振い続けた。
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